毎日こうも暑いと、無性に海に行きたくなったりします。
能で海の気分を味わえる曲といえばやはり「海人」、特に「玉之段」の部分ではないでしょうか。
「彼の海底に飛び入れば。空はひとつに雲の波…」
私は内弟子の頃、短い夏休みを使ってダイビング免許を取り、30を過ぎて初めて、深い海底に飛び入る経験をしました。
驚いたのは、海底から見上げる海面が本当に「雲の波」のように見えたことです。
「玉之段」には他にも、私がダイビング中に海底で経験したのと非常に似通った描写が幾つも出て来ます。
作者は世阿弥とも、もっと古い人とも言われますが、能「海人」の作者は作能の為に深い海に潜る事までもしたのでしょうか。
そう言えばもっと不思議に思うことがありました。
いわゆる「天狗物」の中入の時などに、シテが空に舞い上がって飛び去るシーンがあります。
このシーンでは、ゆっくりスタートした謡が徐々に早くなっていき、最もスピードに乗った所でシテが離陸する内容の謡があり、離陸後は急に「来序」というゆったりした囃子に移行して、遠くの空にゆっくり消えていく様を表現します。
これは、正に飛行機の離陸シーンを間近で眺めているのと同じ感覚なのです。
ジャンボ機は滑走路で徐々にエンジンの出力を上げ、ブレーキが解除されると一気に加速、ついに離陸すると高度を上げるに従って、地上からはゆっくりした速度で遠ざかるように見えます。
室町時代に空を飛ぶ物と言えば鳥くらいだと思いますが、この「来序」のシーンはもっと大きな物が離陸するのを実際に見てからでないと作れない気がするのです。
古の能の作者達が一体何を見て、どんな経験を踏まえて、「海人」や「天狗物」の能を作ったのか、これは一種の超常的なミステリーだと思います。