松本市民芸術文化祭からの乗り換えチャレンジ

今日は「まつもと市民芸術館」にて、

「第65回松本市芸術文化祭」に出演して参りました。

今回は第65回であると同時に、松本澤風会も所属している「邦楽振興会」の10周年にもあたる記念大会でした。

日本舞踊、長唄、端唄など、皆さま今回は特におめでたい演目が並んでいます。

長唄「松の緑」「君が代松竹梅」

端唄「松づくし」

などなど…

我々能楽も、やはりここは「高砂」でおめでたい舞台を寿ぎました。

おかげさまで芸術文化祭の舞台は無事終わりました。

しかし私にはここからもうひとつのミッションがあったのです。

終わってすぐに松本バスターミナルに向かい、空港行きシャトルバスに飛び乗りました。

そして松本空港でこれから神戸に飛びます。

神戸からあと2回の電車の乗り換えで、20時過ぎからの稽古に間に合うか、頑張ってチャレンジしたいと思います。

関宝連と高台寺が無事終わりました

今日の宝生流は各地で色々様々な催しが重なっていました。

私の関わる舞台では、まず水道橋宝生能楽堂での「関宝連」です。

私は行けなかったのですが、自治医大能楽部が仕舞と素謡を頑張って無事に終えられたと連絡を受けて安堵いたしました。

一方私と言えば、先ず午後に大阪での「七宝会」で能「梅枝」の地謡を勤めて、終わってすぐに京都高台寺に移動して夜に能「明智討」に参加いたしました。

…今日の全てが何とか無事終わって、明日はまた高台寺での新作能「寧々」に出演させていただきます。

一度気持ちをリセットして、また明日の舞台に向けて頑張って参りたいと思います。

実家にて

今日は三重県久居の実家に来ております。

今後ちょっとブログが休みがちになる可能性がありますが、私は全く変わらず元気にやっております。

遠く見える「布引山」。

布を引いたような平らな山は、今日も優しい表情で私を迎えてくれました。

パスポート再発行チャレンジ

今日は久しぶりの休みだったので、かねてより行こうと思っていた「パスポート再発行」の手続きに行って参りました。

私は海外公演の経験はそれほど多くないのですが、それでもコロナ禍以前には1〜2年に一度くらいのペースで海外公演に参加していたのです。

しかしコロナ禍が始まった2020年頃以降は、全く海外に行く事が無くて、パスポートも家で眠ったままでした。

そしてふと思い出してパスポートを出してみたところ、なんと2020年で有効期限が切れてしまっていたのです。

昨年くらいから海外公演が増えて来て、どこそこの国に行って来たという話をしばしば聞くようになりました。

私にも今後お呼びがかかる可能性はあります。

パスポート再発行は色々時間がかかると聞いていたので、海外公演を依頼されてから手続きを始めて間に合わないと大変です。

という訳で今日手続きを思い立った訳ですが、やはり色々大変でした。

まず役所で戸籍謄本を取り、そこからパスポートセンターに移動して、申請書を提出するまでに40分以上、そこから受領書を受け取るまでに更に1時間半近くかかりました。

謡を覚えたり文庫本を読んだりしながら待っていたので、私にとってはある意味有意義な待ち時間でした。

パスポートが実際に入手出来るのは1週間ほど先になりますが、何か大仕事を終えたようでホッと致しました。

二十周年記念大会申合が終了いたしました

本日は澤風会郁雲会大会の申合がありまして、先ほど終了いたしました。

皆様それぞれいくつかの修正点が見つかり、今回もとても有意義な申合になりました。

本番までの数日でこれらを修正して、また体調を整えていただき、より良い状態で週末の本番を迎えていただきたいと思います。

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お母さんの目線で

先ほどまで私は京都大学吉田構内の文学部2号館内の教室にて講義を受けておりました。

…と言っても、またもや大学に入り直したという訳ではありません。

文学部のフランス人女性の先生主催のワークショップに、先輩の女性能楽師が講師として参加されたので私も京大宝生会現役達と共に拝聴してきたという訳なのです。

「女性と教育」

というテーマで、先輩楽師はご自分の能楽師として、また母親としての経験を話されました。

その中で、「自分の娘を育てていく過程において、子供の目線から、また子育てをするお母さんの目線から、能楽は子供達のために何が出来るのか、何を求められているのかを考えて来ました」

というお話がありました。

これは「能楽師」であり、「母親」であるという立場で初めて体感できる事です。

これまでの私には無かった視点であり、新鮮に感じました。

無論私は「お母さん」にはなれませんが、「お母さんの目線」を想像して子供向けの能楽教室などに活かしていくのは大切だと思います。

今日の「受講」は大変意義深いものでした。ありがとうございました。

翁、ブログ再開、そして…

2024年の1月が早くも終わろうとしております。

元日から大変な事が起きたので、何かとても長く感じるひと月でした。

個人的には、やはり「翁」を勤めさせていただいたのが最も大きな出来事でした。

そしてこのブログを翁終了後から自然に再開して、なんとか毎日途切れずに続けて来れたのも、自分としては嬉しく思っております。

また小さな事ではありますが、歩く事が増えました。

コロナ禍の時には日々やる事が無くて、主に自宅のある三ノ輪を中心に東京23区の北東部をひたすらに歩きまわっておりましたが、去年あたりから仕事が戻ってきて、また歩く時間が減っていたのです。

それがここ数ヶ月でまた仕事中心の日々に慣れてきたのか、歩く事が多くなりました。

今月は37万歩で、2年ぶりくらいに多い歩数です。

散歩ではなく仕事の行き帰りでの歩数なので、これより増えるのは難しいと思われますが、来月またも歩きを中心にした生活を続けていこうと思っております。

ブログも頑張って更新して参りますので、皆様どうか来月もよろしくお願いいたします。

旧仮名遣いの「旅の友」

私は関西や松本の稽古に行く時には、しばしば「宝生流旅の友」という3冊で宝生流の謡が全曲入っている本を携えていきます。

「旅の友」にも何種類かあって、今よく使っているのは昔に発行された少し小さめのものです。

やはりちょっとでも小さくて軽い方が有り難いです。

百均の化粧ポーチにぴったり入ってしまうのも便利なのです。

この古い「旅の友」、謡の印刷の内容は最近のものと変わらないのですが、無意識に使っていると偶に「あれ?」と戸惑う事があります。

例えば「葵上」という曲、「あ.お.い」なので全曲中で一番最初に載っているはずです。(「翁」は別格で冒頭にあるので、厳密には翁の次の2曲目です)

しかしそこを探しても「葵上」は無くて、「阿漕」が翁の次に載っているのです。

「葵上」は何処だろう…?

と一瞬考えて、そうか”旧仮名遣い”か、と思い至りました。

「あ.ふ.ひ」

かな…と見当をつけて探すとやはり、

「敦盛」と「海人」の間に「葵上」があったのです。

同じ事が「猩々」を探す時にも起こりました。

「昭君」の次…と何時もの癖で探すと無くて、

「ああ、”しやうじやう”か…」

と少し戻って引くと「猩々」があるのです。

ちなみに「正尊」も「しやうそん」なので猩々の次に載っています。

この旧仮名遣いが残っている「旅の友」、いつ頃の発行なのか見てみると…

「昭和7年12月25日初版発行」

とあり、やはり戦前でした。

(ちなみになんとこれは私の父親の誕生日の翌日の日付で驚きました)

第二次大戦を境になくなった旧仮名遣いが、私の普段使いのアイテムの中に残っている訳です。

この貴重な「旅の友」をこれからも大切に使っていこうと思います。

静岡能での「石橋 赤黒」

今日は静岡のグランシップホールでの「静岡能」に出演して参りました。

今回は宝生流では170年ぶりに作られた”小書”である「石橋 赤黒(しゃっこく)」

が演じられ、私は地謡を勤めました。

これまであった小書の「石橋 連獅子」は親子の赤獅子と白獅子が舞いますが、今回の「赤黒」では対立する赤獅子と黒獅子が出てきます。

私は今回初めて拝見したのですが、一畳台の上で2頭の獅子が腕(前足?)をぶつけ合ったり、確かに対立し合っているように見えました。

しかし2頭は最後には互いの立場を認め合う、という演出で、これは昨今の世界情勢を考えると非常に深い意味が込められていると感じました。

能楽は室町時代から基本的には変わらないといわれていますが、「赤黒」のような小書は、後世の人が見ると令和時代の日本を知る手掛かりにもなるのかと思われ、大変興味深く思いながら地謡を勤めさせていただきました。

お経のような声明のような

今日は「神保町ひまわり館」での稽古日でした。

以前の田町稽古場であった港勤労福祉会館が閉鎖されたため、神保町ひまわり館に移って田町組の稽古を続けているのです。

しかし今日の稽古場一番乗りは、田町組の人ではありませんでした。

「こんばんは、お久しぶりです。どうかよろしくお願いいたします」

と言って合掌した彼は、以前に「永平寺の修行僧」という題名でブログに書いた、京大宝生会の若手OBのT君です。

永平寺の修行を終えてから、山形県新庄にある実家の大きなお寺で僧侶として頑張っているそうです。

実はお寺の仕事で度々東京に来ているそうで、去年くらいから予定が合う時には神保町稽古場に来てくれているのです。

T君「野守の仕舞をよろしくお願いいたします」

彼は今、実家のお寺に辰巳大二郎さんを招いてそちらでも稽古をしています。

「野守」は大二郎さんに一通り習ったとの事でしたので、舞って見せてもらいました。

すると…

「東方降三世明王…」というシテ謡まできたところで、私はある事に気がつきました。

このシテ謡は節が長くのびて、

「とお〜ぼ〜お〜〜お〜〜〜〜〜〜」

という風に謡います。

それが非常に「お経」っぽく聴こえるのです。

去年T君が神保町稽古場に初めて来た時にも、久しぶりに彼の謡を聴いて、

「お経の要素が加わって、謡に深みが出たなあ」

と感じました。

しかし今回の「野守」では、長くのばす節がまるで「声明」のようにも聴こえて、何か有り難いものを拝聴しているような気分になり、思わず合掌したくなりました。。

この「野守」の仕舞は、来たる3月9日、10日に宝生能楽堂にて開催予定の「澤風会郁雲会」で披露されますので、ご期待くださいませ。