世界一になれます

昨日、田町稽古が終わって帰りの電車に乗ろうかと思っていたら電話がかかって来ました。

「先生!遅くなってすみません、今稽古場の前に来ました!」

元気な声は、京大宝生会で稽古していた韓国人留学生のIさんでした。

大学院に無事に入学して、また稽古を再開してくれることになっていたのです。

稽古場が閉まっていたので、前の駐車場で仕舞の稽古をしました。(四角いスペースがあれば何処でも稽古するのは、京大ではよくあることなのです)

これまで京大宝生会や澤風会では、何人かの外国からの留学生が稽古をしてくれました。

京大では、ルーマニア、中国、韓国、台湾から。澤風会でもドイツから来た高校生が稽古していました。

外国の方が日本の伝統文化を習う場合、能はおすすめだと思います。

何故なら日本人にとっても難しいので、スタートラインにそんなに差が無いからです。

京大宝生会で何年か稽古した留学生は、日本人と同様か、むしろ上手になって舞台に出ています。

しかも更に素晴らしいのは、おそらく彼らは高確率で「世界で一番宝生流が上手な○○国の人」という「世界一」の称号を手に入れられるのです。

という訳で、日本で何か日本らしい習い事を始めたい外国の方は、是非ご連絡ください。大歓迎いたします。

ただし、同じ国の方が増えると、「世界一決定戦」を開催しないといけないかもしれませんが…。

みなもとの…

今日は田町稽古で、団体稽古の謡「融」を稽古しました。

シテは源融。読みは「みなもとのとおる」ですね。

これは、謡を習っていないとちょっと読み辛い名前です。

しかし更に読めない名前がありました。

田町では和漢朗詠集などに詳しいお弟子さんに色々教えていただく時間があるのですが、まず前シテの「今宵ぞ秋の最中なる」という謡の元歌の作者が「源順」だそうです。

「源順」…読めますか?

因みに源順の詠んだ元歌はお菓子の「もなか」の名前の由来となった「水の面に照る月並みを数ふれば  今宵ぞ秋の最中なりけり」。

次に、後シテの謡「光を花と散らすよそほひ」の元歌の作者は「源忠」。

更に源融の息子は「源昇」だそうです。

現代においてはいわゆる「キラキラネーム」が全然読めないと言われますが、なんの昔の名前もなかなかの読み辛さです。

上の名前の答えは、

「源順」…みなもとのしたごう。

「源忠」…みなもとのほどこす。

「源昇」…みなもとののぼる。

だそうです。

他にも源定や源挙など、源姓には読めない人がいっぱいです。。

あまり関係ありませんが私の名前「宏司」は全くありふれた名前にもかかわらず、読みが「こうじ」なのに「ひろし」と読まれることが多いのです。

このブログを読んだ方はどうか「さわだこうじ」と読んでくださいませ。

三河の沢の杜若

げにや光陰とどまらず   春過ぎ夏も来て。  草木心無しとは申せども。  時を忘れぬ花の色。顔好花とも申すやらん。あら美しの杜若やな。

能「杜若」で、ワキ旅の僧は三河国八橋の沢辺に咲く杜若を見て、上のようにしみじみと述懐しました。

私はこの部分の謡がとても好きで、春から夏に移ろう今頃の季節になると口ずさみたくなります。

そしてまた毎年今頃になると、亀岡稽古場の杜若が開花するのです。

今日も松本から移動して、楽しみに稽古場のお堀を覗いてみました。すると…


目が覚めるような濃紫色が一面に広がっていました。

しかもこの杜若は、実は三河国八橋の杜若を移植したものだそうなのです。

つまり、在原業平が眺めて「からころも  きつつなれにし  つましあれば  はるばるきぬる  たびをしぞおもふ」と詠んだ、正に能「杜若」に出てくるその杜若と同じDNAを持った花という訳なのです。

この杜若の、思わず「はーっ」とため息をついてしまうような美しさを前にすると、冒頭のワキのような言葉が出てくるのも頷けるというものです。

旅僧の心持ちで暫し眺め入ってから、今年も満足して稽古に向かったのでした。

意外なところに…。

連休が終わって、世の中の皆様は今日からまたお仕事や学校が始まったことと思います。

私も、舞台が中心だった連休から稽古モードにシフトして、今日は松本稽古でした。

先月は甲府盆地の桃が綺麗でしたが、今日はどうでしょうか。

特急あずさで八王子を過ぎて山に入ると、今頃はやはり藤の花が目立ちます。

しかし同じ薄紫色の房状の花でも、藤とは逆に天に向かってスックと立ち上がって咲いている木が其処此処に見られました。

これは桐の花です。

桐は古代中国では鳳凰が巣を作る神聖な木だとされ、日本では平安時代に皇室が菊の紋に次いで格式ある紋として桐紋を使用しました。

その後も織田信長や豊臣秀吉など時の為政者が桐紋を重用した歴史があるようです。現在の日本国政府の紋章も桐なのです。

能装束にも「桐と鳳凰」のセットの模様のものがよく見られます。例えば「高砂」などの脇能物で後シテが着る狩衣に「紺地桐鳳凰模様狩衣」があり、他にも唐織や長絹でも見たことがあります。

このように紋様としては有名な桐ですが、現代においては「実物を見たことが無い」という人も多いかもしれません。

しかし実は皆さんは、おそらく毎日のように桐を見ているのです。

え、そんなはずは無い、と仰る方は、財布の中の500円硬貨を御覧ください。

表の図案が桐なのです。

葉っぱを緑に、その上部の房状の花を薄紫色にイメージすると、それがリアルな桐の木になります。

因みに水道橋の宝生能楽堂横の宝生坂にも桐の木があります。

今年はもう散りかけかもしれませんが、桜が終わって少しした頃に500円硬貨を手に宝生坂をのぞいてみてください。

天に向かって咲く桐の花を見つけることが出来ると思います。

大和宝生会

今日は朝から、奈良で催された大和宝生会40回記念大会に出演して参りました。

奈良に縁のある方々が集まる舞台で、澤風会からも「奈良に縁のある方に縁のある人」というスタンスで、何人かの会員が仕舞と謡に参加させていただきました。

このような地域主体の催しが年1回で40回も続いているのは大変素晴らしいことだと思います。

最高齢の方は93歳で、しかし「この人は最初はいなかったのよ」という人があり、それに対して「はい、私は第2回からの参加なのです」と返しておられたのが更に良かったです。

奈良という、古からの空気感が今も残されている大らかな土地で、この大和宝生会がこれからもずっと歴史を積み重ねて行かれることを、心より祈っております。

40回おめでとうございました。

続報・しどろもどろ

先日の「しどろもどろ」のことについて、読者の方から何通かメールで情報をいただきました。どうもありがとうございます。

色々興味深いのですが、実はより混迷を深めた所もあるのです。

例えば「よろよろ歩く。左乱足  右乱足 シドロモドロ」という内容が古語辞典にあるそうですが、「左乱足  右乱足」でシドロモドロと読むのでしょうか。

また、難解な読みの漢字の中に「取次筋斗」という字があり、なんとこれが「しどろもどろ」と読むのです。

「翻筋斗打つ」で「もんどり打つ」と読むこともあり、「もんどり」が転じて「もどろ」になったという説があるようです。

通常の説は「まだら」が「もどろ」に変化した、というものなのですが、こうなると昨日の「花かつみ」のように、真相が何処にあるのかさっぱりわからなくなって来ました。。

また全く別の切口で、英語で「しどろもどろ」に近い発音の言葉を探してくださった方も。

・citrus modulus(柑橘類の係数)

・Siddharta (the) mutterer (ぶつぶつ呟く人 シッダールタ)

…。私が発音すると、それこそシドロモドロになりそうです。

「しどろもどろ」という単語だけでこれ程色々考えられるとは思いもよらないことでした。

他にも何か知識をお持ちの方は、どうかお知らせくださいませ。お待ちしております。

花かつみ

先日書いた東京の「隙間花壇」のシャガは既に花が終わっていましたが、今日京都の少し北の方ではまだシャガが満開でした。

京大宝生会の学生に興味深いことを聞いたのですが、「花かつみ」とはこのシャガのことを言うのだそうなのです。

「陸奥の安積の沼の花かつみ」とは、能「花筺」のいわゆるクルイの部分のシテ謡ですが、この花かつみがシャガのことだとは、全く思いもよらないことでした。

しかしちょっと調べてみると、更に面白いことがわかりました。

「花かつみ」が何の花なのかは実は諸説あって、松尾芭蕉などは奥の細道の中で、「かつみかつみと尋ね歩き」、日暮れまで探しても結局何の花かわからなかったそうです。

他にも「かきつばた」が花かつみである、という説や、「まこも」という植物がそうである、という説もあり、その中で「安積の沼」の地元である郡山市がシャガの一種である「ヒメシャガ」を「ハナカツミ」として市の花に指定した、ということらしいのです。

花筺のシテ照日の前が、継体天皇の花筺を手に越前から大和国に向かったのは秋ですが、継体天皇が皇子だった頃に日々天照大神に捧げた花の中に、ヒメシャガが入っていた可能性は十分にあります。

花筺クルイを舞う時に、ひとつのイメージとして花筺の中のヒメシャガを想像して舞うのも、また良いかも知れないと思いました。

しどろもどろ

昨日の舞台で仕舞「鳥追」を謡いましたが、その中に「しどろもどろ」という言葉が出て来ました。

シテが特徴的な足拍子を踏む所です。

能は室町時代の言葉で構成されているので、現代には残っていない表現が多く、また単語の細部が微妙に異なることも多々あります。

その中で「しどろもどろ」のように今と全く同じ表現を見つけると、ちょっと嬉しくなってしまいます。

しかし、ふと違和感も覚えました。

現在の「しどろもどろ」は、何か喋ろうとする時に言葉が上手く出てこない、という場合に用いられます。

ところが「鳥追」では、「しどろもどろに鳴る鼓の」と鼓の鳴り方を表すために使われているのです。実際シテも足拍子で鼓の音を表現しています。

そう考えると、能「加茂」で雷神の鼓の音をやはり足拍子とともに「とどろとどろ」と言うのと近い気がします。

そう思って「しどろもどろ」の語源を調べてみたのですが、「鼓の音が元になっている」、と言っているテキストは全然無くて、「言葉に詰まった時の様子」という説明しかありませんでした。

「しどろもどろ」と鼓の音の関わりは、確かにありそうなので、これからまた調べて行きたいと思います。何方か御存知の方がいらしたらどうか教えてくださいませ。

謡をやっていると、日本語の奥深さ難しさを日々実感させられます。

正しく豊かな日本語表現の出来る日本人になりたいものです。

初夏の風に吹かれて

現代においては能舞台は殆どが完全に室内に造られていますが、元々は屋外に面した造りでした。

室内にありながら能舞台に屋根があり、周りに白州があるのは、野外にあった頃の名残という意味でもあります。

その頃の白州の上には屋根は無く、刻々と角度を変える日光を反射して、舞台を効果的に照らす役目を果たしました。

能のいわゆる「五番立て」という分類は、太陽の動きに合わせた順番立てでもあるのです。

今日はその昔ながらの様式に沿って造られた、屋外に面した舞台での仕事でした。

朝一番に舞台に出ると、清冽な風が吹き抜けて、鳥の声を聴きながら謡を謡います。

陽が高く昇るにつれて、舞台は明るくなっていきます。小さな虫が飛んでいますが、風があるのですぐにどこかに行ってくれます。

午後に入ると、初夏らしく空気が暖まって来ました。舞台は少し気だるいようなふわりとした雰囲気に包まれます。

今日の天候が理想的だったというのもあるのですが、本当に外の空気を感じながらの舞台は素晴らしいと思いました。

仕舞や連吟などそれぞれの番組が、舞台を取り囲む外界の様々な変化で文字通り「自然に」味付けされて、何とも味わい深いものになっていました。

勿論、強い風雨や暑さ寒さには弱い点がありますが、屋外に面した能舞台での会がある時には、是非一度観に行かれることをお勧めいたします。

私の澤風会も、もしいつか機会があれば、今日のような舞台で発表会が出来たら良いなと思いました。

名前同志で引かれ合う?

世間はゴールデンウィーク真っ只中ですね。しかし昨日と今日は連休の谷間で、仕事や学校も普通にあるようです。

京大宝生会は結局連休前には1人だけの入部で、後は連休後に期待か…と思っていました。

ところが昨日の稽古にはなんと8人くらい見学に来て、1人新たに入部してくれたそうです。

この辺の新入生の動きの読めなさが、新歓の難しくまた不思議な所です。

不思議と言えば、何故か同時期に同じ苗字や似た苗字の人が入って来ることが多いのです。

「名前同志が引き合う」というのは非科学的な考えですが、例えば私の現役時代の3回生は「なかむらさん」が2人。私の同期は「たかはしさん」と「たかくわさん」。過去には他にも「なかむらさん」と「なかがわくん」、「よしだくん」と「よしださん」、「おおつきさん」と「おおたさん」などが同期でいました。

昨日入部した男の子も、実は現役4回生と同じ苗字らしいです。

ちなみに能においては、「夜討曽我」でシテの「曽我五郎時致」と戦う相手が「古屋五郎」と「御所の五郎丸」です。

こちらは名前ですが何故か「五郎」の相手は「五郎」ばかりなのです。

変わった所では、キンキキッズの2人が同じ苗字なのも全くの偶然だそうです。

苗字や名前で引かれ合う縁というのも確かに存在するような気がして、不思議なことですが大変興味深いです。