阿漕が浦

今日から5月に入りました。私の誕生月で、今頃の季節が私は一番好みです。

私が生まれたのは三重県津の辺りで、実は能「阿漕」の舞台となった阿漕が浦もすぐ近くなのです。

「あこぎ」というと、現代においては「あこぎな商売をする」というように「悪どい、欲深い」と言った意味で使われます。

能においても、「罪深い事を何度も繰り返して、やがて露見してしまう」というやはりネガティブな意味で「あこぎ」という言葉が用いられています。

ところが、私の故郷においては実は「あこぎ」は親孝行な息子で、病弱な母親の為に危険を顧みず密漁をした、という美談として伝わっているのです。

息子の名前は平治と言って、密漁から逃げる時に平治の名前が入った笠を海岸に落として帰った為に捕らえられました。

地元では、平治の笠を象った「平治煎餅」というお菓子まで売られています。

今週土曜日の七宝会において私は能「阿漕」の地謡に入ります。今日は申合があって、地を謡って参りました。

シテは密漁の咎で地獄の責め苦を受け、ワキに救いを求めながら、最後まで成仏に至らずにまた波の底に消えていきます。

しかし阿漕が浦近くの生まれの私としては、ちょっとシテに肩入れして、「そこまで責めなくても良いのでは…」と思ってしまうのでした。

隙間花壇

何の写真かと思われるでしょう。

これは東京の下町にある私の自宅マンションと、隣のマンションの間の隙間なのです。

ますます何のことかわからなくなって来ますね。隙間には消火栓や街灯があって、雑草が手入れも無く繁って…と私も暫くの間思っていました。

毎日前を通るうちに、ふと気がつきました。

「よく花が咲いているなあ」

季節が変わる度に、その季節の花が、少しずつですが代わる代わる咲くのです。

能に関係がある花だと例えば「シャガ(敦盛や芦刈で葉っぱを作り物に使う)」や「ヒナゲシ(虞美人草)」。

他にも水仙、菫、紫陽花、曼珠沙華、また私の知らない花々が交代で数本ずつ姿を見せてくれます。

誰が世話をしているのか全くわからないのですが、気がついてみると明らかに一定期間できちんと手入れされている「花壇」でした。
立ち止まって見ている人は皆無なので、殆どその存在は認識されていないと思われますが、私は日々前を通るのが密かな楽しみになっています。

野の花は野山に自然に咲くのが一番とは思いますが、東京の真ん中で四季を教えてくれるこの「隙間花壇」も、違った意味でしみじみ良いなあと思うのです。

今はシャガが終わって、紫陽花の開花を待っている所です。

写真の下の方にある尖った細長い葉っぱがシャガで、街灯を包むように繁っているのは紫陽花と額紫陽花です。紫陽花が開花したらまた写真を載せたいと思います。

夏の曲

田町稽古場では、今稽古している謡の団体稽古曲がもうすぐ終わります。

新しい曲の候補があればお知らせください、とお願いしていたら、今日お弟子さんからメールが届きました。

「次の曲は夏に向けて、加茂、氷室、草紙洗などはいかがでしょうか?」

どれもとても良い選曲です。

「加茂」の最初のシテとツレの謡は、盛夏の京都のあの暑さの中、通り雨がさっと過ぎて、一時涼風が吹き抜けた鴨川の風景が見えます。

「氷室」。京都北山の森の奥の奥に今も残る氷室跡を見に行ったことがあります。車の離合が困難な細い山道を辿った先に隠れ里のような氷室集落があり、その里山に氷室跡がありました。夏の一夜、氷室神の来臨と共に辺り一面氷に包まれる氷室を想像すると、むしろ寒さすら感じます。

「草紙洗」。曲としては春の曲ですが、小野小町が詠んだのは「水辺の草」という夏の歌でした。

この中から次の稽古曲が選ばれると思います。

すっかりブログ中心になってしまいましたが、当ホームページは澤風会の会員募集の目的で立ち上げたものなのです。

新しい曲が夏に向けて始まる田町稽古場。この機会に謡を始めたいと思われる方は、是非お問い合わせフォームよりご連絡くださいませ。

どうかよろしくお願いいたします。

曲名看板3

今日も京大稽古に何人か新入生が見学に来てくれました。今頃現役と晩御飯を食べているはずで、何とかそのまま入部してくれると良いです。

今日は曲名看板シリーズです。正確には「こぐー」と読むらしいですが、能楽関係者は是非「こごー」と発音してほしい所です。

番台の女性が薙刀を持っているかも…

ハイツかも…

ちょっとリッチかも…

カフェかも…でも定食屋かも…

今日は以上です。曲名では無く、能楽用語看板シリーズも集めていますので、いつか公開したいと思います。

牡丹の花房匂い満ち満ち…

「立てば芍薬座れば牡丹、歩く姿は百合の花」とは美人の例えですが、牡丹の花は能「石橋」においては、作り物として舞台を華やかに彩ります。

宝生能楽堂の作り物の牡丹は実際の牡丹と比べるとかなり大きく、花の作り物の中では最大の大きさだと思います。

通常の石橋では紅白二色の牡丹が出ますが、宝生流の小書「連獅子」になると、紅白に加えて薄桃色の牡丹も出て、より華やかさが増します。

今は丁度牡丹が咲く季節です。亀岡稽古場には牡丹が沢山あるので、上手くすると満開の牡丹が見られるかもしれません。今日は期待して稽古場に向かいました。すると…

やはり咲いていました!白は満開までもう一息。

赤はまだ咲き始めでした。


一番見事だったのがピンク色。なんと石橋連獅子に使う3色が揃っていたのでした。

作り物では偶に本物の草花を使うことがありますが、石橋の場合は作り物が本物よりも大きいので、それは難しいと思います。

しかしこの見事な亀岡の牡丹が三色揃って舞台に出たら、さぞかし舞台映えするだろうと思いました。

1人入部しました

月曜日の夜に京大宝生会の部長からメールがあり、「嬉しいご報告です。本日新入生が入部してくれました!」とありました。

新歓企画の「女子会」(パフェを食べてお話しをする会だそうです)に来てくれて、その後も通常稽古や、先週金曜日の新歓ワークショップにも顔を出してくれた女の子です。

月曜日の謡の師匠稽古に来て、そのまま入部してくれたようです。

毎年新入生が入部すると、「ああ、とりあえず今年も京大宝生会の歴史が、4年先までは繋がったのだなあ」と、何とも言えない感慨深い気分になります。

今年は出足が遅く、観世、金剛、狂言、宝生の4会で初めての入部者らしいです。

しかし、例年最初の1人が入るとそれに続いて何人か入ってくれているので、これから5月27日の京宝連までにたくさん入ってくれて、1、2回生の連吟が賑やかになると良いです。

私は明後日にまた京大稽古に行くので、新入生の稽古をするのが楽しみです。

新歓委員始め、現役達は本当にお疲れ様です。もうひと頑張りしましょう。

もしこれを見た未入部の新入生は、どうか明後日京大能楽部BOXに見学に来てくださいね。

藤と…

今シーズン初めて、藤棚に藤の花が下がっているのを見つけました。家の近所の小学校です。

能「藤」の舞台は現在の富山県の氷見辺りですが、私の父方の先祖は氷見の出身らしいのです。

私は藤も未だ舞ったことが無いのですが、いつか舞ってみたい曲です。

この藤という曲はちょっと珍しい曲で、宝生流と観世流で、前シテが引用する和歌が違ったり、クセなどの詞章も所々微妙に異なっているのです。

囃子方やワキ方にとってはやっかいな曲なのだと思います。

また笑えない笑い話で、「今度の舞台は、ふじと、紅葉狩をお願いします」などと頼まれた囃子方が、「藤」と「紅葉狩」のつもりで舞台に行ったら、「藤戸」と「紅葉狩」だった…というのを聞いた事があります。

曲名もなかなか紛らわしい曲なのです。

舞台出演予定を更新しました

舞台出演予定を更新いたしました。

近々では5月6日(土)13時半より、香里能楽堂にて七宝会端午公演が催されます。

七宝会では初シテとなる辰巳和磨師の能「花月」が初番です。春の清水寺を舞台に、少年花月が様々な芸を尽くしてみせます。若手のホープである和磨師にぴったりの演目です。

また山内崇生師の能「阿漕」は、釣竿や網を使って密漁の様子を再現しますが、この竿や網の扱い方が難しく、また謡も緩急がある難曲です。

これに加えて辰巳満次郎師の仕舞「杜若クセ」があります。これは二段グセと言ってとても長く、見せ場の多い仕舞です。

そしてもう一番の仕舞「土蜘」は、私がシテ土蜘の化身(能では僧侶の姿をしています)を、辰巳孝弥師が源頼光を演じます。

能土蜘における前半の山場、怪僧と頼光の戦いのシーンを仕舞にしたものです。

実は恥ずかしながらこの歳まで土蜘のシテを勤めた経験が無く、あの白糸のような蜘蛛の巣が上手く飛ぶかどうか若干心配ではあります。

心して稽古をして本番に臨みたいと思います。

これ以外に大蔵流狂言「飛越」シテ善竹忠亮師も演じられます。

今回も見処満載の七宝会端午公演に、皆さまどうかお越しくださいませ。

鶴亀で始まり猩々で終わる

今日は水道橋宝生能楽堂にて、柏山聡子師の同門会「芦雲会」の20周年記念大会に出演して参りました。

柏山さんは、私が小学生の時に渡辺三郎先生のお稽古場で初めてお会いした、少し上の先輩です。

お母様が渡雲会会員で、ご本人は大学で能楽部に在籍し、卒業後に職分を目指したという点で私と似た道を歩んで来られた方なのです。

20周年記念大会は大変盛大な素晴らしい舞台でした。しかし私はもうひとつ別の点で深い感銘を受けました。

今日の番組の最初が素謡「鶴亀」で、最後が番囃子「猩々」でした。

この鶴亀で始まって猩々で終わるというのが、渡辺三郎先生の同門会「渡雲会」の決まりのスタイルだったのです。

師匠から引き継ぐ物事は芸だけではなく、番組の組み方や会の進行、更に言えば普段の稽古のやり方や、極端な話だと生活パターンにまで及ぶことがあります。

柏山師の番組を拝見して、「渡辺先生から、しっかり色んな物事を受け継いでおられるのだなあ」と感動いたしました。

私の澤風会は、毎年定型のスタイルは無く、その都度出揃った番組で組んでしまっているのですが、柏山師のような精神も本当に大事だと、思いを新たにいたしました。

明るい春

今朝の紫明荘稽古の行きがけに、京大若手OBのY君から久しぶりにメールが届きました。

数年前に京都から仕事で神奈川に引っ越して、それから中々稽古に来れなかったのですが、「転勤でまた関西に帰って来ました。今日の紫明荘稽古に伺います」とのこと。

これは嬉しいと思いながら紫明荘に到着すると、今日はその後の稽古でもなんだか目出度い話題が多い日になりました。

最年少4歳の男の子は、2人目のおめでたで大きなお腹のお母さんと一緒に来てくれました。

「この子は大きくなったら京大宝生会に入りたい、と言っているのです」とお母さん。おお!それは10数年後を期待しています!

英国帰りの京大若手OBのS君は、やはり久しぶりに紫明荘に稽古に来てくれて「秋の澤風会の一週間前に祝言を挙げることになりました」とのこと。こちらも目出度い!

今日の紫明荘は最後までずっと賑やかで、外は天気も良く、田村クセの「花の都の春の空、げに時めける粧ひ。あら面白の春辺や」という文句がぴったりな雰囲気で、何となく浮き立つような華やかな一日になりました。