幣とタルチョ

今日の午前中に能「舎利」の申合が終わりました。

最近舞台関係のことばかり書いておりますが、ちゃんと澤風会稽古もしております。

昨日は田町稽古、今日は申合の後に先ほどまで江古田稽古でした。

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昨日の田町稽古でのこと。

田町稽古場には「和漢朗詠集」などに詳しい会員さんがいらして、謡の稽古の前後に色々解説をお願いしています。

昨日は「龍田」の解説をしていただきました。

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龍田の地謡に「殊更にこの度は、幣とりあえぬ折なるに、心して吹け嵐、紅葉を幣の神慮…」という言葉があり、これは菅原道真公の有名な「この度は 幣も取りあえず手向け山…」という百人一首の歌などから取った文句です。

そこから、「”手向け”という言葉は”峠”の語源であり、旅人が峠の道祖神やお地蔵様に幣を手向けて旅の安全を祈ったのが元になっている」というお話になりました。

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私はこの話を知らなかったので、ちょっと感動しました。

京都北山に無数にある峠には、よくお地蔵様が祀ってあったことを思い出したのです。

芦生原生林に入る峠はその名も「地蔵峠」といいました。

昔の旅人達はあの峠のお地蔵様に”幣”を手向けていたのでしょう。

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更に稽古の後に色々考えました。

「峠に幣を手向ける」という事が何か引っかかったのです。

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チベットやネパールの峠には必ず、「タルチョ 」呼ばれる五色の祈祷旗が掲げられて、峠の風にはためいている、という話に思い至りました。

改めて「タルチョ 」を調べると、「旅の安全、世界の平和などを願って掲げられる」とあります。

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幣の中には「五色の幣」というものもあり、これを峠の道祖神などに手向けるのは、もしや「タルチョ 」=五色の祈祷旗が起源になっているのではないでしょうか。

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…もしかして有名な話で、私が知らなかっただけかもしれません。

しかし昨日の田町稽古での解説のおかげで、龍田山から一気にヒマラヤ山脈の高い峠にまで想像を飛ばすことが出来ました。

解説では「龍田の神は風の神である」というお話もあり、風にはためくタルチョの風景がますます思い浮かんだのでした。

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どなたか「幣とタルチョ」の関係をご存知の方がいらしたら、どうかお教えくださいませ。

カメムシ占い

今日は午前中に大山崎稽古、昼から松本に移動して夜まで稽古しました。

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大山崎宝寺の紅葉は、半分散りかけになっていました。

「秋寒き窓の内、軒の松風うちしぐれ、木の葉かき敷く庭の面…」

という能「三輪」の一節が思い浮かびました。

ただし、「秋寒き」というほど寒くありません。むしろお寺に向かう急坂を登ると汗ばむくらいの気温です。

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松本に移動したら寒いかと思いきや、松本駅前の気温計が15℃もあり、こちらもこの時期にしては暖かく感じました。

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実は先週の青森稽古の時に、今年は暖冬になりそうだという話を聞いたのですが、その根拠が大変面白いものでした。

「岩木山神社のカメムシの数が多い年は寒い冬になり、少ないと暖冬になる」

というのです。

岩木山神社は津軽国一宮で、”坂上田村麻呂”とも縁の深い神社だそうですが、年によってその境内にカメムシが大発生するということです。多い時は1万匹にもなるとか…。

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ちょっと背筋がゾワゾワする光景ですが、一方で今年のカメムシはというと、かつて無いほど数が少ないそうなのです。

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という訳で”カメムシ占い”によれば今年は暖冬になるはずです。

今のところ実際に気温は高めだと感じています。

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とは言えまだ冬は始まったばかりです。

この冬は”カメムシ占い”の精度に注目しながら過ごしたいと思います。

紋付の修繕

2年ほど前に作った楽屋働き用の紋付が、早くも何ヶ所か糸が切れたりほつれたりしてきました。

装束付けに使う糸針の切れ端をもらって”ずっこけ”という方法で止めたりして、騙し騙し使ってきたのですが、いよいよ裂け目が目立ってきたので、今日まとめて自分で縫って修繕しました。

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紋付は絹糸で縫ってあります。

絹糸は生物由来の為に経年劣化するので、何年か経つと弱くなるものなのですが、楽屋働きで荒っぽく使う紋付は一際早く傷んでくるのです。

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私が直しに使うのは太めの絹糸です。

元々縫ってある糸と比べると、倍以上の太さに見えました。

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正絹の紋付を縫う際には化繊の糸を使わずに絹糸で、しかもあえて細めの糸で縫ってあると聞いたことがあります。

縫い目に過度の負荷がかかった時に、生地が破れる前に糸が切れるようにしてあるのだそうです。

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しかし能の楽屋働きで使う紋付の場合は、この定石を踏み外してでも太くて強い糸で仕上げてもらいたい気がします。

“ヘビーデューティ”というのはアウトドア用品などに使う言葉ですが、私は酷使に耐える”ヘビーデューティ”な紋付があっても良いと思います。

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更に注文出来るとしたら、

①襟の裏側に「糸針と鋏」を収納出来る小さな内ポケットをつける。

②袂の内側にもポケットをいくつかつけて、「手拭い」、「番組などの紙」、「小本」などの出し入れをしやすくする。

などの機能もお願いしたいです。

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いつか上のような頑丈で機能的な紋付を、着物屋さんと共同開発したい…などとチクチクと紋付を繕いながら考えたのでした。

買い手は非常に限られると思われますが…。

伝統芸能を志す中高生達

今日は「都立白鵬高校・附属中学校創立130周年記念式典」

というものに行って参りました。

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私が江古田で稽古している男の子が、白鵬高校の”日本の伝統文化枠”というコースに通っていて、今日の式典ではそのコースの生徒達による公演があったのです。

男の子は仕舞「嵐山」での出演でした。

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と言っても私がしたのは裃の着付けの補助だけで、あとは舞台袖で公演を見守っていました。

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中1から高3まで、9人の生徒達が箏曲、長唄囃子、能、狂言、歌舞伎舞踊、日本舞踊を披露しましたが、皆玄人を目指しているだけあって非常にレベルの高い舞台でした。

そしてまた9人の子供達は皆、学年を超えてとても親しくしているようでした。

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これは大変良いことだと思います。

というのは、伝統芸能の修業では周りに大人しかいない状況が生まれがちで、気楽に話せる同年代がいなくて孤独感を感じることが多いのです。

特に中学高校では、学校で同じような修業をしている生徒はまずいないので、やはり孤立してしまうおそれが高いと思います。

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その点白鵬の生徒達は、同じ日本の伝統芸能を志す同世代の仲間と6年間を過ごせるわけです。

修業の苦労などもお互いに理解して共感し合える筈で、それは精神的にとても救われることだと思うのです。

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また今日の式典では、生徒の保護者の方々がとても沢山手伝いに来て、ステージの設営などをしておられたのも印象的でした。

文化祭などの行事でも必ず保護者が手伝いをするそうです。

仲間達の存在と共に、保護者の方々の手厚いサポートがあればこそ、彼らは中高時代の修業を乗り越えて来られたのでしょう。

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彼らが白鵬での6年間の経験を糧にして、東京芸大など次のステージに進んでいき、更に長く厳しい修業を経てやがて一人前になることを祈って会場の東京文化会館を後にしたのでした。

秋の薔薇

今日は午前中に五雲会申合があり、能「小督」の地謡を勤めました。

そして午後からは11月24、25日に開催の「満次郎の会」の申合で、能「安宅 延年之舞」と新作能「オセロ」の2番の地謡を勤めました。

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さすがに1日に能3番だと、脳内メモリーがいっぱいいっぱいです。

とりあえず五雲会申合を終えて、宝生能楽堂近くの本郷給水所公苑に「安宅」と「オセロ」の地謡のお浚いに向かいました。

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久しぶりに公苑に入ると、丁度秋の薔薇の時期に当たっており、苑内には色とりどりの薔薇が咲き誇っていました。

実は新作能「オセロ」は、”白き花”が重要なモチーフになっているのですが、私が撮ったのは”赤い薔薇”でした。

雲ひとつ無い青空に映えて、とても綺麗だったのです。

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撮影後は、すぐさま謡のお浚いに突入したのでした。

同時に稽古を始める利点

今日は亀岡稽古でした。

もう花はあまり無かったので、稽古の話をさせていただきます。

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亀岡稽古場ではこの1年ほどの間に、仕舞を稽古する人が随分と増えました。

特にこの10月と11月の2ヶ月間には、全く初めての方が3人、久々に稽古を再開される方が1人の合計4人が一気に仕舞稽古を開始されたのです。

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皆さん謡はベテランの方ばかりで、仕舞の地謡も経験しておられます。

なので舞台慣れしておられるのか、意外なほどすんなりと「構え」や「摺り足」をされて驚きました。

(流石に「まわり返し」や「行き掛かり」では苦労されていましたが…)

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同時に何人もが仕舞稽古を始めることには、いくつかの大きな利点があります。

①自分の稽古の前後に、他の人が同じ仕舞を稽古するのを見られるので、1回の稽古で2〜3回分の効果がある。

②なかなか自分では出来なかった型でも、人が直されているのを見ると不思議に良くわかることがある。

更に、

③自分と同じ苦労をしている人を見ると、何となく励みになる。

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これは京大宝生会の新入生達を毎年見て来て感じた経験則です。

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ともかく、今年9月の京阪神巽会では謡だけの出演だった方々が、おそらく1年後の京阪神巽会では揃って、急成長した仕舞を見せてくださることでしょう。

同時に始めた方々が、切磋琢磨してどのように伸びていかれるのか、今後がとても楽しみです。

“気”を払い落とすこと

今日は江古田稽古でした。

先月私は2つの澤風会があってバタバタしておりましたが、やはり先月お忙しくてお休みだった会員さんが、若干久しぶりに稽古に来られました。

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元気溢れる方で、「忙しいけれど体力はまだ余っているのです!この間も1日働いたのに夜全然眠れなくて、夜中に起き出しておでんを作ってしまいました!」

その話を聞いて、思い出したことがありました。

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先日のブログに書いた「太極拳」のお話です。

太極拳を習っている方から聞いたのですが、太極拳の練習や試合をした後には、必ず”気”を払い落としてから帰らなければいけないそうなのです。

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そしてたまたま”気”を払い忘れて帰宅してしまった日があって、その日は夜に目が冴えて全く眠れず、それで”気”を落とすのを忘れたことに気がついたそうです。

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私が江古田の元気な会員さんにその話をすると、横で聞いていた別の方が「私も、以前に能を舞った後に全然眠れなかったことがあります。あれもやはり”気”が残っていたのでしょうね」と仰いました。

確かに大きな舞台の終わった夜に、なかなか眠れないことがたまにあります。あれは”気”の影響なのかもしれません。

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私の場合、舞台や稽古の後に”気を払い落とす”という行為はしたことがありません。

しかし考えてみると、稽古の帰りには必ず”文庫本”を読みながら帰ります。無性に読みたくなるのです。

これは、本の世界に束の間没頭することで、能の世界で受け取った”気”をリセットしているのかもしれません。

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なので読む本は読み易くて荒唐無稽なものが多く、今日はハヤカワ文庫のマイクル・クライトン著「パイレーツ」という海洋大冒険小説の世界に、しばし没頭しながら帰りたいと思います。

あまねく会申合と満月

今日は午後から水道橋宝生能楽堂にて、11月4日開催の辰巳満次郎師のお社中会「あまねく会」の申合がありました。

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今回は京大宝生会OBの柴田昇先輩が能「班女」を舞われて、私は地謡を謡わせていただきます。

京大宝生会のOBの先輩方は、毎年必ずどなたかが能を舞われています。曲も難しいものばかりで、大変に見応えがあります。

今回の「班女」も素晴らしい仕上がりで、本番で地謡座から拝見するのがとても楽しみです。

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他にも舞囃子なども沢山出るので、皆さま是非11月4日には「あまねく会」にお越しいただければと思います。

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さて申合が終わって、先ほど20時頃に宝生能楽堂を出て宝生坂を登って家路につきました。

今日は夜空を見上げながら歩きました。

満月が見えないかと探していたのです。

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給水所公園まで来たところで、雲の切れ間から見え隠れする月を見つけました。

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先月の9月24日は「中秋の名月」でした。

私はその日は松本稽古の帰りに「一杯のワイン」をいただき、その後に乗った特急あずさの窓から名月を眺めたのです。

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そして今日の満月が「栗名月」という名前だと思っておりました。

栗名月が見られて良かった良かったと思いながら、一応と思って「栗名月」を調べたところ、なんと私の認識が間違っていることがわかりました。

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「栗名月」とは、「中秋の名月」の次の満月の直前、”十三夜”の月の事を言うのだそうです。

今年の栗名月は一昨日の10月21日。

つまり、松本澤風会の日の夜だったのです。

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そして私はその日、旅館”月の静香”の前に出て、澤風会に参加された何人かの方々とお月見をしていたのでした。

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「中秋の名月」と「栗名月」は、できれば両方とも見た方が縁起が良いそうです。

私は図らずも、どちらの名月も松本で見たことになります。

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ともあれ、今日の雲間から見える満月もとても綺麗です。

皆さまこれからでも、是非夜空を見上げてみられたら良いかと思います。

寒いので、くれぐれも暖かくしてお願いいたします。

“うしびて”?

今日は松本稽古からの帰りに、松本駅前にある美味しい鰻屋さん「山勢」で昼ごはんを食べました。

松本城薪能前座の時に、初舞台仕舞「鶴亀」を見事に舞われた会員さんがなさっているお店です。

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ここではいつも鰻重の前に、季節の美味しい物を一品出してくださり、それがまた楽しみでもあるのです。

今回は”きのこと菊の花のお浸し”というようなものでした。

出された時に「これは◯△×☆という名前のきのこです」と言われ、元々耳があまり良くないので「上手く聞き取れなかったなあ…」と思いながら一口食べてみました。

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外見は黒っぽくてゴツゴツした印象ですが、柔らかくて適度な歯ごたえもあり、風味もしっかりとあるとても美味しいきのこでした。

やはり名前を知りたいと思い、「あの〜すみません、これは何というきのこでしたっけ?」と尋ねてみました。

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「うしびて、という名前です。由来はわからないのですが、この辺の人はそう呼んでるみたいです。」

なるほど、「うしびて」。

不思議な名前です。

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鰻が焼きあがるまでに携帯で検索してみると、ちゃんと出て来ました。

「牛額」が訛って「うしびて」になったようです。牛の額は確かに黒くてゴツゴツしていそうです。

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そしていよいよ出てきた鰻重に添えられたお吸い物の具が、また普段見慣れない菜っ葉でした。

「このお吸い物には何が入っているのですか?」

「ああ、これは”きんじそう”と言います。金沢では良く食べるみたいですよ。」

これもすぐ調べると、「金時草」という字でした。

少しぬめりのある食感で、独特な風味があってこれまた美味しかったです。

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美味しい鰻とともに、初めて食べる「うしびて」や「金時草」もいただいて、幸せな昼食でした。

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店主さん「来年は、もう少し早い時期に”こうたけ”というきのこを是非食べていただきたいです。僕は”松茸”よりも美味しいと思いますよ。ただ出回る時期が短いので、運が良くないと食べられないんです。」

なんと、それでは来年の10月初めくらいに何とか”こうたけ”を食べてみたいと思います。

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完全にグルメリポートになってしまいましたが、今回はこれにて。

最後に”四柱神社”の色づき始めた紅葉です。

3匹のアサギマダラ達

今日は亀岡稽古でした。

毎年この時期になると、亀岡稽古場にあるフジバカマの群落には、旅をする蝶「アサギマダラ」がたくさん飛んで来るのです。

ちなみに去年は10月4日と11日のブログでこの蝶のことを紹介しました。

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幸いに今日は穏やかな天気だったので、きっと会えるだろうと楽しみにしながら亀岡に向かいました。

そして去年と同じ場所のフジバカマを見に行ってみると…

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やはりいました!

フジバカマの蜜を吸うアサギマダラです。

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去年は3匹のアサギマダラが舞っていたとブログにありました。

不思議なことですが、今日も3匹が花に戯れています。

アサギマダラは渡りをした先で生涯を終えるので、去年と同じ個体の筈はありません。

しかし何となく「また会えたな…」と1年ぶりに友人と再会したような気持ちになりました。

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少しの間写真を撮っていると、この3匹の個体に何となく”個性”がある気がしてきました。

先ず1匹目…

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羽根の模様がくっきりした1番大きなこの個体は、近寄っても逃げないのに、カメラを構えると途端にフワリと飛び立ってしまいます。

なにか振る舞いに余裕が感じられて、”ボス”のようだと思いました。

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次の2匹目は…

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ちょっと色が薄めで、1匹目よりも小ぶりな個体です。

この個体は近寄っても写真を撮っても逃げずに、じっと花に止まっていました。

静かな性格なのか、もしかして元気がないのかも…と、心配になってしまいました。

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そして最後の3匹目は…

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ほんの少しでも近付く気配を見せるとすぐに飛び立って逃げてしまう、実に用心深い個体でした。

遠くからしか見られず、かろうじて撮れた写真もピンぼけです。。

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一度だけこれらの3匹が一斉に飛び立って、私の周りをヒラヒラと飛び交った時がありました。

ぶつかりそうな程近くで乱舞するアサギマダラに、思わず「うおお…」と感嘆の声が出てしまいました。

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彼らとは一期一会で、もう二度と会うことはありません。

しかしまた来年の今頃には、亀岡稽古場で彼らと似たアサギマダラ達にきっと会えるのだろうと思います。

もしかしたらそれは”ボス”と”静か”と”臆病者”という性格の3匹かもしれません。

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なんとなく”輪廻”という単語が頭に浮かんできたのでした。

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今日出会った3匹の、南への旅の無事を祈りつつ。