卒業素謡

今日は先月の「能と狂言の会」以来の京大宝生会稽古でした。

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BOXに行くと、みんな次の「関西宝連」の舞台に向けてそれぞれ始動していました。

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春の関西宝連は「新入生のお披露目」という舞台で、初々しい仕舞や素謡鶴亀がたくさん出るのですが、冬の関西宝連は「卒業生の最後の舞台」という意味合いがあります。

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最上回生はいわゆる「卒業仕舞」や「卒業素謡」を、これまでの稽古の集大成として舞台に出すのです。

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私が現役の頃は、この舞台は12月なのに何故か「秋の京宝連」と呼ばれていたのですが、やはり卒業仕舞と卒業素謡が毎年出ておりました。

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最上回生の最後の仕舞は、各々の思い入れが深く込められていて非常に見応えがあるのですが、「素謡」にもまた思い出深い舞台がありました。

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私の二つ上の学年は、男子が3人でした。

この3人の先輩達が、秋の京宝連で卒業素謡「高砂」を、3人だけで謡われたのです。

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前半のシテ、ツレ、ワキの掛け合いの途中から始まり、位のあるシテ、その奥さんのツレ、颯爽と謡う神主のワキと、3人のキャラクターにぴったり合った配役でした。

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そして掛け合いが終わって所謂「四海波」の地謡だけを3人揃って気迫十分に謡い切り、さっと切戸に引いていかれたのです。

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全体でも5〜6分程度の短い素謡でしたが、その潔い雰囲気がなんとも格好良く、今でも強く印象に残っております。

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「卒業仕舞」に関しては、また色々思い出があるので改めて書きたいと思いますが、毎年この時期になると、「みんなもう卒業か、早いなあ」と、一足早く卒業の感慨にふけってしまうのです。

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今年はどんな舞台になるのか、また関西宝連がとても楽しみです。

いい肉の日

今日11月29日は、どうやら「いい肉の日」らしいです。

「1129」で「いいにく」。しかも今年は平成29年なので、さらに「にく」が重なっています。

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日本人は、このような所謂「語呂合わせ」というのが非常に好きな民族なのだと思います。

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冒頭のような数字の語呂合わせだけに限っても、電話番号や車のナンバープレート、歴史年号の覚え方など、そこら中で目にします。

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実はこの「数字の語呂合わせ」の原型のような「言葉遊び」は、「能楽」の中にも頻繁に見られるのです。

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一曲にひとつは必ずあると言っても良いくらいです。

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つい先程、香里能楽堂にて能「自然居士」の申合の地謡を謡ったのですが、その曲中にもシテ自然居士が船の「一櫂(ひとかい)」を「人買い」と引っ掛けて、ワキの人商人を慌てさせるシーンがありました。

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他にも能「小鍛冶」では、「御劔(みつるぎ)」の「みつ」を「三つ」に掛けて、「天下第一の。二つ銘の。御劔にて。四海を治め給へば。五穀成就もこの時なれや」と「一、二、三、四、五」を読み込む言葉遊びが見られます。

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また能「野守」に「一矜羯羅。二制咜迦。三に倶利伽羅。七大八大金剛童子。」の後に「東方〜」と謡が続くのですが、この「東」も「十」と掛けてあるのだと私は思います。

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千年近く前の知識人が、真面目な顔でこういった言葉遊びを考えている図はちょっと微笑ましい気がします。

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その言葉遊び文化が綿々と繋がって、現代では「いい肉の日企画!先着29名様は肉食べ放題コースが1129円!」という風に使われるわけですね。

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…残念ながら今日は焼肉屋さんに行く時間は無かったのですが、今年は酉年ということで、今日のお昼は東京駅で「鳥照り焼き弁当」を購入して、京都に向かう新幹線車内にて美味しいお肉を食べることが出来たのでした。

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今は帰りの新幹線です。これから東京まで、少し休もうと思います。

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それでは皆さま0843731…。

言語を超えた知的好奇心

一昨日の満次郎の会では、私は「プレミアムシート」の受付を担当しました。

プレミアムシートは、昼の部と夜の部の通し券に、お弁当とお土産が付いたものです。

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毎年この受付をしておりますが、今回は初めての経験がありました。

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プレミアム受付に、日本語が全く話せない白人の御夫婦がいらしたのです。

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恥ずかしながら「お弁当」と「お土産」も咄嗟に出て来ない私の英語力で、なんとか対応しましたが、お二人とも休憩時間にはお箸でお弁当を綺麗に召し上がっておられて、帰りもお土産をお渡しするととても喜ばれました。

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日本語が全く通じないということは当然「能楽」における古い日本語も全くわからない筈です。

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しかし御夫婦は昼の部から5時間近くに及んだ能楽堂での時間を、とても楽しく過ごしてくださったようです。

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また別の話で、昨日の亀岡稽古では、カリフォルニアからの留学生が稽古の見学に来てくれました。

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彼は「合気道」の研究をしているということで、日本語もある程度話せる人でした。

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しかし謡の稽古の時に、お弟子さんの横から謡本にずっと見入っているのには驚きました。

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彼はあくまで「合気道」の研究者で、たまたま謡の声が聞こえたので見学に来たということなので、当然宝生流の謡本を見るのも初めてです。

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私は内心申し訳ないと思いながらも通常と同じ稽古をしていたのですが、彼は「難しいです」と言いながらも飽きもせず熱心に謡本を見てくれていました。

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よく聞く話で、海外公演では謡の意味がわからない外国のお客様も、感覚で理解してくださるということは聞いておりました。

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しかし昨日一昨日にお会いした方々は、ツアーでもなく単身或いは御夫婦で、外国人向けではなくいわば「生のまま」の能楽を日本人と同様に味わい、そして楽しんでくださったのです。

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この「知的好奇心」は素晴らしいと思います。

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これからの時代は、このような「言語を超えた知的好奇心」を持つ海外の方々が、能楽に触れる機会が更に増えていくと思います。

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…しかしながら、せっかく楽しんでいただいた感想を、彼らと直接語り合ったり出来ないのは残念なことです。

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今更ですが、やはり共通言語としての英語力をなんとか身につけたいと思った週末でありました。

東京満次郎の会

明日は水道橋宝生能楽堂にて、「第9回東京満次郎の会」が開催されます。

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私は14時開始の昼の部にて能「景清」の地謡。

また18時開始の夜の部にて能「マクベス」の地謡と仕舞「百萬」のシテを勤めさせていただきます。

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私にとりましては11月最後の山場といえるこの舞台、精一杯頑張りたいと思います。

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当日券も発売されるようですので、皆様是非ご来場くださいませ。

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どうかよろしくお願いいたします。

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短いですが今日はこれにて。

鞍馬天狗の花見児

今日は大阪の堺能楽堂にて、羽衣学園鑑賞能の「鞍馬天狗」に地謡として出演して参りました。

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能「鞍馬天狗」は、冒頭に牛若丸と共に花見にやって来る「花見児」が何人か登場します。

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この「花見児」は、まだ幼稚園くらいから小学生くらいまでの本当に小さな子供達が勤めることになっていて、初舞台として最も多い役です。

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今日も牛若丸に続いて5人の小さな花見児が登場しました。

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楽屋では装束をつけてもなかなか落ち着かない様子だった子供達も、幕が上がると緊張した面持ちでしずしずと橋掛りを歩んで来ました。

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舞台にいたのは6〜7分といったところですが、現代ではそれくらいの時間でもじっと動かないでいられる子供はなかなかいないと思います。

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きちんとした礼儀作法や忍耐力を、安全に学ぶことができる能の子方は、実は子供の教育にはとても向いているのではと思います。

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地域の子供達を稽古して、鞍馬天狗の花見児に出てもらうという企画は私も何度か見たことがあります。

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もしもそのような企画を見かけたら、御身内のお子さんに是非とも参加をおすすめくださいませ。

場合によっては、プロの道にスカウトされる可能性もあるかもしれません。

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今日の子供達も、この先も稽古を続けてくれて、また違う舞台で会えたら良いと思いました。

あーめーあられーと…

昨日の京大「能と狂言の会」はおかげさまで無事に終了いたしました。

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1、2回生だけによる素謡「紅葉狩」が無本で、なかなか気合が入っていました。

舞囃子2番や仕舞、全員参加の素謡「咸陽宮」など、それぞれが上達して良い舞台になったと思います。

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終了後の打ち上げは、ここ数年決まって「お狩場」という信州料理屋さんです。

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実は偶然昨日が誕生日の部員がいて、乾杯の後しばらくしてからお祝いが始まりました。

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誕生日プレゼントの贈呈があったのですが、このプレゼントが何故か「プロポリスキャンディ」と「あられ入りのふりかけ」でした。

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この謎かけ、わかりますか?誕生日の部員は仕舞「田村キリ」を舞いました。

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…田村キリには「千の矢先、雨霰と降り掛かって…」という文句があるのです。

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「あーめーあられーとふりかかって」で「あめ」「あられのふりかけ」…。

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プレゼントを買ったのは合宿所の2階の部屋に「ヤの間」とか「ヤヲの間」などと名付けた部員です。

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若干オヤジギャグ気味ですが、みんな大盛り上がりでした。

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色々な委員や部長、副部長などの引き継ぎ挨拶などもあり、毎年のことながら1年は本当に早いものだと思います。

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「お狩場」の打ち上げも無事終わり、今年も歩いてBOXへ。

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しかしまだ時間が早めだったからか、BOXには宝生会だけしかいませんでした。

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しばし差し入れのお菓子など食べて喋っていましたが、私は日が変わるのを潮に帰ることにしました。

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私もオジサンなので、翌日を考えて自重することが多くなりました。。

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そして今日の下鴨稽古で、昨日一緒にBOXに行った若手OBのMくんに「昨夜はあれからいつまでBOXにいたの?」と聞くと、「え〜、朝までいました…」との返事が。

やはり若い!

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現役の皆さんお疲れ様でした。

そして応援にいらしてくださったたくさんの皆様、どうもありがとうございました。

今日は京大「能と狂言の会」です

今日は京都金剛能楽堂にて、京都大学能楽部の自演会「能と狂言の会」が開催されます。

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前身の「京都大学 学生能」から数えると、60年近い歴史のある舞台です。

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「観世会」「金剛会」「狂言会」「宝生会」で構成される「京都大学能楽部」。

入学した時点では同じスタートラインにいた新入部員達が、それぞれの会で稽古を重ねていくうちにその流儀の芸や各会のカラーに染まって、全く違う舞や謡をするようになります。

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そして年に一度、11月にあるこの「能と狂言の会」でそれらの部員達が一堂に会して、普段の稽古の成果を披露するわけです。

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私が現役の頃、当時の「学生能」の舞台を観ていると、観世会や金剛会にとても上手な人が何人かいて、目を見張った覚えがあります。

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流儀の主張や各々の個性は勿論ありますが、それを超えたところに「良い芸」というものが存在するということを知り、自分もそれを目指したいと思いました。

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舞台を終えて、各会に分かれての打ち上げの後、夜が更けた頃にBOXに再び全会が戻って来ます。

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早速昼間の舞台の映像を見る者、ひたすら酒を飲む者、麻雀を始めるグループなど、現役、OB、師匠も入り混じっての混沌状態が夜明けまで続きます。

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途中でまだ舞い足りない誰かが舞台で舞い出すと、同じ曲を違う流儀の誰かが横で舞い始めて、やがて三流競演になります。

地謡も三流同時に並んで謡い出すのです。

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舞台上でぶつかったり、譲り合ったり、いつまでも拍子を踏んでいる流儀があったりして、見所も大いに盛り上がります。

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そのような時にも、「この曲の文句は流儀によってこう違うのか」とか、「この仕舞は始まる場所が三流それぞれ異なるのか」といった新鮮な発見がありました。

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四つの会があるからこそ出来た京大時代の経験が、今の自分にとってとても大事な根幹を形作っているのだと感じます。

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今日これからの「能と狂言の会」がどんな舞台になり、現役達がそれぞれどんな経験を積んでくれるのか、非常に楽しみです。

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舞台の模様はまた明日に。

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五雲会の能「殺生石」

今日の五雲会では、大変珍しいことですが私は「謡」というものを一句も謡いませんでした。

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最後の演目の能「殺生石」の後見だったのです。

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能「殺生石」の後シテは、日本昔話の桃太郎のように石を二つに割って登場します。

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この石は等身大の桃が紺色になったような形状です。

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前シテ「玉藻の前」が大小前に置いてある石に中入して、間狂言のあいだに着替えて後シテ野干の姿になる訳です。

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この石の中での着替えが中々面倒で、私は装束のいわゆる「前」を着ける立場だったので、玉藻の前の装束をすべて脱がして、野干の装束を短時間に着付けて、何とか間狂言の終わりに間に合いました。

更に後半に石が二つに割れる場面で上手い具合に作り物が割れてくれるかなど、この曲の後見は気を遣うことが多い後見でした。

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自分としてはベストを尽くしたのですが、見所からどう見えたのか、また御覧になった方の感想を伺ってみたいと思います。

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短いですが今日はこれにて。

六甲学院における「復活のキリスト」

今日は神戸の六甲学院創立八十周年記念・能楽鑑賞会にて、新作能「復活のキリスト」の地謡に出演して参りました。

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「新作能」と申しましても、この「復活のキリスト」が初演されたのは55年前のことだそうです。

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世界平和を祈って作られた作品で、当時の第十七代宗家宝生九郎重英先生が節付け、演出、さらに自らシテを演じられたのです。

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本日伺ったお話では、当時この曲の為に作られた装束の一部は、ローマ法王、エリザベス女王、ルーズベルト大統領に献上されたということで、いかに大がかりな催しだったかがしのばれます。

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その「復活のキリスト」が、今年6月に日本バチカン修好七十五周年記念公演として、バチカン市国において新演出により演じられ、宝生和英宗家のシテによって正に「復活」したのです。

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そして今日は、そのバチカン版演出による日本国内初公演だった訳で、そのような貴重な機会に地謡に加えていただいて、大変光栄なことでした。

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キリストの装束は内弟子時代に通称「プラチナの狩衣」と呼ばれていたもので、白地に光り輝く十字架の文様がデザインされています。

50年以上前に作られた物とは思えない輝きを放っていました。

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またキリストの冠はこの曲専用の冠で、同じく内弟子時代に蔵掃除の時にだけ眼にしていたものでしたが、まさか実際に舞台上で見ることが出来るとは思いませんでした。

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六甲学院の講堂にはステンドグラスがあり、またオリーブの枝を飾った作り物が舞台に置かれて、まるで聖書の世界に能楽が入り込んだような、神聖で荘厳で、不思議に心地良い空間が現出しました。

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初演から55年が経過した現在でも、残念な事に世界中で多くの争いが起こり、沢山の人々が悲しく辛い思いをされています。

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「世界平和を祈る」ために作られたこの「復活のキリスト」は、現代においてこそもっと演じられるべき曲なのかもしれません。

今年の「薪能納め」

今日は静岡の沼津御用邸にて薪能がありました。

「松籟の宴」という一連のイベントの一環で満次郎師が半能「融」を舞われたのです。

私にとっては、「今年最後の薪能」でした。

御用邸の松林の中で「竹のインスタレーション展」が開催されており、その作品のひとつの前に能舞台が組まれていました。


「インスタレーション」とは初めて聞きましたが、「空間と一体化させた芸術作品」といったもののようです。


題名もついており、どうやら「生け花」の要素がある作品なのですね。

さらにその作品を背景に能を演ずる訳なので、「能×インスタレーション×御用邸松林の風景」という、大変芸術性の高い空間が出来上がりました。

11月半ばの薪能という事で寒さが少々心配でしたが、幸いにそれ程気温が低くならずに、満席のお客様の前で無事に舞台を終えることが出来ました。

火入式の奉行役でいらした沼津市長さんは能楽好きだそうで、「出来れば毎年恒例の舞台にしたいです!」と前向きに仰ってくださいました。

繰り返しですがこの舞台が今年の「薪能納め」でした。

しかし能楽堂での舞台や稽古はまだまだ続きますので、年末までノンストップで頑張って参りたいと思います。