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あの時の竹生島

今日は京大能楽部自演会が滞りなく開催され、京大宝生会の能「竹生島」もおかげさまで無事に終了いたしました。

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昼過ぎに「竹生島」がいよいよ始まり、私は後見座で祈るような気持ちでシテツレの同吟を聴いておりました。

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やがて地謡が始まります。

最初低い調子で謡い始めますが、「ところは海の上」という部分で”下の下”という調子から”上”という高い調子に急に変わり、そこで船が広い湖上に出たことを表現します。

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しかし今日そこで私は「ハッ」と驚きました。

地謡の調子が、申合とも稽古とも微妙に違うのです。

今日はよりキッパリと、強い調子の謡に聴こえました。

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そしてその謡は、春の長閑な湖ではなく、もっと熱い風が吹いて強烈な日差しが照りつける夏の湖面を想像させたのです。

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そうです。

それはあの9月始めに皆で行った「竹生島合宿」の時の琵琶湖でした。

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「我々は今、”あの時の竹生島”への船旅を再び辿っているのだ…」

と思い、舞台上で震えるように胸が熱くなりました。

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そこから先は、天女も龍神も”あの時の竹生島”で舞っているように感じられました。

舞台が進んでいくにつれて、「最後まで無事に終わってほしい」という気持ちと「終わってほしくない、もっとこの旅を続けたい…」という想いが同時に湧いて来ました。

こんな気分になったことはこれまで一度もありませんでした。

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この先能「竹生島」に関わることは何度となくあるでしょう。

しかし今回の京大宝生会の「竹生島」のような経験は二度と出来ないと思います。

今日の「竹生島」を私は生涯忘れることはないでしょう。

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お世話になった先生方、見所で応援してくださった沢山の皆様、誠にありがとうございました。

稽古の結晶の輝き

明日、京大能楽部自演会「能と狂言の会」が京都観世会館にて開催されます。

京大宝生会の能「竹生島」もいよいよ本番を迎えます。

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これまで何十年もの間、繰り返して現役達に言い続けてきたことがあります。

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「ちゃんと稽古を積んできた舞台は、必ず見所にその努力と想いが伝わる」ということです。

そういう舞台では、もしも何ヶ所かの失敗があろうとも、その稽古の結晶の輝きには何の影響も無いのです。

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そして今回も、我々京大宝生会は能「竹生島」に向けて、個々人の持つ最大限の力をひとつに合わせて、其々の想いを持って懸命に稽古して参りました。

その結晶は既に眩しい輝きを放っています。

明日の舞台でその輝きは間違いなくお客様に伝わることでしょう。

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なので現役達は明日の本番ではどうかあまり気負わずに、緊張し過ぎずに、稽古と同じように冷静な心持ちで臨んでほしいです

そして一期一会の「竹生島」の舞台を五感で存分に味わって楽しんでほしいのです。

このメンバーでひとつの舞台を作るのはこれで最後、という気持ちよりも、このメンバーで「竹生島」を作れた喜びを舞台上で感じてくれたらと思います。

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京大宝生会が120%の本気を出して作り上げた稽古の結晶「竹生島」を、皆様どうか御覧くださいませ。

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京都大学能楽部自演会「能と狂言の会」

京都観世会館にて明日11月26日午前10時始曲。

能「竹生島」午後12時35分開始予定です。

どうかよろしくお願いいたします。

いつの間に…⁉︎

昨夜は大阪大仙公園日本庭園にての薪能「マクベス」を終えて、最寄りのJR百舌鳥(もず)駅まで歩きました。

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日本庭園から駅まで、ちょうど「仁徳天皇陵」の南端を西から東へと横断する形になりました。

そして私はその道のりの長さに驚いたのです。

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左手に黒く繁る古墳の森を見ながら早足で駅を目指します。

しかし歩けども歩けども百舌鳥駅の灯りは見えて来ません。。

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一度は訪れてみたかった仁徳天皇陵。

その広大さを暗闇の中とは言え自分の足で体感出来たのは意義あることだった、と思いながら、ほぼ全力で15分程歩いて漸く百舌鳥駅に到着しました。

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ところがそこで更に驚くべきことがあったのです。

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改札機を潜ろうとした時。背後から、

「やあ、間に合ったね」

と声を掛けられたのです。

振り返ると、先ほどまで日本庭園で御一緒させていただいた御囃子方が涼しく微笑んでいらっしゃいました。

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…しかし私は日本庭園を出る時に、その先生に

「すみません私電車の時間があるのでお先に参ります!」

と言って殆ど小走りにスタートした筈なのです。

先生は「ああ、僕は急がないからお先にどうぞ」と穏やかに仰った筈なのです。。

それがいつの間に追いつかれたのでしょう…。

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私は密かに、歩くのは早い方だと思っていたのですが、能楽師の中では全然そんなことはないのかもしれません。。

色々驚かされた昨日の帰り道だったのでした。

冷や汗ものの解説…

昨日は大阪船場にある坐摩神社(これで”いかすり神社”と読むのです)の境内にて薪能「草薙」の地謡を勤めました。

そして今日はやはり大阪の、仁徳天皇陵に隣接した大仙公園日本庭園にて、薪能「マクベス」の地謡を謡いました。

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この2公演は地謡もひとつのヤマでしたが、私にとっては「解説」を仰せつかったのがむしろ大ごとでした。。

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特に今日の新作能「マクベス」。

正直な話、私はシェイクスピアの戯曲に関する知識などほぼ皆無です。

そんな人間が解説をするなど、シェイクスピアや能「マクベス」の作者の先生など各方面に失礼になるのでは…

と内心冷や冷やしながら、何とかかんとか15分ほどお話しをさせていただきました。

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この秋は、泉涌寺での能「舎利」の時にも、泉涌寺の徳の高い僧侶様の前での解説を仰せつかり、今日と同じような冷や汗をかきました。。

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極度に緊張すると早口になるのが私の欠点のひとつです。

昨日も今日も注意されてしまいました。

舞台度胸ならぬ「解説度胸」をもっとつけて、緊張してもゆっくり丁寧にお話し出来るようにしたいと思います。

ジャケットとマフラーの出番は…

一昨日の京大「竹生島」申合の時のこと。

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申合の舞台上では、色々バタバタと動いたり考えたりしてとても暑いと感じていました。

そして終わって着替えて外に出ると、夕方の冷んやりした空気に包まれて大変心地良い気分になりました。

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京都駅行きの殺人的に混雑した市バスでまた暑い思いをして、ようやく帰りの新幹線に乗ってホッとした時。

なにやら身が軽すぎることに気がついたのです。。

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私はその時薄手の長袖シャツ1枚で、行きに身に付けていた筈のジャケットもマフラーも京都観世会館に置いてきてしまっていたのです。

それでも全く寒さを感じなかったのは、申合で心身ともにフル回転していたからだと思われます。

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今日は改めて観世会館にそのジャケットとマフラーを受け取りに伺いました。

事務所の方に「帰りお寒くなかったですか?」

と聞かれて、

「いや〜、むしろ暑いくらいだったのです…」

と答えて呆れられてしまいました。

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しかも、今日は天気が良かったので観世会館からブラブラ歩き始めたところ、そのまま京都駅まで歩いてしまい結局また暑くなってしまったのです。

そして受け取ったジャケットとマフラーは鞄に押し込まれたまま、身に付けることはありませんでした。。

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これから夜遅くまで芦屋稽古なので、終わった後の帰り道でようやくジャケットとマフラーの出番となりそうです。

能「竹生島」申合が終わりました

今日は京都大学能楽部自演会「能と狂言の会」の申合がありました。

京大宝生会の能「竹生島」がいよいよ申合を迎えたのです。

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本番用の大ぶりな船と宮の作り物。

初めて身に付ける能装束。

宝生流の謡本と微妙に異なるワキの言葉。

御囃子の手組と地謡との何ヶ所かのズレ。

思ったよりも長い橋掛り。

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などなど、本番前に修正すべき点の最終チェックが色々と出来て、得るものの多い申合になりました。

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1週間後の11月26日火曜日。

京都観世会館にて、京都大学能楽部自演会「能と狂言の会」の本番が開催されます。

宝生流能「竹生島」は12時半頃からの予定です。

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京大宝生会の竹生島へと向かう旅は、遂に終盤に差し掛かりました。

私の稽古は本番までにあと1回。

今日の申合を踏まえて、本番が少しでも良い舞台になるようにギリギリまで改善したいと思います。

松本澤風会2019御礼

昨日は松本城近くの日本料理店「凡蔵」の御座敷で「松本澤風会」を開催させていただきました。

今回も沢山の方々に本当にお世話になりました。どうもありがとうございました。

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また今日は、昨日初舞台の仕舞「猩々」と素謡「橋弁慶」を無事に終えられた会員さん御夫妻の御宅にお邪魔させていただきました。

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松本から北へ1時間ほどの池田町の山の斜面に建てられた御宅は、暖炉が燃えて暖かで、窓からは北アルプスの素晴らしい眺望を楽しむことができる素敵なお家でした。

御宅から見える常念岳から白馬方面までのパノラマです。

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広々としたリビングのテーブルには奥様お手製の野沢菜漬け、奈良漬け、大根漬け。

やはり手作りの”味噌パン”。

りんごや柿などの季節の果物。

ご主人が天才的な技量で淹れてくださった珈琲。

それぞれ地元のものを使った、心のこもった品々でした。

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そしてテラスには干し柿、お庭には原木椎茸や沢山のハーブ、里山の様々な草木達。

軒下には冬を越すための膨大な量の薪…。

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大自然の中で、その自然と共生して豊かな暮らしをされている御夫婦は、御宅と同様にその生き方が実に魅力的だと思いました。

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今回色々とお世話になりました皆様、重ねて御礼を申し上げます。

誠にありがとうございました。

次の山へ

今日は宝生能楽堂にて「五雲会」、昨日は香里能楽堂にて「七宝会」に出演いたしました。

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五雲会、七宝会。

合わせてたった6文字の仕事ですが、私にとっては双方の申合があった一昨日木曜日から今日までは大きな山でした。

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そしてなんとか今回の山を登り切って目を上げてみると、次の山々峰々が視界に入ってきます。

荷物を少し入れ替えて、先ずは目の前の山へ向かってとにかく一歩踏み出す。

そんな日々が続いています。

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ブログをきちんと更新出来ず大変申し訳無く思っております。

どうか今しばらく御容赦くださいませ。

新しい月の生まれる頃に

今日は朝からずっと電車で移動しています。

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日が落ちて暗くなってくるとともに、東の低い山脈から濃い黄色をした巨大な月が上って来ました。

今年見た中で一番大きく見える満月な気がします。

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ちょうど1週間前には、亀岡で冷え冷えとした半月を眺めました。

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そしてあと1週間後、この満月が半分になる頃には京大宝生会の能「竹生島」の申合がある予定です。

更にその1週間後、この月が消えてまた新しい月が生まれる頃に「竹生島」は本番の舞台を迎えるのです。

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私が「竹生島」の稽古を出来るのは、おそらくあと3回ほどでしょう。

全身全霊をかけて残りの稽古をして、なんとかこの能を成功させたい。

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右手の車窓の空にかかる巨大な満月を、今祈るような気持ちで眺めています。

静寂の中で終わる曲

昨日は京阪神巽会から最終新幹線で東京に帰りました。

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新幹線の座席に着いた途端にスイッチが切れたように東京まで眠りました。

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今日も少し遅くまで休ませてもらい、昼過ぎから水道橋宝生能楽堂での「月並能」に向かいました。

私は能「蝉丸」の地謡を勤めました。

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曲の最後、姉逆髪と弟蝉丸の別れのシーンでのことです。

逆髪は橋掛りをトボトボと寂しげに歩んでいき、幕に近い”三の松”で振り返って蝉丸に最後の別れを告げます。

そして舞台の蝉丸は留拍子を踏まず、静かに終曲を迎えるのです。

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逆髪が”三の松”から幕に向いて歩き出した時、見所から少しだけ拍手が起こりかけました。

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しかしその拍手は、蝉丸が舞台から橋掛りへと静かに静かに歩むにつれて、徐々におさまっていったのです。

そして幕が開いて蝉丸の姿が消えていってもなお、水を打ったような静けさは能楽堂を包んでいました。

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御囃子方と地謡が退場する時になって、ようやく拍手が今度は盛大に起こりました。

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曲にもよるのだと思いますが「蝉丸」のように留拍子を踏まない曲では、今日のように静寂の中で終わるのが良いとしみじみ思いました。