五雲会の能「龍田」無事終了いたしました

本日宝生能楽堂にて「五雲会」が開催され、私の能「龍田」もおかげさまで無事に終了いたしました。

あいにくの雨にもかかわらず、300人近いお客様にいらしていただきました。

誠にありがとうございました。

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「龍田」は舞台上にある宮の作り物に中入してその中で着替えるので、一度幕から出ると最後まで舞台にいることになります。

曲が終わって楽屋に戻って時計を見ると、丁度90分が経過していました。

私がこれまで舞った中では長丁場の部類に入る曲です。

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しかし、8月15日の「兼平」、9月6日の「歌占」に比べると気温が低い分だけ消耗も少なく、最後まで冷静に舞えた気がします。

「キラリと光る型」がちゃんと光ったかは自分ではわからないのですが…

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そして自分の「龍田」が終わった後には、紋付に着替えてまた楽屋に降りました。

今日の留めの能「忠信」は、合計10人のシテとツレが出演するので楽屋は大忙しなのです。

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シテ上野能寛君は今日の「忠信」が初シテでしたが、私も10数年前にこの「忠信」で初シテを勤めたのです。

感慨深い気持ちでツレ義経の装束付けなどを手伝いました。

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今日の五雲会で私の今年のシテは全て無事に終わりました。

しかし年内の仕事はまだまだ続きます。

明日からまた新たな気持ちで頑張って参りたいと思います。

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本日お越しくださいました皆様、重ねて心より御礼申し上げます。

ありがとうございました。

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キラリと光る型

明後日10月17日土曜日には、水道橋宝生能楽堂にて「五雲会」が開催されます。

私は初番の能「龍田」のシテを勤めます。

今日はその申合がありました。

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8月の能「兼平」、9月の能「歌占」に続いて、今回の「龍田」が今年最後のシテになります。

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「龍田」という曲は、「兼平」や「歌占」と比べて劇的なストーリー展開や特異な人物設定などは無い曲です。

紅葉の神体である龍田姫が、散り飛ぶ紅葉の中で舞うという”神々しい美しさ”を如何に表現できるかが大切なのだと思います。

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型も基本的なものが多く、ひとつひとつを正確に丁寧に…と心掛けて舞いました。

しかしその中で一箇所、この曲だけの独特の動きをするシーンがあります。

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前場の最後、前シテ龍田明神の巫女が本性を現す場面です。

自らが龍田姫であると明かした巫女は、全身から光を発しますが、その瞬間シテの着ている装束が実際にキラリ✨と光って見えるような型をするのです。

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今日の申合は紋付袴で舞ったので、この型をしても当然まったくキラリ✨とはなりません。

なので明後日の本番前に唐織を着けてから、鏡の間で何度かキラリ✨とやってみて、金糸の織り込まれた唐織がどうしたら良く光るかを研究してみたいと思います。

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五雲会

10月17日土曜日正午始 於宝生能楽堂

能「龍田」シテ澤田宏司

能「半蔀」シテ小倉健太郎

能「忠信」シテ上野能寛(初シテだそうです)

皆様どうかお越しくださいませ。

よろしくお願いいたします。

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zoomでの舞台参加

第7回澤風会・郁雲会の本番まで2週間ほどとなった9月上旬、自治医科大学能楽部の青年からメールが届きました。

残念ながら大学からの外出が許可されず、澤風会への参加が困難になってしまったという内容でした。

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自治医科大学からは青年も含めて数人が参加予定で、中でも困ったことに素謡「土蜘」の後シテ、前ワキ、ツレの役謡が来れなくなってしまったのです。

通常ならば、代役を考えるべき状況でした。

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しかしこの素謡「土蜘」は、コロナウイルスでサークル活動が出来なくなった大学生達が、自治医科大学、日本女子大学、國學院大学の3大学合同で4月から始めたzoom遠隔稽古の成果を発表するものだったのです。

なんとか半年間一緒に稽古してきたメンバーで謡わせてあげたい!

と強く思いました。

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そして考えたのが「稽古がzoomで出来るのだから、舞台にもzoomで参加出来ないだろうか?」ということでした。

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先ずはセルリアン能楽堂に問い合わせて、舞台上でWi-Fiが使えることを確認しました。

あとひとつ大きな問題は「スピーカー」です。

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舞台上では4人の学生が実際に謡います。

その生の声に負けない音量が出せるスピーカーはあるだろうか。色々と調べてみました。

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その結果、20Wという大音量(私がこれまで稽古用に使っていたスピーカーは5W)で、サイズは500mペットボトル程という小型高性能のスピーカーが入手出来たのです。

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本番の3日前には、実際にセルリアン能楽堂の舞台でzoomとスピーカーを使って学生と繋いで試験をして、上々の成果を得ました。

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そしていよいよ本番。

舞台上でzoomを起動すると、画面には自治医科大学の寮の自室で紋付袴をキッチリと着付けて正座している青年の姿が写りました。

こちらはスマホのカメラを笛柱の前から見所方向に向けて、少しでも舞台で謡っている気分が出るようにしました。

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そして素謡「土蜘」のzoom参加の結果は…。

私の不手際で前ワキの謡が一部途切れてしまったのが申し訳なかったのですが、それ以外は音量、音質共に申し分無いものでした。

舞台上のメンバーもそれぞれzoom稽古の成果を存分に発揮してくれて、元気な「土蜘」を披露することができたのです。

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このzoomでの舞台参加は、もちろん今回のような特殊な場合に限られる”裏技”と言えるでしょう。

しかし、不意の怪我や台風などで能楽堂に急に来られなくなった非常時などに、この方法は有効かもしれません。

コロナウイルスの影響で始めたzoom遠隔稽古から派生して、「zoomでの舞台参加」という新たな可能性に辿り着いた今回の舞台でした。

重要な三点セットが…

澤風会のような社中発表会では、舞台もさることながら「お昼のお弁当」、「楽屋のお菓子」、「終了後の宴会」の三点が重要な要素になります。

中には「舞台は宴会のためにある」と豪語する人もいるくらいです。

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…その是非はともかく。

舞台の前の緊張した時間、自分の出番が終わってホッとした時間、そして1日の舞台が無事に終わって心身ともに解放された時間。

それらの時間には、お菓子や御飯を食べながら周りの人達とお喋りするのが何よりの癒しになるものです。

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しかしながら、大変残念なことに今回の第7回東京澤風会・郁雲会では「お昼のお弁当、お菓子、宴会」は全て無しにさせていただきました。

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何かを食べる時には必ずマスクを外さなければならず、そこで誰かとお喋りをすると、これまた必ず飛沫が飛ぶことになってしまうのです。

なので、楽屋には飴玉とチョコレートと言った簡単なお菓子とお茶だけを出して、お昼御飯などは基本的に外で食べていただくように皆様にお願いしたのです。

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終了後もすぐに解散して、私は勿論真っ直ぐに自宅に帰りました。

18時頃には家に戻っていて、普通に晩御飯を食べて早く寝るというのは何だか不思議な感覚でした。

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お弁当をデパ地下などで色々吟味して決めたり、宴会の料理をホテルと相談したりするのは、手間はかかりますが何となく楽しいものです。

今回は叶いませんでしたが、次回以降はまた「お弁当、お菓子、宴会」の三点セットを皆様と楽しめるようにしたいと願っています。

初の試み「3部制番組」

第7回東京澤風会・郁雲会大会の番組は、3月の時点で一度完成して印刷まで済んでおりました。

しかし2度の延期で内容がすっかり変わってしまい、根本的に作り直すことにいたしました。

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団体での素謡が6番減るなど、やはり規模はかなり小さくなってしまいました。

時間を計算すると、約300分。

朝10時始だと、15時には終わってしまうことになります。

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先ずは漠然と、「これを午前と午後の2部制にして、間に換気のための休憩を1時間挟んだらどうだろう」

と考えました。

能楽師も出演者も半分に分ければ、楽屋も三密が避けられるのでは…と思ったのです。

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しかし、何故か番組を2部に分けるのが非常に困難でした。

会員さん達の希望、能楽師の都合などを色々考慮していくと、どこかに矛盾や破綻が生じてしまうのです。。

超難解なパズルに嵌った時のように、番組の下書を睨んで唸る日々が続きました。

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そしてある日、遠隔稽古の帰りに道を歩いている時に突然「2部がだめなら3部制にすれば?」という考えが降ってきたのです。

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思えば依頼しているシテ方能楽師は私以外に9人でした。

3部制ならば各部に3人ずつでちょうど割り切れます。

番組も3分割だと不思議に上手く配分できて、ついに「100分間舞台、40分間換気休憩」を3回繰り返すという構成の「3部制番組」が完成したのでした。

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結果を見てみると、楽屋での三密はかなり避けられたと思います。

それに加えて、見に来てくださったお客様からは、「3部制は時間がわかりやすかった」との声がありました。

3回の仕切り直しで遅れや早まりがリセットされて、時間のズレは殆どありませんでした。

その為に、見たい人の舞台の時間が正確にわかる、という利点もあったようなのです。

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という訳で、苦心の「3部制番組」は何とか上手く機能してくれました。

しかし今回は、番組構成以外にも色々難しい課題があったのです。

それはまた次回の稿で書かせていただきます。

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第7回東京澤風会・郁雲会大会を開催いたしました

ちょうど1週間前の9月21日、渋谷のセルリアン能楽堂にて「第7回東京澤風会・郁雲会大会」を開催させていただきました。

本来は3月7日開催予定でしたが、コロナウイルスの影響で5月に延期、それも開催出来ずに再延期していた舞台でした。

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出来得る限りの様々な感染防止対策をとって開催いたしました。

しかし、万が一にも澤風会大会で感染者が出たら大変なことなので、開催後のこの1週間はドキドキしながら過ごしておりました。

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幸いなことに、最も長く能楽堂にいた私自身全く健康であり、参加された方々も皆様お元気なようです。

ブログに書くのも1週間は様子を見てからにしようと思っておりましたので、ご報告が遅くなりましたことお詫び申し上げます。

これから会のことを何回かに分けて書いて参りたいと思います。

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先ずはご出演いただきました先生方、また毎回駆けつけてくださる京大宝生東京OB会の皆様、ご参加いただいた澤風会郁雲会会員の方々、そして見所で応援してくださった皆様、さらに感染防止対策など様々なことで全面的にお世話になりましたセルリアン能楽堂スタッフの方々に心より御礼申し上げます。

「竹生島合宿」から1年

去年の今日9月11日、京大宝生会は能「竹生島」に向けた合宿を琵琶湖畔で行っていました。

今頃の時間はその合宿のメインイベントである「竹生島クルーズ」を終えて、大満足で帰港していたと思われます。

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能の効用のひとつに、

「行かずして名所を知る」

というものがあると、先日の「いとうせいこう能楽紀行」の折にいとうさんとお話しいたしました。

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しかし去年の「竹生島合宿」はその逆で、京大宝生会は、

「名所に行って能を知る」

という体験をしたのです。

あの「竹生島合宿」によって、能「竹生島」への理解が飛躍的に深まり、舞台へのイメージも果てしなく膨らんでいきました。

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また違うパターンもあります。

もう4年半ほど前になりますが、「澤風会15周年東京大会」という舞台で、松本澤風会の3人の会員さんで能「竹生島」を演じていただきました。

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3月にその舞台が無事終わった後のゴールデンウィークに、その竹生島を演じた前シテ、後シテ、ツレの3人で「竹生島クルーズ」に出掛けたそうなのです。つまり、

「能で知った名所を旅する」

という体験で、これは普通の旅行では決して得られない感動があったことと思います。

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このように「能と旅」という2つの要素の組み合わせには色々なバリエーションがあり、それぞれ異なる楽しさがあると思うのです。

今はまだ自由自在に旅行出来る環境ではありませんが、状況は徐々に改善されています。

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再び自由に旅に出られるようになったら、また能楽に関わる場所を色々訪れてみたいです。

京大宝生会とも、また充実した「能合宿」に行ってみたいと思います。

「歌占」の後には…

先月の五雲会での「兼平」を終えた後に、興奮が持続して眠れなくなったというお話をブログに書きました。

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なので3日前の日曜日に七宝会にて能「歌占」を終えて、「今回はどんな状態になるのだろうか…?」と自らの成り行きにちょっと興味を持っていたのです。

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翌日の月曜日は「第7回澤風会郁雲会」の申合があり、七宝会を終えて三ノ輪の自宅に帰るとすぐにその準備などに追われてバタバタと過ごしました。

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澤風会郁雲会申合を終えても、その翌日火曜日(昨日です)は朝から宝生能楽堂にて動画配信の撮影があり、午後からは西荻窪稽古と夜まで気の抜けない時間が続きました。

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西荻稽古まで無事に終えて、昨晩自宅に帰ると、非常な眠気に襲われました。

「兼平」の時とは対照的です。

幸い次の予定は水曜日(今日です)の夜の田町稽古までありませんでした。

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「どこまで眠れるか試してみよう」

と思って布団に入りました。

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…それから記憶は無くなり、途中何度かぼんやりと目が覚めましたが、

「まだ眠りたい…」

と二度寝、三度寝を繰り返しました。

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…そしてようやく、

「ああ、すっきりした」

と起き上がったのは17時過ぎだったのです。。

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昨夜布団に入った時間を考えると、17時間近く眠ったことになります。

もちろん「歌占」のシテの感覚はすっかり抜けていました。

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眠れなくなった「兼平」と、起きられなくなった「歌占」。

同じシテを舞った後に、何故こうも正反対な状態になるのか、我が身ながら実に不思議に感じます。

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来月の五雲会ではまた能「龍田」のシテを勤めます。

今度はどんな状態が待っているのか、実に興味深いところです。

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七宝会での能「歌占」無事終了いたしました

本日香里能楽堂にて「七宝会」が開催され、私は能「歌占」のシテを無事に勤める事が出来ました。

コロナウイルスに加えて台風10号の影響もある中で、驚くほど大勢の方々にご来場頂きました。誠にありがとうございました。

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約3週間前に「兼平」を終えて、その後今日までブログの更新が滞っており、誠に申し訳ございません。

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「歌占」という能は大変に魅力的で興味深く、稽古段階からブログのネタには事欠かない曲ではありました。

しかし、それ以上に謡も舞も非常に「手強い」曲でもあったのです。

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「兼平」の後からの短期間でこの手強い曲と真正面から向き合うのは、かなり神経を使うことでした。

またそれと並行して、間もなく開催予定である、延期されていた「第7回澤風会郁雲会」の開催に向けた稽古や準備も色々とする必要がありました。

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諸々と削ぎ落とされたあとのギリギリの時間を総て「歌占」に注ぎ込んで、この3週間を過ごしました。

舞台上で実際に”神懸かり”になることを目標にして稽古して参りましたが、そのように見えたかどうか、またご覧になった方々に伺ってみたいものです。

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今は東京に戻る新幹線です。

この中でひと休みして、明日はいよいよ澤風会郁雲会の申合です。

また気持ちを入れ替えて、帰って明日への準備を進めたいと思います。

兼平のアドレナリン…?

いつも能を一番舞い終えた後には、その曲のシテが”抜けていく”感覚を味わいます。

何とも形容が難しい、虚脱感とでも言うようなものです。

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それが一昨日の土曜日の能「兼平」の後には、これまでと少々異なる状態になりました。

舞い終えた疲れを感じながら三ノ輪の家に帰り、食事をして早めに休もうとすると、何故か布団の中で気持ちが高揚して全く眠れなくなってしまったのです。

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精神の高揚感とともに、身体的な疲労も何処かにいってしまったようで、

「なんだか今からもう一回”兼平”を舞えそうだな…」

とまで思えるほどに不思議に力が湧いて来たのです。

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しかしそうは言っても、もう寝るしかする事がありません。

「今回は体調管理がよほど上手くいって、ダメージが少なかったのだろう」

と思い、何度も寝返りを打ちながら眠れぬ夜を過ごして、深夜になってようやく眠る事が出来ました。

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翌日の日曜日には、正午から夜まで遠隔稽古の予定が詰まっておりました。

干した胴着類の片付けもあり、朝ちょっと早めに目覚めて起き上がろうとすると…

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なんと今度は全身が著しい脱力感に覆われており、立ち上がるのも一苦労という状態になっていたのです。。

つい数時間前に感じた湧き上がるような力は、すっかりどこかに消え失せてしまっていました。

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「寝ている間に”兼平”が抜けていったのか…」

と思いながら、鉛のように重い身体を引き摺って遠隔稽古場に向かったのでした。

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そして夜までなんとか遠隔稽古をして、今度は帰ってから倒れるように熟睡しました。

明けて今日、幸いに脱力感は消えてすっかり健康体に戻っていたのです。

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考えてみるに、兼平のように力強いシテを舞うと、きっとアドレナリンのような体内物質が多く分泌されるのでしょう。

それが残っているうちは興奮状態で眠れなくなり、物質が消えると一気にダメージが来るのではないでしょうか。

科学的根拠はありませんが…。

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ちなみに次にシテを舞う「歌占」では、曲中でシテが神がかって激しく舞い、最後に神が抜けて脱力するシーンがあります。

今回味わったのはおそらくそれに近い感覚かもしれません。

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「兼平」は終わった後に貴重な経験を残していってくれました。