一昨日の田町2018稽古納め

一昨日12月26日のブログが消えてしまったため、書き直してお送りいたします。

字体などがまだ不安定な恐れがありますが、明日以降改善して参ります。

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→今日は田町稽古場の2018年稽古納めと忘年会でした。

「この1年にあったこと」を思い出そうとすると意外に難しいものですが、皆さまに頑張って思い出していただきました。

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例えばある会員さんは、「河原で謡を稽古していたら、向こう岸のマンションの住人から”声が大きくて困る”と言われた」そうです。

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またこれまで何回も忘年会にゲスト参加していただいており、満を持して今年から稽古を始められた方などもいらっしゃいました。

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そして田町稽古場では能楽の他に御神楽をされている方などもいらして、願わくば来年はそういった能楽以外の発表の舞台を拝見したいと思います。

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さらに忘年会では9年前の謡曲仕舞教室発表会の写真も見せていただき、皆さま9年前と殆ど変わらないお姿で驚きました。

私は全体的に少々丸くなっておりました。。

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今年も色々あった田町稽古場でしたが、思えばこのホームページは田町の会員さんから勧められて始めたのです。

こうして丸2年ブログを続けられて、改めてこのホームページを開設出来て良かったと感謝いたします。

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田町の皆さま、来年もどうかよろしくお願いいたします。

76往復目

このところ連日「今年最後の…」という話題ですが、今日はまた「2018年最後の新幹線」に乗ったというお話です。

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試みに手帳を見て数えてみたのですが、今年は東海道新幹線(京都、大阪)と東北新幹線(青森、仙台)を合わせて76往復152本の新幹線に乗ったようです。

今は76往復目の帰りの新幹線に乗っている訳です。

改めて、私の日々の稽古や舞台は”新幹線”あってこそ可能なのだと感謝しております。

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思えば去年2017年は鉄道関係のトラブルに巻き込まれることが多かった気がします。

青森駅が全面停電で東京に戻れないとか、岡山駅でペットの犬がホームから線路に逃げて遅延とか…。

今年2018年は不思議にそんなトラブルが少ない年でした。

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今もクリスマスイブだからか新幹線はとても空いており、ゆったりと座って東京に戻れそうです。

次に乗るのは年が明けて少し経ってからになる予定です。

来年も今年と同じような移動の日々になりそうですが、願わくばトラブルの少ない1年になってほしいものです。

満月の稽古納め

今日は松本稽古場の2018年稽古納めでした。

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ブログを書くことで去年の自分の行動を思い出すことが出来ます。

実は去年も12月23日が松本稽古納めだったようなのです。

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そして去年の今日は「特急あずさ」新型車両のお披露目の日と重なってしまったらしく、新宿駅のホームや車内が混み合って大変だったことを思い出しました。

一方で今朝の新宿駅のホームは至って普通の光景で、車両も新型ではなく、車内はがら空きで静かなものでした。

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稽古では、狙った訳ではないのですがいらした会員さん達の仕舞・舞囃子・謡「三笑」が全て丁度最後まで一通り終わって、実にキリの良い稽古納めになりました。

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そして今日は2018年最後の”満月”の夜でもあるのです。

9月の満月の日に「クチーナにし村」さんの”満月ワインバー”で飲んだ一杯の赤ワインの物語をブログに書きました。

今年最後の松本稽古が”満月ワインバー”と重なるのも何かの御縁。

帰りにやはり一杯だけワインをいただきに「クチーナにし村」さんに立ち寄りました。

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座っていつものように「ワインはわからないので、お任せします…」と言うつもりでいると、その前に「今日は是非こちらをお飲みください。この前飲まれた赤ワインと同じ方が作られた白ワインです」

と言って一杯のワインを出していただいたのです。

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実は9月の時に「この方の白ワインもあります」というお話は聞いていながら、時間が無くていただけなかったのです。

今年の心残りだったのが、思いがけなく今日いただくことが出来ました。

今日は、「飲んで無くなってしまうのは惜しいけれど、それがワインなのです」というお話を思い出しながら、しみじみと一期一会の白ワインを味わいました。

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「クチーナにし村」さんをお暇して松本駅に急ぎました。帰りの特急あずさまであと数分。

しかし、もう一か所だけ寄りたいところがあったのです。

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「こんばんは!」

松本駅前の鰻屋さん「山勢」さん。

今年は松本城薪能で初舞台を踏んでいただき、また何度も美味しいお料理をいただきました。

一瞬だけご挨拶を…と思って寄ってみたのです。

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店内にはどうやら身内の方々とおぼしき団体さんがいらして、中に店主の奥様も。

そして奥様は小さな赤ちゃんを抱いておられます。

店主さん「いや〜実はつい先週生まれまして…」

なんと!それは今年最後にとてもおめでたいニュースです!

慌ただしくお祝いの言葉を交わして、「今年もありがとうございました!どうぞ良いお年を!」

とお店を出て出発間際に特急あずさに飛び乗ったのでした。

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そして今日も特急の窓の外には見事な満月。

今年は初の松本城薪能での前座発表会など、おかげさまで色々充実していた松本稽古場でした。

来年もまたより一層頑張って稽古させていただきます。

そして大きな夢である「松本に能楽堂を!」という目標に向けても進んで参りたいと思います。

松本の皆さまどうか来年もよろしくお願いいたします。

紫明荘組2018稽古納め

今日は京都紫明荘組の今年の稽古納めでした。

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思えば今年に入ってから「紫明荘」が借りられなくなり、稽古場としては試練の1年だったと言えると思います。

しかしそれをものともせず、紫明荘組の皆さんは能「小袖曽我」を出したり、初舞囃子に挑戦されたり、病いを乗り越えて元気に復帰されたりと、とてもパワフルな1年を過ごされました。

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今日は稽古の後に京都駅前のアサヒスーパードライにて紫明荘組忘年会をしたのですが、そこにはつい最近稽古を始められた会員さんや、今春京大宝生会を卒業して晴れてOBの仲間入りをした若手達などが参加してくれて、大いに盛り上がりました。

来年に向けた新しい試みや大きな挑戦の話も出て、おかげさまで来年も賑やかな年になりそうです。

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紫明荘組の皆さん今年も1年どうもありがとうございました。

来年もまたどうかよろしくお願いいたします。

9年前の今日

昨夜田町稽古場の会員さんより「9年前の今日」という題名のメールをいただきました。

内容は、今からちょうど9年前の平成21年12月17日に宝生能楽堂で「謡曲仕舞教室」の修了発表会があった、というものでした。

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「謡曲仕舞教室」は、内弟子が順番で講師になり、宝生能楽堂で2年間謡と仕舞の稽古をするという教室です。

教室卒業後、希望者はそのまま講師の先生について稽古を続けても良い、という決まりでした。

現在の澤風会の江古田と田町の稽古場はこの「謡曲仕舞教室」時代からの会員さんが母体になっています。

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平成21年に修了ということは、稽古を始めてからはもう11年が経つことになります。

そういえば、当時幼稚園児で教室に入って来た子供がもう高校生です。

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有り難いことに11年経過してなお、当時の教室修了生の半分以上の方々が稽古を続けてくださっています。

皆さんそれぞれ大変に上達されて、中には舞囃子や能の役までなさった方もおられます。

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毎年講師が入れ替わっていく謡曲仕舞教室で、偶々私の順番の時に教室に来てくださり、以来ずっと稽古を続けてくださっている皆様には本当に感謝しております。

この御縁が出来る限り長く続くように、来年以降も頑張って稽古して参りたいと思います。

幣とタルチョ

今日の午前中に能「舎利」の申合が終わりました。

最近舞台関係のことばかり書いておりますが、ちゃんと澤風会稽古もしております。

昨日は田町稽古、今日は申合の後に先ほどまで江古田稽古でした。

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昨日の田町稽古でのこと。

田町稽古場には「和漢朗詠集」などに詳しい会員さんがいらして、謡の稽古の前後に色々解説をお願いしています。

昨日は「龍田」の解説をしていただきました。

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龍田の地謡に「殊更にこの度は、幣とりあえぬ折なるに、心して吹け嵐、紅葉を幣の神慮…」という言葉があり、これは菅原道真公の有名な「この度は 幣も取りあえず手向け山…」という百人一首の歌などから取った文句です。

そこから、「”手向け”という言葉は”峠”の語源であり、旅人が峠の道祖神やお地蔵様に幣を手向けて旅の安全を祈ったのが元になっている」というお話になりました。

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私はこの話を知らなかったので、ちょっと感動しました。

京都北山に無数にある峠には、よくお地蔵様が祀ってあったことを思い出したのです。

芦生原生林に入る峠はその名も「地蔵峠」といいました。

昔の旅人達はあの峠のお地蔵様に”幣”を手向けていたのでしょう。

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更に稽古の後に色々考えました。

「峠に幣を手向ける」という事が何か引っかかったのです。

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チベットやネパールの峠には必ず、「タルチョ 」呼ばれる五色の祈祷旗が掲げられて、峠の風にはためいている、という話に思い至りました。

改めて「タルチョ 」を調べると、「旅の安全、世界の平和などを願って掲げられる」とあります。

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幣の中には「五色の幣」というものもあり、これを峠の道祖神などに手向けるのは、もしや「タルチョ 」=五色の祈祷旗が起源になっているのではないでしょうか。

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…もしかして有名な話で、私が知らなかっただけかもしれません。

しかし昨日の田町稽古での解説のおかげで、龍田山から一気にヒマラヤ山脈の高い峠にまで想像を飛ばすことが出来ました。

解説では「龍田の神は風の神である」というお話もあり、風にはためくタルチョの風景がますます思い浮かんだのでした。

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どなたか「幣とタルチョ」の関係をご存知の方がいらしたら、どうかお教えくださいませ。

カメムシ占い

今日は午前中に大山崎稽古、昼から松本に移動して夜まで稽古しました。

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大山崎宝寺の紅葉は、半分散りかけになっていました。

「秋寒き窓の内、軒の松風うちしぐれ、木の葉かき敷く庭の面…」

という能「三輪」の一節が思い浮かびました。

ただし、「秋寒き」というほど寒くありません。むしろお寺に向かう急坂を登ると汗ばむくらいの気温です。

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松本に移動したら寒いかと思いきや、松本駅前の気温計が15℃もあり、こちらもこの時期にしては暖かく感じました。

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実は先週の青森稽古の時に、今年は暖冬になりそうだという話を聞いたのですが、その根拠が大変面白いものでした。

「岩木山神社のカメムシの数が多い年は寒い冬になり、少ないと暖冬になる」

というのです。

岩木山神社は津軽国一宮で、”坂上田村麻呂”とも縁の深い神社だそうですが、年によってその境内にカメムシが大発生するということです。多い時は1万匹にもなるとか…。

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ちょっと背筋がゾワゾワする光景ですが、一方で今年のカメムシはというと、かつて無いほど数が少ないそうなのです。

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という訳で”カメムシ占い”によれば今年は暖冬になるはずです。

今のところ実際に気温は高めだと感じています。

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とは言えまだ冬は始まったばかりです。

この冬は”カメムシ占い”の精度に注目しながら過ごしたいと思います。

チラシ作成します

今日は夜明けとともに青森を始発の新幹線で出てから、先ほど終わった江古田稽古まで、幸いに移動の遅れなどもなく無事に1日の仕事を終えることができました。

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江古田稽古では、新しい方がお一人見学にいらしてくださいました。

早稲田大学宝生会OBで、江古田で稽古されている会員さんの後輩にあたる方です。

見学とは言え勿論謡本を持っていらしており、早速稽古をしていただきました。

来月から本格的に始めてくださるとのことで、また力強いメンバーが増えて大変嬉しく思います。

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今月はたまたま、京都と松本でも新しい方が稽古を始められました。

いずれも元々稽古されている会員さんの知人の方で、このように会員さんの御縁でメンバーが増えていくのはとても有り難いことです。

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一方でつい先日こんなことがありました。

京都紫明荘組の稽古で最近お借りしているゲストハウス「月と」のオーナーさんが、「澤風会のパンフレットなどがあれば、よろしければ受付に置いておきます。」

と言ってくださったのです。

しかしそこで、澤風会は発足から現在に至るまで”宣伝パンフレット”のようなものを一度も作っていないということに気がつきました。。

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折角なのでこの機会に、パンフレットまではいかないまでもせめて”チラシ”くらいは作りたいと思ったわけです。

どんな風に作ったら良いかも全くわからないので、これから色々勉強しないといけません。

年内か、年明けくらいには作成したいと思っております。

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会員さん達の御縁に加えて、自分でもメンバーを増やす努力をして、来年は一層多くの新しい方に出会って、稽古を始めていただくことを目標にしたいと思います。

穏やかな京の一日

今日は早朝に京都に移動しました。

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世の中は3連休明けです。

東京駅から乗った新幹線の自由席は、なんと出発時点では車両に私を含めて10人ほどしか乗っていませんでした。

こんなに余裕がある新幹線は本当に久しぶりで、静かな車内でゆっくり休みながら移動できました。

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京都に到着すると、すぐに熊野神社近くのゲストハウス「月と」さんに移動して紫明荘組稽古でした。

「月と」さんは昔の京都の雰囲気を残している旧い建物なので、実に落ち着いた雰囲気です。

夕方まで稽古したり、会員さん達と楽しくお喋りしたりして時間が過ぎていきました。

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そして夕方に今度は北白川瓜生山の麓にある京都造形芸術大で、ごく短い仕事がありました。

北白川のその辺りには、京大学部生の頃に4年間を過ごした下宿があったので、久々に訪れて何とも懐かしい気持ちになりました。

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その短い仕事の後は、近衛の京大BOXに移動して夜まで稽古しました。

京大は学園祭が終わったばかりで、大きな祭の後の静けさが漂っている気がしました。

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今日の仕事を全て無事に終えて、車で京都駅に向かう途中で川端四条に差し掛かった時、改修を終えた”南座”の煌びやかな灯りが一瞬見えました。

顔見世興行中なので、おそらく近くに行くとすごい人なのでしょう。

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最後に京都駅から乗った最終の新幹線も、自由席にはやはり余裕があって珍しく窓際の席に座れました。

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最近の京都は「オーバーツーリズム」でどこもかしこも酷く混み合っているイメージでしたが、今日は幸いにほとんど人混みを経験せずに、静かで穏やかな京の1日を過ごすことができました。

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明日は東京で早朝から、1人で小学校の能楽教室をすることになっております。

これから東京まで、少しの間ゆっくり休もうかと思います。

不思議な運転手さん

今日は少し不思議なことがありました。

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松本稽古の場所がいつもの大手公民館ではなく、お城の北側にある”城北公民館”だったので、松本駅からタクシーに乗ったのです。

初老の運転手さんは城北公民館を知らないようだったのでとりあえず「お城の北の、開智小学校の辺りまでお願いします」と頼んで走り出しました。

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しばし走ると、運転手さんが話しかけて来ました。

「お客さんは松本の人ですか?」

私が違うと答えると、

「私は生まれも育ちも松本なんですよ」

と言って、走りながら見える街並みが昔はああだった、こうだったと説明を始めました。

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そして松本城の横に差し掛かった時。

「お城も昔はこんなに綺麗じゃなかった。

お城そのものが南側にちょっと傾いていたのですよ。

冬になると、凍ったお濠でスケートをしたもんです。ほら、あの赤い太鼓橋の辺りで。」

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私はそんな時代があったのかと素直に驚き、傾いた城をなおすのはさぞや大変だっただろうと想像しました。

その工事の話などを聞きたいと思ったのですが、タクシーは間もなく城北公民館に到着してしまいました。

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稽古場でお城が傾いていた話を早速すると、会員さん達に「それは結構昔の話ですよ。その運転手さんはかなりのお年じゃないですか?」と言われました。

そこでお城の話は終わり、稽古が普通に始まりました。

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無事に稽古を終えて、特急あずさでの帰り道。

なんとなく傾いた松本城の話が気になり、スマホで調べてみました。すると…

「明治30年代頃から天守閣が大きく傾き、明治36年から大正2年にかけて”明治の大修理”が行われた」

と書いてあったのです。

大修理の期間を西暦になおすと、1903年から1913年です。

改めて書くまでもありませんが、今から100年以上前の出来事です。

しかしあの運転手さんの語り口は、伝聞ではなく確かに自分の目で見たという口調でした。

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…あの初老の運転手さんは何歳だったのか、そもそも一体何者だったのか。

能の定型パターンだと運転手姿は前シテで、この後に私の夢枕に後シテとして本来の姿を現す、ということになる筈です。

今夜は心して睡眠に入りたいと思います。。