「グー」と「パー」

私は澤風会などの仕舞稽古の時には、出来るだけ情報を素早く伝える為に、表現を簡略化する傾向があります。

手の型を言う時は大抵「グー」か「パー」です。

「扇を取り直す型は、まず左手パー、右手グーで両手を横に開いて…」などという感じです。

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とは言え、勿論能楽の型における「グー」と「パー」はじゃんけんのものとは異なり、正確にやろうとすると意外に難しいのです。

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「パー」に対応する「手の平を開く形」で大事なのは、

①全ての指を揃える。(特に親指だけ離れている事が多く注意)

②指は真っ直ぐに伸ばす。(水を掬うように指が曲がっている人がいます。特殊な型を除いて殆どの型で、指は伸びている方が良いです)

③開いた手でサシをする時は、手の平を上に向ける。(自然にサシをすると手の平は下向き加減になりますが、頑張って上に向けます)

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また「グー」に対応する「手を握る形」はより難しいのですが、

①小指だけは力を入れて握る。

②親指を真っ直ぐに伸ばす。

③人差し指、中指、薬指は、力を入れずに軽く握り、特に人差し指は、親指の先端が前に出ないように軽く握る。

④指の間に隙間が空かないようにする。

これだけの事なのですが、

・親指に力が入って曲がっている人。

・小指の力が抜けて隙間が出来ている人。

・中指と薬指にも力が入って、人差し指との間に隙間が空き、親指の腹が見えている人。

などがよく見られます。

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バレエの手先の型も、厳密に決まっているようです。

フィギュアスケートでも、指先の表現まで重視されています。

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能楽は表現がよりシンプルなだけに、「手の形」は余計に目につきやすく、重要なのだと思います。

仕舞を見ていても、「構え」と「手の形」が正確で綺麗な人は、「この人は出来る…!」と思ってしまうのです。

お弁当選び

今日はゆるい内輪話で失礼いたします。

3月2日、3日に宝生能楽堂にて開催の「郁雲会四十周年大会・澤風会第五回東京大会」がいよいよ近づいて参りました。

各地では仕上げの稽古が佳境に入り、当日用の番組も出来上がりました。

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実はこれらに加えて密かに重要なのが「お弁当」なのです。

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「お弁当」とひと口に申しましても、

①申合の能楽師向け弁当

②初日の会員さん向け弁当

③初日の能楽師向け弁当

④2日目の会員さん向け弁当

⑤2日目の能楽師向け弁当

の5種類を考えなければなりません。

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①は時間がタイトなので、素早く食べられて美味しいもの。

②③は、初日は夜の宴会が無いのでちょっとボリュームのあるもの。

④⑤は、夜の宴会のメニューと量を考えて、和風でボリュームは少し控えめで見た目と味にこだわって…

と考えていくと、なかなか難しいものなのです。

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しかも私は頭が古いので、どうも「ネット注文」というのが苦手です。。

お弁当配達サイトで色々見てみると、いくつか良さそうなお弁当はあるのですが、「写真と実物は本当に同じだろうか?」「写真では大きさがわからないな…」「ご注文フォームの入力が面倒だ」などと色々考えてしまい、結局注文までいかないのです。

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なのでやはり候補は「これまで食べたことがあって確実に美味しいお弁当」と、あとは実地でデパ地下のお弁当売り場を見て回る、ということになります。

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最終的に、③④は以前に食べた美味しいお弁当。

②は先日の江古田稽古の帰りに池袋西武のデパ地下で探し出しました。

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そして今日は①と⑤を求めて、大丸東京店のデパ地下「ほっぺタウン」と、東京駅地下「GranSta」に向かいました。

やはり色々なお弁当を目で見て探せるのは有り難いです。

店員さんの話も聞けます。

①に良いと思ったお弁当がありましたが、そこの店員さんが「これまで配達はやっていなかったのですが、今回検討してみます。おそらく大丈夫です。」と言ってくれました。

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というわけで、何とか無事に5種類のお弁当を選ぶことが出来ました。

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会まであと半月です。

お弁当以外にもやるべき事は山積していますが、ひとつひとつクリアして参りたいと思います。

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今日はとにかく「お弁当選び」ミッションを完遂して、これから本業の田町稽古を頑張って参ります!

桜色、ここに。

昨年4月11日のブログ「桜色はどこに?」で、「桜色の着物を着て桜川を舞いたい」という方がおられると書きました。

その方は松本稽古場の会員さんです。

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そして同じ松本稽古場の会員さんに「手織り紬」の職人さんがいらして、その方の手で「桜色の着物」の製作が着々と進んでいると聞いておりました。

その着物がついに完成して、今日松本稽古場で披露されたのです。

天然の染料で染めた糸を使って、一年近くをかけてゆっくりと丁寧に織られた桜色の着物。

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これがその着物の一部です。

遠目でみるとまさに桜色なのですが、近くに寄って見てみると微妙なグラデーションがかかっていて、更にその中にも異なる色が何色も使われています。

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濃い桜色は「茜」で染めた糸。

グラデーションで少し薄目の桃色になっているところが「桜」で染めた糸。

クリーム色に見える部分は”絹のダイヤモンド”とも称されるという「天蚕」の糸。

濃紫の筋のように入っているのが「紫根」を用いて染められた糸だそうです。

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「その時の気分に合わせて、色を変えていきました」とのこと。

いくつもの天然の色が重なり合い、全体としては実に鮮やかな、それでいて優しく品の良い桜色にまとまっているのです。

これは天然素材を使った手織りだからこそ出る風合いなのでしょう。

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更に、実際に着た時の感触が「すごく軽くて、まるで着ていないみたい」だそうなのです。

これも、手織りなので糸と糸の間に空気がうまく入り、織り上がりが軽くなるということでした。

機械織りではもっと重くなってしまうのです。

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この実に素晴らしい桜色の着物は、来月3月2日・3日に水道橋宝生能楽堂にて開催される、郁雲会澤風会での舞囃子「桜川」で皆様にお披露目されます。

ちなみに手織り紬の職人さんも、同じ日の仕舞「羽衣キリ」にて初舞台を踏まれるのです。

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一年かけて織られた桜色の着物と、それを着て舞いたいと願っていた方の「桜川」の舞と、その着物を作った方の初舞台「羽衣」の舞。

楽しみが重層的になって、まるで着物のグラデーションそのもののようなのです。

「あしらう」ということ

我々の専門用語で「あしらう」という言葉があります。

2本の「張り扇」を使って、囃子の手を打ちながら能や舞囃子の稽古をすることです。

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右手の張り扇を「大鼓」、左手の張り扇を「小鼓」として打つ時もあれば、2本の張り扇を撥に見立てて太鼓の手を打ったりもします。

口では謡を謡ったり、笛の唱歌を口ずさんだりします。

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例えば誰かが舞う能を最初から最後まであしらって稽古する時は、まずシテの出の「次第」や「一声」などの囃子のあしらいから始めます。

そして途中のワキの謡、狂言の言葉も謡って、地を謡いながら張り扇で囃子をあしらい、舞があれば唱歌と張り扇であしらい…と、一人でシテ以外のすべての舞台構成員「地謡方」「囃子方」「ワキ方」「狂言方」を演じる訳です。

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一曲の謡を完全に記憶して、通して無本で謡うことが出来れば、それはその曲を理解する上でのひとつの到達点であると思います。

しかし、更に上を目指すとすれば、「一曲を一人で完全にあしらう」ことだと私は考えます。

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それには、謡と囃子の手を覚えるのは勿論、各箇所の謡と囃子の「位取り(高低遅速強弱の微妙な加減)」や、囃子の「掛け声」、ワキと狂言の文句も勉強しなければなりません。

囃子、ワキ、狂言は、流儀の違いが大きく影響する場合があるので、その点も注意が必要です。

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これら全部を消化して、たった一人で一曲の能をあしらい通すことが出来れば、それこそがその曲を理解する上での究極に近い到達点だと思うのです。

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…私はと言えば、まだその境地には遠く及びません。。

囃子の手組や唱歌の資料を見ながら、大まかな流れを作る程度のあしらいが今の精一杯です。

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しかし、日々人工的な音源を極力使わずに、自分の手であしらっていく事で、少しずつでも「究極のあしらい」に近づいていければと思っております。

鰻と能楽

昨日の松本稽古の後、何人かで晩御飯を食べたのですが、その席で新会員の鰻屋さんからまた面白いお話を聞きました。

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同じ鰻でも、焼いていると時折「これはすごく良い鰻だなあ」と思うような素晴らしい鰻に出会うことがある。

また逆に「うーん、この鰻はちょっと…」という鰻に当たってしまうこともあるとか。

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しかしそこは勿論お客様には明かさずに、同じようにお出ししなければならないのが難しいところだと仰っておられました。

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能楽の世界でも、例えば舞台ごとに毎回違う面や装束の組み合わせがあり、「これは良い面が出たなあ」とか、「この新しい装束は初めて使うらしい」とか、お客様には明かされない裏情報があります。

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面白いと思うのは、良い面と装束が出ても確実に良い舞台に繋がるとは限らず、逆にそこまで良品の組み合わせでは無くても、舞台としては良い評価を受けることもあるということです。

面装束というのは舞台を構成する要素の一つに過ぎず、他の様々な要素との総合で満足度が決まるのでしょう。

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会員さん経営の鰻屋さんは、ご飯をお客様が来店してから炊くので、炊きたてのご飯がまた大変に美味しいと言う話です。

タレは修行したお店のレシピを元に、地元の材料などを使ってオリジナルのものを作ったそうです。

また気温によって火の通り具合が変わるので、焼き加減を微調整しなければならないということでした。

そのように、「鰻」と一口に言っても、素材、焼き方、タレの味、ご飯の味などが合わさって、やはり総合力で評価が決まるのだと思います。

どの世界も奥が深いのだと思いました。

そして鰻が食べたくなりました。。

1件のコメント

5m四方の場所があれば…

能舞台というのは、三間四方の正方形をしています。

三間四方とは、メートルに換算すると5.4m四方です。

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つまり、約5m四方の平らな空間があれば、極論を言えば世界中どこでも能の稽古が出来る訳です。

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今日稽古をした松本などは、丁度良い広さの稽古場が何ヶ所もあって、理想的な稽古が出来る大変有り難い土地です。

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しかしそのような良い稽古場が見つからない時もままあります。

私はそんな時には、とにかく人に迷惑にならない5m四方の場所を何とか見つけ出して稽古してしまいます。

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これまで稽古した場所では、

・東京ドームの入場口の前

・上野駅の新幹線コンコース

・京都国際会館の駐車場

・パリの某国際空港の搭乗ゲート脇

などがあります。

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しかし聞いた話では、ある偉い先生が「タクシーの中で仕舞の稽古をしていた」そうです。

この境地に達すれば、それこそ「この世のあらゆる場所で稽古可能」なのですが、それにはまだまだ時間がかかりそうです。。

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日々色々な土地を歩いていて、5m四方の良い場所を見つけると、つい「ここはいざという時に稽古に使えるな…」と思ってしまうのでした。

目印になるもの

今日は水道橋宝生能楽堂にて、3月2、3日の郁雲会澤風会で出る能4番の稽古をいたしました。

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私が面をかけて能のシテを舞う時には、色々な物や人を目印にして舞っております。

・舞台の4本の柱

・橋掛りの3本の松

・舞台上にいるワキ方、ツレ、地謡、囃子方、狂言方

・作り物

などなどです。

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しかし更に、その能舞台特有の目印も沢山存在します。

宝生能楽堂ならば、

・何ヶ所かある扉

・扉の上の非常灯

・客席の列の数

・写真室の窓

・欄干の本数

などは目印になってくれます。

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まだ面をかける経験が少ない方には、これら宝生能楽堂特有の目印を覚えることが非常に重要なことなのです。

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今日は何度か舞を止めて、その目印を説明させていただきました。

後は申合で最終的にそれらを確認すれば、舞台上の位置取りは心配無いと思います。

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皆さん順調に準備が進んで、いよいよ本番が視界に入って参りました。

仕舞の上達は階段状?

今朝の東京はまたとても冷え込んだのですが、空気が澄んで良い天気でした。

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京都の紫明荘組稽古に向かうために7時過ぎの新幹線に乗ると、途中富士山も晴天の下で綺麗に見えました。

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ところが名古屋辺りから天気が一変して、曇り空→雪が舞い出す→吹雪と10分足らずでひどい荒天になってしまいました。


車窓から見た、米原辺りの実に寒そうな雪景色です。

新幹線も徐行運転になり、京都の稽古場に30分遅れで到着しました。

北陸と滋賀県からいらっしゃる筈の会員さんからは「雪で家を出られないのでお休みします」とのお知らせが。

やはり関西の雪恐るべしです。。

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気を取り直して稽古にかかりました。

これまで何度か経験したのですが、仕舞というのは、始めてから一定期間を過ぎるとある日突然上手くなることがあります。

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最初に稽古する仕舞「絃上」や次の「鶴亀」「猩々」、また「胡蝶」「羽衣キリ」などでは、例えば「ヒラキ」や「左右」、また「ヒキワケ」などの基本的な型を繰り返し稽古します。

しかし、なかなか正確に出来るようにはなりません。

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それが、つい前回の稽古までは変わらなかったのに、今日の稽古を見ると見違えるように正確な「ヒラキ」や「ヒキワケ」をされた方がいらしたのです。

「前回の後に、何か特訓をされたのですか?」と聞いてみたのですが、特にされていないとのこと。

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これはどういう現象なのかわからないのですが、大抵の方が5、6番くらい稽古された所で急に上手くなる気がします。

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坂道をじわじわと登るように上達するほうが日々の達成感があるのでしょうが、何故か仕舞は階段状にレベルアップしていくように感じます。

なので、「いくら稽古してもさっぱり代わり映えしないなあ…。」と思われる方も、おそらくそのまま進んで行けば、ある日急に階段を一段登るように、驚く程上手になられるのだと思います。

本名、屋号、業種名

能楽においては、シテの名前が「漁師」であるとか、「○○の兄」、或いはただ「男」「女」とだけしか名付けられていないことがよくあります。

むしろ「本当の名前をわざと隠している」と言った方が良いかもしれません。

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能「紅葉狩」のシテなどは、元の話では「紅葉」という名前の女であり、「紅葉狩」と「紅葉という女を狩る」をかけてあるのに、能ではシテを「さる御方」としか呼ばず、結局最後まで名前がわからないままで終わってしまいます。

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これは、「本名」という属性を隠すことによって、名前以外の「美しい」「高貴に見える」「ちょっと怪しい」「実は鬼である」といったその曲特有の属性をより際立たせる為なのでしょうか。

以前から不思議に思っていることのひとつです。

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このようなことを書いたのは、実は昨日の松本稽古場の新年会で興味深い話題があったからです。

「昨年末に新しく入った会員さんをどう呼ぶか」という話題でした。

松本稽古場は何故か職人さんが多いと昨日書きましたが、それと同時にまた「本名以外にも呼び名を持つ人が多い」という不思議な稽古場なのです。

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「本名」や「ニックネーム」はどこでも耳にしますが、松本の皆さんはそれ以外に「屋号」と「業種名」でも呼び合っているのです。

屋号だと「さんじろさん」「こちのやさん」「やませいさん」など。

業種名から「うなちゃん(鰻ちゃん)」など、いずれも本名しか知らない人には何だか訳の分からない呼び名です。

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しかしそのように呼ぶことで、名前を知らない初対面の人でも「ああ、あのお城の近くのお蕎麦屋さんの」とわかってもらえたりするのです。

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松本という街は規模も大き過ぎず小さ過ぎず、人と人との繋がりも適度に密な街なのだと思います。

「屋号」や「業種名」はそんな松本に程よく適した呼び方なのでしょう。

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私は本名以外には呼び名を持たずに半世紀程過ごして来ました。

それで不満は無いのですが、松本の皆さんが屋号などで呼び合うのを見ていると、何となく暖かい繋がりを感じて、ちょっと羨ましくなるのです。

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新しい会員さんは、結局「本名」「屋号」「業種名」どれでもOKということになり、私はどう呼んだものかまだ迷っております。。

松本稽古始めと新年会

今日は松本稽古場の今年初めての稽古でした。

例年初稽古の後に、会員さんのされているイタリアンのお店で新年会をします。

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今年は珍しいパターンで、稽古の後に用事で何人か帰られて、逆に新年会から参加の方も何人かいらして、全体的にはこぢんまりとした食事会になりました。

しかし大きなテーブルをちょうど囲める人数で、皆さんそれぞれの興味深いお話を、等しく聞くことが出来ました。

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松本稽古場には何故か様々な分野の職人さんが多くいらっしゃいます。

「独学で勉強を積んだ」という方、「体育会系の親方の元で厳しい日々を過ごした」という方。

バリエーションに富んだそれぞれのご経歴を伺うだけで大変面白かったのですが、今日のお話で共通していた意外なことがあります。

「その職の肝心なところは師匠からも誰からも教えてもらっておらず、自ら勉強して会得した」ということです。

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一見理不尽なことと思われますが、これは能楽の世界にも当てはまることなのです。

楽屋の仕事や舞台上のことの大半は自分で見て覚えておくもので、ある日突然「やってみろ」と言われて、その仕事が出来ればOKで何もコメント無し。出来ないと「今まで何見てたんだ!」と怒られるのです。

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一見不合理に見える修行のやり方の裏側に、大切な本質があるように思っていて、しかしその感覚は他人とは共有し難いと考えておりました。

なので今日は似た感覚を持つ方のお話を伺えて、大変嬉しく思いました。

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他の稽古場でも本当は今日のように、私ではなく皆さんのお仕事のお話をもっと伺ってみたいと思いました。

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もちろん今日は真面目な修行の話ばかりでなく、「鰻を食べた後にカラオケに行く会」の企画の話や、「羊のチーズ」が出たので「羊はあんなに毛がモコモコあるのにどうやってお乳を絞るのか?」といった話など、色々と楽しい時間を過ごしました。

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松本の皆様どうもありがとうございました。

お料理もワインも大変美味しかったです。

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本年も頑張って稽古して参りますので、どうぞよろしくお願いいたします。