蜂蜜の豊穣

昨日は松本稽古でした。

松本では、稽古前に先ずは会員さんの骨董品店に立ち寄ります。

その後稽古場に向かうのですが、途中でやはり会員さんのイタリア料理店があり、そこも覗いて挨拶をしていくことが多いのです。

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昨日もランチの終わった時間にそのイタリア料理店の前を通ると、店内の会員さんが出て来てくださいました。

「先生!こんにちは!」

私「おお、ごんにぢは…」

「先生、声どうされたのですか?」

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…そうなのです。

先日の夜能「夜討曽我」の後から、声が枯れてしまって中々本調子に戻ってくれないのです。。

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私が「ちょっと声が枯れてしまって…」と言おうとして、「ちょっと声が…」まで言ったところで、会員さんが「そうだ!ちょっと待っていてくださいね!」と店内に駆け込んで行かれました。

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何だろうと思っていると、ややして戻って来られて「先生これをどうぞ!」

その手にはジャムのような小瓶があり、中身は黄金色に見えます。

おお、これはもしや蜂蜜ですか⁉︎

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「そうなんです、この蜂蜜美味しいんです!」

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実は喉の回復の為に色々調べたのですが、「蜂蜜」が一番効果があるようなのです。

自分で買おうかと本気で思っていたところでした。

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「ありがとうございます!ちょうど蜂蜜が欲しかったのです。助かりました!」と有り難く頂戴して、稽古場に向かいました。

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そして稽古場で早速、先ずは熱いお茶に溶かして飲んで、更に直接掬って舐めてみました。

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…なんと美味しい蜂蜜でしょうか。

最初口に含むと、飾り気のない自然な味に感じられました。

しかしやがて口の中で溶けるにしたがって、「豊穣」とでも表現したくなるような豊かな彩りのある濃い甘さが、口一杯に広がっていきました。

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その甘さが喉に流れていくと、これは確かに痛んだ喉を癒してくれそうだと感じられたのです。

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この蜂蜜は、岩手県の…

リンゴと桜の花から採れたものだそうです。

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私が青森稽古の時に東北新幹線で通る、「水沢江刺」の近辺でしょうか。

4月や5月の稽古の時に新幹線の窓外に見えた桜やリンゴの花から、蜜蜂達がせっせと集めてくれた蜂蜜を今私が美味しくいただいているわけです。

しかもその蜂蜜が喉を癒してくれる。なんだか不思議で、とても有り難い気分になります。

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今週末の京都満次郎の会での能「熊野」ツレまでに、この蜂蜜の力を借りて喉を回復させたいと思います。

素戔嗚神社の神輿振り

今朝目が覚めると、窓の外から微かに賑やかな音や声が聞こえて来ました。

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そして松本稽古に向かうべく家を出ると声は一層大きくなり、「ワッショイ!ワッショイ!」という掛け声の合間に「ピッピッ!」という笛のリズムが加わっています。

金曜日から今日にかけて、家の近所の「素戔嗚神社」の「天王祭」という大きなお祭りが開催されているのです。

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掛け声のする方を覗いてみると…

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遠くに御神輿が見えます!こちらに段々と近づいて来ます。

しかし…

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何やら様子が変です。神輿がゆらゆらと左右に揺れているのです。

写真手前の男の子もそれに合わせて…

ゆらゆらと揺れています。

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危ない、倒れる!

と思ったところで、「ヨイショ〜‼️」という掛け声とともに神輿が起き上がり…

今度は逆方向に倒れていきます。

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「ヨイショ〜‼️」ともう一振り!

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これは「神輿振り」と呼ばれる天王祭の名物なのです。

神輿を荒々しく左右に振り倒すことで神威を増して、疫病を退散させるのだとか。

如何にも江戸のお祭りらしい、勇壮な光景です。

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一番大きな「本社神輿」は違う町内を練り歩くはずなので、これはちょっと小振りな神輿です。

しかし、それを担ぐ氏子さん達は実に活き活きと楽しそうです。

この祭のために生きている!という感じに見えます。

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神輿が真横を通り過ぎていきます。

ちょっと驚いたのが、担ぎ手は壮年男性に限らずに、老若男女が入り混じっているのです。

町内総出でお祭りに参加しているようで、それもまた良いなあと思いました。

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台の上に神輿を置いて一休み。

半纏姿のおじいさんが、「若ぇのはもっと気合い入れて担ぎやがれってんだ!」と正統派べらんめえ口調で声を張り上げています。

この町には昔から綿々と続く「江戸」がしっかり息づいているのだなあと嬉しくなりました。

今日の東京は、白い雲がポカリポカリと浮かぶ夏の青空です。

暑くなる午後から夕方まで、まだまだ「神輿振り」は続くのでしょう。

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羨ましいなあ…と思いながら、私は松本稽古に向かったのでした。

満を持しての…

私は何事も計画的に実行するのが大の苦手です。

2年後に大きな目標を設定して、それに向けて課題をひとつづつ着実にクリアしていくというような経験は、これまでの人生で一度もないかもしれません。

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しかし、今日の涌宝会2日目で能「船弁慶」を舞われたシテの方が正にそのような2年間を過ごされたのです。

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2年前の涌宝会の時に、その方は仕舞「船弁慶キリ」を舞われました。

私もその地謡を謡った後に、その方が私に「実は再来年にこの船弁慶の能を舞おうと決心したのです」と仰られたのです。

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その後、舞囃子「船弁慶」を経験されて、今回の涌宝会で満を持して能「船弁慶」に挑戦されたわけです。

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そして果てしない稽古と綿密な準備を経てようやく迎えられた今日の本番です。

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おシテは緊張感を通り越した何か透明な雰囲気で能楽堂にいらっしゃいました。

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見所はやはり2年越しの船弁慶を観るために集まった方々で殆ど満席です。

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そのような舞台に立ち会うだけで、私も緊張してしまいます。

私は楽屋でのお手伝いだけでしたが、舞台の成功を心底から祈りつつ、出来る限りの仕事をさせていただきました。

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関係した全ての方々の力が重なり合って、今日の船弁慶は素晴らしい舞台になりました。

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3日間にわたった涌宝会の最後を飾る、2年前から作ってこられた能。

その舞台を終えられたシテの方は、しかしまだ何かが続いているような引き締まったお顔で楽屋で挨拶をされていました。

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おそらく今後何日もかけて、ここまで御苦労された様々と、今日の素晴らしい舞台を噛み締めていかれることでしょう。

このような大切な舞台に立ち会わせていただいて、大変光栄に思いました。

御社中会のタイムテーブル

以前に倉本雅先生が御存命の頃には、毎年倉本先生の御社中会「梗風会」に呼んでいただいておりました。

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梗風会は4月の半ばに2日間にわたって開催されていましたが、その2日間のタイムテーブルが特徴的でした。

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初日の朝集合して、先ずは申合が始まります。

申合が昼過ぎに終わると、30分程休憩してすぐに本番が始まるのです。

その本番初日は17時頃には終わります。

そしてまた1時間程休憩したあとに、もう宴会をやってしまうのです。

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人によっては午前中に申合せ、午後本番でその後すぐに宴会があり、全てがギュッと1日に凝縮されるわけです。

そして宴会のあとに一泊して、翌朝から本番2日目が夕方まであり、終わるとそのまま解散という日程でした。

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因みに澤風会を2日間開催する時には、申合を本番の1週間くらい前にやり、本番の2日間を終えた後に最後に宴会をしております。

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また今回お世話になっております涌宝会では、昨日が申合で今日が本番初日。

そして本番初日の終了後に2日目の分の申合がありました。

明日はその2日目の本番があるわけです。

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このように、同じ御社中会でも会によってタイムテーブルは千差万別なのです。

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ある会のタイムテーブルで行動していると、「ああ、一年ぶりにこの日程で、また見知った方々がたくさんいらっしゃるなあ」と、ちょっと嬉しい気分になるのです。

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今日は涌宝会初日の見所に、澤風会の会員さんにも何人かいらしていただきました。ありがとうございました。

明日の涌宝会2日目も頑張ろうと思います。どうか明日も皆様宝生能楽堂にお越しくださいませ。

よろしくお願いいたします。

涌宝会大会が開催されます

今日は水道橋宝生能楽堂にて、明日明後日開催の和久荘太郎師の御社中会「涌宝会」の申合がありました。

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毎年番組の量と質に驚かされるこの涌宝会なのですが、今年も能が「枕慈童」と「船弁慶」の2番出ます。

加えて舞囃子が20番ほどもあり、更に独調、独鼓、一調も計10番ほど出るのです。

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完全に記念大会レベルの番組量で、しかも舞囃子の種類も実に多彩です。

殆ど全ての舞が出ると言えます。

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また明日の15時半頃には和久師の番外舞囃子「老松」がありますが、「真之序之舞」はなかなか出ない舞で、貴重な舞台だと思います。

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このように観るととても勉強になる会なので、皆様是非明日明後日には宝生能楽堂にいらっしゃることをお勧めいたします。

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涌宝会は明日が11時半〜16時、明後日が9時半〜17時半の開催予定です。

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特に澤風会の皆様は是非観にいらして、大いに刺激を受けていただければと思います。

亀岡の花々〜蛍袋とカムパネルラ〜

今日は雨模様の亀岡稽古でした。

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去年のちょうど今頃に、ブログで「ホタルブクロ」の写真を載せました。

今年もそろそろ咲いているはずです。

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やはり雨に濡れながら綺麗に咲いていました。

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去年は赤い花だけでしたが、今年は白い花も撮れました。

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このホタルブクロの花は「釣り鐘」のようにも見えます。

今日また色々調べたところ、ホタルブクロ属の学名「カンパニュラ」は、実はイタリア語で「小さな鐘」を意味する「カンパネッラ」に由来していると知りました。

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去年のブログで、「カンパニュラ」が銀河鉄道の夜に出てくる「カムパネルラ」に似ているが、共通点が明確に見つからなかったと書きました。

しかし、小さな鐘「カンパネッラ」は、「カムパネルラ」とも書くことがあるようなのです。

やはり「ホタルブクロ」と「カムパネルラ」は、どちらも「小さな鐘」という意味で繋がっていたのですね。ようやくすっきりしました。

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そして今日は、もうひとつ楽しみがありました。

稽古が終わった20時半頃、あの杜若が咲いていたお堀に行ってみました。

すると…

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暗いお堀の奥で明滅する光がたくさん見えます!

星座のように瞬いているのは、今年初めて見る蛍でした。

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実際にはこの10倍程も光っていて、今年はもしかすると蛍の当たり年かもしれません。

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飛んでいる蛍を捕まえて、ホタルブクロに入れてみる時間は残念ながらありませんでした。

しかし今シーズンの蛍はまだどこかで見られるはずです。

そこにホタルブクロが咲いていたら、チャレンジしてみたいと思います。

「くれは」の日

またしても語呂合わせなのですが、今日5月29日は「529」で「ごふく」、つまり「呉服の日」だそうです。

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「呉服」といえば、能にも「呉服」という曲があります。

しかしこれは「ごふく」とは読まないのです。

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能の曲名には、読みが非常に難しいものが何曲かあります。例えば…

「木賊」、「善知鳥」、「采女」、「女郎花」、「自然居士」、「大会」、「花筐」、「和布刈」、「大蛇」

などは、能を知っていれば難無く読めるのですが、一般の方には馴染みの無い読み方だと思われます。

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また、

「難波」、「海人」、「葛城」、「鉄輪」、「当麻」

と言った曲はすぐに読めそうですが、曲名として正確に読めていない人が意外に多いのです。

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早速答え合わせをすると…

「木賊」→とくさ。

「善知鳥」→うとう。

「采女」→うねめ。

「女郎花」→おみなめし。

「自然居士」→じねんこじ(しぜんこじ ではありません)。

「大会」→だいえ(たいかい ではありません)。

「花筐」→はながたみ。

「和布刈」→めかり。

「大蛇」→おろち(だいじゃ ではありません)。

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また、

「難波」→なにわ(なんば ではありません)。

「海人」→あま(うみんちゅ ではありません念のため…)。

「葛城」→かづらき(かつらぎ ではないのです)。

「鉄輪」→かなわ(てつわ と読む人がたまにいます)。

「当麻」→たえま(たいま ではありません)

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そして「呉服」は「くれは」と読むのです。

現代では殆ど失われてしまった漢字の読み方が、能の曲名や謡の文句には沢山残されています。

こう言った古い読み方は、能楽がある限り未来へと受け継がれていくでしょう。

そんな意味でも、1人でも多くの方に能楽を知っていただければ良いなあと思うのです。

能と仕舞で変わること

仕舞や舞囃子、或いは素謡の稽古をした曲を、能楽堂で能として一曲を通して観るのは楽しくまた勉強になるものです。

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しかし時にはそこで驚いてしまう事があるのです。

「あれ?このクセは、私が稽古した仕舞と型がちょっと違う!」

とか、

「舞囃子で稽古した時の型付には無かった謡や型をやっている!」

或いは、

「作り物が大きくて、舞台がかなり狭くなっている!本当はこんなに小さなスペースで、あの仕舞が舞われていたのか!」

などなど。

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そして、能「熊野」もそのような曲のひとつです。

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先日書きましたが、仕舞としての「熊野クセ」は入門して間もない人が稽古する曲です。

ところが、能「熊野」を観に行って、「私はこの曲を初めて観るけれど、”クセ”だけは稽古したから良くわかるはず」と思って観ていると、クセの前半で「あれっ?」という驚きがあるのです。

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また、舞囃子としての「熊野」はかなり上級者向けです。

「イロエ掛かり中之舞」という特殊な始まり方の舞があり、舞アトの型も謡と合わせるのが難しいのです。

そしてこの舞囃子「熊野」を頑張って稽古した人が「私は”熊野”に関しては舞囃子までやったのだから、かなり良くわかっているはず」と思って能「熊野」を観ると、これまた良く知っているはずの舞囃子の部分で「あれあれ?私と全然違う事をやっている!」とちょっとビックリされるはずなのです。

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一曲の能から「舞囃子」や「仕舞」を作るにあたっては、登場人物が減ったり作り物が無くなる関係でどうしても無理が生じます。

その矛盾を解消するために、型を変えたり謡を省略したりすることがあるのです。

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そのようなアレンジを観能中に発見するとちょっと驚いてしまいます。

しかしそのアレンジの手法に「へ〜、成る程そう変えてくるのか!」と感心したりして、また楽しくもあるのです。

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そしてこの「能」と「舞囃子」と「仕舞」でそれぞれ違う顔を見せてくれる曲「熊野」が、来週末に京都で演じられます。

・第2回京都満次郎の会

6月9日(土)15時開場16時開演 於金剛能楽堂

能「熊野 膝行三段之舞」シテ辰巳満次郎 ワキ福王茂十郎 ツレ澤田宏司

仕舞「蝉丸」宝生和英 ほか

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私もツレを勤めさせていただきます。

「熊野」は昔からの人気曲で、初めて観る方でも楽しめます。

また仕舞や舞囃子や謡を稽古された方は、上記のような「驚き」や「感心」が必ずやあると思います。

皆さまどうか「京都満次郎の会」にお越しくださいませ。

100年後の関西宝連

昨日開催された関西宝連は午前10時半の始曲でした。

そしてその始曲時間の直後には、河村能舞台の見所に既に大勢のお客様が座っておられました。

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京大、同志社、甲南女子大などのOBOGがたくさん。実に懐かしい顔ぶれです。

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現役部員のご家族の方々。こちらも昨日は例年よりも多くいらしてくださったように見えました。

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関西宝連を指導している能楽師のお弟子さん達。もちろん澤風会の会員さんもいらしてくださいました。

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このような多彩な客層の皆様で、見所は一日中大賑わいでした。

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そしてまた楽屋と舞台も活気にあふれていました。

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復活してまだ3年目の神戸大学は、なんとこの春新入生3人と3回生2人を加えて、総勢8人での参加でした。

毎年倍々で増員しているので、「10年後には1024人で参加します!」と部長が豪語していました。

神大宝生会復活から今日まで、指導や稽古場の確保などあらゆる面で奮闘されてきたOBの方々は、心から嬉しそうな充実感溢れる笑顔で舞台を見守っておられました。

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吹田東高校は、2年生の女の子が1人だけだったのが、この春1年生の男の子が1人入部してくれたそうです。

しかも、高校の講堂であったクラブ紹介で、その2年生の女の子が自分で謡いながら仕舞を舞ったのを見て、感動して入ってくれたというのです。

自分で謡って舞うというのは大変難しく緊張するもので、本当に大したものだと思いました。

また吹田東高校宝生会のOGが現在2人、京大宝生会で熱心に稽古を続けてくれています。

昨日はそのOG2人に1年生の男の子を加えた地謡で2年生の女の子が舞うという、いわば「吹田東ドリームチーム」ともいえる舞台も素晴らしい出来でした。

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他にも個性的な新入生を大勢迎えて、とても一度には書ききれないほどのエピソードがありました。

関西宝連は確実に勢いを増しています。

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…夢のような話ですが、関西の学生達がこのままの勢いで50年、100年と弛まず活動していけばどうなるだろうと想像してみました。

今熱心に稽古している学生やOBOG達の中からは、嘱託や師範、或いは職分の能楽師が何人も生まれているでしょう。

彼らがまた新たな大学や企業の能楽クラブを作って指導している可能性も大いにあります。

そして関西が能楽宝生流の全国最大の拠点になっている…そのような未来が、昨日の学生の熱い舞台と満席の見所の向こうに微かに見えたような気がしたのです。

関西宝連無事終わりました

今日の関西宝連も、素晴らしい舞台と、表には出ないたくさんのドラマを内包しつつ賑やかに終わりました。

新入生のみなさんは初舞台おめでとうございました!

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京大の面々はおそらくこれからBOXへ。

私は力尽きて宿に向かいます。

あとは頼もしいOBOG達に任せたいと思います。

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大変短いのですが、今日はこれにて失礼いたします。