六条御息所の形態変化

今日は午前中に宝生能楽堂で五雲会の稽古がありました。

私の「葵上」も勿論稽古していただきました。

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悪戦苦闘の末に、謡と型はようやくひとつの方向にまとまろうとしております。

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しかし、「葵上」には謡や型とは別の、ある難しい問題があるのです。

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シテ六条御息所が一番上に纏っている「唐織壺折」という装束がそれです。

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この一枚の「唐織壺折」という衣が、「葵上」一曲の中で様々に形態を変えて使用されるのです。

そして衣の形態変化に合わせて、六条御息所は”人間の姿”から”真の鬼の姿”へと少なくとも4通りに変化していきます。

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その衣の使用形態の変わり目で、シテの技能が色々と必要になるのです。

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この衣の扱いが上手くいかないと、変化した姿がいびつなものになってしまいます。

しかし何度かある変化の全てが上手くいくかどうかは、「時の運」による部分もあるのです。。

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この衣の扱いの稽古もしっかりとしておいて、美しくも恐ろしく変化していく六条御息所の姿を本番の舞台でお見せ出来ればと思っております。

自治医科大学での能楽教室

今日は栃木県の「自治医科大学」にて能楽教室を開催いたしました。

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金春流を習っている哲学の先生、更にその師匠である金春流シテ方の先生、大鼓打ちさん、元京大宝生会で現自治医科大学能楽部部長の青年、そして私という異色の組み合わせでした。

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しかしその内容はバラエティに富んでおり、宝生流仕舞「清経クセ」「殺生石」、金春流仕舞「半蔀クセ」、小鼓独調「船弁慶クセ」、大鼓独調「駒之段」、金春流舞囃子「松虫」に加えて、楽器の説明と型の体験をいたしました。

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参加者はそれほど多くなかったのですが、全員が能楽教室終了後も残って大鼓の楽器体験などをしてくれました。

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そして更にそのうちの何人かは、仕舞と謡の稽古までしてくれたのです。

来月の稽古にも来てくれそうな手ごたえを感じました。

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自治医科大学における初めての能楽教室は、幸いに大成功と言って良い結果でした。

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自治医科大学能楽部としては、次の大きなイベントは「関東宝生流学生能楽連盟自演会」への初参加となります。

その舞台に向けての稽古もしっかりと出来て、今日は密度の濃い1日になりました。

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自治医科大学の皆様どうもありがとうございました。

健全な人々の横で…

昨日の台風19号で被害に遭われた方々に、心よりお見舞い申し上げます。

東京三ノ輪の自宅マンションは大きな被害無く朝を迎えました。

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そして今日は水道橋宝生能楽堂にて「月並能」が予定通り開催されました。

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私は月並能の前に能「葵上」の稽古をしようと、早めに宝生能楽堂に向かいました。

しかし能楽堂に着くと、本舞台も2階の稽古舞台も使用中でした。。

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仕方なく能楽堂近くの「水道公苑」に移動して、片隅で小声で稽古をしました。

水道橋は台風一過の晴天で、辺りには健全そうな人々がたくさんいて、「日曜日の公園」を絵に描いたような風景です。

そのすぐ横で「あ〜ら、恨めしや…!」などと不健全な内容を謡うのは、小声であっても何だかちょっと申し訳無いような気持ちになりました。。

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しかし「葵上」の何かがようやく掴めそうな気がしていたので、今日はどうしても稽古しておきたかったのです。

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明日こそは何れかの時間に能楽堂で稽古したいと思います。

万が一空いていなければ、また何処かで人目を憚りながら稽古することになるでしょう。

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本番まで1週間を切り、ここから指数関数的に気合を高めて参りたいと思っております。

油断せずに…

今日は朝早くに水道橋に行き、「葵上」の稽古を一度だけしてすぐに帰ってきました。

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あとは部屋で台風19号に備えるのみです。

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去年の中国地方の豪雨の時や、先日の台風15号の時などには、その惨状をテレビで見て、被害が出来るだけ少ないように祈ることしかできませんでした。

私の住む東京にも、ついに”その時”がやって来るのでしょうか。

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停電した時の為などの一応の備えは昨日のうちに済ませました。

あとは松本澤風会の番組作りなどをしながら、台風の通過を待とうと思います。

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今日の名古屋での舞台が延期になってしまった仲間から、先ほど来春の代替日程のお知らせがありました。

仲間はもう失意から立ち上がって、前を向いて動き出していたのです。なんだか嬉しくなりました。

幸いに空いている日で、彼のリベンジを全力で応援したいと思います。

また詳細が発表されたら、このブログでもお知らせいたします。

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外はいよいよ風雨が強まってきました。

これから夜まで、油断せずに過ごします。

悔しさを力に変えて

今日は朝から水道橋宝生能楽堂に行き、「葵上」の稽古をしました。

その後に日曜日開催の「月並能」の申合にて、能「自然居士」の地謡を謡いました。

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宝生能楽堂の楽屋食堂のテレビでは、台風19号の恐ろしいニュースがずっと流れています。

実は私の仲間が主催して明日名古屋で開催予定だった舞台が、台風の影響で延期になってしまいました。

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昨年から計画されていた個人演能会で、彼は番組の企画、楽師の依頼から、宣伝とチケット販売、そして勿論舞台のための稽古と、明日の本番に向けて一生懸命に準備を進めてきたのです。

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今私自身が能「葵上」の稽古をしているのでより切実にわかるのですが、練りに練って必死に稽古してきた能が本番直前になって突然「舞えなくなる」というのは、正しく断腸の思いだと想像します。

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あくまでも「延期」なので、代替日程が決まった時には万難を排してお手伝いに行かせてもらいたいと思っています。

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相手が自然災害とは言え、本当にやり切れない憤りを感じます。

しかし我々能楽師は、このような強烈な負の感情や経験すらも「舞台の糧」にすることができる人種なのです。

次の舞台に活かすことで、そういう負の気持ちが”成仏”してくれると私は思っています。

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今回の悔しさを力に変えて、彼が次の舞台で躍動してくれることを信じております。

「葵上」悪戦苦闘中…

今日は江古田稽古で、その前後に能「葵上」の稽古をいたしました。

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「葵上」はこれまで舞った曲とはいくつかの点で異質だと感じます。

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先ずはシテ謡の節付けが非常に複雑で難解です。

ところが更に、その複雑な節を正確に謡うだけでは全く足りず、味気ないような気がするのです。

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「どう謡うかは演者に任せます」というような”余白”の部分が大きいとも言えるかもしれません。

その余白に何をどう描くかに悪戦苦闘している訳です。。

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蛍のように月のように光る君。

一方で朝顔の花が萎れていくように衰え行く自分。

そして春の大地に一斉に芽が生えるように湧き上がる恨み…

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これらを一体どう表現すれば良いのでしょうか。

感情移入し過ぎると、歪んで品の無い謡になる恐れもあります。

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まだまだ手応えは感じられず、悪戦苦闘は続きます。。

陸奥の海の幸・山の幸

今日は朝からラジオ録音に参加しました。

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曲は「融」で、私は地謡でした。

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昼前には録音を終えて、水道橋で能「葵上」の稽古をしてから午後の東北新幹線に乗り込みました。

今日は夕方から仙台稽古だったのです。

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能「融」に出てくる”千賀の塩釜”は、仙台からほど近い場所にあります。

ちょっと足を伸ばせば行けるのですが、今日は葵上の稽古時間を優先しました。

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塩釜には行けませんでしたが、せめてもと思い仙台稽古場に向かう途中にある”市場”を覗いて行くことにしました。

何か秋を感じる陸奥の海山の幸に会いたいと思ったのです。

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先ずは今年は不漁と言われる「秋刀魚」。

私が京大現役の頃は、1匹50円でしたが…。

そういえばまだこの秋に秋刀魚を食べておりません。どこかで食べたいものです。

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シーズン終盤と思われますが、「戻り鰹」も沢山並んでいました。

鰹はタタキも刺身も好きなので、みているとお腹空いてきました。。

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山の幸も色々ありました。

毎年見る「アケビ」や「栗」。

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「ナメコ」に「アミタケ」。

ナメコはかなり大振りです。

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そして天然物と思われる見事な「ヒラタケ」の隣には、なんと「原木舞茸」が。

木の根元に生えているのを見つけると、嬉しさに舞い踊ってしまうのでその名がついた「舞茸」。

市場で見つけたので舞い踊る訳にはいきませんでしたが、こちらも出来ることなら食べてみたいなぁと思いました。。

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秋刀魚に戻り鰹、ナメコとヒラタケに原木舞茸。これ全部買うと3500円です。

舞茸を諦めれば2000円。

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買って帰って、秋の夜長に仲間たちと酒宴でも開けたら良いだろうな…

と頭の中で楽しい想像をしつつ、気持ちを切り替えて仙台稽古場へと急いだのでした。

2件のコメント

遠い国を想う日

昨日は松本稽古で、今日は松本から亀岡に移動しての稽古でした。

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長野県から電車を乗り継いで亀岡へ。

その道すがら、私は「亀岡で”アサギマダラ”に会えるだろうか…」と考えていました。

秋に日本の高原地帯を飛び立って、遠い遠い南の島まで渡っていく蝶です。

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そしてアサギマダラは渡りの途中で「フジバカマ」という花に立ち寄るのです。

亀岡稽古場には秋になると「フジバカマ」がたくさん咲き、毎年アサギマダラがやって来ます。

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しかし、今年は10月の亀岡稽古日が例年より少し遅くなってしまいました。

アサギマダラはまだいてくれるだろうか…

と淡い望みをいだきつつ亀岡に到着しました。

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雨が上がったばかりの亀岡稽古場には、「フジバカマ」がやはりたくさん咲いていました。

しかし、あの鮮やかな翅の「アサギマダラ」は見当たりません。

違う場所のフジバカマも探してみましたが…

やはりアサギマダラは見つかりませんでした。

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雨上がりなのでどこかに隠れているのか、それともすでに南を目指して旅立ってしまったのか…

懐かしい彼らとの一年ぶりの再会は叶いませんでした。

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昨夜は松本の宿で、遠い国に住む古い友人と久方ぶりに電話で話しをしました。

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友人から悲しい報せのメールが日曜日にあり、慌てて無料通話の出来るアプリに登録して電話したのです。

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辛い事があった友人ですが、電話では以前と変わらない穏やかな声でした。

慰める適切な言葉も見つからず、しばし静かに昔の話をして電話を切りました。

友人は少し気が晴れたと言ってくれました。

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一方で、昨日のブログに書いた、京都とプラハを撮影している写真家の方から素敵な写真が送られて来ました。

“プラハの修道院のビール”だそうです。

世界一と言われるチェコのビールを、いつか現地でこの写真のように飲んでみたいものです。

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遠い国へ旅するアサギマダラ。

遠い国の古い友人。

遠い国の素敵な写真。

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昨日今日は、広い世界にしみじみと想いを馳せる日になりました。

「楽しい経験でした」

昨日は「ゲストハウス月と」にて、京都紫明荘組稽古でした。

先月の澤風会京都大会以来の稽古です。

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大会で能「羽衣」を舞われた方が最初からいらしていて、

「羽衣はとても楽しい経験でした」

と言ってくださいました。

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それは私にとって何よりも嬉しい感想でした。

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一曲の能をゼロから稽古して、本番が良い舞台になるように作り上げていくのは、本当に大変な道程なのです。

その稽古の過程で不安や苦労が強過ぎると、暗い記憶ばかり残ってしまいます。

如何にしてそうならずに、無理なく進んでやる気と技術を少しずつ上げて行き、”良い経験を積んでいる”と思ってもらえるか…。

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そんなことをいつも考えながら稽古して来ました。

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なので、「楽しい経験でした」という感想を聞いて、全ての苦労が報われた気がしてジーンと深く感動したのです。

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ちなみに能「羽衣」のシテの方が稽古用に作られた”天女の羽衣”があるのですが、その衣は京大宝生会の能「竹生島」の天女稽古用に受け継がれることになりました。

「竹生島」があの「羽衣」のような良い舞台になるように、手作りの羽衣のパワーをお借りしたいと思います。

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昨日は他の会員さん達や京大若手OBOG達も、それぞれの新しい曲を次の舞台に向けて稽古し始めました。

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そして更に。

夏休みの「月と 寺子屋キャンプ」の参加者の男性が、昨日から新たに澤風会会員になって稽古を始めてくださったのです。

本業は写真家で、「京都とプラハ」をテーマとした写真を撮り続けているそうです。

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新しい顔触れも加わって、再び発進した京都紫明荘組稽古場です。

皆さまに力をいただいて、私もまた頑張って参りたいと思います。

足疾鬼の哀しみ

昨日の泉涌寺でのお話の続きです。

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あろうことか泉涌寺の偉い僧侶様の対面に座って、能「舎利」の解説をすることになった私。

私ごときの浅薄な知識でどうやってこのシチュエーションを乗り切れば良いのか、直前まで途方に暮れておりました。

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しかし直前の楽屋でのこと。

家元より、「後半の展開は見ていればわかるので、むしろ前シテの事を話してほしい」と言われたのです。

それは少し意外な内容でした。

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そして対談形式の解説の一番最後に、私はその家元のお言葉を皆様にお伝えいたしました。

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私「前シテの最初の謡に”御釈迦様がまだこの世にいらした時は、間近でその説法を聞いて、この上ない安楽の気持ちを得たものだ…”という言葉があるのです。」

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この「足疾鬼」という鬼はおそらく真の悪党ではなく、本心から御釈迦様を慕っていたのではないか。

しかしその強い信心の気持ちから、釈迦入滅の時に牙舎利を盗むという悪業を働いてしまったのであろう。

なので、韋駄天に追われる後シテが鬼の形相で現れるのは、「自分の最も大切なもの(仏舎利)を守り切れない自分への怒りの気持ち」の現れではないか。

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…家元のお言葉はそういう内容でした。

するとそれをお聞きになった僧侶様が、

「成る程、実は足疾鬼というのは、”異教徒であるが御釈迦様を信奉する者”だとも言われているのですよ」

と仰られたのです。

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緊張感MAXの対談解説の最中ながら、私は足疾鬼という”外道の鬼”と忌まれる者の気持ちの深みに触れたような感覚を覚えて、「舎利」という曲への見方が変わったように思いました。

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異教徒という立場なので、御釈迦様の一番近くにはいられない。

しかしお慕いする気持ちは誰よりも強い…

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その屈折をはらんだ信仰心は、悲しいことに遺骨を盗むという犯罪行為に向かってしまったのかもしれません。

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単純な「勧善懲悪」の曲と思っていた能「舎利」が、現代社会の問題にも通じる深い内容を描いているのだと感じました。

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私には荷が重い解説でしたが、家元と僧侶様のお言葉を伺うことが出来て大変勉強になりました。

そして一曲の能を深く観る必要性を知る貴重な経験となりました。