初花道行

一昨日書きました通り、今日の五雲会は「桜尽くし」の演目でした。

京都北野は「右近の馬場」の桜から始まって、「紫野雲林院」の桜を愛でつつ、最後は「鞍馬山」から天狗と一緒に飛び立って、吉野初瀬の桜まで残らず見物して舞台が終わりました。

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そして宝生能楽堂から外に出ると、時刻は17時過ぎ。

東京ドームホテルの向こうに夕陽が沈んでいきます。

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靖國神社の桜はまた今度にして、とりあえず水道橋交差点からスタートして、外堀通りを神田川に沿って歩いてみることにしました。

水道橋から御茶の水を経て秋葉原までの間には、ソメイヨシノが沢山植わっているのです。

靖國神社の桜は予想通り今日開花したそうですが、外堀通りはどうでしょうか…?

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先ず最初に見つけた桜はこんな感じ。

まだ蕾ですが、夕陽に照らされて今にも花開きそうで、これはこれで美しい姿だと思いました。

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しかし吹く風は冷たくて、この気温ではこの辺りの開花は明日以降かな、と半ば諦めつつ歩いていくと…

御茶の水橋の手前に、先ほどよりも更に膨らんだ蕾を見つけました。

本当に開花直前の状態です。

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そして、聖橋の下をくぐって少し行ったところで遂に…

見つけました。

私にとって今年の初桜です。

今年もこれから全国各地で色んな桜を色んな形で見ることになるでしょう。

その花見の始めが、この桜ということになります。

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しみじみと感じ入っている私の横を、人々は桜に目もくれずに通り過ぎていきます。

「桜が咲いてますよ!」と教えてあげたいとちょっとだけ思いましたが、やはり恥ずかしいのでやめておきました。

暫し一人で眺めた後に満足して、私は坂道を降りて秋葉原へと向かったのでした。

僅か20分ほどの、花見の道行でした。

頃は弥生の花見とて…

明後日17日の土曜日には、宝生能楽堂にて五雲会が開催されます。

今日はその申合があり、私は能「右近」の地謡を謡って参りました。

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右近のワキの文句の中に、「のどかなる 頃は弥生の 花見とて」とあります。

それを聞いて、「あれっ?」と微かな違和感を覚えました。

数日前のニュースで、東京の桜の開花予想が明後日の3月17日だと聞いていたからです。

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室町時代は旧暦なので、その頃の「弥生」は現代の4月にあたります。

つまり右近の馬場の桜は当時は4月に咲いていた筈なのです。

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桜の開花が年々早まって、ついに旧暦と同じ時期になってしまったことになります。

「右近」の謡を聞いて、地球温暖化を実感してしまいました。。

これ以上温暖化が進まないように祈るのみです。

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ともあれ、明後日の五雲会は桜の開花予想に合わせたように能「右近」、「雲林院」、「鞍馬天狗」と桜尽くしの名曲が3曲並びました。

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宝生能楽堂でバーチャルなお花見を堪能した後に、まだ陽が残っている靖國神社に足を延ばして現実のお花見、というコースが可能なのです。

皆さま是非明後日17日 正午始めの五雲会にお越しくださいませ。

NHKラジオ録音「善知鳥」

今日はNHKラジオの録音がありました。

「善知鳥」を一曲丸ごと録音して、私はツレを勤めました。

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朝に渋谷のNHKに入り、受付で入館証を貰って、とあるスタジオに向かいます。

テレビ局の中に入ることなど滅多に無い私です。

大勢が往き来しているフロアをクネクネと歩いていると、「もしかして有名な芸能人とバッタリ出くわしたりしないかしら」などと思うのですが、勿論そんなことは全くありません。

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スタジオに着くと、録音の準備はすっかり整っています。

一人一人の前には、ちょうどラジオのDJが使うような、スタンドから吊り下げる方式のマイクが設えてありました。

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「謡を謡う」という行為は私にとっては殆ど日常の一部なのですが、この「目の前にマイクがある」というシチュエーションだけで変に緊張してしまいます。

更にそのマイクは非常に高性能なので、ほんの小さな音も拾ってしまうそうなのです。

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くしゃみや咳などは、普段の舞台からしないものなので大丈夫ですが、例えばお腹が鳴ったり、喉が鳴ったりするのは自分では止められない可能性があります。

正座の足を組み替えるのも、もしかして音がするかもしれません。

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などと色々な雑念が湧いて来て、45分くらいの録音でドッと疲れてしまいました。。

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今日頑張って録音した「善知鳥」は、4月15日(日)朝6時〜6時55分にNHKFMにてオンエアされます。

早朝ですが、皆さまどうかお聴きくださいませ。

1件のコメント

「3月のカレンダー」の話

ホームページを開設して1年と少し。

その間にこのホームページを通じていくつかの貴重な出会いがありました。

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「岩手未来機構」の皆さんとの御縁もそのひとつです。

岩手未来機構の皆さんは、国内外から様々な芸術家を東北に招き、芸術活動を通じた復興支援をされています。

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これまで二度の会合を開いてお話を色々伺いましたが、中でも特に印象深いお話がありました。

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ホセマリア・シシリアさんというスペインの現代アート作家が、震災から1年後に岩手の小学校でワークショップをされた時のことです。

そこでシシリアさんは2011年3月のカレンダーを取り出して、子供達に「3月11日までにあった出来事を書き込んでごらんなさい」と言ったそうなのです。

周りの大人はハッとして心配になったのですが、子供達はカレンダーに書き込みを始めました。

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そしてその内容は、大人達の予想とは違うものでした。

誕生日にお母さんと料理を作ったこと、もうすぐ弟が生まれることなど、楽しかった思い出がたくさん書かれていたというのです。

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「あの時のことを全て忘れたり、記憶に蓋をして目を背ける必要は無い。楽しかった思い出や、大切にしていた事はちゃんと心に刻んで、一緒に未来へ歩いていけば良いんだよ。」

という尊い大切な考えを、遥かスペインから来た偉大な芸術家が子供達に教えてくれたというのです。

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シシリアさんはまた、「死者と生者」、「過去の人と現在の人」が同じ空間の中に同居して、会話を交わすという能楽の世界観にも深く共鳴してくださっているそうです。

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「私には能楽しか出来ない」と1年前のブログに書きました。

しかし岩手未来機構の皆さんと出会い、その素晴らしい活動のお話を伺う中で、私にも「能楽」を通じて復興の為に何かお手伝いが出来るかもしれないと、微かな方向性が見えて来た気がします。

さらに話し合いを重ねて、年内にはそれをひとつの形に具体化したいと考えております。

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最後になりましたが昨年同様、被災された皆さまに1日も早く平穏な日々が戻って来ますように、心よりお祈り申し上げます。

ようやく味わうお弁当

私は「駅弁」というのは高価なものだと思っているので、新幹線に乗る時には大抵、駅のコンビニでおにぎりを買う程度で済ませるようにしております。

しかし今日は、新幹線のテーブルの上にやけに豪華なお弁当が。

左側にあるのは美濃吉の「鳥照り焼き弁当」で、実は先日の郁雲会澤風会の申合において能楽師用に用意したお弁当なのです。

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先月このお弁当を、東京駅大丸デパ地下の「ほっぺたうん」で40個ほどまとめて注文したところ、ポイントが一気に貯まって「次回ご来店時に2000円分の商品と引き換え可能」なカードを貰ったのです。

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普段私はこの「ポイントカード」というものを煩わしく思い、殆ど使わずに家に放置してしまいます。

しかし今回はやはり特別です。

本日水道橋にて月並能申合を終えて、関西への移動の前に「ほっぺたうん」に立ち寄りました。

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カウンターの中には、先日の注文の時に色々お世話になった店員さんが。

「こんにちは。先日はありがとうございました。お弁当を引き換えに来ました。」

「あら!この前はどうもありがとうございました!お弁当大丈夫でしたかしら?」

「はい、大変好評でした。またどうかお願いします。」

という会話を交わして、件の「鳥照り焼き弁当」に加えて「お料理小箱」もいただいて、丁度2000円也。

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写真は、新幹線でそれらを広げていただく直前の一枚だった訳です。

申合の時には自分では全くお弁当を食べる暇がなかったので、ようやく味わうことができました。

上品な味の出汁巻、煮こごりがまぶしてある鳥照り焼き、その下のご飯には海苔が敷いてありました。大変美味しいお弁当でした。

お料理小箱も茶碗蒸しまでついてとても豪華で、ゆっくり美味しくいただきました。

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食後には文庫本が2冊。

至福の移動時間なのです。

ずっと舞台にいること

今回の郁雲会澤風会の2日間では、私は一部の素謡を除いてはほぼ全曲で、地謡もしくは後見で舞台に出ておりました。

皆様これを比較的大変な事だと思われたようで、「さぞかしお疲れでしょう」「お身体は大丈夫ですか?」などと心配してくださいます。

しかし、私にとっては本番の舞台上にいるのはむしろ「喜び」であり、いっそ「ご褒美」のようにも感じられたのです。

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昨日は箇条書きのように、番組のそれぞれを短くご紹介いたしました。

しかし本当はそのひとつひとつに、本番に至るまでの長い長いドラマがあったのです。

嬉しい事もありましたが、大半は苦しく地道な努力の日々でした。いくつかのアクシデントもありました。

それらを乗り越えたクライマックスシーンが郁雲会澤風会の舞台であり、私はそのクライマックスシーンを主役と共に作り上げるという栄誉を与えられた訳なのです。

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これは私には大変光栄で喜ばしいことでした。

更にもう一点、本番の舞台は一発勝負なので、何が起こっても私は注意したり、やり直したりしないでも良いのです。

これも精神的にはむしろ稽古よりも楽な事に感じられました。

なので、2日間出突っ張りでも私には全く苦にならなかったのです。

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…とはいえ、やはり少々疲れはあるようです。

昨日はそうでもなかったのですが、今日の午後になってから、丁度時差ボケのような急激な睡魔に襲われました。

新幹線でスイッチが切れるように寝てしまい、危うく乗り過ごして大変な事になるところでした。。

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明日はようやく一日中何も無い休みなので、ゆっくり骨休めしたいと思っております。

郁雲会澤風会御礼

先週金曜土曜の郁雲会澤風会の2日間では、本当に無数のエピソードが同時進行的に起こっていたことと思います。

数多の物語がめでたく完結して、また多くの物語が次の章に進み、それと同時に未来に繋がるいくつかの新しい物語も始まりました。

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最年少5歳の男の子の初舞台「絃上」。

最高齢91歳の方の仕舞「葛城」。

桜色に美しく染められた着物で舞われた舞囃子「桜川」。

沢山の素謡(京大若手OBの素謡「大会」では、殆どのOBOGが無本で謡ってくれました)。

1人で無本で謡われた独吟「草紙洗」。

砧、忠度、笹之段を始めとする難しい仕舞や、一調「放下僧」独調「桜川」などの難曲に挑戦され、苦心して稽古を積んで本番を迎えられた皆さん。

早朝に京都や北陸や松本を出て来てくださった方々。

金曜朝一で仕舞を舞って、その後は受付などの仕事をよくやってくれた京大宝生会の現役や、若手OBOGのみんな。

初舞台や、稽古を始めて間もない会員さん達がとても堂々と演じられた素謡「橋弁慶」、また「羽衣キリ」などのいくつかの仕舞。

一人で何回も舞台に出てくれた人(素謡2番、仕舞、能のツレ、能の地謡の計5番をこなした人も)。

いつも母親を支えてくださっている郁雲会の皆さま。

毎回ゲスト出演いただく京大宝生東京OB会や、早稲田大学、東京大学OBの方々の重厚な舞と謡。

舞囃子を舞われた7人の会員さんはそれぞれ「楽」や「神楽」などの難易度の高い舞や、位の重い曲、思い入れのある曲に全力投球で挑まれました。

そして4番の能。

先ず金曜日には、松本から何度も東京にいらして稽古をしてくださった初シテの方が見事に舞われた「巻絹」。

土曜日にあった大曲「鷺」、「野宮」、「松風」では、今回もまた舞台上のシテ方、囃子方、ワキ方、狂言方に見所のお客様までも含めて、能楽堂が全部一体となって熱量を増していくような、気迫に満ちた舞台を体感することができました。

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…今思い出しながらつらつらと書いていっても、次々と色んな出来事が思い出されてとても書ききれません。

全てを書いたら1冊の本になるような、濃密な2日間だったと思っております。

宴会で辰巳満次郎師より「今回舞台に出ていて、”ああ、能って素晴らしいなあ。能をやっていて良かったなあ”と改めて思いました」という大変に有り難いお言葉を頂きました。

これはきっと私も含めて、参加してくださった皆様に共通の感覚であったと信じております。

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御礼の言葉もどれだけ尽くしても足りない気がいたしますが、今回の舞台でお世話になりました全ての皆様に、本当に心より御礼申し上げます。

どうもありがとうございました。

崇宝会に出演して参りました

昨日の日曜日は朝から渋谷セルリアン能楽堂にて、郁雲会澤風会でも大変お世話になりました山内崇生師主宰の「崇宝会」に出演して参りました。

今年が第24回で、来年は25周年記念大会が盛大に開催されるということです。

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連日の短い更新で申し訳ございません。

昨日でようやく仕事の山場を越えましたので、また落ち着いたら通常のペースで書かせていただきたいと思います。

郁雲会澤風会初日終了いたしました。

おかげさまで郁雲会澤風会初日を無事に終えることが出来ました。

本日御出演いただきました皆様、また応援にいらしてくださった沢山の皆様、本当にありがとうございました。

また明日の2日目もどうかよろしくお願いいたします。

宝生坂に満月が昇りました。

いよいよ明日は…

明日に迫った郁雲会澤風会の前の、本当に最後の稽古を江古田でやって参りました。

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外に出ると、晴れ渡った夜空には大きな月が。

いよいよ明日は満月で、これまで長い時間かけて稽古してきた皆さんの舞台も、きっと満月のようにピッタリと丸く完成することでしょう。

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帰り道の夜風に混じって沈丁花の香りがしました。

秋の金木犀と春の沈丁花は、その季節の訪れをはっきりと知らせてくれて、私はどちらも好きな花です。

今日は早めに休んで、明日明後日は全力で頑張りたいと思います。

水道橋宝生能楽堂にて朝10時開始です。

皆さまどうかよろしくお願いいたします。

澤田宏司