五雲会の能「舎利」無事終了いたしました

本日五雲会にて能「舎利」が無事に終了いたしました。

ご遠方からの方々も含めて、たくさんの皆様にお越しいただきまして、誠にありがとうございました。

能「舎利」の感想はまた改めて詳しく書かせていただきます。。

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今年の私のシテは今日で全て終わりました。

一応ホッと一息なのですが、今は新幹線で関西に移動中です。

明日は香里園能楽堂にて「関西宝生流学生能楽連盟自演会」が開催されて、京大宝生会は能「経政」を出すことになっているのです。

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明日は学生達にとってはある意味、人生の中での山場の1日になるわけです。

私はその1日が少しでも充実したものになるように、頑張ってサポートしたいと思います。

私の「舎利」と京大の「経政」

昨日のブログでも書きましたように、次の日曜日の12月16日朝10時半より、香里能楽堂にて「関西宝生流学生能楽連盟自演会」が開催されます。

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京大宝生会からは能「経政」が出るのですが、実はその前日には東京で私自身が能のシテを勤めます。

水道橋宝生能楽堂にて12月15日正午始めの「五雲会」にて、能「和布刈」、能「巻絹」に続いて私が能「舎利」を舞うのです。

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因みに京大宝生会の能と私自身がシテの能が連続してあるのは初めてではありません。

そもそも私が”初シテ”を勤めた時がそうだったのです。

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平成17年11月19日土曜日、水道橋宝生能楽堂の「五雲会」にて、私は初シテの能「忠信」を舞いました。

そしてその前日の11月18日金曜日、京都観世会館での「京都大学能と狂言の会」にて京大宝生会の能「箙」があったのです。

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私はその「箙」の後見を勤めて、無事に終わったのを見届けるとすぐに東京に戻りました。

「能と狂言の会」が終わった後には、盛大に打ち上げをするのが常なのですが、この時は有り難いことに現役や若手OBOG達は打ち上げもそこそこに皆夜行バスなどで東京に移動してくれました。

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翌日私の「忠信」を観て、その後の初シテ記念パーティを京大の「箙」の打ち上げと兼ねてやる、ということにしてくれた訳です。

おかげさまで「忠信」と「箙」の2番ともに無事に終わり、パーティは能2番分の大変な盛り上がりを見せて最終的には江古田舞台で大勢で夜を明かしました。

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今回は逆に私が、自分の「舎利」を終えて土曜日のうちに関西に移動します。

京大宝生会としては2年ぶりの能となる「経政」と、その他の仕舞や謡も含めて、良い舞台になるようにしっかりとサポートしたいと思います。

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…それにしても、初シテから13年経っても私の行動パターンはあまり変わらないのだなあと、少々可笑しくなりました。

植田竜二先輩を思いながら

今日12月10日は、京大宝生会の植田竜二先輩の一周忌でした。

私は昼間に紫明荘組の稽古、夜は京大宝生会の稽古に行って、植田先輩と縁の深い人々と1日稽古をしました。

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特に京大宝生会は、次の日曜12月16日に迫った関西宝連前の最後の稽古でした。

今度の関西宝連は、「京宝連」としては第119回を迎えます。

植田先輩が第1回目から参加されて大事に育ててくださった「京宝連」は、来春には120回の節目になる訳です。

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今年入学した1回生は植田先輩と会ったことは無いのですが、今日の稽古で聞いた1、2回生素謡「土蜘」は、シテ、頼光、ワキ、地謡ともに力のこもった大きな声で、とても良い謡でした。

植田先輩が聞かれたらきっと「今年の1、2回生、すごいねぇ!」と言ってくださったと思います。

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そして上回生中心の能「経政」も、最後の最後まで改善すべき点を頑張って稽古しました。

植田先輩に褒めていただけるように、本番までもうひと頑張りしてほしいです。

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植田先輩の命日は毎年冬の京宝連の直前にやって来るので、近づく京宝連と共に毎年必ず思い出されることでしょう。

植田さん、今年の京宝連の舞台もどうか能楽堂のどこかで見守っていてくださいませ。

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「琥珀の会」大成功でした

本日金沢県立能楽堂にて、稽古会「琥珀の会」が無事に終了いたしました。

私にとっては少々不思議な舞台でした。

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午前中に申合があり、午後から本番が始まりました。

私は見所の正面の特等席に座っています。

そして舞台ではそれぞれ稽古を重ねてきた舞囃子などが、熱いテンションで披露されています。

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ところが”披露”といっても見ているのは私、出番の無い琥珀の会メンバー、メンバーのご家族の合計4〜5名だけなのです。

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普段舞台を正面から観ることが無い私は、何とも不思議な気分になった訳です。

しかし申合を経ての本番では、メンバーによってはそれこそ必死の気合を見せてくれて予想を上回る良い舞台になりました。

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ずっと観ていた私は、「この舞台をもっと沢山の人に観てもらいたい!」

と心から思いました。

今日はまだ「琥珀の会」としては第1回目の舞台でしたが、そう遠く無い未来にはこの会がより充実して一般公開される時が来ると思います。

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その時は私は正面の特等席からは観られなくなるのですが、私にとってはその方がきっと嬉しいことなのです。

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「琥珀の会」の皆さん今回は渾身の舞台をありがとうございました。

また今回参加出来なかった若手OBOGや現役の皆さんも次回以降是非「琥珀の会」に参加して、より賑やかな舞台にしてもらいたいと思います。

先輩も後輩も同様に

今日は午前中に水道橋宝生能楽堂にて月並能申合があり、私は能「雨月」の地謡を勤めました。

その後昼からやはり水道橋にて五雲会稽古があって私は能「舎利」を舞い、更にその後京都に移動して夕方から22時まで京大稽古をしました。

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京大稽古では、何故か最初の人に注意した点がその後の人でも気になってしまうことがあります。

今日で言うと、「構えの左手の親指が曲がっている」という点と、「足拍子の音にムラがある」という点を何人かに注意しました。

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1回生だけでなく、先輩であっても気がついたら全く同様に注意するようにしています。

これは、先輩の型をきちんと直さないと結局後輩に良くない型が伝わってしまうことがあるからです。

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また、先輩達には卒業してもなるべく続けてほしいので、長期的な視点で型や謡を良くしていってもらいたいという気持ちもあります。

なので、明日金沢である「琥珀の会」のメンバーのようなOBOGであってもやはり同様に気がついたことは直していきたいと思います。

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この方針には勿論自戒の心もあって、京大BOXや江古田稽古場などの鏡がある稽古場では、誰かの注意をしながら自分の型も見て、おかしいと思った箇所は修正するように心掛けています。

「琥珀の会」が近づいて参りました

来たる12月8日の土曜日に、石川県立能楽堂にて稽古会「琥珀の会」が催されます。

非公開の稽古会で、何度かこのブログでも書きましたように京大能楽部の若手OBOG及び一昨年ドイツに行った「ブレーメン能楽隊」のメンバーが中心となっています。

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宝生流舞囃子「箙」「紅葉狩」「龍田」「雲雀山」「邯鄲」

宝生流仕舞「兼平」

観世流仕舞「天鼓」「鵺」

独調「井筒」「杜若」

狂言「寝音曲」「文山立」

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というなかなかに盛りだくさんの内容です。

そして上記の番組には、実は私は一番も参加いたしません。

私はあくまで監督の立場で、シテも地謡も囃子も全て京大能楽部現役と若手OBOG、ブレーメン能楽隊などの”琥珀の会メンバー”が勤めるのです。

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メンバーの年齢は20〜40代と若いのですが、中にはもう20年程もお囃子の稽古を続けているベテランもいます。

そして一方で、稽古を始めて2〜3年の若手もいます。

京大宝生会ではここ最近お囃子の稽古を始める学生が激増しており、「琥珀の会」のような機会にベテランの先輩達と交流してどんどん経験値を上げてもらいたいものです。

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5番の舞囃子は先週土曜日の稽古の数時間でほぼ仕上がりに近い状態になりました。

あとは当日の午前中に申合をして、午後から本番になります。

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週間天気予報では土曜日の金沢は雪マークです。

私は朝一番のサンダーバードで京都から向かうので若干心配ではありますが、雪の寒さに負けないような熱い稽古会にしたいと思います。

もうひと仕事

今日は「琥珀の会」稽古→「宝門会」申合→京大の能「経政」申合という1日でした。

先ほど京大申合まで何とか無事に終えることが出来ました。

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どれを取ってもブログに書きたい出来事がてんこ盛りだったのですが、実は今日はまだこれから明日の「宝門会」の素謡や仕舞の地謡をお浚いするという仕事が残っております。。

今日の諸々はまた後日ぼちぼちと書かせていただきます。

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ひと仕事終える度に、一曲を謡い終える毎に肩が段々と軽くなっていくという、正に「肩の荷が降りる」という言葉を現実の感覚として味わった1日でした。

あともうひと仕事、頑張ります。

殺生石の”KP”と”HP”

今日は水道橋宝生能楽堂で開催された「夜能」にて、能「殺生石」の地謡を勤めました。

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「殺生石」は、最初の地謡である”初同”を謡い始めると、その後”クリ”→”サシ”→”クセ”とずっと続けて謡うことになります。

それぞれの箇所で強さ、早さを微妙に変化させて適切な雰囲気を作り出すのが難しいところです。

“クセ”の中だけでも緩急や強弱が変化します。

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“クセ”まで無事に謡い終えて一度扇を置いて、ふと昔の出来事を思い出しました。

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10年程前に京大宝生会の現役部員から、「謡の稽古の時に”KP”と”HP”という言葉を使うのです。」と聞いたのです。

「ここは”KP”だから気をつけるように」

とか、

「この辺りは”HP”を使って!」

という風に使う言葉のようでした。

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私「へえ〜、それはどういう意味?」

現役「”KP”というのは”気合いポイント”のことです。そこでは特に気合いを入れて謡わなければなりません。」

私「成る程。じゃあ”HP”は何のポイントなの?」

現役「いえ、そっちはポイントではなく、”腹パワー”の略です。謡本に”HP”と書いてある箇所は、とにかく腹に力を入れて謡うのです。」

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今日の「殺生石」だと、”KP”はおそらく「クセ留」の「玉藻 化生を元の身に」の辺りと、「中入地」の「石に隠れ失せにけりや」の辺りでしょうか。

“HP”は勿論最後の「キリ」の部分で、今日も渾身の”腹パワー”で頑張って謡ったのでした。

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“KP”と”HP”、緩急強弱を表すのにとても適した面白い表現だと思います。

今の京大宝生会の現役も、試しに使ってみたら良いかもしれません。

船場能「経政」に出演して参りました

今日は大阪船場にある「坐摩神社」にて「第2回船場能」に出演して参りました。

番組は辰巳満次郎師による能「経政」でした。

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「坐摩神社」と書いて、何と読むかすぐにわかる人は余程の大阪通だと思われます。

これで「いかすりじんじゃ」と読むのです。

“摂津国一宮”で、とても古い歴史を持つ神社だそうです。

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船場は大阪町人文化の中心地であり、おそらく江戸時代には能楽も多く演じられたに違いありません。

その頃御屋敷や御座敷の中では、燭台の灯りで能を演じることが多かっただろうということで、今日は舞台の四隅に4本の燭台を置いて、”蝋燭能”の形式で「経政」が演じられました。

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そもそも「経政」では、燭台の灯火の中で管絃講が行われている所に経政の霊が現れるわけで、今日の演出はストーリーにぴったり合っていたわけです。

見所のお客様達は、ひと時タイムスリップして、当時の旦那衆が楽しんだのと同じ感覚で能を体感していただけたのではないでしょうか。

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「船場能」が終わると私はすぐに京大稽古に移動しました。

来月12月16日に香里能楽堂にて開催される関西宝連の稽古をしたのですが、最後には能「経政」を稽古して終えました。

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今日は経政に始まって経政で終わる1日だったのです。

2018能と狂言の会、無事に終了しました

今朝から開催された京大能楽部「能と狂言の会」はおかげさまで無事に終了致しました。

心に残ったことをいくつか。

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最初の方に宝生会の全体素謡「経政」があり、金剛会の仕舞1番を挟んですぐに宝生会の1、2回生素謡「土蜘」がありました。

この2曲はどちらも無本でした。

「経政」は能地そのままなので、さすがの安定感でしたが、1、2回生はそのすぐ後の「土蜘」を良く頑張ったと思います。

地頭の声によく合わせて、役もそれぞれ大きな声で、とても好感の持てる謡でした。

長時間の正座も問題無く、皆無事に立って帰っていました。

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途中大阪大学喜多会と、京大観世会の招待仕舞がありました。

宝生流、金剛流と合わせて4流の仕舞を比較して見られたのは中々面白かったです。

作法なども、流儀によって主張が微妙に違うのがわかりました。

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宝生会の仕舞では、やはり自分に合った大きさの紋付袴で舞うのが良いと改めて思いました。

前回の舞台で長い袴だった部員が、丁度良い丈の袴で舞っているのを見ると、実力も数段上に見えました。

部員全員が、自分に合った紋付袴を何とか見つけてもらいたいものです。

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宝生会最後の演目は舞囃子「花月」でした。

辰巳家から拝借した”羯鼓”をシテに付ける時、紐を結ぼうと袴の背板を少しめくったところ、背板に「芳」というネームが入っていました。

この袴は小川芳先生からいただいたものだったのですね。

そして”羯鼓”の箱には、「平成8年倉本雅」と書いてありました。

小川先生の袴をはいて、倉本先生が寄贈された羯鼓を付けて、シテ4回生Nさんは現役生活の集大成である舞囃子「花月」を小気味よく元気一杯に舞ってくれました。

小川先生や倉本先生もきっと喜んでくださったと思います。

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他にも印象に残る仕舞がいくつもあったのですが、全部は書ききれないので、これから信州料理屋”お狩場”で始まる後席で直接彼らに話そうと思います。