夏の風の中で

今日は京都の「ゲストハウス月と」にて、紫明荘組稽古をいたしました。

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暑い中をいらしていただいた方には申し訳なかったのですが、今日も頑張って一日中エアコンをつけずに稽古しました。

少し身体が慣れると暑さはほとんど感じなくなって、夏の風が心地よく、夕方にはちょっと涼しいくらいでした。

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京大若手OBOGもたくさん来てくれたのですが、そのうちの一人は昼前に来てすぐに舞囃子「絃上」の稽古をすると、

「今日はこれで失礼します」

といそいそと帰り支度を始めました。

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いつもゆっくりしていくのに、珍しいなと思ったところで、

「これから浜松の例の稽古会に初参加してきます」

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おお!そうでした。

彼は浜松で働いているのですが、少し前に

「浜松で流派を超えた能楽愛好家の稽古会があるそうです。声をかけていただいたのですが参加しても良いでしょうか?」

と尋ねられて、勿論大賛成だと答えていたのです。

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彼は熱心なOBで、御囃子もたくさん習っています。

稽古会などには積極的に参加して、少しでも舞台経験を積むと将来のためになると思います。

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他にも、最近「観世流大鼓」の稽古を始めて、今月ついに「初舞台」を無事に終えたOB、OGも来てくれました。

また金沢からはるばる来てくれたOGなど、今日は夕方まで密度の濃い稽古が出来ました。

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浜松の稽古会も無事に終わったでしょうか。

また話を聞くのが楽しみです。

宵山見物

私は祇園祭の”宵山”というものに、実はほとんど行ったことがありません。

何しろ宵山は、人がめちゃくちゃに多くて物凄く暑いという、私の苦手要素が二つ重なっているのです。

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しかし今年はある事情により、久しぶりに宵山に行ってみることにしました。

京大宝生会の現役の1人が、とある鉾で、粽や御守りなどを売っているというのです。

それを宝生会の何人かで応援に行こうという話になったわけです。

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昨夜9時過ぎに私が四条烏丸の交差点に到着すると、京大宝生会の面々が三々五々集まって来ました。

私「ところで今日は何人来るの?」

部員「え〜、どうなんでしょうね…」

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この辺の適当さが実に京大宝生会らしいのです。

10人ほど揃ったところで、何となく出発。

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目指すのは「綾傘鉾」でした。

烏丸通から細い綾小路を西に折れると、急に人口密度が高くなります。

鶏鉾などを横目に人波をかき分けていくと、やがて「綾傘鉾」に辿り着きました。

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綾傘鉾の手前にあるテントには、御守りや手拭いなどが所狭しと並べられて、その向こうに浴衣を着た現役の姿が。

我々「来たよ〜!」

現役「わー、ありがとうございます!御守り、匂い袋、手拭いなどいかがですか?匂い袋は残りあと1つです‼︎」

と、暑い中を頑張って働いている様子でした。

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綾傘鉾の手拭いを皆で買って、記念撮影などもして宵山最大のミッションは無事に終了しました。

あとはブラブラと鴨川方向に歩きながら、”船鉾”、”岩戸山”などを見物しました。

途中仏光寺通では、久しぶりに洛央小学校の子供用手作り鉾「洛央鉾」にも再会できました。(2017年7月18日のブログに書きました)

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1回生もカメラを持って楽しそうに参加してくれて、思い出に残る”良い”宵山になりました。

鴨川を渡って、祇園四条の駅前で解散しました。お酒を一滴も飲まないのも最近の学生の特徴で、大変健全なのです。

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森見登美彦の世界のような不思議な事は起こりませんでしたが、こんな宵山ならばまた来てみたいと思ったのでした。

京大宝生会「竹生島」、出航しました。

昨日の「上半期お疲れ様会」から一夜明けた今朝9時。

私が京大能楽部BOXにやや遅れて到着すると、既に中では10人程の宝生会現役達が集まって稽古していました。

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私「えーと、では謡から稽古しますかね」

すると現役達はワラワラと舞台から降りて、2列に並んで正座しました。

それぞれの前には「竹生島」の謡本が。

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昨日も書きましたが、11月26日開催の「京大能と狂言の会」にて宝生会は能「竹生島」を出すことになっており、その稽古を今日から始めることにしたのです。

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最初のワキ次第の「三遍返し」の地取から鸚鵡返しを開始。

そしてシテ、ツレの謡も含めて全曲を一句ずつ鸚鵡返ししていきました。

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彼らはまるで「竹生島の稽古」に飢えていたかのように、前のめりになって謡い返して来ます。

私の謡と解説が、乾いた大地に水がしみ込むように彼らに浸透していくのがわかり、実に手応えのある鸚鵡返しでした。

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2時間ほどで全曲鸚鵡返しが終了。

BOXの使用可能時間は正午頃までで、あともう1時間残っています。

今度はシテとツレの稽古をすることにしました。

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舟の作り物は、昨日写真を載せましたがホームセンターで調達した部品を用いた組み立て式のもの。私が東京から持って来ました。(ショートスキー用のバッグにぴたりと収まるのです)

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そして「一畳台」は、もう20年ほど前の旧BOX時代に金剛会が作った、二分割式のものが壁に立てかけてありました。

私が「その2つの台を大小前に寝かせて、くっつけて置くと一畳台になるから」

というと、現役達は「え〜っ!それ普通に木の棚が2つあると思っていました!」

なんと、一畳台と認識されていなかったようです。。

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更に、宮の台輪、床几、釣竿、櫂棹は全てBOXに常備されています。

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現役達によって手際よく準備が整い、シテから稽古を始めました。

シテは8月に院試があるので、今日ひと通り最後まで稽古をしておくことにしました。

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そしてシテの稽古を終えてからツレの稽古に移り、結局なんとツレも全部通して稽古出来てしまいました。

後ツレの稽古まで終えると、時間はちょうど正午に。

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予想を上回る成果をあげて順調に舟出した京大宝生会「竹生島」です。

これから本番まで4ヶ月、能合宿なども計画されています。

充実した良い舟旅になるように、しっかりと稽古して行きたいと思います。

今日まで、そしてこれから

今日は紫明荘組稽古の後に京大宝生会の面々と、この春からの関西宝連、全宝連、そして就活など諸々のお疲れ様会をしてきました。

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そこでの話題は、今の京大宝生会のこと、夏合宿の曲、この秋の能「竹生島」に関するものが中心でした。

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明日の朝からは、いよいよその「竹生島」の稽古が始まります。

京大能楽部BOXには、竹生島へと向かう「舟」が既に舫ってあるのでした。

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準備万端、11月26日の京大能楽部自演会「能と狂言の会」に向けて船出いたします。

横浜での京大宝生OB会へ

今日は水道橋宝生能楽堂での「文月能」にて能「熊坂 床几之型」の地謡を勤めました。

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そして夕方に舞台を終えて、すぐに電車で横浜に向かいました。

今日は平行して「京大宝生OB会全国大会」が、横浜能楽堂にて開催されていたのです。

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参加者名簿を拝見すると、1961年卒の大先輩を筆頭に2015年卒の若手まで、30人以上の京大宝生会OBOGが集まっての舞台だったようです。

私は残念ながら今年は宴会のみの参加でした。

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毎年の事ながら、世代を超えたOBOGが全国から集合して、1日中賑やかに謡ったり舞ったりするのは素晴らしい事です。

今日は50数年前に学生能で演じられた能「蟬丸」の役をそのまま再現した素謡「蟬丸」が大変良かったと伺いました。

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皆さんそれぞれが普段から熱心に稽古を積んでおられるので、年々レベルが上がっているのもこの京大宝生OB会の大きな特徴です。

またこのような確りとした母体があることで、卒業して少し稽古から離れてしまったOBOGも、また仕事などが落ち着いたらいつでも帰って来られるのが何より素晴らしいことだと思います。

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先週末は現役達の元気な全宝連の舞台があり、今週はそれに負けない盛大なOB会がありました。

京大宝生会の「現役」と「OB会」の両輪が、この先も揃って順調に回り続けていくように、私も微力ながらお手伝いして参りたいと思います。

後半戦の舞台に向けて

私自身のシテ「鵜飼」と学生の「全宝連京都大会」という、いわば上半期の総決算の舞台があった6月が、昨日で無事に終わりました。

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今日から早くも今年の後半が始まります。

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土日の全宝連では、各大学が既に今後の舞台に向けて動き出しているというのを知りました。

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名古屋と金沢では、来年の年明けの学生自演会でそれぞれ奇しくも同じ「羽衣」の能を出すことがレセプションで告知されました。

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さらにこれは昨日の能「船弁慶」の時のこと。

義経を勤めた学生さんに烏帽子をつけながら、「今年は装束を着る機会は今回だけ?」

と聞いてみたのです。すると学生さんは眼をキラリと光らせて、

「いえ、秋の自演会でもまた着ます!」

と気合いに満ちた返事でした。

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そして我が京大宝生会も動き出していました。

全宝連終了後に、金剛能楽堂前で現役達に最後の挨拶をして、東京に帰ろうとした時のことです。

部長「先生、7月13日にBOXの使用が可能になりました。”竹生島”の最初の稽古をよろしくお願いいたします。」

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実は京大宝生会は、この秋の11月26日に開催される京大能楽部自演会「能と狂言の会」にて、能「竹生島」を演じることになっているのです。

その最初の稽古を、いよいよ来月から始めることになりました。

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ここ数年で能「巻絹」→能「経政」と積み重ねて来た経験を活かして、次の「竹生島」がどんな能になっていくのか。

そしてその本番までにどんなドラマが待っているのか。

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昨日一昨日の全宝連を経て、それぞれが大きく成長を遂げた京大宝生会です。

またそれは全国の学生さん達も同様だと思います。

頑張る全国の皆さんの姿を想像しつつ、京大宝生会は今年後半戦も充実した舞台を目指して参ります。

2019全宝連無事終了いたしました

今日も金剛能楽堂にて全宝連の第2日目が開催され、盛会のうちについ先ほど幕を閉じました。

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見所は終日大勢の学生とお客様で賑わい、おかげさまで最後の鑑賞能もほぼ満席になりました。

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昨夜のレセプションでは全国の各大学の部長から部の紹介がありました。

その中で、今年の新歓で10人近くの新入生が入った学校が金沢支部、名古屋支部、京都支部で3校もあり、それらの大学は全体人数が20〜25人になったそうです。

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他にも、部員が2人だけになっていたのが今年の新歓で人が入って、存続の危機を乗り越えたという学校もありました。

現在部員が少ない学校も希望を持ち続けてほしいと思いました。

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舞台では、京大宝生会は幸いに全員ミスも無く、稽古の成果を充分に発揮出来たと思います。

他にはやはり東大宝生会が良い舞台でした。先日の水道橋での関宝連から、更に稽古を積んでレベルを上げてきたのがわかりました。

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そして同志社宝生会の素謡「玉葛」は、舞台からはみ出すほどの20数名の大人数ながら、男女で良く声が揃っていました。

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逆に、シテ1人に地謡1人という最小人数の仕舞も何番かありましたが、それぞれ安定した舞と謡で感心しました。

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仲間の人数や、部を取り巻く環境がそれぞれ異なる中で稽古している学生達が、同じ舞台に集まり2日間にわたって時間を共有する。

これは実に尊いことだと思うのです。

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今回の全宝連でも、他大学の舞台を見て「上手いなあ」と思ったり、「良い曲だなあ」と舞いたい曲候補が増えたり、「頑張っているなあ」と励まされたり、色々な想いが心に刻まれたはずです。

中には人生を変えるような出会いもあったかもしれません。

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そのような貴重な舞台である「全宝連」が、発展傾向の中で今年も無事に開催できたのは本当に喜ばしいことです。

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この盛り上がりを引き継いで、来年の金沢大会も、またそれ以降もこの全宝連がますます発展していくことを願っております。

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実行委員始め学生の皆さん、全宝連京都大会の大成功おめでとうございます。

2019全宝連 舞囃子申合

今日は、今週土日に京都金剛能楽堂にて開催される「全国宝生流学生能楽連盟自演会」の舞囃子の申合がありました。

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今回の全宝連京都大会では、例年よりも多い6番の舞囃子が演じられます。

今日はこのうちの同志社大学「安宅」、京都大学「雲雀山」、甲南女子大学「加茂」、神戸大学「小袖曽我」の申合をしたのです。

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荒い曲、柔らかい曲、中之舞に男舞、ハタラキに相舞と、多様な曲がバランス良く並びました。

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令和になってから早くも3番目の舞囃子「雲雀山」に精力的に取り組む京大宝生会。

全宝連委員長自ら舞囃子「安宅」のシテを勤める同志社大宝生会。

女子大で唯一の舞囃子「加茂」を華やかに演ずる甲南女子大宝生会。

復活後初めての舞囃子「小袖曽我」に挑戦する神戸大宝生会。

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そしてそれら関西の大学に加えて、金沢大学からも舞囃子「葛城」と「鞍馬天狗」が出る予定で、この2番は囃子方の一部を金大宝生会の学生さんが受け持ちます。

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舞囃子への向き合い方にも、各大学のカラーが出ていて面白いのです。

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それにしても、今日のように4つの大学の宝生会が揃って舞囃子申合をするという賑やかな光景は、私の30年来の記憶にも無いほどです。

これは人数が増えたことは勿論ですが、関西の学生宝生流の地力が上がって来たことの現れだと思われます。

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これらの舞囃子だけでなく、たくさんの仕舞、素謡なども出る「全宝連京都大会」は、

6月29(土)30(日)の両日、金剛能楽堂にて午前11時開始です。

30日15時からは各大学を指導する能楽師による鑑賞能「船弁慶 後之出留之伝」が演じられます。

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全国各地で能楽宝生流を学ぶ学生達が一堂に会して、日頃の稽古の成果を披露する全宝連京都大会に、皆様是非応援にいらしてくださいませ。

どうかよろしくお願いいたします。

立体的な同窓会

今朝京都に移動して、昼前からゲストハウス「月と」にて紫明荘組稽古をしました。

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日曜日なので、京大宝生会若手OBOGが大勢来てくれました。

夕方に8人で「絵馬」の謡を稽古して、今日の稽古を終えると、何人かで晩御飯を食べに行きました。

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なんとなく見ていると「若手OBOG」という一括りに見えてしまう彼らです。

しかし中華料理を食べながら話し始めると、それぞれの現役時代にあった舞台や部活でのエピソードが次から次へと溢れるように出てきます。

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私が京大宝生会の仕舞を教え始めたのは約22年前。

その時に現役だった人から、つい一昨年に卒業したばかりの人までが一つのテーブルを囲んでいるのです。

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溢れ出るエピソードの大半は私も知っている出来事なので、一緒になって大笑いしました。

何か20年分の立体的な同窓会に参加しているようで、懐かしく幸せなひと時を過ごしました。

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しかし単なる同窓会と違うのは、彼らが現在進行形でモリモリと稽古していることです。

過去の思い出だけでなく、この次に計画している大稽古会の話でも大いに盛り上がりました。

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今後この立体的な同窓会は、新しい舞台経験を積み重ねてより豊かなものに発展していくと思います。

彼らの成長を見て行くことができるのは、私にとって何物にも代え難い喜びなのです。

自治医科大学能楽部との初顔合わせ

一昨日の五雲会には、新しく出来た「自治医科大学能楽部」の学生さんと顧問の先生が観に来てくれました。

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京大宝生会から今春自治医科大学に転学して、2ヶ月で能楽部を立ち上げた青年も勿論来てくれて、終了後には京大宝生会の現役やOBと一緒に食事をしました。

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「僻地医療」を目的とした自治医科大学。

これまでに唯一、私が出会った自治医大の関係者は石川県出身で、卒業後に能登半島の先、日本海に浮かぶ絶海の孤島に数年間赴任したと聞きました。

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一昨日聞いた話では、自治医大では6年間の大学生活の後に、9年間の出身都道府県での医療勤務が待っており、その勤務地の大半が僻地なのだそうです。

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東京芸大1年生の、能楽師の卵の青年もその食事に来ていました。

私「我々は、芸大4年間の後に水道橋での内弟子10年間なのだから、大分恵まれているよね」

青年「そうですね、ははは…💧」

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そのような厳しい修行(?)への覚悟が出来ているからか、自治医大の学生さん達は若いのに肝が据わっている雰囲気で、また人間的にとても魅力的な人ばかりでした。

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笑ったのが自治医大での飲み会の話です。

酔い潰れた学生が出ると、「台車持ってこ〜い」と言って、台車に載せて運んでいくそうなのです。

私「医大なのに、担架じゃないんだ?」

自治医大生「ええ、だって担架はエレベーターに入らないですから」

成る程。

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そして、酔っ払いを介抱するのは皆医療の心得がある人達なので、まず心配は要らないということでした。

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このように、京大とも芸大とも全く違うカラーを持つ自治医科大学に、新たに能楽部が出来たわけです。

今後彼らが宝生流の稽古を始めてくれて、その活動がもしかしたら僻地医療の赴任先にも広がっていけば、とても素晴らしいことだと思うのです。

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それはまだ遠い目標ですが、今回の五雲会での初顔合わせはとても有意義な第一歩になった気がします。

自治医科大学能楽部の皆さん、今後ともどうかよろしくお願いいたします。