服装に例えると…

最近ブログの更新が出来ない日が多かったので、今日はもう一度書かせていただきます。

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昨日の京大稽古で、「杜若」の謡を聴きました。

私は仕舞の稽古担当なので、あくまでも「聴くだけ」で、目立った点だけをアドバイスするというスタンスです。

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「杜若」という曲は、三番目物なので全体に綺麗に、淑やかな雰囲気で謡うべきだと思います。

しかしながら、その心持ちだけでは全部同じ謡になってしまい、抑揚が無くなってなんとなく「眠たい謡」になってしまいます。

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昨日気になったのは「クリ、サシ、クセ」と続く謡の「クリ」の部分でした。

優雅にゆったりと謡っていたのですが、その直前の「イロエ前」の謡と、直後の「サシ」の謡との差があまり無いように聞こえました。

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三番目なので例えば女性の服装に例えると、綺麗な服は一杯ありますが、その「綺麗さ」にはまた多くのバリエーションがあると思うのです。

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「クリ」の謡は春夏に着る、明るい彩りで模様もあるちょっと華やかな服。

「サシ」は秋冬に身につける少し落ち着いた色使いの服。

「クセ」は派手すぎない上品な和服。

というイメージでしょうか…。

そして「イロエ前」と「序之舞前」の謡は繊細な、例えれば”フォーマルなドレス”という雰囲気だと思います。

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…かえってわかりにくいかも知れませんが、明日の京大の「杜若」では、「色々な種類の綺麗さ」を舞台上で表現してもらえたらと思います。

2019年最後の五雲会

昨日は京大稽古の後に最終の新幹線で東京へ。

そして今日は午後から水道橋宝生能楽堂にて開催された「五雲会」に出勤いたしました。

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私は能「融」の地謡を勤めました。

いつもながら、この「融」という曲の完成度の高さには感銘を受けます。

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特に”田子”という潮を汲む桶を扱うシテの所作と、その”田子”の舞台上での形態変化は、何度見ても目を奪われてしまいます。

いつか演じてみたい曲です。

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この「融」の地謡で、今年の私の宝生能楽堂での舞台は全て無事に終わりました。

ちょっと気が早いのですが、来年まで会わない楽師達に「良いお年をお迎えください!」

と挨拶して能楽堂を後にしました。

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そしてその足で東京駅に向かい、京都への新幹線に乗りました。

明日は朝から香里能楽堂にて「関西宝生流学生能楽連盟自演会」です。

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関西宝連の学生さん達は今頃、ドキドキしながら明日の準備をしていることでしょう。

どうか良い舞台になりますように。

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私も京都に着いたら早く休んで明日に備えたいと思います。

今年を締め括る関西宝連

今日は昼間に「ゲストハウス月と」にて紫明荘組稽古、夕方から京大宝生会稽古でした。

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京大宝生会は、明後日15日に香里能楽堂にて開催の「関西宝連」前の最後の稽古になります。

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明後日の「関西宝連」は今年の締め括りの舞台です。

思えば今年は、5月の「第120回記念京宝連大会」、6月の「全宝連京都大会」、そして能「竹生島」を出した11月の「京大能楽部 能と狂言の会」と、例年よりも大きな舞台が続いた年でした。

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その最後を飾る舞台、そして卒業生にとっては現役最後の舞台でもあります。

少しでも良い仕舞と謡になるように、終電ギリギリまで稽古しました。

現役達はまだ稽古を続けていることでしょう。

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明後日は、阪神宝連から能「加茂」が出ます。

甲南女子大学と神戸大学が前と後の役を交代で勤めますが、神戸大学としてはおよそ50年ぶりの演能だそうです。

甲南女子大学は、おそらく初めての演能になるのだろうと思います。

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その記念すべき能「加茂」が成功するように、そして京大宝生会の皆が良い舞台を勤められるように、明後日は朝からしっかりとサポートしたいと思います。

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「関西宝生流学生能楽連盟自演会」

12月15日朝10時始曲 於香里能楽堂。

能「加茂」は一番最初に演じられます。

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皆様是非お越しくださいませ。どうかよろしくお願いいたします。

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初めての関宝連

今日は水道橋宝生能楽堂にて「関東宝生流学生能楽連盟自演会」が開催されました。

私は初舞台の「日本女子大学」と「自治医科大学」の付き添いとして参加いたしました。

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全くキャラの異なるこの2校。

パワフルでどこか豪快な自治医大と、

折り目正しくお淑やかな日本女子大です。

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しかし今日はこの2校が協力し合い、また東大宝生会の皆さんのお力もお借りして、初舞台の仕舞と素謡を全て無事に終えることができました。

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私は「関宝連」のことをもう遥か昔から知っていましたが、まさか自分自身が参加することになろうとは…!

つい1年前までは思いもよらないことでした。

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今日一日で、関西とはまた違う関宝連の雰囲気を体感してとても興味深く思いました。

そして京大宝生会からも大勢が観に来てくれて、関宝連の学生さんと楽しく交流していたようです。

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今回はお客様の人数が前回から倍増していたということで、とても賑やかだった関宝連。

来春には日本女子大と自治医大ともに新入生を増やして、関宝連をますます賑やかに出来ればと思います。

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そして京大宝生会など関西の学生達との繋がりもますます密になっていくと、色々と面白いことになりそうです。

新しい縁がたくさん結ばれて、未来への予感に満ちた関宝連の一日でした。

冬到来のサイン

今日は先週土曜日に引き続いて亀岡稽古でした。

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土曜日には実に鮮やかな紅葉が見られました。

今日同じ木の下に行ってみたのですが、早くも盛りは過ぎて、僅かですが色褪せて見えました。

季節は足早に移ろっていきます。

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稽古場のすぐ横には、見上げるような大銀杏が立っています。


昼過ぎに襖を閉めて稽古をしていると、襖の向こうで雨のように頻りに何かが降り落ちるシルエットが見えました。

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稽古の切れ目に襖を開けてみると…


辺り一面には、降り落ちた銀杏の葉が絨毯のように敷き詰められていたのです。

木々達も急ぎ足で冬支度をしているようでした。

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そういえば、昨日の深更に京大稽古を終えて百万遍から四条河原町の宿に歩く途中、冴えた冬の夜空に高く昇ったオリオン座と冬の大三角形を今シーズン初めて見ました。

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そして時間は更に戻って昨日夕方。

宿から京大稽古へと歩く途中、疎水の夷川発電所辺りでは…


冬空の下で水鳥達が羽を休めていました。

向こうに見える山は嵐山です。

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昨日と今日で、様々な”冬のサイン”を見つけました。

またあの京都の寒い冬がやって来たのだな…

と、しみじみ実感したのでした。

舞台に彩りを生む謡

今日は京大宝生会の稽古でした。

「能と狂言の会」以来の稽古です。

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新しい仕舞がたくさんと、素謡も新しい曲でした。

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この間までの「能狂」直前の稽古では、完成された曲をどうしたらより良く出来るか、という事に焦点を合わせて稽古していました。

一転して今日は、新しい曲を皆がどう解釈して舞ってくるのか、謡ってくるのかを先ず見せてもらう事から始めました。

それはある意味でとても楽しみな作業でした。

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成る程、こんな風にイメージして来たのか!

と少し驚いたり、

フムフム、手堅く稽古しているな。

と納得したり。

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総じて、いつもながら短期間で新しい曲を殆ど完全に自分のものにしていて大変感心いたしました。

「関西宝連」までにもう一度稽古すれば、また大きく伸びると思われます。

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稽古を終えて皆で遅い晩御飯を食べている時、「能狂」翌日にお囃子の稽古を受けた部員の話を聞きました。

そのお囃子の先生は能「竹生島」を打ってくださった先生です。

そして、

「竹生島は場面場面で謡の位取りをきちんと変えていたので、”次はどんな謡を謡ってくるのだろう”と舞台上で楽しみに聴いていた」

と仰ってくださったそうなのです。

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私は謡を稽古する時に、

「場面ごとの位取りを良く理解して、謡分けをしっかりとする事で、舞台に鮮やかな彩りが生まれるはず」

という事を常に考えています。

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その狙い通りの事をお囃子方が感じてくださったとは、非常に嬉しいことでした。

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「能狂」という舞台は終わりましたが、その大きな成果は部員それぞれの中に確実に蓄積されたと感じます。

各々がその大きな力を携えて、新たな舞台へと再び船出した京大宝生会。

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次の舞台がまた良いものになるように、私はあと1回の稽古を全力で頑張りたいと思います。

新しい月を眺めて

すみません今日は能にほとんど関係無いお話です。

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「E.T.」というスピルバーグ監督の映画があります。

私がまだ中学生の頃に上映されました。

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そのE.T.を、私は当時住んでいた高田馬場の古い映画館で観て非常に感動した覚えがあります。

主人公の少年がE.T.と一緒に自転車で宙を飛んで、背後に大きな月が浮かんでいるシーンが印象的でした。

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そして今日スマホで、そのE.T.の4分間だけの続編が作られたというニュースを知り、映像も観ることが出来たのです。

あの月と自転車のシーンなどもリメイクされており、再び感動いたしました。

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今日の夕暮れには、東京三ノ輪のビルの谷間に浮かぶ、新しく生まれた月を見ました。

その右斜め下の明るい星は木星でしょうか。


あの二週間前の満月から、京大宝生会の舞台の成功を経てこの月を眺められるのは幸せだと思います。

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次の満月は、まさにE.T.と少年が宙を飛んだ時期に当たります。

そしてその頃には次の舞台「関西宝生流学生能楽連盟自演会」が控えています。

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充実した稽古を経てその満月を迎えられるように、また頑張って稽古して参りたいと思います。

私はE.T.の存在を信じているので、いつの日か私の前にも現れてくれないかなぁと願っております。。

これから始まる歴史

少し時間を遡って、今週月曜日のことです。

京大宝生会が火曜日に能「竹生島」などの熱演でまた部の歴史に大きな一歩を記した、その前夜のこと。

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私は栃木県の自治医科大学に稽古に行きました。

彼らの初舞台である「関東宝生流学生能楽連盟自演会(関宝連)」がいよいよ来週末12月7日に迫って来たのです。

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内容は仕舞「鶴亀」「葛城クセ」と素謡「鶴亀」で、出入りの作法などを含めて時間をかけて丁寧に稽古いたしました。

何しろ、

「当日の着物はどうしましょう?」

「帯もありません…」

「そもそも、部の正式名称を考えないといけないのです。何か良い案はありますでしょうか…?」

まだまだ万事がこういう感じなのです。

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手探りで初舞台へと進んでいる彼らですが、謡と仕舞はとても良い仕上がりになって来ました。

同じように手探りで稽古している日本女子大の2人を含めて、当日は良い初舞台をお目にかけられることと思います。

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長い歴史を刻む部があれば、これから新しい歴史を始める部もあります。

12月7日土曜日、宝生能楽堂にて正午開始の

「関東宝生流学生能楽連盟自演会」。

もちろん自治医科大学と日本女子大の初舞台以外にも、舞囃子、仕舞、素謡など見応えのある番組になっております。

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新たな歴史の始まりを少しでも多くの皆様に御覧いただきたく思います。

どうかよろしくお願いいたします。

見えない力に支えられて

昨日の京大宝生会の能「竹生島」では、舞台上の現役達は力一杯に頑張って素晴らしい能を演じてくれました。

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その成功は、実は見えないところで沢山の人達のサポートに支えられていたのです。

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「竹生島」は最初の作り物を出すのに4人必要です。

まずその作り物を運ぶ「台持ち」としてOBのK嶋君が来てくれました。

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更に「竹生島」は”幕上げ”の回数が多く、また今回シテが高身長なこともあり中々難しかったのですが、この幕上げをOBのK崎君と、一回生が1人手伝ってくれました。

おかげで舞台が滞りなく進行しました。

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そして…

舞台を無事に終えて私が楽屋を出て帰ろうとした時、背後から「あのう…」と声をかけられました。

「澤田先生ですよね?いつも○○がお世話になっています。私○○の母親です」

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今回は見所がほとんど一杯になる程の多くの方々にいらしていただきました。

その中には先程のお母様のように、部員達のご家族が大勢いらっしゃったことと思います。

ご家族の応援は何よりの心の支えになったことでしょう。

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また東京や神戸や名古屋などご遠方からも沢山の皆様にいらしていただき、その応援もまた舞台の現役達に更なる力を与えてくれたのだと思います。

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「竹生島」ではありませんが、番外仕舞の地謡も何人かの若手OBが駆けつけて、力を合わせて謡ってくれました。

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見える力と、”見えないけれど確かに存在した力”が合わさって、昨日の舞台が成功したのです。

その見えない力を与えてくださった皆様に、改めて御礼申し上げます。

「竹生島」に力を与えてくださってどうもありがとうございました。

4件のコメント

あの時の竹生島

今日は京大能楽部自演会が滞りなく開催され、京大宝生会の能「竹生島」もおかげさまで無事に終了いたしました。

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昼過ぎに「竹生島」がいよいよ始まり、私は後見座で祈るような気持ちでシテツレの同吟を聴いておりました。

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やがて地謡が始まります。

最初低い調子で謡い始めますが、「ところは海の上」という部分で”下の下”という調子から”上”という高い調子に急に変わり、そこで船が広い湖上に出たことを表現します。

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しかし今日そこで私は「ハッ」と驚きました。

地謡の調子が、申合とも稽古とも微妙に違うのです。

今日はよりキッパリと、強い調子の謡に聴こえました。

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そしてその謡は、春の長閑な湖ではなく、もっと熱い風が吹いて強烈な日差しが照りつける夏の湖面を想像させたのです。

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そうです。

それはあの9月始めに皆で行った「竹生島合宿」の時の琵琶湖でした。

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「我々は今、”あの時の竹生島”への船旅を再び辿っているのだ…」

と思い、舞台上で震えるように胸が熱くなりました。

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そこから先は、天女も龍神も”あの時の竹生島”で舞っているように感じられました。

舞台が進んでいくにつれて、「最後まで無事に終わってほしい」という気持ちと「終わってほしくない、もっとこの旅を続けたい…」という想いが同時に湧いて来ました。

こんな気分になったことはこれまで一度もありませんでした。

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この先能「竹生島」に関わることは何度となくあるでしょう。

しかし今回の京大宝生会の「竹生島」のような経験は二度と出来ないと思います。

今日の「竹生島」を私は生涯忘れることはないでしょう。

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お世話になった先生方、見所で応援してくださった沢山の皆様、誠にありがとうございました。