自治医科大学での能楽教室

今日は栃木県の「自治医科大学」にて能楽教室を開催いたしました。

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金春流を習っている哲学の先生、更にその師匠である金春流シテ方の先生、大鼓打ちさん、元京大宝生会で現自治医科大学能楽部部長の青年、そして私という異色の組み合わせでした。

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しかしその内容はバラエティに富んでおり、宝生流仕舞「清経クセ」「殺生石」、金春流仕舞「半蔀クセ」、小鼓独調「船弁慶クセ」、大鼓独調「駒之段」、金春流舞囃子「松虫」に加えて、楽器の説明と型の体験をいたしました。

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参加者はそれほど多くなかったのですが、全員が能楽教室終了後も残って大鼓の楽器体験などをしてくれました。

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そして更にそのうちの何人かは、仕舞と謡の稽古までしてくれたのです。

来月の稽古にも来てくれそうな手ごたえを感じました。

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自治医科大学における初めての能楽教室は、幸いに大成功と言って良い結果でした。

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自治医科大学能楽部としては、次の大きなイベントは「関東宝生流学生能楽連盟自演会」への初参加となります。

その舞台に向けての稽古もしっかりと出来て、今日は密度の濃い1日になりました。

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自治医科大学の皆様どうもありがとうございました。

1000回目の投稿

2017年1月5日にホームページを開設して、同時にこのブログを書き始めました。

その日から、確か2回ほど休みましたがあとは毎日更新して、おそらく今日で1000回目のブログ投稿になると思われます。

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特に明確な目標も無く書き始めたブログが、ここまで続くとは自分でも驚くばかりです。

小中学生の時に何度か試みた”日記”などは、1週間くらいで挫折していました。。

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不思議に続くこのブログ、次は2000回を目指してこれからも淡々と書き続けて参りたいと思います。

今まで励ましのコメントを頂戴した皆様、誠にありがとうございます。今後ともどうかよろしくお願いいたします。

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またブログと並行して日々の稽古と舞台も続いていきます。

今日はこれから京大宝生会の稽古を頑張って参ります。

まだ終わらない1日

昨日は春日部の小学校で能「黒塚」のシテを勤めた後に、最寄りの東武線の駅まで20分ほど歩きました。

車でも帰れたのですが、何となく「クーリングダウン」をしたいと思ったのです。

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ゆっくり歩いて、電車で三ノ輪に帰ると早めに休みました。

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今朝6時前に目がさめると、クーリングダウンの効果か昨日の疲れはそれほど残っていませんでした。

新幹線→近鉄→京阪電車と乗り継いで、香里能楽堂の「七宝会」へ向かいました。

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七宝会では舞囃子「井筒」地謡、能「枕慈童」後見、能「玉葛」地謡を勤めました。

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夕方に舞台は無事に終わりました。

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しかし今日はまだ終わりません。

これから北大路にある公共施設の和室で京大宝生会の稽古をするのです。

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そして更にその後には、永平寺での修行を無事に終えて先日下山した若手OBと、久しぶりに会って食事をする約束をしています。

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ちょっと詰め込み過ぎの盛りだくさんな1日ですが、あとひと頑張りしたいと思います。

「居囃子」と「独調」

昨日は松本稽古、今日は朝に松本を出て大阪香里能楽堂に移動して、今週土曜日開催の「七宝会」の申合がありました。

私は能「玉葛」の地謡でした。

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申合を終えて、今は綺麗で雄大な夕焼け雲を眺めながら新幹線で東京に向かっております。

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先週末の「澤風会京都大会」の話題をまた一つ。

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今回の澤風会の番組では、「居囃子」と「独調」が計5番も出ました。

これは14回の歴史の中でも初めてのことです。

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最初の居囃子「船弁慶クセ」は、京大宝生会の2回生が4人揃ってそれぞれ地謡、大鼓、小鼓、笛を勤めました。

御囃子の稽古を始めてまだ日が浅い彼らですが、実に一所懸命に稽古していました。

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本番では彼らの悲愴感すら漂う真剣な顔と、それとは相反してどこかほのぼのとした雰囲気の演奏とのギャップが、実に良い味を出していました。

2回生は本当はもう1人いて、彼が揃うと太鼓も含めた「五人囃子」が完成するのです。

次回以降の五人囃子が非常に楽しみです。

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続く「独調」も、小鼓と謡、大鼓と謡、太鼓と謡、というように楽器のバリエーションが豊富でした。

今回たまたま京大宝生会の現役同士、またOBOG同士だけの組み合わせになりましたが、京大以外の会員さんも御囃子を稽古している人が多いのです。

次回にはそのような方々も「居囃子」や「独調」に挑戦されると良いと思います。

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普段の澤風会や京大宝生会の舞台では、玄人の御囃子方が、舞や謡に合わせて演奏してくださいます。

しかし謡も御囃子も素人という今回の「居囃子」や「独調」のような番組では、互いに謡の節を覚えて、また御囃子の手を学ばないと上手く合わせることが出来ません。

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これは能を理解する上で大変に勉強になる経験だと思うのです。

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澤風会会員や京大宝生会は今後も「居囃子」や「独調」に積極的に挑戦して、その経験を能や舞囃子の地謡に、また自分の舞う能や舞囃子に活かしてもらいたいと願っております。

第14回澤風会が無事に終わりました

既に日がかわって昨日のことになりますが、「第14回澤風会京都大会」はおかげさまで無事に終了いたしました。

書くことは無限にあるのですが、ともかく皆様に心より感謝を申し上げます。

また明日以降に落ち着いて舞台の模様などを書かせていただきたいと思います。

今回お世話になりました皆様、重ねてどうもありがとうございました。

予祝いの晩御飯

今日は朝から京都に移動して、久しぶりに「ゲストハウス月と」にて紫明荘組稽古でした。

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21日に開催の「第14回澤風会京都大会」直前の稽古だったので、沢山の方々に来ていただきました。

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京大宝生会のOBOGも沢山で、稽古が終わってから神戸大宝生会OBの方も含めて5〜6人で晩御飯を食べに行きました。

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話題は京大神大、現在過去未来と360度以上に及んで、終盤は半ば混沌としていたのですが、その中で早くも来年の「澤風会15周年記念大会」の話が出ました。

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4年前の「10周年記念大会」では能「加茂」が出ました。

更に9年前の「5周年記念大会」に遡ると、能「夜討曽我」、「藤」、「井筒」、「船弁慶」と4番の能が出たのです。

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今年の第14回大会の能「羽衣」を経て、来年はどんな能が出ることになるのでしょう。

しかし勿論、先ずは今週末の第14回大会が肝心です。

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晩御飯の途中でOBのM君が、「確か新潟辺りでは”予祝い”という慣わしがあるそうですよ」

と言いました。

物事の成功を予めお祝いしてしまう、という風習だそうです。

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あらかじめ盛大にお祝いをすれば、成功に向けてのモチベーションは確かに上がると思います。

それでは今日の晩御飯は「第14回澤風会大会」の”予祝い”になるのだろうと、我々は一層盛り上がったのでした。

電車で快眠

昨日の木曜日は、午前中に宝生能楽堂にて「五雲会」申合。その後江古田に移動して夜まで稽古しました。

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そして今日金曜日は松本稽古でした。

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普段は働きながら疲れを癒す生活に慣れておりますが、今回の竹生島合宿では2日間非常によく歩いてよく稽古したので、まだ身体の芯に疲れが残っており、今朝は起きるのが少々辛く感じました。。

そんな身体を奮い立たせて新宿駅に移動して、”特急あずさ”に乗り込みました。

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特急あずさでは、道中の景色を眺めながら本など読んだり、謡を覚えたりするのが常です。

しかし今日は、席に座るとすぐに猛烈に眠くなってきました。。

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そして気がつくと寝ている(?)状態だったようで、夢うつつで「次は岡谷…」「次は塩尻…」と聞いて、

「間も無く終点松本です」

というアナウンスでハッと目が覚めました。

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どうやら2時間40分キッチリと眠ったようです。しかも私の場合電車の眠りは身体に合っているらしく、疲れが嘘のように取れてスッキリした気分です。

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元気一杯に夜まで稽古して、先ほどまた”あずさ”に乗り込みました。

今度は座っても眠くならないので、帰り道は本を読んで謡を覚えながら電車に揺られていこうと思います。

龍神様に届いたから…?

昨日は竹生島能合宿を昼過ぎに終えて、京都から14時過ぎの新幹線で田町稽古に直行しました。

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京都駅で京大宝生会と別れた時、京都は凄い雷雨でした。

「皆は無事に家に帰れるだろうか…」

と心配しながら東京方面に向かいましたが、間も無く品川で新幹線を降りるという頃に急に外が暗くなって来ました。

稲光も光り始めています。

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どうやら東京も雷雨になりそうです。

本降りになる前に急いで稽古場に行こうと思い、やや慌てて山手線に乗り換えました。

そして乗ってすぐに、

「次は大崎…」

というアナウンスに打ちのめされました。

「逆方向に乗ってしまった。。」

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そして大崎から引き返す山手線に乗る頃から、大粒の雨が窓に当たり始めたのです。

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田町は「ゴロゴロ、ピカッ、ドカーン」というまるで漫画の擬音のような雷鳴が轟き渡って、滝のような雨です。

この夏初めてというくらいに、土砂降りの雨に降られてしまいました。。

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折り畳み傘で何とか稽古場に到着すると、すぐに自治医大の青年がやって来ました。

私「雨大丈夫だった?」

すると…

青年「ええ、もう止んでますよ」

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え?そんな馬鹿な…と思い外を見ると、確かにもう嘘のように雨は止んでいたのです。

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龍神は雨を呼ぶ、と聞いたことがあります。

京都と東京で遭遇した雷雨は、竹生島詣でをして能「竹生島」を奉納した京大宝生会の願いが龍神様に届いた証拠かもしれない…

と前向きに捉えて、田町稽古に突入していったのでした。

緑樹影沈んで…

京大宝生会の竹生島能合宿2日目です。

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我々は宿を出て、近江今津港に向かいました。


左端に見える島影はそう、「竹生島」です。

そして中央部、点のように見える船は、竹生島からやって来た渡し船です。

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その船に乗り込んで、いよいよ「竹生島クルーズ」に出発しました。

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空は晴れて、波は穏やか。ちょうど心地よい風が吹く実に快適なクルーズでした。

全員が2階のデッキに上がって、風に吹かれながら竹生島を目指しました。

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いよいよ…

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到着です。

島の周囲が切り立った崖になっており、樹々が湖上に張り出しています。

魚影も見えて、正に「緑樹影沈んで 魚木に登る景色あり」という謡の通りの光景でした。

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到着後、観光客の皆さんが去るのを待って竹生島港にて能「竹生島」を一部奉納。

皆気分良く謡い、舞っていました。

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その後は能「竹生島」の展開を辿ります。

シテ「此方へおん入り候へ…」

シテを先頭に急階段を上って”弁財天”の社に。

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弁財天社は大きな建物です。

私「この土台が”一畳台”、この建物が”宮”の作り物ね…」

そして先ず前ツレが「社壇の扉を押し開き 御殿に入らせたまひ…」と社に入って行きました。

全員お参りした後に、今度は後ツレが「現れ給うぞかたじけなき…」と社から出て行きました。

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「竹生島ごっこ」を楽しみながら、順路を進んで行き、最後に皆で「かわらけ投げ」をしました。


直径5センチほどの土器の皿を投げて、鳥居を潜れば成功なのですが、中々難しいのです。

全員が上手くいかない中、最後にシテが投げたお皿が鳥居の真上を通過しました。

「これは成功と言って良いでしょう!」

と満足して、港への帰路につきました。

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途中ザッと降り出した雨も、幸いにすぐに止んでまた青空です。

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港近くの建物を見たシテが、

「先生、あれって後シテが持っている”宝珠”では…」

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おお、確かに屋根の天辺に”宝珠”が載っています。

これはどういう意味なのでしょうか…?

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そして竹生島への名残を惜しみつつ、再び船に乗って出発しました。

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出航直後に、竹生島のすぐ横に一艘の舟を見つけました。


なんとこの舟に、シテとツレに見える2人の人影が!

「リアル竹生島だ!」

と喜びながら、鏡のように凪いだ琵琶湖上を風に吹かれて近江今津へと向かったのでした。

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密度の濃いとても充実した良い能合宿でした。

部員それぞれの心に、琵琶湖や竹生島や、この2日間の出来事がしっかりと記されたことでしょう。

この合宿の経験を糧にして、京大宝生会は能「竹生島」へと向かう旅を、全員で力を合わせて続けて参ります。

京大宝生会竹生島能合宿

昨日に続いて朝から酷暑の中、我々京大宝生会は琵琶湖での「竹生島能合宿」へと出発しました。

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朝9時から京大BOXで一度「竹生島」を稽古してから、地下鉄東西線の東山駅へ。

「竹生島」のワキ、延喜帝の臣下と同じ道(電車ですが)を辿って鳰の浦に向かったのです。

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昔の湖岸線があったという膳所(ぜぜ)の「義仲寺」に先ず参詣しました。

このお寺のすぐ前から、ワキはシテの釣舟に乗り込んで竹生島を目指したはずです。

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お寺の方の親切な説明が有り難く、しかし容赦なく降り注ぐ強烈な日差しにフラフラになりながら、木曽義仲公と松尾芭蕉翁のお墓にお参りしました。

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そして流石に釣舟は無理なので、JRで琵琶湖を横目に見つつ湖西を北上しました。

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宿は「近江高島」という駅にあり、歩いてすぐに琵琶湖の湖岸に出ます。


今回の大きな目標の一つに、「琵琶湖に向けて能竹生島を奉納する」というのがありました。

かつて葛城山頂で能「葛城」を、熊野川土手で熊野本宮に向けて能「巻絹」を奉納した京大宝生会です。

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良い場所は無いかと探した結果、下の場所を見つけました。


錆びた階段が湖に延びている辺りが、景色も良く広さも手頃です。

しかしその時すぐには「竹生島」を始めませんでした。

「竹生島」の後半は”夜”が舞台です。

一度宿に戻り、夜を待って我々は再び湖岸へと向かいました。

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暗闇かと思いきや、大きな月が天頂近くに皓々と輝いて、くっきりと影が出来る明るさです。

「月海上に浮かんでは 兎も波を走るか…」

「月に輝く乙女のたもと…」

「月澄み渡る 海づらに…」

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前には夜の琵琶湖、天には皓々たる月。

その中で「竹生島」を謡い、舞う人達を見ていると、私は非常な感動を覚えました。

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去年の「経政能合宿」に続いて、今年もとても心に残る能合宿になりました。


竹生島を奉納した湖岸から見上げた月です。