京阪神巽会など

今日は朝から香里能楽堂にて京阪神巽会でした。

昨日は朝に水道橋で月並能申合、その後香里能楽堂に移動して巽会申合、更にその後に京大宝生会の能竹生島の稽古を満次郎師にしていただきました。

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書くべきことは山積しており、大変心苦しいのですが本日はこれにて失礼いたします。

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あまねく会・東京巽会に出演して参りました

今日は朝から水道橋宝生能楽堂にて「あまねく会・東京巽会大会」に出演して参りました。

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毎年京大宝生OB会からも多くの舞囃子や仕舞、独吟などが出る舞台です。

今日特に感銘を受けたのは、舞囃子「春日龍神」でした。

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この舞囃子のシテは、第1回京宝連にも参加され、卒業してから60年経つという大・大先輩でした。

そして春日龍神には、「三回廻り返し」の後に「抜き足」など、とても激しい型が連続しています。

更にシテ謡や足拍子も非常に複雑です。

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その難曲を、大先輩はひとつひとつの型や謡を実に正確に、そして大きく軽快な動きで最後まで舞われたのです。

地謡座で謡っていて、思わず拍手をしたくなってしまいました。

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今日はもうひとつ嬉しいことがありました。

去年まで亀岡稽古場で稽古をなさっていて、その後東京に引っ越された方が、東京で再び稽古を始められて今日久しぶりに舞台でお会い出来たのです。

しかもお仲間を増やして3人での参加でした。

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色々な方の元気な舞台を見て、私も頑張ろうと思いました。

あまねく会・東京巽会関係者の皆様、どうもありがとうございました。

鏡板の前で

今日は夕方から京大宝生会稽古でした。

そして今日の稽古は私にとってある特別な意味を持っておりました。

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渡辺三郎先生のお嬢様とお孫さん一家が、京大能楽部BOXの「鏡板」を見るために、遥々東京からいらっしゃる事になっていたのです。

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京大能楽部BOXの鏡板は、元々は東京練馬の渡辺三郎先生の御自宅舞台にあったものでした。

それが4年前に京大に移設された経緯は、拙ブログ「二枚の鏡板の話」に詳しく書かせていただきました。

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私は小学生の時に初めてこの鏡板の前で渡辺先生の稽古を受けました。

その頃にはお嬢様とお孫さんもひとつ屋根の下で暮らしておられて、お孫さんと私は順番に稽古を受けた後に一緒に遊んだりもしました。

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それから幾星霜を経て、練馬舞台から遠く離れた京大能楽部BOXであの鏡板を前に再会することになるとは、これもまた実に不思議な運命を感じます。

鏡板の前で記念撮影をして、京大宝生会の稽古を少しご覧いただきました。

渡辺先生の写真をお持ち下さったので、渡辺先生にも稽古をご覧いただきました。

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舞っている現役はそのプレッシャーを感じたようで、まるで本番のように緊張していたのがまた良かったです。

先生もきっと「最近の若者達も頑張っているじゃないか」と満足されたことと思います。

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渡辺先生のご家族に鏡板の今をご覧いただくという長年の願いが叶って、心から嬉しく思いました。

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京大稽古を終えて私は東京に蜻蛉返りです。

実は今週末にアメリカ人尺八奏者との舞台が控えており、今週は連日その稽古もあるのです。

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今日は他にも見学者が訪れたり、書くことが色々多いのですが、それらはまた明日にさせていただきたいと思います。

離れては近づいて

昨日は昼間に水道橋で申合があり、夕方から江古田稽古でした。

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夜になって最後に江古田稽古場に来たのは、北陸在住の京大宝生会若手OGさんでした。

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今週は出張で東京に来て、霞ヶ関のある官庁でずっと仕事をしていたそうです。

夜まで働いて疲れているのに稽古に来てくれるとは、とても有り難いことです。

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そしてOGさんからちょっと嬉しい話を聞きました。

彼女が仕事をしていた官庁で、偶然にも京大宝生会同期の若手OBが働いていて、昨日は霞ヶ関でランチを共にしたそうなのです。

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京大を卒業する段階では全く異なる職種を選び、住む場所も互いに遠く離れた彼らです。

それが巡り巡って近い分野の仕事をするようになり、ついに同じ仕事場で再会を果たした訳です。

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そして若手OBさんもまた澤風会で稽古をしたいと言ってくれたそうです。

遠く離れてはまた近づいて、人の縁とは不思議なものだと昨日改めて実感しました。

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今日は水道橋で昼間に日曜開催の別会の申合、そして夕方からは明日土曜開催の藪克徳くんの会の申合が続いてありました。

“能繁期”らしいスケジュールで、謡や諸々を覚えるのに些か苦労しております。。

今日はこれにて失礼いたします。

目をつぶって…

昨日は夕方から京大宝生会の稽古に行きました。

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11月26日の自演会「能と狂言の会」に向けて、皆稽古に一層熱が入っていました。

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能「竹生島」は、シテ、前ツレ、後ツレがそれぞれ初めて面をかけての稽古になりました。

面をかけると無意識のうちに手や肩に力が入ったり、距離感が掴めずにいつもの場所に行けなかったりします。

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シテ、ツレともにほぼ想定内の動きをしてくれたので、何点か注意をしました。

おそらく次回の稽古までに修正してくれることでしょう。

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稽古が終わると23時近くになっており、そこから皆で晩御飯を食べに行きました。

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その席でも能面をかけた時の話を色々しました。

話の流れの中で「もし目をつぶって全部舞うことが出来たら、面をかけた状態でも楽々舞えるだろうね」

と半ば冗談のつもりで口にしました。

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すると…

シテ「はい、この間目をつぶって稽古してみました。回り返しで変な方向を向いてしまって…」

後ツレ「私もやってみたら、回り返しで同じことになりました」

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更に一昨年の能「巻絹」のシテを舞ったOGさんもいたので、「もしかして君も…?」と聞くと、

OGさん「ええ、そりゃまあ…やりましたよ」

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なんと”目をつぶっての稽古”は京大宝生会では当たり前のようになされていたのですね。。

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試しに「じゃあ一歩進んで、目をつぶって生活してみたら、より能面の影響が少なくなるかもしれないよ」

と言おうかと一瞬思いましたが、彼らは本気でやりそうで、怪我をしてもらっては困るのでやめておきました。

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しかし考えてみれば彼らがこのブログを読む可能性もあるのでした。

京大宝生会の人は、危ないのでどうか目をつぶって生活しないようにしてくださいね。

自治医科大学での能楽教室

今日は栃木県の「自治医科大学」にて能楽教室を開催いたしました。

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金春流を習っている哲学の先生、更にその師匠である金春流シテ方の先生、大鼓打ちさん、元京大宝生会で現自治医科大学能楽部部長の青年、そして私という異色の組み合わせでした。

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しかしその内容はバラエティに富んでおり、宝生流仕舞「清経クセ」「殺生石」、金春流仕舞「半蔀クセ」、小鼓独調「船弁慶クセ」、大鼓独調「駒之段」、金春流舞囃子「松虫」に加えて、楽器の説明と型の体験をいたしました。

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参加者はそれほど多くなかったのですが、全員が能楽教室終了後も残って大鼓の楽器体験などをしてくれました。

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そして更にそのうちの何人かは、仕舞と謡の稽古までしてくれたのです。

来月の稽古にも来てくれそうな手ごたえを感じました。

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自治医科大学における初めての能楽教室は、幸いに大成功と言って良い結果でした。

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自治医科大学能楽部としては、次の大きなイベントは「関東宝生流学生能楽連盟自演会」への初参加となります。

その舞台に向けての稽古もしっかりと出来て、今日は密度の濃い1日になりました。

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自治医科大学の皆様どうもありがとうございました。

1000回目の投稿

2017年1月5日にホームページを開設して、同時にこのブログを書き始めました。

その日から、確か2回ほど休みましたがあとは毎日更新して、おそらく今日で1000回目のブログ投稿になると思われます。

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特に明確な目標も無く書き始めたブログが、ここまで続くとは自分でも驚くばかりです。

小中学生の時に何度か試みた”日記”などは、1週間くらいで挫折していました。。

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不思議に続くこのブログ、次は2000回を目指してこれからも淡々と書き続けて参りたいと思います。

今まで励ましのコメントを頂戴した皆様、誠にありがとうございます。今後ともどうかよろしくお願いいたします。

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またブログと並行して日々の稽古と舞台も続いていきます。

今日はこれから京大宝生会の稽古を頑張って参ります。

まだ終わらない1日

昨日は春日部の小学校で能「黒塚」のシテを勤めた後に、最寄りの東武線の駅まで20分ほど歩きました。

車でも帰れたのですが、何となく「クーリングダウン」をしたいと思ったのです。

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ゆっくり歩いて、電車で三ノ輪に帰ると早めに休みました。

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今朝6時前に目がさめると、クーリングダウンの効果か昨日の疲れはそれほど残っていませんでした。

新幹線→近鉄→京阪電車と乗り継いで、香里能楽堂の「七宝会」へ向かいました。

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七宝会では舞囃子「井筒」地謡、能「枕慈童」後見、能「玉葛」地謡を勤めました。

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夕方に舞台は無事に終わりました。

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しかし今日はまだ終わりません。

これから北大路にある公共施設の和室で京大宝生会の稽古をするのです。

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そして更にその後には、永平寺での修行を無事に終えて先日下山した若手OBと、久しぶりに会って食事をする約束をしています。

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ちょっと詰め込み過ぎの盛りだくさんな1日ですが、あとひと頑張りしたいと思います。

「居囃子」と「独調」

昨日は松本稽古、今日は朝に松本を出て大阪香里能楽堂に移動して、今週土曜日開催の「七宝会」の申合がありました。

私は能「玉葛」の地謡でした。

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申合を終えて、今は綺麗で雄大な夕焼け雲を眺めながら新幹線で東京に向かっております。

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先週末の「澤風会京都大会」の話題をまた一つ。

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今回の澤風会の番組では、「居囃子」と「独調」が計5番も出ました。

これは14回の歴史の中でも初めてのことです。

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最初の居囃子「船弁慶クセ」は、京大宝生会の2回生が4人揃ってそれぞれ地謡、大鼓、小鼓、笛を勤めました。

御囃子の稽古を始めてまだ日が浅い彼らですが、実に一所懸命に稽古していました。

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本番では彼らの悲愴感すら漂う真剣な顔と、それとは相反してどこかほのぼのとした雰囲気の演奏とのギャップが、実に良い味を出していました。

2回生は本当はもう1人いて、彼が揃うと太鼓も含めた「五人囃子」が完成するのです。

次回以降の五人囃子が非常に楽しみです。

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続く「独調」も、小鼓と謡、大鼓と謡、太鼓と謡、というように楽器のバリエーションが豊富でした。

今回たまたま京大宝生会の現役同士、またOBOG同士だけの組み合わせになりましたが、京大以外の会員さんも御囃子を稽古している人が多いのです。

次回にはそのような方々も「居囃子」や「独調」に挑戦されると良いと思います。

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普段の澤風会や京大宝生会の舞台では、玄人の御囃子方が、舞や謡に合わせて演奏してくださいます。

しかし謡も御囃子も素人という今回の「居囃子」や「独調」のような番組では、互いに謡の節を覚えて、また御囃子の手を学ばないと上手く合わせることが出来ません。

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これは能を理解する上で大変に勉強になる経験だと思うのです。

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澤風会会員や京大宝生会は今後も「居囃子」や「独調」に積極的に挑戦して、その経験を能や舞囃子の地謡に、また自分の舞う能や舞囃子に活かしてもらいたいと願っております。

第14回澤風会が無事に終わりました

既に日がかわって昨日のことになりますが、「第14回澤風会京都大会」はおかげさまで無事に終了いたしました。

書くことは無限にあるのですが、ともかく皆様に心より感謝を申し上げます。

また明日以降に落ち着いて舞台の模様などを書かせていただきたいと思います。

今回お世話になりました皆様、重ねてどうもありがとうございました。