2019年式能に出演して参りました

今日は国立能楽堂の「式能」に出演して参りました。

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「式能」は、江戸幕府の儀式として執り行われていた能楽の形式を踏襲した舞台です。

「翁」から始まって、能が5番に狂言が4番。

朝10時始曲で、最後まで観ると19時半までの計9時間半かかるという長大な催しなのです。

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シテ方五流総出演で、毎年五番立てを各流儀が順番に演じていきます。

今年の宝生流は「三番目」の順番で、能「祇王」が演じられました。

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この「祇王」という曲は”中入”の装束着替えが忙しいので有名な曲です。

私の内弟子の頃からの経験でも、能「来殿」、能「鳥追」と並んで、「祇王」の中入では楽屋がてんてこ舞いの慌ただしさだった記憶があります。

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今日もやはり中入の間狂言が予想以上に短く、地謡座から見ていると幕の横の簾から楽屋の慌ただしい雰囲気がわかりました。

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その「祇王」も先ほど無事に終わりました。

まだ式能は続いておりますが、私達宝生流は一足先に国立能楽堂を後にしました。

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昨日の五雲会での能「船橋」と、今日の能「祇王」。ともに地謡がなかなか覚え辛く手強い曲でした。

これらをまた脳内から消去して、今週末の土曜日の「京都囃子方同明会」と、日曜日の「七宝会」に向けて頭を切り替えていこうと思います。

新たな能楽師の誕生

今日は水道橋宝生能楽堂にて「五雲会」が開催されました。

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能楽堂に到着すると、楽屋に熨斗紙のかかったお菓子の箱が出してあります。

“初舞台”や”楽屋入り”の時には楽屋にお菓子を出す慣例があります。

今日も誰かそのような人がいるのかな、と思って熨斗紙を見てみると…

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「初舞台 内藤瑞駿」

と書いてありました。

おお!内藤飛能さんの御長男瑞駿君が、もう初舞台なのですか!

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毎年夏の七葉会では楽屋に遊びに来て、ちょこちょこと走り回っていました。

それがもう4歳になって、いよいよ初舞台を迎えたのです。

今日最初の能「西王母」で、3000年に一度だけ実る”桃の実”を持って登場する、西王母の侍女の役でした。

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もちろん彼はまだ楽屋のことは何もわかりません。

装束を着けられるのもきっと苦しいことだと思われます。

お父さんの飛能さんが緊張感溢れる面持ちで、幕の直前まで付き添っていたのが印象的でした。

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しかし幕が上がってしまえば、もう誰も助けてくれません。

瑞駿君は毅然と前を向いて、一歩ずつゆっくりと橋掛りを歩んで行きました。

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楽屋で見ている楽師はなんだか皆が父親や母親の気分で、心配そうにモニターを見守っています。

子方が舞台の真ん中に無事到着すると、私も思わず「よしよし!」と頷いてしまいました。

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まだ本当に小さくて、後ろで座っている太鼓方よりも小さく見えるほどです。

その背格好では重く感じるだろう”桃の実”を、じっと動かずに持っています。

そしてやがてシテ西王母にその”桃の実”を渡すと、あとは笛座に最後まで行儀良く座っているのが仕事です。

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曲が無事に終わって、シテの後ろについて子方が橋掛りを帰っていきます。

幕が開くと、万雷の拍手が起こりました。

一人の能楽師が誕生した瞬間なのだと、私は感慨深くそれを見ておりました。

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帰って来た瑞駿君は、家元や三役に大きな声で「ありがとうございました!」ときちんと挨拶していて、今後が楽しみな良い子方だと思いました。

私もいつか彼の子方で舞えると嬉しいです。

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そして今日最後の能「船橋」のシテは、お父さんの内藤飛能さんでした。

私は地を謡いましたが、初番で子供の初舞台を終えての自分のシテはさぞかし大変だろうと思いました。

その「船橋」も先ほど無事に終わりました。

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内藤飛能さん本日はおめでとうございました!

瑞駿君の成長を私も楽しみにしております。

芸大へラストスパート

今年東京芸大を受験する高校3年生の男の子の稽古がいよいよ最終段階に入ってきました。

最初の実技試験まであと10日あまりなのです。

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このところ毎日稽古していて、今日も朝から水道橋宝生能楽堂で無本でガンガン謡っていました。

無本だと無意識にスピードが早くなり、また声が若干小さめになる傾向があります。

残りの期間でそこも修正して、慌てずに全開の声で謡えるようにしてもらおうと思います。

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確か一度このブログで書きましたが、以前ある能楽以外の伝統芸能の方と仕事をした時に、「朝から全力で声を出すのは喉に負担がかかるので避けたい」と仰っているのを聞いて驚いたことがあります。

私は普段、朝でも夜でも関係無くいつでも全開で謡うようにしておりますし、そう出来た方が良いと思っております。

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芸大の試験もおそらく午前中から始まると思われます。

試験開始時刻がわかったら、毎日その時間に合わせて謡う、ということもやってもらおうと思います。

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入試は何があるかわかりませんが、とにかく事前に出来る最善を尽くして、本番を迎えてもらいたいのです。

謡が難しい能「国栖」

最近は毎日、能「国栖」の稽古をしております。

来たる2月24日に大阪香里能楽堂にて開催の「七宝会」でシテを勤めさせていただくのです。

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「国栖」は、仕舞では割に最初の方に稽古する曲です。

京大宝生会では大抵、1回生の終わり頃には稽古する感じです。

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しかし、仕舞の部分は能「国栖」においては最後の3分ほどに過ぎず、実は前半にも見せ場が沢山あるのです。

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特に川船の作り物の陰に子方清見原天皇を隠して、シテとツレがその前に座って間狂言追手の武士から天皇を守るシーンが私は好きです。

前シテ老人は全く戦わずに、言葉の力だけで武士達を追い返してしまうのです。

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このシーンは、老人を演ずるシテの言葉に非常な力が込もっている事で初めて成り立つのだと思います。

“力を込める”とは決して大きな声を出す訳ではありません。

抑制された静かな声の中に”凄味”を含めないといけないのです。

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他のシーンでも謡の細かな抑揚が求められることが多く、これまで経験した曲の中でも謡の難しい曲だと、稽古をする中で実感しております。

これから本番までに謡をどう仕上げていくか、今少し試行錯誤して参りたいと思います。

曜日が違うだけで

本日水曜日は、朝から大山崎稽古でした。

実は月曜日以外に大山崎稽古をするのは稽古場開設以来初めてのことなのです。

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ちょっと不思議な感覚でJR山崎駅に降り立ちました。

そしていつもの踏切を渡ろうとすると、いつもよりも長く閉まっていてなかなか開いてくれません。やはり通過列車も曜日によって違うようです。

「瑞風」という初めて見る豪華列車が通過したりして、曜日が違うと色々目新しいことがあるなあと妙な所に感心してしまいました。

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そして大山崎稽古を終えて、今度は東京に移動しました。

夕方前には東京に到着して、先ず水道橋宝生能楽堂に行って自分の稽古をいたしました。

その後夜の田町稽古に移動。

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1日動いておりましたが、何故か不思議と疲れはそれ程ありません。

この行動パターンは良いかもしれないと思いました。

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時間は作るもの、と言いますが、今年はこのように稽古パターンを考え直してより良い方法を模索していきたいと思っております。

亀岡の花々〜どこかで春が〜

今日は新年会以来の亀岡稽古でした。

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何か春の気配は無いかと思って、少し探してみました。

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すると、お堀の「業平の杜若」が芽吹いているのを先ず見つけました。

また初夏にはあの濃紫色の花が見られるのでしょう。

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そしてお堀から振り返って石垣の上を見上げると…

一番陽当たりの良い場所にある白梅がもう満開になっていました。

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派手すぎずにピリッとした清潔感のある梅の花は、今の気候にぴったりだと思います。

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そして他にも、控えめながらしっかりと咲き始めている花達がいました。

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「セツブンソウ」。

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そして「フクジュソウ」です。

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去年の2月27日のブログ「亀岡の花々〜春の訪れ〜」でこの2つの花を紹介しました。

その時はもっとたくさん咲いていたので、これから春が進んでいくにつれて、次々と花が増えていくのでしょう。

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私はともすれば季節にかかわりなくダラダラと生きてしまう人間です。

しかし偶にこうした花や生き物達に出会うと、次の季節が巡り来ることの有り難さや、太陽の恵みというものを再認識いたします。

私も頑張って生きていこうと思います。

第1回!

今日は神楽坂の矢来能楽堂にて、辰巳大二郎さんのお社中会「橙白会」に出演して参りました。

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てっきり初めての開催かと思っていたら、実は「”橙白会単独での開催”は第1回」ということでした。

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舞台を拝見すると確かに納得しました。

会員の皆様それぞれ、第1回目にしては非常にレベルの高い謡や舞を披露しておられたのです。

もう何年も稽古を積まれて、満を持して今日の晴れ舞台を迎えられたのでしょう。

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年齢構成も、91歳の方の独吟の直後に小中学生の兄弟の仕舞が続くなど、とても幅広いものでした。

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若い会主が今日の舞台の総ての中心となって終日奮闘する姿は実に爽やかで、この魅力的な会がこれから発展していく予感をひしひしと感じました。

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橙白会の皆さま本日はありがとうございました。”単独第1回”おめでとうございます!

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矢来能楽堂の入口では、今日の舞台を祝うように千重咲きの椿が天に向けて花開いておりました。

「右近」ツレ無事に終わりました

今日は宝生能楽堂の「月並能」が開催されて、私は能「右近」のツレを無事に勤めることが出来ました。

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実はそのツレが終わってからすぐに、来月の「東京澤風会・郁雲会」の番組の印刷準備作業に入っております。

申し訳ございませんが、本日は短めで失礼いたします。

生活を舞台だと思うこと

よく澤風会の会員さんが舞台の本番直前に、

「先生すごく緊張してます…!」

と弱々しい声で仰います。

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そんな時は例の「本番は稽古のつもりで、稽古の時は本番のつもりでやってください!」という励ましの台詞を言うことが多いです。

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しかし、私とて本当を言うと舞台前は緊張するのです。

ましてや舞台以外の日常生活の色々な場面では、むしろ気弱な性なので舞台よりも遥かに緊張したりします。。

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そこで私は考えました。

「日常でこれから起こる事を舞台だと思えば、過度に緊張せずに臨めるのでは?」

そして、舞台前の気持ちを静かに思い浮かべてみると、案の定少し緊張感が落ち着くということに気づいたのです。

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これから先はこのやり方で、日常生活の荒波を乗り越えて参りたいと思います。

能「右近」のツレの隠れた苦労

「舞台から落ちる恐怖」というのは、能楽師ならばおそらく誰もが常にどこかで感じています。

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とは言え舞台はかなり広いので、大抵は落ちる心配はそれほどありません。

しかし、たまにとても狭い所で動かなければならない時があります。

例えば能「松風」の”破之舞”で、正先に置いてある松の作り物の前を通過する時などがそうです。

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そして明後日の「月並能」で出る能「右近」でも、そのようなシーンがあるのです。

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前半の冒頭で、舞台に「花見車」という作り物が出てきます。

シテがその中に乗り込み、2人のツレが車の両脇に立ち並びます。

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そのツレ2人の立ち位置なのですが、見所から見て左側のツレは、舞台の端と車の間の1m程の”隙間”に立たなければいけないのです。

私は今回で「右近」のツレは4回目ですが、今回は見所から見て右側の”安全な方”のツレです。

“隙間に立つ方”は今回東川尚史くんが勤めますが、彼ももう何度も「右近」のツレは勤めているので、まず大丈夫だと思います。

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何気なくシテツレ3人が並んでいるように見える「右近」冒頭ですが、実は他にも隠れた苦労があるのです。

全く真横が見えないので、横板で一度遠くから「花見車」の位置を確認したら、あとは勘に頼って適切な立ち位置に行くしかありません。

今日あった申合でも、地謡から「ツレ2人の位置が微妙に前後にズレていたよ」と指摘されました。

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明後日の本番では修正して、きちんと立ち並ぶようにしたいと思います。