院展と演劇鑑賞

今日は日本橋三越にて「院展」を観た後に、上野桜木の市田邸にて「宮城野」という演劇を観て参りました。

.

私には珍しく芸術の梯子です。

どちらも澤風会で稽古をしていることで繋がった御縁でした。

.

.

先ず「院展」。これで3回目の院展鑑賞でしたが、絵画に全く無知な私でもそろそろ気がつくことがありました。

「作者によって、ある程度決まったモチーフがある」ということです。

.

前回「造船所」を描いた方は、今回は造船所の別の場所を。

「修験者」を描いた方は、やはり違う角度からの「修験者」を描いておられました。

そして澤風会会員でもある森田さんは「向日葵」と「曼珠沙華」と「蔓草」をモチーフにされており、抑えた色調の作品ながら「生命」というものをいつも強く感じます。

.

なんとなくの自分の好みの作品もわかって来ました。次の院展がまた楽しみです。

そして上野桜木に移動して、懐かしい東京芸大のすぐ向かいにある市田邸へ。

.

演劇を観ることは何度かありましたが、今回の「宮城野」の舞台はかなり特殊でした。

おそらく16畳程度の広さの御座敷の、3分の2ほどがそのまま観客席になっています。

そして観客の目前のほんの6畳程のスペースを使って、ほぼ2人だけの役者さんによって演じられる劇だったのです。

.

しかも同じ台本を用いながら、ふた通りの全く異なる演出の舞台を、2組の役者さんが1時間交代で続けて演じるという企画でした。

.

お庭や障子や雨戸などを上手に使っていて、観客はいつ劇が始まったのかわからないうちに劇中に誘導されていました。

.

正に目の前で演じられるために、役者さんのほんの小さな所作や、睫毛の動きまで見えるほどです。

これは相当な緊張感を強いられるだろうと思いました。

しかし指先までを使った全身の細かい動き、表情の変化、声のトーンなどをフル活用して喜怒哀楽を激しく表現する有様は正に圧巻であり、至近距離で観られたことで大変勉強になりました。

.

そしてふたつの「宮城野」は.共通の台本を用いておりながら本当に全く異なる味わいであり、その「演出の妙」「演技の妙」にも驚かされました。

実は主演の役者さんが澤風会で「一度だけ」稽古をされており、また稽古場で今回の舞台のお話を伺うのが楽しみになりました。

.

今日はおかげさまで目と心の保養になる1日を過ごすことが出来ました。

森田さん、黒木さん、ありがとうこざいました。

隙間花壇〜春から初夏へ〜

東京の桜は早くも散りかけになりました。

気温も一気に上昇して、まるで初夏の陽気です。

.

隙間花壇の紫陽花の葉も、だいぶ大きくなりました。

そして、地面近くに咲く白い花を見つけました。

.

.

「シャガ」の花です。

シャガも「ヒガンバナ」と同様に、大陸から伝来した植物であり、遺伝的に全国すべて同じものだそうです。

京都の山中でもよくこの花を見かけましたが、シャガは人間によって植えられたもので、以前に集落があった場所の目印になるということです。

まだ蕾がたくさんあり、これから次々と咲くのでしょう。

.

ちなみにこのシャガの葉っぱを、能では小道具としてよく使用します。

能「敦盛」、能「項羽」では、草刈男が肩に担いでいる草が「シャガの葉」を束ねて竹に挟んだものです。

また能「芦刈」では、やはりシャガの葉を竹に挟んだものが「葦の葉」を表すのです。

.

.

さらに隙間花壇に何か咲いていないか見回してみると…

紫陽花の奥の方に、低木に咲く白い花を見つけました。

しかし道路からではちょっと遠くて写真に撮りにくいです。

ここはひとつ、裏から回って隙間花壇の「隙間」に入ってみようと思い立ちました。

.

.

自宅マンションの裏手の自転車置き場から、隙間に入ることが出来ます。

初めて入る「隙間花壇」。ちょっとドキドキします。

これが「隙間花壇」の内側です。

ほとんど日が差さず、ひんやりした空間です。

.

例の低木には、薄い花びらの白い花が控え目に咲いている印象でした。

またよく見ると、黒い実がいくつか付いています。

調べたところ、これは「シロヤマブキ」という植物でした。

花や実のついた枝は、茶花にも用いられるそうです。

「山吹」と姿が似ているところから名付けられましたが、全くの別種だとのこと。

.

シロヤマブキの下には、シャガがたくさん咲いていました。

シャガもシロヤマブキも、半分日陰のような場所を好む植物だそうで、やはり「隙間花壇」の主は、様々な植物の特性を考えて植えておられるのだなあと感心いたしました。

2件のコメント

「雲林院」稽古中

来たる4月21日の七宝会でシテを勤めさせていただく能「雲林院」の稽古をしております。

.

能「雲林院」のシテは在原業平ですが、他に能「小塩」も業平をシテにしており、また能「井筒」と能「杜若」でも、シテの女が業平の形見の衣を纏って序之舞を舞います。

私はこの何れの曲も舞った事が無く、業平を演じるのは全く初めてです。

.

「杜若」や「井筒」では、「男性が女性を演じつつ、その女性が劇中で男装して舞う」という二重の性別転換が難しいと聞いたことがあります。

しかし考えようによっては、その複雑な構造が曲を理解する大きな手掛かりになるとも言えます。

.

一方で「雲林院」は業平本人が現れて、二条の后との禁断の恋を感傷的に懐古する、というような内容。

なんと言いますか、ど真ん中ストレート的に高貴で優雅な美男子のお話です。

.

舞は「序之舞」。これは女性が舞うことが多い、品位のあるゆったりとした舞です。

また、「作り物」は無し。

「持ち物」は前後とも「中啓(扇)」のみです。

.

こうして色々書いてみても、やはり「取っ掛かり」が少ない曲に思えます。

業平のことを色々と勉強してもいるのですが、まだこの「雲林院」という曲に反映させられるようなイメージは出来上がっておりません。

.

…という訳で、今は少々苦労している時期なのです。

しかしこれは毎度のことでもあります。ここから3週間かけて舞い込んでいく中で、少しずつ新しい気づきが増えて、イメージが膨らんでいくと思います。

また度々途中経過を報告させていただきたいと思います。

面白写真〜3月〜

久々の面白写真です。

.

.

先ずは一枚目。

ロココ調の家具に統一された店内で、近所のおじさんがスポーツ新聞を読みながら、おばんざいを食べつつ珈琲を飲む。

…という混沌を想像してしまいました。

.

.

とある小学校の近くで。

1、2学期は大丈夫なのでしょうか…。

.

.

京都駅近くにて。コメントが難しいのですが、おそらく魔法のように効くのでしょう。

それならば治療を受けてみたい、と思うのはまさに思うツボですかね…。

.

.

能「車僧」のワキ車僧ならば、禅問答を駆使して「この車はリヤカーではなく火宅の出車なり。また一所不住なれば、このダンボールハウスも仮の宿に過ぎず住居にはあらず」などと理屈をこねてくれそうです。

.

.

ムーミン谷はみんなの心の中にあると思っていましたが、まさか2階にあるとは。

.

.

福袋を開けて鬱袋だった、というのは聞きますが、最近から鬱袋とは。。

しかし千円ならば、いかに救いの無い中身でも痛手は小さいかも。

.

.

最近はJRの券売機などでも、販売機が色々喋って来てすごいと思っておりました。

しかし「対話のある自販機」とは、ついに自販機と言葉を交わす時代になったのか、あるいはまさか自販機同士が会話するのか…⁉︎

と思ったら、大きめの自販機コーナーにベンチと灰皿が置いてあるだけで、煙草を吸いながらおっちゃん達が対話していました。。

今年の上野駅の春パンダは、獺祭を飲みつつお花見でした。

.

.

今回は以上です。

皆さまからの面白写真も、引き続き募集しております!

異流格闘技戦⁉︎

能楽のシテ方には、宝生流の他に観世流、金剛流、金春流、喜多流の合計五流があります。

普段は別々の舞台で活動しており、同じ催しであっても、それぞれ別の曲を演じるのが普通です。

.

しかし極稀に、いくつかの流儀が一緒になって一曲を演じることがあります。

来たる4月7日に行われる「金剛能楽堂15周年記念公演」では、宝生流、金剛流、金春流の合同で能「正尊」が演じられ、私も正尊方の立衆を勤めます。

.

「立衆」とはこの曲においては武者のことで、義経方の立衆と刀を持って闘うのです。

そして今回の義経方立衆は金剛流のお二人。

今日はその合わせをしに、金剛能楽堂に行って参りました。

.

刀を持っての闘いを「切り組み」と言います。

この切り組みは、いくつかの決まった技を組み合わせて、舞台の度に新しく作る慣わしですが、今回は少々勝手が違います。

.

お互いに知らない技が多いのです。

例えば宝生流の「鎬(しのぎ)」や「二重切り違い」などは金剛流にはないらしく、逆に金剛流の「鍔迫り合い」や「抜き足」という技は我々宝生流は初めて見るものでした。

.

これらを何とか擦り合わせて、違和感の無い「切り組み」を作っていくのは、大変なのですが非常に面白い作業でした。

どちらか一方の流儀だけを知っている方がご覧になれば、「おお!そんな風に構えるのか!」「そう切るのか⁉︎」と、色々新鮮な驚きがあると思います。

.

正尊方の立衆は、結局最後は斬られてしまうのですが、その「死に様」にも是非ご注目いただきたいと思います。

.

4月7日(土)13時半始めの金剛能楽堂15周年記念公演に、皆様是非お越しくださいませ。

よろしくお願いいたします。

亀岡の花々〜春の使者達〜

「スプリング・エフェメラル」という言葉を初めて知りました。

日本語では「春の妖精」とも呼ばれる一群の花々のことをさす言葉です。

春先のほんの数週間だけ広葉樹林の林床を華やかに彩り、初夏にはもう跡形も無くなってしまうという儚い花達なのだそうです。

.

今日の亀岡稽古ではその「春の妖精」に沢山出会うことが出来ました。

.

.

先ずはカタクリです。

今日は天気が良かったので、花がよく開いて反り返っていました。

「片栗粉」はこのカタクリから作ると思っていましたが、採れる量が少ないために近年はジャガイモやサツマイモのデンプンで作られているそうです。

.

.

キクザキイチゲ。漢字で書くと「菊咲一華」。

漢字の方が綺麗な名前だと感じます。

.

.

また下の花は近い仲間の…

ユキワリイチゲ(雪割一華)。

.

.

そしてムラサキケマン。

これらの花々は全て「スプリング・エフェメラル」に属するそうです。

年間の大半を暗い地中で過ごす彼ら(彼女ら?)は、ようやく地上に出られた喜びを競って表現するかのように、美しく可憐な花を咲かせているように見えました。

.

.

「春の妖精」に近い表現で、日本でも古くから、「雪割草」と呼ばれるいくつかの花々があります。

このスハマソウもそのひとつです。

因みに先ほどの「菊咲一華」や「雪割一華」を「雪割草」と呼ぶ地方もあるそうです。

.

.

ミツマタも満開になりました。

和紙の原料となるこの植物は「サキクサ」とも呼ばれます。

その意味は、「春になると他の花に先駆けて咲く」からとも、またこの花が縁起の良い花とされていたので「幸草」と称されたからとも言われるようです。

「三枝(さえぐさ)」さんという苗字の語源もこの「サキクサ」だそうです。

.

.

新芽を取り囲むように小さな花が沢山咲いている変わった木がありました。

「クロモジ」です。

こちらは「楊枝」の原料になるので有名ですね。こんな花だとは知りませんでした。

.

.

今日は他にも、

トキワイカリソウ

.

トサミズキ

などなど、調べるのが追いつかないほどの多くの花々が咲いていました。

.

桜も満開になり、まさに春爛漫という風情でした。

のんびりモードと思いきや

今日は久しぶりの松本稽古でした。

.

郁雲会澤風会で舞台に出られた方々と色々思い出話(もう遠い昔のように思えます)をして、新しい仕舞の曲を決めて稽古を始めました。

謡の曲も今日から「嵐山」です。

.

何しろ大きな舞台がようやく終わって、暫くは会の予定もありません。

かねて行きたかった、会員さんのされている「鰻屋さん」や「イタリア料理店」などにランチを食べに行く約束をしたりして、なんとなくのんびりとした気分で、余裕を持って稽古出来ました。

.

とは言え、私がのんびりしていても会員さん達はやはり熱心です。

「今度の仕舞には、拍子をドン!と強く踏めるような曲がしたいです!」

とか、「桜川と対になる”三井寺”がやってみたいです!」

「○○さんは、秋の松本澤風会で舞囃子をしたら良いですよ!」

「私は秋の京都の澤風会に泊まりがけで行こうと思っています!」

などなど、私が考えなくても次々に新しい曲や楽しみなお話が湧いて出てくるのです。

兼平の子孫かもしれないという会員さんが、澤風会で稽古をしているのが縁でテレビ出演するという話まで出ました。

.

本当に松本はおもちゃ箱のような活気溢れる楽しい稽古場だと、改めて思ったのでした。

道成寺の疲れは…

今日の別会能の「道成寺」も、幸いなことに滞りなく無事に終わりました。

.

終わって記念の宴会がありましたが、そこでのシテ當山淳司さんの「道成寺は自分にとって特別な曲でしたが、他の全ての曲もやはり特別だと思います。今後も一層精進いたします」という挨拶もとても印象に残りました。

淳司さんおめでとうございました。

.

道成寺は「若手能楽師の登竜門」といわれます。

それは本番だけでなく、その舞台に至るまでのこの曲の「極限状況」を色々と経験することで、やはり一度に何段階も経験値が上がり、また今後の舞台にそれが活かせるという意味かと思います。

今回も別会が近づいてからつい先程まで、シテの色々な気配りをひしひしと感じました。

さぞかしお疲れのことと思います。

なかなか休めない職業ではありますが、可能な限り身体を休めてもらいたいものです。

.

…ちなみに私の道成寺の時には、終わって翌日月曜日から一週間の韓国公演という得難い経験をさせていただきました。

おかげさまで道成寺の疲れというのは殆ど感じないで済んだ記憶があります。

それはむしろ身体には良いことのような気もいたします。

.

…前言撤回で、淳司さんは明日からも一層頑張って働くのが良いかもしれませんね。。

壇ノ浦の日

今日は3月24日。

3月18日は「屋島の合戦」があった日ですが、今日は「壇ノ浦の合戦」があった日だそうです。

.

元暦二年(寿永四年)3月24日に、関門海峡の「壇ノ浦」に於いて義経を大将とする源氏水軍と、知盛率いる平家水軍が激突した「船いくさ」で、ついに平家は滅亡しました。

.

この「壇ノ浦の合戦」を巡る様々な出来事や人物が、能楽に描かれています。

今ちょっと思い出しただけでも例えば、

①能「大原御幸」でシテ建礼門院が後白河法皇の前で壇ノ浦での平家滅亡を物語る。

②能「八島」のキリの部分で、シテ義経の霊が壇ノ浦での船いくさの有様を舞って見せる。

③壇ノ浦に沈んだ平知盛の亡霊は、能「船弁慶」で大物浦の沖に出現して、義経を自分と同様に海に沈めようと襲いかかる。

…などなどです。

.

また、宝生流には無い曲なのですが、「碇潜(いかりかづき)」という能があります。

知盛の亡霊が壇ノ浦に現れ、合戦の有様を物語った後に碇をかづいて海中に没するという内容の曲です。

私が以前にこの曲を拝見した時には、古い本に基づいた演出だったらしく、これが非常に面白かったのです。

.

後半にものすごく大きな船が舞台に出て来て、先ずそこで驚かされます。

そして、後シテ知盛と、ツレ二位尼、ツレ大納言の局、子方安徳帝が一瞬で全員舞台に登場するシーンはまるでマジックのようでした。

全部話すとネタばれになってしまうので、ここまでにしておきます。

.

なにせ宝生流には無い曲なので、公演予定など全くわからないのですが、機会があればご覧になる事をおすすめいたします。

.

そういえば、6月9日の京都満次郎の会で出る能「熊野」のワキ平宗盛は、壇ノ浦の合戦では捕虜になってしまうのでした。

他にも色々な能に絡んでいそうな「壇ノ浦の合戦」です。

新たに思い出したら、また来年の3月24日に書きたいと思います。

乱拍子の「空白時間」

今日は宝生能楽堂にて別会能の申合があり、私は能「道成寺」の地謡を勤めました。

昨年の「鐘後見」に続いて2年連続の道成寺です。

.

道成寺の「乱拍子」は、シテと小鼓だけによって20分以上もかけて行われる「真剣勝負」のようなものだと思います。

今日の舞台で感じたのが、小鼓の流儀によって「乱拍子」の味わいが違うものだなあということでした。

.

今回の道成寺の小鼓は「幸流」で、これは私が道成寺を勤めた時と同じ流儀です。

幸流の小鼓の場合、掛け声が非常に短いのが特徴です。

その短い一瞬に全ての気と力を注ぎ込むような、正に裂帛の気合いが込もった「ヨオッ!」という掛け声。そしてその後には完全なる静寂が訪れます。

10秒か15秒か、緊張と不安を覚えるような時間が流れて、なんの前触れもなく次の「ホオッ!」という裂帛の掛け声が。

そして再び長い静寂。

今日その静寂に身を置いて、私は自分の舞台の時の事を思い出しました。

あの時自分では、不思議なことに全く静寂には感じられず、舞台空間に何かがジリジリと音を立てて充満していき、それが飽和状態になった瞬間に「ヨオッ!」という掛け声が来るような感覚を覚えたのです。

幸流の乱拍子はその、何かが満ちて来るような何とも言えない空白時間が良いのだと今日改めて思いました。

.

私の舞台の時には、見に来てくれたある京大若手OBが「緊張し過ぎて心臓が止まるかと思いました」と言っていましたが、観客にまでそれ程の緊張感を感じさせる「乱拍子」を始め、やはり道成寺は見所満載です。

.

そして明後日の別会能本番は、他にも能「景清」、能「熊野膝行三段之舞」など大変豪華な番組なのです。

チケットは残り少ないと思われますが、皆さま宝生能楽堂にお問合せの上、別会能に是非お越しくださいませ。