全宝連金沢大会が無事終了いたしました

昨日一昨日と石川県立能楽堂にて開催された「全国宝生流学生能楽連盟自演会金沢大会」は、期待した通りの、いえ期待以上の熱く充実した素晴らしい舞台でした。

書くことが無限にあってまだ頭の整理がつかないのですが、思いついたことから書いて参ります。

京大宝生会は初日に仕舞8番と素謡「巴」、

2日目に新入部員の仕舞1番と舞囃子「胡蝶」

でした。

初日の素謡「巴」は、入ったばかりの新入部員3人を加えた総勢10人での舞台でした。

4回生がいない状況でしたが、2.3回生が新入部員を本当によく稽古しており、新入部員達も大きな声を出してちゃんと戦力になっていました。

往年の京大宝生会の素謡の声量が完全に復活したと感じられて、謡の質と共に過去の先輩達の「巴」と肩を並べる良い素謡でした。

2日目の舞囃子「胡蝶」は、当日朝に申合で数時間後に本番というハードなスケジュールでした。

しかしシテも地謡も実に落ち着いており、稽古でやった事が細部まできちんと発揮されていて安心して観ていられました。

自治医大は上級生2人、新入部員2人での参加でした。

上級生の仕舞「加茂」「殺生石」は共に地謡が1人だけという大変な状況でしたが、どちらの地謡も1人という事を全く感じさせない声量と気迫で、観ていて胸が熱くなりました。

また京大、自治医大併せて3人が仕舞の初舞台でした。

3人とも本番ギリギリまで、先輩達と型や作法の確認をしていて、こちらにも緊張感がヒシヒシと伝わってきました。

その甲斐あって、本番はほぼ無事に終わって申し分ない初舞台でした。

また今回の全宝連では、全国の学生達全体のレベルが非常に向上していると感じました。

仕舞地は5人ほどで大迫力で謡う学校があり、また少人数でも気合いの入った地謡もありました。

京都女子大の仕舞「羽衣」は、去年入部して京女宝生会を復活させた先輩がシテで、その地謡を今年入ったばかりの1回生が3人で力を合わせて懸命に謡っていてこれも胸が熱くなる舞台でした。

全国で何人か突出して上手いと思うシテもいて、全宝連は今上昇気流に乗りつつあると思います。

来年は東京大会が宝生能楽堂で開催される予定です。

それぞれの学校に帰ってまた1年間研鑽を積んで、来年は更にレベルの高い熱い舞台が見られることでしょう。

最後に金沢大会の運営に携わった実行委員の皆様、細やかな運営のおかげさまで2日間円滑に舞台が進行したことを心より感謝申し上げます。

9年ぶりの全宝連金沢大会

明日6月28日と明後日29日、金沢の石川県立能楽堂にて「全国宝生流学生能楽連盟自演会」が開催されます。

全宝連が9年ぶりに金沢に戻ってくるのです。

前回の金沢大会は2016年。

その後に東京、名古屋、京都と巡って2020年に金沢に戻るはずの全宝連は、コロナ禍で中止になりました。

翌2021年に、全国から集めた動画を配信する形で「オンライン全宝連」が金沢大会として開催されたのです。

前回2016年に金沢大会に参加した京大宝生会の学生達は、今や全国のみならず全世界に散ってそれぞれ研修医や僧侶や、公務員や会社員となって人生を歩んでいます。

この9年の間に、京大宝生会もコロナ禍で部員が激減して存続の危機に直面しました。

しかしそれを乗り越えて新しいメンバーが増えて、今回も10人ほどの部員が仕舞、素謡、舞囃子で賑やかに参加します。

今日京大能楽部BOXで最後の仕上げ稽古をして、明日の早朝に皆で金沢に向けて出発することでしょう。

そして2016年には存在すらしなかった「自治医科大学能楽部宝生会」は、今年入った新入部員も含めて4人で初めての金沢にやってきます。

前にも書きましたが、2016年に京大1回生として金沢大会に参加した1人の青年が、その後自治医大に転学してたった1人で立ち上げたのが自治医大宝生会なのです。

この9年間の激動の時期を経て、全国からまた学生達が石川県立能楽堂に集まってくるのは実に感慨深いです。

明日明後日の全宝連金沢大会が良い舞台になるように、私も精一杯のサポートをしたいと思います。

自治医大宝生会の未来

今日は自治医大能楽部宝生会の稽古に行って参りました。

今日の稽古場所は部室棟のエレベーターホールです。

そこに縦長のシートを3枚敷いて舞台にするのが自治医大流です。

足袋を履いて早速稽古の準備をしていると…

新入生「あ、どうもこんにちは」

私「おお!こんにちは。澤田と申します。よろしくお願いします!」

そうなのです。自治医大宝生会にはつい先日、1年生と5年生の2人の新入部員が入部したのです。

先ほど挨拶した人は1年生で、間も無く5年生もやってきました。

彼らとの初めての稽古になります。

先ずは先輩達も一緒になって、

構え、運び、サシ、巻きザシ、仕掛け、ヒラキ、左右、カザシと基本の型を稽古して行きます。

その後で1年生は「紅葉狩」、5年生は「鶴亀」の仕舞を稽古しました。

2人とも素直な型で、中々に良い筋をしています。

引き続き謡も「鶴亀」を稽古しました。

こちらも、難しい発音の「ノム」という謡かたなども2人ともすんなりとこなしていて、やはり良い資質を持っていると感じました。

先輩達3人も、今週末に開催される「関宝連」を控えて仕舞「嵐山」「加茂」「殺生石」と、素謡「加茂」をみっちりと稽古しました。

6年前に京大宝生会から自治医大に転学したたった1人の青年が、入学してすぐに立ち上げた自治医大能楽部宝生会。

その青年を含めた6年生達が3月に卒業して、この先は「第二世代」が自治医大宝生会の新しい歴史を作っていくのです。

今日は新人2人を含めた5人の部員を稽古しました。

それぞれが直向きに稽古に取り組んでおり、また私が直した部分を一生懸命に修正している姿を見て、自治医大宝生会の未来には希望が持てると確信しました。

今後何十年も続く宝生会になるように、私も精一杯頑張って稽古をしていきたいと思います。

自治医大の新歓スタートしました

今日は自治医大宝生会の新歓でした。

自治医大宝生会はこの3月に3人がめでたく卒業して、地元の秋田、群馬、鳥取でそれぞれ研修医として働き始めました。

残った現役は3人です。

新歓でできるだけ多くの新しい部員を獲得したいところです。

今日は寮内の和室に仕舞扇や能面を並べて、私がその前で謡をひたすら謡い、和室の前を通る関心を持っていそうな新入生を部員が勧誘する、という作戦でいきました。

すると謡い始めてすぐに、2人の新入生が和室に入ってきたのです。

これは幸先が良いです!

体育会系の男の子2人で、最初は能面に興味があるという話でした。

能面の解説から始めてなんとか型の体験に持っていき、「構えの手の握りは、小指に力を入れて親指は力を抜くようにします。これは剣道の竹刀を握る時も言われる事ですね」

と言ったら、ひとりの男の子の目がパッと輝いたのです。

「自分は野球をやるのですが、バットの握りも同じなのです!」

そこからは2人とも能楽に引き込まれたようで、私が高砂の仕舞を舞うと熱心に見入っていました。

新入生「今は色々本当に忙しくて、サークルを決める余裕がないのです。でも落ち着いたらまた見に来たいです!」

はい、是非是非!

今日は入部には至りませんでしたが、昨日の食事会にも何人か来てくれたようで、今年の新歓は良いスタートです。

自治医大宝生会は例年部員が入るのはゆっくりなので、焦らず着実に新歓活動を進めたいと思います。

最初の関宝連、最後の関宝連

一昨日の金曜日には自治医大稽古に行って参りました。

来週23日に宝生能楽堂にて開催される

「関東宝生流学生能楽連盟自演会(関宝連)」

に向けての仕上げの稽古です。

3週間にわたる卒業のための長い試験を終えたばかりでやや疲弊気味の6年生、実習や解剖などで遅くまで来られない下級生など、やはり自治医大の皆さんは医師を目指しての過酷な日々を送っているようでした。

しかしその中でも、自主稽古はきちんとしてくれていたようです。

今回の関宝連が初舞台となる1年生の仕舞「鶴亀」を稽古してみると、前回よりも格段に上手くなっていました。地謡との合わせもバッチリです。

「鶴亀だいぶ稽古したんだね!」

と言うと、シテも地謡も

「はい!」

と胸を張って即答でした。

また6年生にとっては最後の関宝連になります。

仕舞「歌占キリ」と「紅葉狩」。

こちらは先輩らしく、高い完成度で仕上がっていました。

他にも4年生の仕舞「東北クセ」と、2年生が初めて”地頭”を勤める全体連吟「鶴亀」など、3時間ほどかけてゆっくりじっくり稽古しました。

自治医大稽古では、途中で医学部特有の話題で盛り上がったりするので面白くて勉強になります。

今回は「肺から出る血管を覚えるための体操」という話で盛り上がっていました。。

初舞台の1年生から最後の関宝連の6年生まで、忙しい中でも一体感を持って楽しく稽古している自治医大能楽部宝生会です。

来週の関宝連の舞台に期待したいと思います。

稽古を終えて外に出て驚きました。

かつて見た事の無いほど濃い”夜霧”であたりが煙っていたのです。

写真では今ひとつ伝わりませんが、実際のグラウンドの光景は、濃い夜霧に照明があたってとても幻想的でした。

2024年夏の自治医大合宿

皆様 お久しぶりでございます。

猛暑と仕事の山場が続いて、ブログをお休みしておりました。

松本城薪能の能経政シテや、七葉会などのいくつかの大きな舞台がおかげさまで無事に終わりました。

そして今週は自治医大宝生会の夏合宿に行って参りました。

場所は奥日光の中禅寺湖畔にある自治医大の研修施設です。

研修施設に到着すると…

なんと熊さんのポスターがお出迎えです。。

最近は全国的に熊の出没が増えているようです。

幸い合宿中に遭遇することはありませんでした。

春の自治医大合宿では何人かの部員が体調不良でお休みだったのですが、今回は新入生も含めたフルメンバーが参加してくれました。

京大若手OBの2人も参加して、私を含めて総勢9人という過去最多人数の賑やかな合宿になりました。

謡「黒塚」と、各自一番ずつの仕舞、そして自治医大にとっての”初舞囃子”を目指して全員揃って「中之舞」を稽古しました。

新入生には少々情報量の多い合宿でしたが、

「夏の成果は秋に出る!」

という受験勉強のような格言を言って励ましながら、なんとか全員が目標の稽古をクリア出来ました。

最終日には中禅寺湖から更に奥の「湯ノ湖」や「戦場ヶ原」まで足を伸ばして観光しました。

上は部員が撮影した「湯ノ滝」です。

実に涼やかです。

実際に真夏の奥日光は涼しくて、なんと2泊3日の間はエアコン無しで過ごせたのです。

稽古、食事、観光ともに誠に充実した合宿でした。

2024年夏の素晴らしい思い出として、部員達の心に刻まれた事でしょう。

もちろん私の心にも。

自治医大の自由な稽古

今日は久しぶりの自治医大宝生会の稽古でした。

先月の「全宝連」以来の稽古で、当初の予定では8月にある夏合宿に向けて、とりあえず仕舞と謡の曲を決めて、少し稽古を始めてみようかという話でした。

しかし稽古の中で、「実は10月の文化祭で何か仕舞を出したいのです」という話が出て、見栄えが良くストーリーもわかりやすいものを、と考えて「経政キリ」はどうかという話になりました。

まだクラブとして若い自治医大宝生会では、経政キリのように扇を2本使う「二本差し」という仕舞は未経験の部員が殆どです。

そこで今日は、1年生から6年生までとにかく全員で「経政キリ」をみっちりと稽古することにしました。

一本の扇は刀に、もう一本は盾に、という二本差しの基本がやはり難しいようで、皆それぞれ苦労して扇を扱っていました。

しかしなんとか頑張って、数時間の稽古で全員が一応ひと通り経政キリが舞えるようになりました。

自治医大宝生会はこのように、歴史が若い分、自由な稽古形態がとれます。

夏合宿では、今度は全員で「中之舞」をマスターするという稽古もしてみたいと思っております。

お祭りを終えて

全宝連京都大会から1週間と少し経ちました。

あの舞台では、みんな春先からの稽古の成果を遺憾なく発揮してくれました。

そしてそれからの1週間の間に早くも、京大と自治医大から「夏合宿のご案内」というメールが届きました。

京大からは、「秋の京大能楽部自演会の舞囃子のご相談」というメールも来て、既にシテと候補曲も決まっているようでした。

お祭りのような大きな舞台を終えて、この先は合宿と稽古で地力をつけて、また次の大きな舞台へのチャレンジが始まるのです。

…しかし、学生さん達はその前に大変な実習や前期試験などが待っているはずです。

とりあえず学業のヤマを越えて無事に夏休みが迎えられるように祈っております。

自治医大宝生会の京都観光

先週の全宝連京都大会、初日の6月29日は舞台終了から夜のレセプションまでに3時間ほどの自由時間がありました。

そこで、自治医大宝生会の部員達と短い京都観光をしようと思い立ちました。

彼らのうちの何人かは初めての京都だったのです。

自治医大のある栃木県にゆかりのある場所や、今回仕舞が出る「敦盛」などの謡蹟は組み入れたい…と考えて、コースを決めました。

金剛能楽堂を出発して先ずは北上。

今出川通から市バス203に乗って東へ。

途中「鴨川デルタ」や「百万遍交差点」などの名所(?)を見つつ、「銀閣寺道」で下車。

最初の目的地「東北院」を目指して歩き始めました。

神楽岡通で見つけた和菓子屋で、ちょうど6月30日の”夏越の祓”に食べる和菓子「水無月」を購入して皆で食べました。

自治医大は食欲旺盛で、鮎の形をした和菓子「若鮎」も追加で食べていました。

東北院では外から「軒端の梅」を眺めて、すぐに次の目的地「真如堂」へ。

ここでは「殺生石」から作られたという「鎌倉地蔵」を見ました。

鎌倉地蔵を彫ったのは能「殺生石」のワキである「玄翁上人」です。

京都から空を飛んで那須野に逃げた「玉藻前」が殺生石になり、それが玄翁上人の手でお地蔵さんになって再び京都に戻って、そのお地蔵さんを那須野の近くから来た自治医大宝生会が眺める…

というなんとも不思議なご縁でした。

その後は金戒光明寺に下って、「平敦盛」と「熊谷直実」の供養塔が向き合って建っているところにお参りして、一応の行程を終えました。

途中で比叡山が見えたので「あれが比叡山だよ」と言うと、部員の1人が何故か高めのテンションで、

「あれが比叡山ですか❗️愛宕山はどこですか⁉️」

と言うので、また途中で愛宕山が見えた所で「あれが愛宕山だよ」と言うと、

「あれが愛宕山ですか❗️

あれをイメージして舞います‼️」

そうでした。その部員は「花月キリ」の仕舞を舞うことになっていたのです。

実物の比叡山や愛宕山を見られてテンションが上がっていたのですね。

その後は丸太町通に出て再び市バスに乗って、レセプション会場ちかくの烏丸丸太町に向かいました。

途中で「京大病院」が見えたので「あれが京大病院だよ」と言うと、今度は全員が

「あれが京大病院ですか‼️」

とハイテンションになって、さすが医大生、と感心しました。

舞台を”言語化”して観るということ

先週土曜日の全宝連京都大会レセプションの時のお話です。

宝生和英家元は昼間の国立能楽堂での舞台の後すぐに京都に駆けつけてくださり、レセプションの冒頭でスピーチをしてくださいました。

その中で家元は、

「他の学生達の舞台を見るのはとても大事です。他人の芸の長所と短所を”言語化”して、それを自分の芸に活かすのです。私も常にそうしています」

と仰いました。

「長所短所を言語化する」

という考え方は初めて聞いたので、すぐには腑に落ちませんでした。

しかしよくよく考えてみると「成る程!」と目から鱗が落ちる思いがいたしました。

例えば、

「この人は運びの最中に下を向いている」

とか、

「今の飛び返りはとてもキレが良かった」

というのを、普段の私は感覚的にしか捉えていなくて、「何となく上手い」としか認識していませんでした。

それを”言語化”して改めて認識し直す事によって、

「運びの最中に下を向かないように気をつけよう」

とか、

「キレのある飛び返りを研究してみよう」

と具体的に自分の芸に活かす事ができるのです。

今後は私も他人の舞台を観て気付いた事は一度”言語化”して、自分の芸の改善に努めていきたいと思います。

家元の貴重なお言葉は学生達にもきっと響いたことでしょう。

有り難い事でした。