崇寶会・松実会のお手伝い

今日は奈良春日野国際フォーラム舞台にて、「第18回崇寶会・松実会」のお手伝いをして参りました。

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崇寶会は山内崇生師、松実会は石黒実都師の同門会です。

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お2人は私と歳の近い先輩として、普段から何かと一番お世話になっている方々です。

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今日の会は、私は確か第10回の時に初めてお手伝いさせていただいてから続く御縁ですが、今回の第18回ではとにかく仕舞がたくさんあって驚きました。

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年齢層も、お子さんから学生、社会人、ベテラン勢と多彩な顔触れでした。

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学生の何人かは京都で授業に出てから、また社会人の方の中には仕事を終えてからいらして、すぐに舞台に出てくださる方がいらっしゃいました。

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小さなお子さんと一緒に来て、何とか舞台に出てくれた若いお母さんも印象的でした。

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そうやって色々やり繰りして駆けつけてくださる方が多いのは、やはりこの会の舞台が魅力的だからこそだと思います。

合同の会で18回の歴史を刻む会はそれほど多く無いと思いますが、これもお2人のチームワークが抜群だから出来る事なのです。

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この盛大でありながらも堅苦しく無い楽しい舞台が、今後も末永く続くように心より祈念いたします。

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本日はどうもありがとうございました。

元伯先生のこと

私が初めて「太鼓」を習ったのは、東京芸大に入学してからのことでした。

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当時の太鼓の先生は「観世元信先生」でした。

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落語がお好きな先生で、稽古の口調もどこか落語に似た穏やかな江戸言葉でした。

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そして一年が過ぎ、翌春から先生が替わられました。

今度は元信先生の息子さんの「観世元伯先生」です。

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外見は元信先生と似ていらして、どんな稽古なのか興味深く思いながら初めての元伯先生稽古に臨みました。すると…

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「(刻みを高く)上げろ〜‼️」

「(刻みを上げるのは)まだだ〜‼️」

「そこは、まっつぐ(真っ直ぐ)打て〜‼️」

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もしも手を間違えようものなら「おい‼️‼️」

とドスの効いた声と眼光が飛んで来ます。

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親子で同じ江戸言葉なのに、これほど雰囲気が違うものかと妙な所に感動しながら、「これは今後の太鼓は大変な稽古になるな…」と内心恐れを抱いたことを覚えております。

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4年生になった頃の「真の序の舞」物の「老松」の稽古など、半ば命懸けの心持で稽古部屋に入ったものでした。

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しかし元伯先生の厳しい稽古と、その芯の通った厳格な稽古の在り方それ自体に、とても大切なものを教えていただいたと感じております。

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その観世元伯先生が、全く信じられない話なのですが51歳の若さでお亡くなりになりました。

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一年前に体調を崩されたと伺い心配しておりましたが、あの気迫と生命力に溢れた先生のこと、必ず治して舞台に戻って来られると信じておりました。

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先生御自身が想像を絶する厳しい稽古や無数の舞台を潜り抜けて、血の滲む修行をして身につけられたその芸は、これから一層舞台で花開き、そしてこの先数十年かけて多くの後進に伝えられる筈の大切な宝物でした。

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その舞台を、その稽古を出来ないままに旅立たざるをえなかった先生の無念さは、私には想像すら出来ません。

世にこんな残酷なことがあるのかと思います。

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せめて残された我々に出来ることは何でしょうか。

先生という宝物はこの世には居なくなってしまわれましたが、また先生が遺していかれたものも沢山あるのだと思います。

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私が受けた教えなどはほんの僅かですが、それでも強烈に心に残っております。

自分の舞台の稽古をする時、また澤風会で太鼓物をあしらいながら稽古したりする時には、先生の厳しい稽古を思い出すことが多いです。

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せめて今までに教えていただいたことはしっかりと忘れずに、今後の舞台や稽古に活かしていくこと。

それが私に出来る唯一のことのような気がします。

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元伯先生、今はゆっくりとお休みください。

そしてどうかこれからも能楽界を見守っていてくださいませ。

数々のお教えどうもありがとうございました。

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宝門会大会

今日は香里能楽堂にて、宝門会大会に出演して参りました。

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いつも澤風会の舞台を観に来ていただき、このブログも読んでくださっている宝門会のお弟子さんが、今回は初シテとして能「巴」を舞われました。

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水曜日の申合でお会いして、お声をおかけした時の話。

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私「今回はおめでとうございます!」

お弟子さん「全然おめでたくないです〜!まだ何もしてないです〜!」

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いえいえ、この「おめでとうございます」は、初シテを舞われるという事に対してのお祝いなのです。

本番が無事に終わったら、また盛大に「おめでとうございます!」とお祝いさせていただきます。

お弟子さん「え〜、そうなんですか〜!」

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そして今日、能「巴」の本番は大変素晴らしい舞台になりました。

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私「いや〜、本当におめでとうございます!」

お弟子さん「ありがとうございます〜‼️」

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晴れ晴れとしたお顔です。

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面をかけて能を一番舞うということは、我々でも大変なことです。

ましてや初シテならば、稽古段階からの御苦労は想像を絶するものがあったことと思います。

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しかしながら、その「初シテ」を無事に勤められたということは、実は稽古100回にも倍する貴重な経験を積まれたことなのだと思うのです。

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この次の稽古からはたとえ難しい仕舞でも、「何だか身体が軽いし、足元が普通に見えるし、呼吸が楽で謡いやすい!」という喜びを感じられるはずです。

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次回の舞台では、何段階もステップアップされたお姿を拝見するのを楽しみにしております。

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重ねて本日は初シテおめでとうございました!

卒業素謡

今日は先月の「能と狂言の会」以来の京大宝生会稽古でした。

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BOXに行くと、みんな次の「関西宝連」の舞台に向けてそれぞれ始動していました。

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春の関西宝連は「新入生のお披露目」という舞台で、初々しい仕舞や素謡鶴亀がたくさん出るのですが、冬の関西宝連は「卒業生の最後の舞台」という意味合いがあります。

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最上回生はいわゆる「卒業仕舞」や「卒業素謡」を、これまでの稽古の集大成として舞台に出すのです。

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私が現役の頃は、この舞台は12月なのに何故か「秋の京宝連」と呼ばれていたのですが、やはり卒業仕舞と卒業素謡が毎年出ておりました。

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最上回生の最後の仕舞は、各々の思い入れが深く込められていて非常に見応えがあるのですが、「素謡」にもまた思い出深い舞台がありました。

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私の二つ上の学年は、男子が3人でした。

この3人の先輩達が、秋の京宝連で卒業素謡「高砂」を、3人だけで謡われたのです。

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前半のシテ、ツレ、ワキの掛け合いの途中から始まり、位のあるシテ、その奥さんのツレ、颯爽と謡う神主のワキと、3人のキャラクターにぴったり合った配役でした。

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そして掛け合いが終わって所謂「四海波」の地謡だけを3人揃って気迫十分に謡い切り、さっと切戸に引いていかれたのです。

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全体でも5〜6分程度の短い素謡でしたが、その潔い雰囲気がなんとも格好良く、今でも強く印象に残っております。

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「卒業仕舞」に関しては、また色々思い出があるので改めて書きたいと思いますが、毎年この時期になると、「みんなもう卒業か、早いなあ」と、一足早く卒業の感慨にふけってしまうのです。

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今年はどんな舞台になるのか、また関西宝連がとても楽しみです。

いい肉の日

今日11月29日は、どうやら「いい肉の日」らしいです。

「1129」で「いいにく」。しかも今年は平成29年なので、さらに「にく」が重なっています。

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日本人は、このような所謂「語呂合わせ」というのが非常に好きな民族なのだと思います。

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冒頭のような数字の語呂合わせだけに限っても、電話番号や車のナンバープレート、歴史年号の覚え方など、そこら中で目にします。

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実はこの「数字の語呂合わせ」の原型のような「言葉遊び」は、「能楽」の中にも頻繁に見られるのです。

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一曲にひとつは必ずあると言っても良いくらいです。

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つい先程、香里能楽堂にて能「自然居士」の申合の地謡を謡ったのですが、その曲中にもシテ自然居士が船の「一櫂(ひとかい)」を「人買い」と引っ掛けて、ワキの人商人を慌てさせるシーンがありました。

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他にも能「小鍛冶」では、「御劔(みつるぎ)」の「みつ」を「三つ」に掛けて、「天下第一の。二つ銘の。御劔にて。四海を治め給へば。五穀成就もこの時なれや」と「一、二、三、四、五」を読み込む言葉遊びが見られます。

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また能「野守」に「一矜羯羅。二制咜迦。三に倶利伽羅。七大八大金剛童子。」の後に「東方〜」と謡が続くのですが、この「東」も「十」と掛けてあるのだと私は思います。

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千年近く前の知識人が、真面目な顔でこういった言葉遊びを考えている図はちょっと微笑ましい気がします。

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その言葉遊び文化が綿々と繋がって、現代では「いい肉の日企画!先着29名様は肉食べ放題コースが1129円!」という風に使われるわけですね。

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…残念ながら今日は焼肉屋さんに行く時間は無かったのですが、今年は酉年ということで、今日のお昼は東京駅で「鳥照り焼き弁当」を購入して、京都に向かう新幹線車内にて美味しいお肉を食べることが出来たのでした。

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今は帰りの新幹線です。これから東京まで、少し休もうと思います。

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それでは皆さま0843731…。

言語を超えた知的好奇心

一昨日の満次郎の会では、私は「プレミアムシート」の受付を担当しました。

プレミアムシートは、昼の部と夜の部の通し券に、お弁当とお土産が付いたものです。

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毎年この受付をしておりますが、今回は初めての経験がありました。

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プレミアム受付に、日本語が全く話せない白人の御夫婦がいらしたのです。

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恥ずかしながら「お弁当」と「お土産」も咄嗟に出て来ない私の英語力で、なんとか対応しましたが、お二人とも休憩時間にはお箸でお弁当を綺麗に召し上がっておられて、帰りもお土産をお渡しするととても喜ばれました。

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日本語が全く通じないということは当然「能楽」における古い日本語も全くわからない筈です。

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しかし御夫婦は昼の部から5時間近くに及んだ能楽堂での時間を、とても楽しく過ごしてくださったようです。

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また別の話で、昨日の亀岡稽古では、カリフォルニアからの留学生が稽古の見学に来てくれました。

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彼は「合気道」の研究をしているということで、日本語もある程度話せる人でした。

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しかし謡の稽古の時に、お弟子さんの横から謡本にずっと見入っているのには驚きました。

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彼はあくまで「合気道」の研究者で、たまたま謡の声が聞こえたので見学に来たということなので、当然宝生流の謡本を見るのも初めてです。

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私は内心申し訳ないと思いながらも通常と同じ稽古をしていたのですが、彼は「難しいです」と言いながらも飽きもせず熱心に謡本を見てくれていました。

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よく聞く話で、海外公演では謡の意味がわからない外国のお客様も、感覚で理解してくださるということは聞いておりました。

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しかし昨日一昨日にお会いした方々は、ツアーでもなく単身或いは御夫婦で、外国人向けではなくいわば「生のまま」の能楽を日本人と同様に味わい、そして楽しんでくださったのです。

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この「知的好奇心」は素晴らしいと思います。

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これからの時代は、このような「言語を超えた知的好奇心」を持つ海外の方々が、能楽に触れる機会が更に増えていくと思います。

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…しかしながら、せっかく楽しんでいただいた感想を、彼らと直接語り合ったり出来ないのは残念なことです。

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今更ですが、やはり共通言語としての英語力をなんとか身につけたいと思った週末でありました。

東京満次郎の会

明日は水道橋宝生能楽堂にて、「第9回東京満次郎の会」が開催されます。

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私は14時開始の昼の部にて能「景清」の地謡。

また18時開始の夜の部にて能「マクベス」の地謡と仕舞「百萬」のシテを勤めさせていただきます。

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私にとりましては11月最後の山場といえるこの舞台、精一杯頑張りたいと思います。

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当日券も発売されるようですので、皆様是非ご来場くださいませ。

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どうかよろしくお願いいたします。

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短いですが今日はこれにて。

鞍馬天狗の花見児

今日は大阪の堺能楽堂にて、羽衣学園鑑賞能の「鞍馬天狗」に地謡として出演して参りました。

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能「鞍馬天狗」は、冒頭に牛若丸と共に花見にやって来る「花見児」が何人か登場します。

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この「花見児」は、まだ幼稚園くらいから小学生くらいまでの本当に小さな子供達が勤めることになっていて、初舞台として最も多い役です。

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今日も牛若丸に続いて5人の小さな花見児が登場しました。

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楽屋では装束をつけてもなかなか落ち着かない様子だった子供達も、幕が上がると緊張した面持ちでしずしずと橋掛りを歩んで来ました。

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舞台にいたのは6〜7分といったところですが、現代ではそれくらいの時間でもじっと動かないでいられる子供はなかなかいないと思います。

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きちんとした礼儀作法や忍耐力を、安全に学ぶことができる能の子方は、実は子供の教育にはとても向いているのではと思います。

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地域の子供達を稽古して、鞍馬天狗の花見児に出てもらうという企画は私も何度か見たことがあります。

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もしもそのような企画を見かけたら、御身内のお子さんに是非とも参加をおすすめくださいませ。

場合によっては、プロの道にスカウトされる可能性もあるかもしれません。

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今日の子供達も、この先も稽古を続けてくれて、また違う舞台で会えたら良いと思いました。

あーめーあられーと…

昨日の京大「能と狂言の会」はおかげさまで無事に終了いたしました。

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1、2回生だけによる素謡「紅葉狩」が無本で、なかなか気合が入っていました。

舞囃子2番や仕舞、全員参加の素謡「咸陽宮」など、それぞれが上達して良い舞台になったと思います。

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終了後の打ち上げは、ここ数年決まって「お狩場」という信州料理屋さんです。

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実は偶然昨日が誕生日の部員がいて、乾杯の後しばらくしてからお祝いが始まりました。

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誕生日プレゼントの贈呈があったのですが、このプレゼントが何故か「プロポリスキャンディ」と「あられ入りのふりかけ」でした。

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この謎かけ、わかりますか?誕生日の部員は仕舞「田村キリ」を舞いました。

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…田村キリには「千の矢先、雨霰と降り掛かって…」という文句があるのです。

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「あーめーあられーとふりかかって」で「あめ」「あられのふりかけ」…。

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プレゼントを買ったのは合宿所の2階の部屋に「ヤの間」とか「ヤヲの間」などと名付けた部員です。

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若干オヤジギャグ気味ですが、みんな大盛り上がりでした。

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色々な委員や部長、副部長などの引き継ぎ挨拶などもあり、毎年のことながら1年は本当に早いものだと思います。

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「お狩場」の打ち上げも無事終わり、今年も歩いてBOXへ。

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しかしまだ時間が早めだったからか、BOXには宝生会だけしかいませんでした。

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しばし差し入れのお菓子など食べて喋っていましたが、私は日が変わるのを潮に帰ることにしました。

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私もオジサンなので、翌日を考えて自重することが多くなりました。。

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そして今日の下鴨稽古で、昨日一緒にBOXに行った若手OBのMくんに「昨夜はあれからいつまでBOXにいたの?」と聞くと、「え〜、朝までいました…」との返事が。

やはり若い!

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現役の皆さんお疲れ様でした。

そして応援にいらしてくださったたくさんの皆様、どうもありがとうございました。

今日は京大「能と狂言の会」です

今日は京都金剛能楽堂にて、京都大学能楽部の自演会「能と狂言の会」が開催されます。

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前身の「京都大学 学生能」から数えると、60年近い歴史のある舞台です。

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「観世会」「金剛会」「狂言会」「宝生会」で構成される「京都大学能楽部」。

入学した時点では同じスタートラインにいた新入部員達が、それぞれの会で稽古を重ねていくうちにその流儀の芸や各会のカラーに染まって、全く違う舞や謡をするようになります。

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そして年に一度、11月にあるこの「能と狂言の会」でそれらの部員達が一堂に会して、普段の稽古の成果を披露するわけです。

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私が現役の頃、当時の「学生能」の舞台を観ていると、観世会や金剛会にとても上手な人が何人かいて、目を見張った覚えがあります。

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流儀の主張や各々の個性は勿論ありますが、それを超えたところに「良い芸」というものが存在するということを知り、自分もそれを目指したいと思いました。

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舞台を終えて、各会に分かれての打ち上げの後、夜が更けた頃にBOXに再び全会が戻って来ます。

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早速昼間の舞台の映像を見る者、ひたすら酒を飲む者、麻雀を始めるグループなど、現役、OB、師匠も入り混じっての混沌状態が夜明けまで続きます。

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途中でまだ舞い足りない誰かが舞台で舞い出すと、同じ曲を違う流儀の誰かが横で舞い始めて、やがて三流競演になります。

地謡も三流同時に並んで謡い出すのです。

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舞台上でぶつかったり、譲り合ったり、いつまでも拍子を踏んでいる流儀があったりして、見所も大いに盛り上がります。

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そのような時にも、「この曲の文句は流儀によってこう違うのか」とか、「この仕舞は始まる場所が三流それぞれ異なるのか」といった新鮮な発見がありました。

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四つの会があるからこそ出来た京大時代の経験が、今の自分にとってとても大事な根幹を形作っているのだと感じます。

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今日これからの「能と狂言の会」がどんな舞台になり、現役達がそれぞれどんな経験を積んでくれるのか、非常に楽しみです。

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舞台の模様はまた明日に。