今後の能面のサイズ問題…

今日は松本稽古日だったのですが、その前に昼から松本の少し手前の「岡谷」で、小中高生向けの能楽教室をして参りました。

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特急あずさで一度「上諏訪駅」で降りて、普通電車に乗り換えて岡谷に向かいました。

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その乗り換えの「上諏訪」の辺りで、車窓から満開の桜がたくさん見えたのです。

東京では終わってしまった桜です。

乗り換え時間が20分近くあったので、せっかくなので花見をしようと思い立ち、桜が見えた方に歩いて行きました。


大きな駐車場の向こう、幼稚園の園庭で大きな桜が満開でした。

そして横には”鯉のぼり”がはためいています。

「桜と鯉のぼりの共演」というのも、信州らしいと思いました。

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そして普通電車で岡谷へ。

岡谷で会った50人程の子供達は、やはり元気と好奇心に溢れていました。

ちょっと年かさの高校生達が司会などをしてくれて、また小さな子供達の事を何となく気にかけてくれていたのに感心いたしました。

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能楽教室の最後に質問コーナーを設けました。

やはり高校生くらいの割と大きな男の子が、

「能面は何故顔よりもちょっと小さいサイズなのですか?」

と質問してくれました。おお、良い質問です!

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「能面の外側に少し顔の輪郭が見えて、それが謡う時に動くのが見えると、能面も生き生きと動いているように見えるからです。」

と答えようと思い、しかしふと思いついて、質問してくれた男の子に「小面」をかけてもらうことにしました。

彼を前へ呼ぶと、「よっしゃ!」と嬉しそうにガッツポーズして出て来てくれました。

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身長は私と同じくらいです。

「では能面に一礼して、面紐の所を持って、目の高さに合わせてあててくださいね…」

と言ってあててもらうと…

なんと彼は小顔なので、能面がすっぽりと顔にはまってしまったのです。。

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最近は背が高くて小顔の若者が多いので、

「能面の効果を出すには、もっとサイズを小さくしないといけないのかな…」

と一瞬思いましたが、

「しかし身長は高いから、ちょっと大きめのサイズにしないと似合わないだろう…」

とも考えられて、「今後の能面のサイズ問題」はなかなか難しいと思ったのでした。

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岡谷でお世話になった皆様どうもありがとうございました。

おかげさまで今日も充実した能楽教室になりました。

柏の幼稚園能楽教室2019

毎年恒例になっている柏の幼稚園での能楽教室に、先ほど行って参りました。

今年は年長組の園児63名を前にしての能楽教室です。

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今回は内藤飛能さんに手伝ってもらいました。

彼にはちょうど同じ年頃のお子さんがいるので、その意味でも適役と思ったのです。

朝JR柏駅で待ち合わせて、コーヒーを飲みながら簡単な打ち合わせをしつつ話をしました。

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私「飛能君の子供の幼稚園でも、能楽教室をやれば良いと思うよ。」

内藤氏「い”〜や”〜。。うちの子を見てると、とてもやれそうには思えないですね…」

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などと話しつつ、駅から徒歩3分の幼稚園へ。

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能楽教室を始めてみると、毎回のことですが幼稚園児たちは大変なハイテンションです。

テンションを維持しつつ、混乱させずに、尚且つ飽きないように…と進めていくのは確かに少々大変なことでした。

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しかし、毎度の型や足運びの体験に加えて今年は「高砂 四海波」を平仮名で謡うという稽古も出来て、充実した能楽教室になりました。

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途中で能面「小面」を見せて、先生に代表して掛けてもらったのですが、子供達から「僕も掛けたい〜❗️」「私も〜‼️」という声が多数上がりました。

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以前は私の高校の同級生の子供がいて、その子に掛けてもらっていました。

今回はどうしよう…63人に掛けてもらう時間は無いし…

とやや困っていると、先生が「3月がお誕生日の人〜!」と手を挙げさせて、素早く数人の子供を選んでくれたのです。

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おお!さすが幼稚園の先生はこういった事に慣れておられる!と感心して、なんとか無事に能楽教室を終えることが出来たのでした。

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最初と最後には、正座をしての正式な挨拶も全員きちんと出来ました。

礼儀作法も含めて、能楽を幼稚園のうちに体験するのはとても良いことだと思います。

内藤飛能さんに、やはりお子さんの幼稚園で能楽教室をやった方が良いよ!と再度勧めながら柏を後にしたのでした。

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色々考えながら謡うこと

今日は慶応初等部の能楽鑑賞会で、能「経政」の地頭を勤めて参りました。

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対象が小学生だったので、一番の能を途中で飽きないように観てもらうにはどうしたら良いだろう…などと色々な事を事前に考えておりました。

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よく「考えて謡っては駄目だ」と言われるのですが、私はまだ全くの未熟者なので、能が始まって謡いながらでも実に多くの事を考えてしまいます。

「シテの出の運びがゆったり目なので、地謡も少しスピードを緩めよう」

「お囃子方はこう謡ったらどう反応してくるかな…?」

「見所の子供達の話し声がちょっと大きくなってきた!これは飽き始めた危険信号かも。頑張って盛り上げていかねば!」

などなど、場面場面で無数の考えが泡のように次々と浮かんできます。

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しかし気が散っている訳ではなく、むしろ集中力が増しているので、舞台上のことはごく小さな事でもわかってしまいます。

そして今日は他の地謡メンバーも集中していたようで、終わって楽屋で話してみると、そういった細かい出来事を皆が共有していたのが面白かったです。

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頑張って勤めた「経政」が、慶応初等部の子供達の心に少しでも響いていると良いと思います。

能楽師みたい!

今日は昼から江古田稽古場で、3月9日の東京澤風会郁雲会の舞囃子の稽古をしました。

その後矢来能楽堂に移動して、夕方から2月11日開催の辰巳大二郎さんの同門会「橙白会」の申合がありました。

更にその後に夜の田町稽古にすぐに移動しました。

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このような時には、洋服と着物を着替える時間が無いので一日中着物で行動します。

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しかし私は普段洋服で移動や稽古をすることが多いので、先ずは江古田で「まあ先生、着物だとまるで能楽師みたい!」と言われました。。

そして矢来能楽堂での申合が終わってすぐに足袋だけ黒足袋に履き替えて「ありがとうございました!」と帰ろうとすると、「あれ、今日は珍しく着物なんだ!」と驚かれました。

更に田町稽古場に到着しても、やはり同じような驚きの反応が…。

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実はこれは逆パターンもあって、先日の岩手正法寺でのワークショップでは、終わって洋服に着替えて姿を見せると「おお、先生が洋服に!」と驚かれたのです。

昨年夏の岡山子供能楽教室でも、ずっと浴衣で稽古していたのが最終日の最後に洋服で出ていったら子供に笑われました。。

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私としては、洋服も着物も等しく着慣れているので驚かれるのがやや不本意ではありますが、この仕事をしていると仕方ないことなのかもしれませんね。

打ち出の小槌と分福茶釜

大山崎稽古場のある天王山中腹の「宝積寺」には、寺宝として本物の「打ち出の小槌」が伝わっています。

正確には「打ち出」と「小槌」に分かれているそうです。

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一寸法師がお椀の舟にお箸の櫂竿で淀川を遡って都に上る途中、この宝積寺に立ち寄って修行したという伝説があるそうなのです。

その後のストーリーは確か、一寸法師は鬼退治をして「打ち出の小槌」を手に入れて、自らの身長を伸ばしたり金銀財宝を出したりして幸せに暮らしました、という感じだったと思います。

ということは一寸法師は、幸せになった更にその後に、若かりし頃に修行した宝積寺に「打ち出と小槌」を奉納したのでしょう。

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今回この「打ち出と小槌」の事を思い出したのには訳があります。

先日岩手県の「正法寺」で能楽教室をした時のこと。

行きは「岩手未来機構」の方に車で正法寺まで送っていただきました。

その車中で「正法寺には本物の”分福茶釜”があるのですよ」と伺ったのです。

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「おお、それはすごい!私の京都の稽古場のお寺には本物の”打ち出の小槌”があるのですよ。”分福茶釜”も本物が残っているのですねー」

と返事をしたのですが、そこで内心では

「えーと、分福茶釜はどんなお話だったかな…?」

となってしまいました。

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帰りの新幹線で早速調べると、狸が化けた茶釜ということのようでした。

そして群馬県の茂林寺というお寺にも”本物の分福茶釜”があると書いてあります。

どちらが本物なのだろう…と思ったら、正法寺でいただいた本にこんなことが書いてありました。

「正法寺にあった分福茶釜は、勝手にあちこち動き回るので鎖につながれてしまった。そして本堂が火事になった時に、あまりの熱さに蓋だけが飛んで行って、群馬の茂林寺まで逃げた。そこでは”守鶴の茶釜”と呼ばれて、日本昔話の”分福茶釜”のモデルになった」

つまり、”正法寺の分福茶釜伝説”は日本昔話の分福茶釜の前日譚にあたり、どちらも本物であるということなのでした。

なんだかホッと安心してしまいました。

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因みに今回の正法寺能楽教室の折にはこの”分福茶釜”を見ることは叶わず、また宝積寺の”打ち出と小槌”も未だに拝見できていないのです。

どちらもいつか必ずこの目で見てみたいと思っております。

その願いが叶った時にはまたご報告いたします。

正法寺での能楽教室

今日は岩手県の「正法寺」というお寺で能楽教室をして参りました。

東北新幹線の水沢江刺駅から車で20分程の山あいにある、とても大きなお寺です。

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境内に入ると、まず目に入ったのが巨大な本堂です。

なんと茅葺屋根で、面積は720坪に及び、日本一の茅葺屋根として国の重要文化財に指定されているそうです。

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この「正法寺」は曹洞宗のお寺で、建物や廊下の様子が昨年夏に拝観した永平寺に似ていると思いました。

そしてやはり沢山の修行僧の方々がいらして、その点でも何となく永平寺を思い出して、懐かしくなりました。

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能楽教室の会場はあの巨大な本堂の中にあるということで、長い廊下を本堂へ案内していただきました。

真冬の東北はもっと寒いかと覚悟して行ったのですが、今日は比較的穏やかな天気でした。

しかし、案内してくださった僧侶の方に「今日は暖かいでしょう」と言われた時は、「そうですね!」と答えながら内心「さすがに暖かくはないなあ…」と思ってしまいました。

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本堂はやはり中も広々として天井が高く、能楽教室には贅沢なスペースです。

元々は小学生向けの能楽教室でしたが、実際に始まってみると保護者の方々や飛び込みの拝観者の方、そしてたくさんの僧侶の皆さんにも参加していただいてとても賑やかになりました。

加えて、なんと御住職様までご参加いただき、俄かに緊張感のある能楽教室になりました。

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型の体験や、高砂の「四海波」謡の稽古、また能面の解説などを全て無事に終えて、控え室に戻ったところで御住職がいらっしゃいました。

御住職「能面の表情が”無表情”ではなく、あらゆる表情に対応出来るようになっている、というのは禅の思想に通じます。

“無”ではなく、分数で言う”分母が零”の状態ならば、上にどんな”分子”が来ても対応出来る、という考え方です」

…といった非常に高尚なお話を色々と伺いました。

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未熟者の私は完全に理解出来てはいないと思うのですが、深いところで共感を覚えるお話でした。

いつものことなのですが、能楽教室をすると私自身が勉強させていただくことが多いのです。

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今回の御縁をきっかけに、正法寺さんでは今後能楽教室やより本格的な公演を計画して参りたいと思っております。

また途中経過をご報告したいと思います。

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御住職を始め正法寺の皆様、また岩手未来機構の皆様本日はどうもありがとうございました。

冬の奥州市へ

今日は水道橋での「五雲会」の後に、東北新幹線で岩手に移動しております。

明日は「岩手未来機構」さんの主催による小学生能楽教室があるのです。

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場所は「水沢江刺駅」から近い山の中のお寺とのことです。

水沢江刺といえば、私には去年の初夏のことが思い出されます。

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去年5月終わりの夜能「夜討曽我」シテの後に俄かに喉が枯れてしまい、暫くの間掠れ声が治りませんでした。

その時に松本の「クチーナにし村」さんから蜂蜜をいただいたのです。

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蜂蜜は喉に良いということで、毎日スプーン一杯舐めながら喉を治しました。

その蜂蜜の産地が「水沢江刺駅」のある奥州市の近辺だったのです。

(詳しくは去年6月4日のブログに書いてあります)

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今はおそらく雪に閉ざされている奥州市の森林や草原。

去年の春にそこから蜜蜂達が集めてきてくれた蜂蜜は、喉を癒やす効果を越えて「蜂蜜はこんなに豊穣な味がするのか」と、驚くほどの美味しさでした。

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今回初めて降り立つ「水沢江刺」。

周りの森や山や、今は活動していない蜜蜂達に感謝しながら、明日の能楽教室を頑張りたいと思います。

一番下にあったのは…

昨日書きましたように、今日の私の最大のミッションは「机の上を片付ける」ということでした。

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思えば1年前の年末は、翌3月に控えた「郁雲会40周年・東京澤風会第5回記念大会」の番組作りに大半の時間を費やしておりました。

なので机の上の整理整頓まで全く手が回らなかったのです。

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おそらく2年ぶりとなる本格的な机掃除です。

上にあるものから順々に「要るもの・要らないもの」に仕分けしていきました。

それはまた今年の時間を徐々に遡っていく作業でもありました。

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つい先日の関西宝連番組と経政の絵のチラシ→11月の京大能と狂言の会の番組とサブパンフ→10月の松本澤風会番組と乗鞍高原の地図→澤風会京都大会の番組と大山崎聴竹居のパンフレット…

と遡っていき、更に8月の岡山子供能楽教室と吉備津神社のパンフレット、松本城薪能のチラシや前座発表会番組及び松本市民タイムズの記事、3月の郁雲会澤風会の番組とパーティやお弁当など諸々の書類…

と続いていきました。

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そして机の上の山はまだまだ残っており、去年の関西宝連や京大能狂、松本澤風会、澤風会京都大会…とまた少しずつ遡って行って、遂に一番下にはなんと一昨年平成28年春の「澤風会10周年記念東京大会」の番組が埋もれていたのでした。。

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つまり今日1日で、ほぼ3年前までの自分の足跡を振り返ったことになります。

色々とても懐かしい番組や資料があり、この機会に整理して保存しておこうと思います。

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そして机の上が見違えるように綺麗になり、非常に良い気分です。

明日はいよいよ大晦日です。

たまった本の整理などをして、あとは静かに新年の訪れを待とうと思っております。

9年前の今日

昨夜田町稽古場の会員さんより「9年前の今日」という題名のメールをいただきました。

内容は、今からちょうど9年前の平成21年12月17日に宝生能楽堂で「謡曲仕舞教室」の修了発表会があった、というものでした。

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「謡曲仕舞教室」は、内弟子が順番で講師になり、宝生能楽堂で2年間謡と仕舞の稽古をするという教室です。

教室卒業後、希望者はそのまま講師の先生について稽古を続けても良い、という決まりでした。

現在の澤風会の江古田と田町の稽古場はこの「謡曲仕舞教室」時代からの会員さんが母体になっています。

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平成21年に修了ということは、稽古を始めてからはもう11年が経つことになります。

そういえば、当時幼稚園児で教室に入って来た子供がもう高校生です。

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有り難いことに11年経過してなお、当時の教室修了生の半分以上の方々が稽古を続けてくださっています。

皆さんそれぞれ大変に上達されて、中には舞囃子や能の役までなさった方もおられます。

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毎年講師が入れ替わっていく謡曲仕舞教室で、偶々私の順番の時に教室に来てくださり、以来ずっと稽古を続けてくださっている皆様には本当に感謝しております。

この御縁が出来る限り長く続くように、来年以降も頑張って稽古して参りたいと思います。

最後の巡回公演

今日はまた川崎市の小学校での巡回公演に出演して参りました。

今回の巡回公演シリーズでの私の出番は今日で最後になります。

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いつものように能「黒塚」までが無事に終わり、質問コーナーになりました。

シテの宝生和英家元が再び舞台に登場して、子供達からの質問に答えるのです。

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「お能は好きですか?」

といった無邪気ながら中々難しい質問にも、ユーモアを交えながら真摯に答えておられるのが印象的でした。

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今回が最後なので、帰り際に影向社の方に挨拶をしに行きました。

そして今年の巡回公演シリーズで延べ何人くらいの子供達が観てくれたのか聞いてみました。すると、

「今回20数校で公演を行ったので、1校あたり500人として延べ1万人以上になります」

と言われてびっくりしました。

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私はそのうちの7回に参加したので、それでも3000人くらいの子供達に観てもらったことになります。

そして一連の公演を経験して、子供達の記憶のどこかに”能楽”というものが刻まれたという確かな手応えを感じました。

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帰りのバスで小学校を出発する時、ちょうど下校する小学生達が校門のところに出て来ました。

そしてみんな我々のバスに向かって手を振ってくれたのです。

最後まで温かい気持ちで巡回公演を終えることができました。

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また次の機会があれば、どこかの学校のまだ会ったことの無い子供達に、楽しい記憶として能楽が残るように頑張りたいと思います。

とても尊い経験になった巡回公演シリーズでした。

影向社の皆様始め関係者の方々に心より御礼申し上げます。