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からまつをしみじみと見き

今日は先月の松本澤風会以来の久々の松本稽古でした。

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いつものように特急あずさで新宿を出て、少しうとうとしたのですが、小淵沢辺りで目が覚めて外を見ると、鮮やかな黄金色が眼に飛び込んで来ました。

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落葉松の黄葉です。

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春の甲府盆地の桃の風景と同じくらい、私の好きな中央本線沿線の秋の景色でした。

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「松」は能楽において最も重要な樹木と言って良いでしょう。

「鏡板」にもなっており、「永遠に緑であること」で「長寿」や「神性」のシンボルとして崇められて来たのです。

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ところが日本で唯一、葉を落とす松の仲間があり、それが「落葉松」なのです。

葉が落ちてしまうのは「松」のイメージとは矛盾してしまうかもしれません。しかし私は紅葉の中でも、この落葉松の少し控え目な色の黄葉が、何とも言えず好きなのです。

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「からまつの林を過ぎて

からまつをしみじみと見き

からまつはさびしかりけり

旅ゆくはさびしかりけり」

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という北原白秋の詩ほど、旅情をかき立てる詩を私は知りません。

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落葉松林の中を孤独に歩く、草履に脚絆、マントを羽織った明治大正時代の旅人の姿が眼に浮かびます。

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茅野から上諏訪辺りまで、この落葉松の風景にしみじみと見入った私は、何とも言えない満足感を抱いて松本駅に降り立ったのでした。

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※このホームページを管理するアプリを最新バージョンに更新したところ、文章の行間を自在に空けることが出来なくなってしまいました。

行間の幅も含めて、私の好みの文章になっていたのですが、暫くは試行錯誤で行間を管理したいと思います。

お見苦しいかと思いますが、暫しの間どうかご容赦くださいませ。

ニューヨークからの撮影隊

今日は宝生能楽堂にて月並能がありましたが、その前に私はもうひとつ仕事がありました。

江古田稽古場にて、ニューヨークから遥々いらした写真家のマグダレナ・ソレさんと彼女の生徒さん達による写真撮影があったのです。

「生徒さん達」と伺っていたので、学生さんかと思ったら、皆さん私の母親に近い年齢の方々でした。

マグダレナ・ソレさん一行は京都や東京で日本の様々な風物を撮影されていて、その中で「能楽師の写真が撮りたい」とのことで、私の所にいらしてくださった訳です。

ひとつ問題は、一行は日本語が殆んど話せず、私は英語が全く喋れないという事でした。

そこで私の知人の中で最も英語が堪能で、しかも宝生流の稽古もしているという人に助けを求めました。

プロフェッショナルの通訳で、先日宝生能楽堂にて、能楽通訳ガイド研修も受講してくれた勝木さんと、最近稽古を始めた高校英語教師の石崎さんです。

この2人に、私の内弟子同期の若手能楽師を2人加えて撮影が始まりました。

皆さん見るからに高性能な一眼レフカメラで、10人程で代わる代わる沢山の写真を撮影されました。

途中私が簡単な説明をするのを、すかさず勝木さんが英語に直して伝えてくれて、それを聞く度に皆さんは「ホォーッ」と感嘆の声を上げて、更に熱心にシャッターを切っておられます。

実は先日も書いたのですが、今回の撮影は私のこのホームページをご覧になった日本人の方から依頼を受けたお話でした。

ホームページ由来のお仕事は初めてで、どのような方々がいらっしゃるのかドキドキしていたのですが、結果的には皆さん大変良い方々で、撮影を通じて能楽に興味を持っていただけて、とても有り難く思いました。

ニューヨークに戻られてから、出来上がった写真をお送りくださるとのことで、非常に楽しみにしております。

ホームページがきっかけの縁が、今後もっと増えていけば良いと思います。

勝木さん始め本日お手伝いいただいた皆様、本当に色々どうもありがとうございました。

「八島」幻想

今日は2ヶ月ぶりに大山崎稽古に行って参りました。

先月は台風21号の影響でお休みしてしまったのです。

謡は今日から新しい曲「八島」が始まりました。

実はこの「八島」に関しては、前々から不思議に思うことがありました。

「前シテが老人である」ということです。

能においては、神様や死者や化物などの化身である前シテは、本体である後シテと年齢性別が一致しないことはままあります。

しかしながら、「八島」の後シテである源義経は、他の一連の所謂「判官物」シリーズでは、あえて子方に演じさせる程に「若さ」と「輝き」をアピールしています。

その義経の化身が「老人」。

例えば別の勝修羅物「箙」の前シテなどは直面で、若者が演ずることが多い曲です。

「源義経」に格を与える為に老人にしたのでしょうか…。

ふと思いついたのが、別の可能性です。

全くの私見なので笑っていただいて構いません。

それは「義経は老人になるまで生きていた」という可能性です。

現在においてさえ、義経は衣川で生き延びて、北海道から大陸に渡り…という説があります。

まして義経の死後それ程時間の経っていない室町時代ならば、より信憑性の高い噂があってもおかしく無いと思います。

また多くの民衆も義経に「生き延びていてほしい」と思っていた筈で、それを汲み取った世阿弥が前シテの年齢設定にその願望を反映させた、というのは穿ち過ぎでしょうか。

しかし、そう解釈する方が夢があると私は思うのです。

例えばモンゴルの大平原が舞台で、「八島」と同じ年恰好の前シテが現れる。

そして老人は「衣川以後、モンゴル帝国建設まで」を物語って消え失せ、やがて後半になると「八島」の頃よりもはるかに風格を増した後シテが登場する。

…というような新作能を想像するだけで、私は心が湧き立ってくるのです。

10年近くを経て。

今日はある稽古場で、会員さんの奥様が仕舞の稽古を始めてくださいました。

その会員さんは、水道橋の謡曲仕舞教室以来もう10年近く稽古されているベテランです。

奥様はこれまでも何度もお会いしたことがあり、東京だけでなく京都の会にまで、会員さんの応援にいらしていただいたこともあります。

しかし、彼此10年近くを経て、その奥様自身がお稽古を始めてくださるとは、正直びっくりいたしました。

今までにも何人か、能とは関係の無かった知人が稽古を始めてくれたことがありますが、そのような場合、最初は何となく気恥ずかしい感じがします。

しかし稽古を進めるうちに徐々にペースが掴めて来ました。横ではご主人が一緒に「サシ」や「ヒラキ」を稽古してくださっています。

奥様はとても筋が良く、今日だけで早くも最初の仕舞「絃上」をひと通り稽古されました。

ご夫婦で稽古されると、お家での話題も増えて大変良いと思います。

今夜は初めての仕舞稽古の話で盛り上がっておられるかもしれません。

どうか末長く稽古していただき、そしていつの日か「夫婦で共演」というのもひとつの目標にしていただければと思っております。

今後ともどうかよろしくお願いいたします。

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松本澤風会

昨日は松本郊外の「美ヶ原温泉」にて「松本澤風会大会」を開催いたしました。

松本稽古場のメンバーを始め、東京、京都、岐阜、金沢などから集まった皆さんによる発表会でした。

今回は、6歳の男の子がお母さんの太鼓に合わせて仕舞「西王母」を舞い、次に入れ替わってお母さんが男の子の太鼓に合わせて仕舞「西王母」を舞うという企画や、小鼓や太鼓を稽古している方々が居囃子や舞囃子に挑戦されたりして、皆様存分に稽古の成果を発揮されました。

しかし実は私は風邪を引いてしまい、途中からひどい声になってしまいました。。

そして天気は本降りの雨。。

どうやらブログに書いた事と逆のことが起こるようです…。

体調のこともあり、昨日はブログを更新出来ませんでしたが、昨日の分は後日「1日に2回更新」という裏技で帳尻を合わせたいと思います。

明日は稲城市の小学校で1人で能楽教室をするので、何としても明日までに風邪を治したいと思います、と書くとまた逆になりそうですが…。

寒いのか暑いのか?

昨日の天気予報で、今日からぐっと気温が下がると聞いておりました。

確かに東京の自宅で朝起きると肌寒く、暑がりの私もついに長袖を引っ張り出して羽織り、京都の紫明荘稽古に向かいました。

ところが、雨模様で湿度は高いため、新幹線に乗るまでにちょっと急いで行動したら今度は車内で汗が出て来ました。

そして京都に着いて地下鉄に乗り換え、紫明荘最寄りの駅で地上に出ると、外はやはり冷んやりとして肌寒い感じです。

紫明荘に到着して稽古を始めるとまた暑くなり、稽古を終えて京大BOXまで歩く最中は肌寒く、京大で稽古を始めるとまた汗をかく…という繰り返しで、一体今日は暑いのか寒いのか、どっちなんだハッキリしてくれい!

…と思ってしまいました。

京大の学生の格好も、Tシャツに短パンと、重ね着してすっかり冬支度の者が混在して何とも珍妙な雰囲気です。

この時期は風邪も引きやすいようで、京大ではマスク姿を何人か見かけました。

これだけ気温が乱高下して天候も不安定だと、体調管理は本当に難しいと思います。

当面は長袖を捲ったり伸ばしたり、雨具を常に持ち歩くようにしたりして、この不安定な気候を何とか乗り切ろうと思っております。

…因みに帰りの新幹線車内は、空調が効きすぎで肌寒いのでした。。

秋の訪れ

ここ数日でぐっと涼しくなりました。

火曜日は群馬県で薪能があり、その日は陽射しが強烈で日没まではとても暑く、「まだ夏みたいだ」と思っていました。

ところが昨日の水曜日。

大阪枚方の淀川河川敷で薪能があったのですが、会場に夕方到着すると風がとても冷たく、今シーズン初めて「肌寒い!」と感じました。

そして今日は信州松本稽古。

朝に松本稽古場の会員さんから「松本凄く寒いです。ストーブつけたいくらいです。」とメールが来ました。

特急あずさで新宿を出ると、車窓から見える風景は、例えば刈り入れが済んで稲が架け干ししてある田圃や、ススキが風に靡いているのや、種類によっては早くも赤く色づき始めている木々など、「日本の正しい秋の訪れ」を感じさせるものでした。

そして松本稽古場では、大変大きくて美味しい栗の渋皮煮をいただきました。

会員さん「主人が8時間かけて煮たものです。」

いつも美味しいお菓子を作ってくださる御主人、どうもありがとうございます。

視覚や味覚で秋を感じた一日でしたが、いかんせん極端な暑がりの私のことです。服装は全く夏のままの半袖シャツ一枚で松本稽古場に行き、皆さんに笑われてしまいました。。

しかし私としては、昨日今日のようにちょっと肌寒いくらいが丁度良いのです。

一年で一番好きな秋が、ようやく来てくれました。

これから気温が下がるのと反比例して、私の行動力は増していく筈です。

ますます稽古や舞台を頑張りたいと思っております。

澤風会京都散策2

第12回澤風会翌日の恒例京都謡蹟散策。

北野天満宮御旅所の「ずいき神輿」を見学した後、今度は星の神様で方位の吉凶を司るという「大将軍八神社」へと歩きました。

大将軍八神社の前の道は「一条通り」です。

京大正門前の道が「東一条」なので、このままずっと東に行けば京大に辿り着くのですね。

この「一条通り」、大将軍八神社の辺りでは「妖怪ストリート」とも呼ばれるそうで、「百鬼夜行」の通り道と言われたちょっと怖い道なのを逆手にとって、「妖怪」で地域おこしをしている面白い商店街なのです。

例えば商店街の店先にはこんなモノが…


手作り感満載の妖怪人形です。

「鞍馬天狗」は伊達男なのか?と思ってよくよく見れば、「龍馬天狗」なのでした。。

今ちょっとしたブームの「飛び出し坊や」も、ここではこんな感じ。


青鬼くんや…


ろくろ首ちゃん。

こんなのが飛び出して来たら、運転手さん動転してしまいますね。かえって危ないかも…

毎年秋には「百鬼夜行」を再現した妖怪仮装行列も行われるそうで、今年は10月14日の土曜日らしいです。


沿道では「妖怪アートフリマ・もののけ市」なるものも開催されるということで、こちらも今年は無理ですが日程が合う年に是非行って、面白写真を撮りまくりたいと思います。

…「謡蹟巡りはどうした」と言われそうですが、ちゃんと「右近の馬場」や「土蜘塚」、「式子内親王の墓」などを見て回りました。

しかしこれらは有名な場所なので、改めてここで紹介することはないかな、と…。

合間に食べた、太いうどんが一本だけ長〜く繋がっている「たわらや」の「一本うどん」や、上七軒の入口にある「やきもち」が素朴で美味しかったです。

舞台も散策も無事に終わって、今日からまた通常モードです。

次の舞台に向けて、また稽古頑張って参ります。

皆様どうかよろしくお願いいたします。

澤風会京都散策1

昨日はおかげさまで第12回澤風会が無事に終了いたしました。

京都の澤風会の翌日は、大山崎稽古場の会員で、「大山崎ふるさとガイドの会」のメンバーでもある木村さんのガイドによる京都謡蹟散策が恒例になっております。

今日も朝から散策をして参りました。

今回の目玉は、北野天満宮の「ずいき祭」で使用される特殊な御神輿、「ずいき神輿」の見学です。

何でも全体が野菜で作られているとか。

なんとなく、外国の市場によくあるような野菜満載のワゴンを想像してしまいました。

京都駅からJR山陰線で円町へ。そこから徒歩で「北野天満宮御旅所」へ。

境内に「ずいき神輿」はありました。


想像した「野菜満載ワゴン」とは全然異なり、もっと精緻な装飾が施されています。


説明によると、野菜の他に海苔なども使われており、金色に見える部分も「麦わら」を割いて平らにのばした物を貼り付けてあるそうです。

気の遠くなるような繊細な作業です。

また神輿の四方には、野菜や乾物を使った「美女と野獣」や「土俵入り」と言った「作品」が飾られて、なんともユーモラスな雰囲気を醸しています。

境内には「子供神輿」もあって、こちらの装飾はまた子供が喜びそうな現代的なものでした。


なんと「ミニオン」。


パンダも。

この「ずいき神輿」の原型はすでに平安時代からあったようです。

説明してくださったずいき神輿保存会の方は、「本業は農家で、代々ずいき神輿の為の野菜を育てて来た」と仰いました。

この御神輿もまた能楽と同様に、「五穀豊穣への祈り」という遥か先人の思いが、現代まで大切に伝えられた物でした。

「ずいき神輿」は10月5日まで北野天満宮御旅所で見ることが出来ます。

その後は、解体されて元の畑の土に返されるとか。

京都にいらっしゃる方は、このチャンスに是非御覧になる事をお薦めいたします。

散策はまだ続きますので、この先はまた明日に。

澤風会御礼

おかげさまで第12回澤風会大会は無事に終了いたしました。

朝から終了まで私はただ地謡を謡い続けて、舞台上では何も大きな問題は起こりませんでした。

稽古の成果の発揮ということにおいて、これ以上は望めない程の舞台であったと思います。

初舞台や嘱託披露や、様々な状況の中で舞台を無事に勤められた皆様、本当にありがとうございました。

また次の舞台をどうかよろしくお願いいたします。

本日はこれにて失礼いたします。