明後日の舞台のために

今日は自治医大稽古に行ってきました。

5月の1ヶ月間は、6年生が地元研修でそれぞれの出身地に戻っており、また入院していた部員が先日無事退院したりして、今日は本当に久しぶりに大勢が揃っての稽古でした。

更に嬉しい事に、新入生が1人入部していました。

秋田出身の6年生が、同じ秋田出身の新入生に声をかけたら入ってくれたそうなのです。

早速「紅葉狩」の仕舞を稽古しました。

嬉しいニュースが多かったのですが、実は自治医大能楽部としては中々に大変な状況なのでした。

「関東宝生流学生能楽連盟自演会(関宝連)」

の舞台が明後日に迫っているのです。

このひと月の間は部員が全国に散らばってほとんど稽古出来ず、仕舞のシテと地謡との合わせも勿論出来ていません。

今日1日の突貫工事で、明後日の舞台に備えないといけないのです。

とりあえず仕舞は、私と一緒に地謡を謡いながら2回稽古して、更に今度は部員だけで地謡を謡ってもう2回。

合計4回稽古しました。

素謡「桜川」も、一度謡ってもらって、とにかく直せるところを出来るだけ修正して稽古を終えました。

部員達は、「これから晩御飯行って、その後帰って稽古しよう」

「明日は実習が早く終わるはずだから、後はずっと稽古しよう」

と明後日までの限られた時間を有効に使う相談をしていました。

日々の実習や授業が本当に過酷な彼らにとって、仕舞や謡まで覚えるのは大変な事だと思います。

なんとか明後日の「関宝連」を無事乗り切って、月末にある「全宝連京都大会」では、より稽古を積んで舞台に臨めるように、私も頑張ってお手伝いしたいと思います。

サンタンカの見える部屋で

私の92歳になる父親は、先月に少し体調を崩して、今は三重県久居の実家からほど近い介護施設で過ごしています。

昨日も久居まで会いに行って参りました。

実家の膨大な父親の蔵書の中から、リクエストのあった本を持っていくようにしています。

昨日は岩波文庫の「唐詩選・上中下」

の3冊を持っていきました。

父親の部屋に着くと、ベッドから降りて車椅子に座っており、傍らのテーブルには数枚のスケッチが置いてありました。

野菜や花などの小さなスケッチです。

「唐詩選」を手渡すと、「これは楽しみだねえ」と喜んでくれました。

父親は日々読書やスケッチをして静かに過ごしているようでした。

よく陽の当たる部屋で、窓の外にオレンジ色の綺麗な花がたくさん咲いているのが見えます。

これは中国原産の「サンタンカ(山丹花)」という花だそうで、中国の伝説からその名がとられたようです。

沖縄でよく咲いているらしく、そういえば窓の外が何となく南国風に感じられました。

すでにサンタンカもスケッチしたようで、次に行く時には駅前の花屋で何本か、スケッチ用の花を見繕って行こうかと思います。

京大宝生会流の追善謡

先週末の「京大宝生全国OBOG会」では、4月29日に亡くなられた佐藤孝靖先輩の追悼で「融」が謡われました。

ちょっと変わった謡い方で、「それは西岫に」から始めて、1人が一句ずつ交代で謡っていきます。

私は「例えば月のある夜は星の薄きが如くなり」を謡いました。

数十年来の交友があったOBが、それぞれの佐藤先輩への想いを込めて、一句を大切に謡っていきます。

掛け合いの部分が終わって、

「影傾きて明け方の」

からは全員で謡います。

京大宝生会30人の声が唱和すると、底力のある重厚な響きになりました。

舞台正面には笑顔の佐藤先輩の遺影が飾られていたのですが、その瞬間には笑みが一層深くなって、細かくウンウンと頷かれたような気がいたしました。

カレンダーの6月1日の欄に、

「京大宝生全国OBOG会」

と大きく書いておられたという佐藤孝靖先輩。

間違いなく誰よりも今回の久々のOBOG会を楽しみにされていました。

御参加が叶わなかったのは誠に残念無念ですが、京大宝生会流の追善謡「融」にはご満足いただけたと思います。

そしておそらく天上では、辰巳孝先生や小川先生、坪光先生、植田先輩、米澤先輩、塚本先輩といった錚々たるメンバーに佐藤先輩も加わった舞台が、地上と平行して盛大に催されていたことでしょう。

久々の巡回公演

今日は文化庁巡回公演で埼玉県の小学校に行って参りました。

約1年ぶりの巡回公演です。

小学校の体育館に立派な能舞台が作られており、子供達は正面も脇正面も舞台ギリギリまで近付いて座って、正に間近で能狂言を体感することができます。

今日は午前中に1〜3年生、午後に4〜6年生の2回公演でした。

午前中1〜3年生公演では、最初の狂言「盆山」から非常な盛り上がりを見せてくれました。

「笑い」というより「爆笑」です。

そして能「黒塚」では、後シテ鬼女とワキ山伏が”イノリ”で対決するシーンで、子供達の大半がワキと一緒に数珠を揉む動作をして鬼女と闘っていました。

まるで遊園地のヒーローショーみたいな盛り上がり方です。

午後の4〜6年生公演はどんな盛り上がりかと思っていたら、一転して”大人しい”雰囲気で、

「上級生になるとこんなに大人になるものか」

と驚きました。

ともあれ、4〜6年生も最後の「附祝言千秋楽」を一緒に謡うまで、熱心に公演を鑑賞してくれました。

雰囲気こそ違え、子供達みんなの心どこかに”能楽”が刻み込まれたのは間違いないでしょう。

毎回楽しみにしている巡回公演、次の小学校公演は秋になります。

また違う子供達に、頑張って能楽を伝えていきたいと思います。

OBOG会での”御囃子”

昨日4年ぶりに開催された

「京大宝生全国OBOG会大会」

これまでのOBOG会同様に仕舞と素謡がたくさん出ましたが、今回はそれに加えて「囃子」が数番出たのです。

「独管」、「大鼓独調」、「居囃子」

それぞれの囃子方は全て若手OBOGでした。

この4年でそれぞれ熱心にお囃子の鍛錬を重ねて、腕を磨いてきたようで、何れも聴き応えのある舞台でした。

「独調天鼓」は、1人の謡で大鼓と対峙するのは大変なのですが、最後まで張りのある謡が持続していました。

大鼓もそれに負けじと非常に気迫のこもった掛け声でした。

「居囃子経政」は、謡と囃子を合わせるのが難しい箇所もあるのですが、よく稽古を積んできたようでこれも最後までバランスが崩れる事なく終えられていました。

一昔前には、謡の稽古に囃子の知識は要らない、むしろ邪魔になる、という考え方もありました。

しかし昨日の経政などを聴いていると、やはりお囃子がわかっていると、部分部分での謡の位取りが正確になると思われました。

この先も、囃子を出せる舞台があれば積極的にチャレンジしていって欲しいと願っています。

4年ぶりの京大宝生全国OBOG会

今日は五反田の池田山能舞台にて、

「京大宝生全国OBOG会大会」

が4年ぶりに開催されました。

現役3人から最長老の大先輩まで35人ほどが一堂に会した舞台は、正に京大宝生会の歴史の縮図のような濃い内容でした。

後席では1番若手の現役からスピーチが始まり、段々と遡って、最後には京宝連を作ったという大先輩がその”第1回京宝連”が開催されるまでの様々なエピソードを聞かせてくださいました。

現役達はつい先日、”第129回京宝連”にあたる関西宝連の舞台に立ったばかりです。

歴代の先輩方の貴重なお話におおいに刺激を受けたことでしょう。

そして来年は京大宝生会70周年にあたり、記念大会を再来年に開催しようという話も出ました。

久々の全国OBOG会は、過去を知って未来に繋げていく素晴らしい会になりました。

涌宝会申合に行ってまいりました

今日は神楽坂の矢来能楽堂にて、6月2日(日)に開催される「東京涌宝会大会」の申合に行ってまいりました。

毎年ながら盛大な御会で、舞囃子16番、能「猩々」、他にも居囃子、独調、仕舞、素謡などが演じられます。

また会主の和久荘太郎さんのご長男凜太郎君も、今回は舞囃子の地謡に入っていて、初めて隣で地謡を謡いました。

生まれた時から知っている若者と一緒に謡うのは中々感慨深いものがあります。

朝10時から夜18時15分までの盛り沢山な舞台、「東京涌宝会大会」

明後日6月2日、矢来能楽堂にて開催されます。

皆様どうかふるってご来場くださいませ。

構えた時の”爪先”

今日は江古田稽古でした。

夕方に仕舞稽古にいらした方は、前回まで「桜川」、今日から新しく「岩船」の仕舞を始める事になっていました。

稽古を始めようとすると、その会員さんから、

「岩船のような強い曲は、構えは爪先を開いた方が良いのでしょうか?」

と質問されたのです。

半ば好みの問題かもしれないのですが、私は「爪先を開いて構える」というのはしないようにしています。

“柔らかい”仕舞では足を揃え気味で、”荒い”仕舞では腰を深く入れてやや足を開いて構えます。

しかしどちらも両足は平行にして、爪先は開かないように意識して構えているのです。

腰を入れて力を込めて構えた結果、少し爪先が開いて見えるくらいは良いと思います。

でも開き過ぎると”ガニ股”になって、見た目が美しく無い気がします。

「鬘桶」に座っている時も同様で、足先は常に平行になるように気をつけております。

ただ古い舞台写真などを見ると、明確に爪先を開いて構えているものがあるので、やはり個人の考え方や、時代によっても構えは微妙に変わるのかもしれません。

3日分歩きました

普段から歩ける限りは徒歩で移動するのを心がけています。

今はちょうど暑くも寒くもないので、歩くには絶好の季節です。

しかし一昨日の松本、昨日の青森と強い雨に降られてほとんど歩けませんでした。。

今朝は青森の宿を出ると雨が止んでいたので、3日分を取り戻そうと、思い切って青森駅から新青森駅まで歩いてみました。

およそ1時間の距離です。

新青森から仙台に移動して、仙台駅から稽古場の東北大学近くの公民館までも往復歩いたので、月曜火曜を足したよりも長く歩けて大満足でした。

途中で紫色の綺麗な花を見かけて、ラベンダーかと思って調べたらどうも違うようでした。

人の家のお庭に咲いていたので写真も撮れず…

色々調べて近そうなのが、

「セイヨウジュウニヒトエ」

という花でした。

確かに紫色の派手な見た目は、「十二単衣」を西洋風にした感じでした。

今度見かけたら何とか写真を撮ってみたいものです。

明日からは暫し東京なので、初夏の都内をどんどん歩こうと思います。

「ほおり」と「ホーリー」

昔「井筒」の謡を初めて辰巳孝先生に稽古していただいた時の事です。

シテ謡の出だし「暁ごとの閼伽の水」

で、「閼伽(あか)」はなんの事か知ってるかい?

と先生に聞かれたのです。

もちろん当時は知らず、「いえ、わかりません」と即答しました。

すると先生は、

「閼伽は元々は”アクア”と同じ語源だよ。だから”閼伽の水”というのは本当はおかしいんだ。”水の水”になってしまうからね」

と仰いました。

謡本の中の言葉とラテン語が同じ語源とは新鮮な驚きでした。

その後も「鳥居」の語源がストーンヘンジの三角柱”トリリトン”であるという説を歴史ミステリーの本で読んだりしました。

今では、意外な語源に繋がっていそうな日本語を見つけると、つい色々と語源を想像して楽しんでしまいます。

今日これを書いたのは、昨日松本稽古場で「三輪」の謡稽古をした時に、やはりそんな言葉があったからです。

「三輪」後場の最初の地謡に、

「ただ祝子が着すなる」

という言葉が出てきます。

“祝子”は”ほおりこ”と読み、「神職」を意味するそうです。

そして「holy」という英語は、名詞だと「聖人、聖者」を意味するのです。

“ほうり”と”ホーリー”

もちろん全く関係ない言葉なのでしょうけれど、響きと意味がこれほど似ていると、もしかしたら同じ語源かも…

あるいは、「神聖なる存在」を「ホーリ」と呼びたくなる、何らかの理由があるのだろうか…

などと想像して、ひとり楽しい気分になってしまうのです。