国立能楽堂の稽古会

昨日は国立能楽堂主催の稽古会に参加して参りました。

国立能楽堂で三役(囃子方、ワキ方、狂言方)の研修生として修行している若手のための稽古会で、私は能「小鍛冶」の地謡としての助演で舞台に出たのです。

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稽古会なので非公開なのですが、見所にはちゃんと人がいます。

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研修生はもちろんですが、それ以外に昨日の稽古会の出演者である観世流や金春流の能楽師、また三役それぞれの講師の先生方、さらには家元クラスの偉い先生も何人も見ておられるのです。

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このような舞台には独特の緊迫感があります。

若手研修生に宝生流を正しく知ってもらう、という目的以外に、他の流儀との「立ち会い」、つまり芸の競い合いという要素も確かにある気がするのです。

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能「小鍛冶」が始まって舞台に出ると、直前の舞囃子「桜川」を終えた観世流の面々が見所に見えます。

また私も先程までその「桜川」の謡をじっくりと聞いておりました。

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見所で見ている研修生の皆さんや先生方に、宝生流として恥ずかしくない謡をしっかり聞いていただけるように、普段同様に、またそれ以上に気合いを入れて「小鍛冶」を謡わせていただきました。

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日曜日までの舞台の鈍い疲れは、むしろ思い切り謡うことで吹き飛んだ気がして、「稲荷の峯にぞ 帰りける」と謡い終えたときには不思議にすっきりした心地になりました。

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このように独特な緊張感のある舞台はまた、私自身大変勉強になりました。

昨日舞台を共にした研修生の皆さんと、いつか五雲会などの舞台で共演出来るのを楽しみにしております。

小本を仕舞うこと

私のカバンの中には、いつも小型の謡本が何冊か入っています。

スマホよりも一回り小さなサイズで、正式名称は「袖珍一番本」ですが我々は大抵「小本」などと呼んでおります。

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この小本で謡を覚えたり、あるいは能の型や後見のやり方を書き込んだりするのです。

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普段は10冊ずつまとめて箱に入っているのですが、忙しい時は使った小本を箱に戻さずに机の上に積んでおいたりします。

そして仕事の山場を越えてちょっと余裕が出来た時に一気に片付けるのが私の習慣なのです。

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昨日大きな素人会がなんとか無事に終わりました。

机の上には、ここ数ヶ月で使った小本が山になっています。

床に並べるとこんな感じです。

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これを、まだこの先も続けて使う曲と、当面使わないので箱にしまう曲に仕分けしてから箱に仕舞っていきます。

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これは芦屋で稽古した曲、こっちは青森仙台でやった曲、こちらは先月の五雲会で謡った曲…

などと、曲名を見ると最近の稽古と舞台が蘇って来て、何か感慨深い気持ちになります。

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そして、使わない小本を仕舞うと同時に、この先すぐに使いそうな小本を何冊か出しておくのも習慣にしております。

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「今度は君達にお世話になるよ」などと思いながら新しい小本を出していくのもまた、何か新たな物語が始まるようで新鮮な気分になるのです。

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早速今日からまた、新しい小本達と共に頑張って参りたいと思います。

花傘巡行の思い出

祇園祭の花傘巡行が猛暑のために中止になったというニュースを見ました。

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「花傘巡行」という単語を久しぶりに見て、非常に懐かしい気持ちになりました。

実は私は京大の頃に、花傘巡行のアルバイトをしたことがあります。

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京大狂言会の先輩から斡旋されて、初めて京都らしいお祭りに参加したのです。

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朝に八阪神社の社務所に集合して、巡行の装束に着替えます。

私は何か幟のような物を一本持たされて、行列に加わってぞろぞろ歩いた記憶があります。

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面白かったのは、女の子のアルバイトらしい人達が浴衣姿で巨大な団扇を持って、我々の行列をあおいでくれたことでした。

あれは寧ろ、あおぐ女の子の方が暑いのでは…とちょっと心配になりました。

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しかしその時の花傘巡行は、そこまで暑かった記憶もないのです。

なので、今年の猛暑はやはり尋常では無いということなのでしょう。

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しかし伝統に固執せずに、人々の体調優先で花傘巡行を中止するというのは、とても京都らしいしなやかな考え方だと思いました。

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来年もし復活したら、懐かしい花傘巡行を見にいきたいものです。

微妙に違うシテ謡…

大規模素人会も2日目が終わって、いよいよあと1日だけになりました。

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仕舞や舞囃子、能などなどを延々と謡っていると、段々と「おのれ」というものが希薄になっていき、只地謡を謡うだけの存在になっていくような不思議な感覚になります。

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しかし、そのような一見「無我」のような状態には罠があります。

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私に限った話なのですが、この状態の時は何故か「笑いのツボ」に嵌りやすくなってしまうのです。

特に仕舞の「シテ謡」で微妙に違うことを謡われると、あっさりと吹き出しそうになります。

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今日も危ないシーンが何度かありました。。

具体的に申し上げるのは控えますが…。

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あと1日、しっかりと気を引き締めて謡っていこうと思います。

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クイズ:次のシテ謡は何の曲のものでしょうか?

①「松陰も映るなる 青海波止場とはこれやらん…」

②「酒の肴は何々ぞ…」

本日も休業

大変申し訳ございません。

本日もブログを休業させていただきます。

舞台やその他諸々は元気いっぱいに、マックスに頑張っております。

また明日からどうかよろしくお願いいたします。

能楽師に必要なスキル

先日来頑張って番組作りを進めて来た大規模な素人会が、いよいよ始まりました。

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先週は香里能楽堂で西日本大会があり、昨日と今日は水道橋宝生能楽堂で全国大会の申合がありました。

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2日間で能9番と舞囃子30番の申合をいたしました。

これだけの番数が出ると、地謡や装束や作り物や何や彼やで一日中てんてこ舞いです。

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しかし、実地でこれら多くの舞台を経験出来るのは本当に勉強になります。

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この会はもう20年ほど前から参加しているのですが、舞台経験に加えて、番組作りのノウハウや、仕舞や謡の教え方、またワキ方や囃子方や狂言方への依頼や様々な交渉など、たくさんの事を学ばせていただきました。

これらは全て、能楽師に必要なスキルなのです。

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今回も既に現在までの段階で新たな学びが多くありました。

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明日からはいよいよ3日間にわたる本番が始まります。

ハードな日々になると思いますが、精一杯働いて更に色々と勉強させていただきたいと思っております。

本日休業

すみません、業務上の様々な事情により本日のブログは休業させていただきます。

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私自身は至って元気に働いております。

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また明日からどうかよろしくお願いいたします。

能楽にもゲリラ豪雨が?

連日猛暑が続いております。。

能楽が生まれた室町時代の頃には、きっとこんな猛暑は無かったのだろうと思って、ちょっと調べてみました。

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すると、確かに室町時代から昭和に入るくらいまでの期間は現代よりも気温の低い状態だったようです。

しかし意外なことに、それより以前の平安時代や鎌倉時代は、今よりもむしろ平均気温が高かったらしいのです。

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能楽は主に平安時代や鎌倉時代のエピソードを題材にして作られています。

そういえば、能の曲の中には頻繁に「雷」や「稲光」、「にわかに振り来る雨」といった表現が出て来ます。

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昨日謡った能「舎利」では、今まで晴天だった空が急に掻き曇り、泉涌寺舎利殿の辺りが稲光に包まれます。

そして前シテ「足疾鬼の化身」は、その稲妻の光に紛れて牙舎利を奪って逃走するのです。

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これは現代で言う「ゲリラ豪雨」のような天気の急変を表現しているのかもしれません。

能「舎利」の典拠となった「太平記」が出来た時代は、意外に現代と似たような「猛暑」や「台風」、「ゲリラ豪雨」などがあった可能性もあるのです。

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だからといってここ数日の猛烈な暑さが和らぐ訳ではありません。。

しかし、エアコンも冷蔵庫も無い時代に暑さに耐えていたであろう平安時代や鎌倉時代の人々を思って、この暑さをなんとか乗り切って参りたいと思います。

「足疾鬼」と「韋駄天」の速度差

私が京大の頃に最初に入手して乗っていた車は、元は農学部林学科の実験に使われていた車でした。

三菱のミニキャブという4速マニュアル軽ワゴン車で、アクセルをベタ踏みしても最高時速80キロが精一杯という代物でした。

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この車で高速道路に上がって、調子に乗って追い越し車線を走っていた時のこと。

我がミニキャブはベタ踏みの80キロで、それでも賑やかなエンジン音や振動などで物凄いスピード感を感じていました。

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その時、バックミラーに黒い点が写ったかと思うと見る見る大きくなり、あっという間にミニキャブの真後ろに大きな黒い外車が張り付いて来たのです。

慌てて走行車線に移ると、外車は更にスピードを増して一瞬でミニキャブを追い越して行き、忽ちまた黒い点になってしまったのでした。

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…唐突に車の話を書きましたが、これも今日の舞台に関係があるのです。

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今日は大阪の大槻能楽堂にて高校生鑑賞能に出演して参りました。

番組は能「舎利」で、私は地謡を勤めました。

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前半で「仏舎利」をまんまと奪い取ったシテの「足疾鬼」が、後半の冒頭に「出羽」というお囃子に乗って登場します。

出羽はゆったりしたリズムの囃子ですが、これは後シテ「足疾鬼」が遥か上空の宇宙空間を高速で飛行している事を表しています。

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ところが「足疾鬼」がゆっくりと舞台中央まで進んだ所で急に囃子が「早笛」という非常に速いリズムのものに変わり、今度は「足疾鬼」よりも更に早く飛行するツレ「韋駄天」が後シテを追いかけて登場するのです。

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この「出羽」から「早笛」へのスピードの変化は、出羽は遠くから見た景色を表し、スピードアップした早笛では視点が近くに寄ったことを表すと聞いたことがあります。

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しかし今日の「舎利」を観て私が感じた印象は、それとはちょっと異なっているのです。

そこそこ高速で飛行している「足疾鬼」を、更に圧倒的な高速で追いかけて来る「韋駄天」。

そのスピードの違いを2種類の囃子で表現しているのではないでしょうか?

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そのイメージが、冒頭に書いたミニキャブを追いかける黒い外車のイメージとぴったり符合している気がして、上手いこと速度差を表現するものだと感心したのです。

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…とは言え以前にも書きましたが、能楽が作られたのは自動車や飛行機など存在しない筈の室町時代です。

その時代に、「高速移動する2つの飛行物体の速度差を囃子の変化で表現する」などと言う芸当が何故可能だったのか、これもまた深い謎だと地謡を謡いながら思ったのでした。

今日ストーブを使った人は…

今日は香里能楽堂にて、朝から晩まで一日中舞台がありました。

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昨日の暑さに更に輪をかけた「超極暑」という気候で、能楽堂のエアコンをフル稼働しても中々追いつかない程でした。

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しかし実は能楽堂には、これ程の暑さの中でなんとストーブをつけている部屋があるのです。

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私は昼頃に用事があって能楽堂2階の囃子方の部屋に行きました。

部屋の扉を開けると、中からムッとした熱気が。

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囃子方の部屋ではクーラーと平行して、大鼓を焙じるための電気ストーブが付いていたのです。

今日の暑さではあっという間にストーブの暑さが勝って、部屋の中は蒸し風呂のようになっていました。

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全国的に見ても、今日ストーブを使った人はおそらく能楽堂にしかいないのではないでしょうか。。

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舞台の上では涼しい顔をしている大鼓方は、実は夏場の楽屋では大変暑い思いをして舞台に備えておられるのです。

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私も普通の暑さでへたばっている自分を反省して、汗を拭きつつ頑張ってまた舞台に向かったのでした。