いろんな五人囃子が…

去年の今頃、近所の「素戔嗚神社」に飾られている雛人形の中に面白い「五人囃子」がいたのをブログでご紹介いたしました。

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今日はちょうど雛祭りの日なので、今年も素戔嗚神社に行ってみたのです。

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定点観測。去年と全く同じように桃の花が咲き始めていました。

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そしてお参りをしてから、早速雛人形のところに行ってみました。

すると期待通り(?)色々と突っ込みどころ満載の「五人囃子」に出会うことができたのです。

いくつかご紹介します。

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わぁ❗️なんだかビックリ‼️

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私はなんだか疲れちゃった…。

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僕も、疲れました…。

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この太鼓の中から、何か聴こえてくるような気がするぞ。

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おーい、中に誰かいませんか〜?

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この太鼓、食べたら美味しいかも…。

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小鼓も美味しいよ。

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大鼓も美味い!

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などなど、個性豊かな御囃子方が揃い踏みでした。

そして帰り際に境内の池を覗いてみると…

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たくさんの”おたまじゃくし”が泳いでいました。

コロナ禍の中でも、花や虫や動物達は確実に明るい春を迎えようとしています。

おたまじゃくしに少しパワーをもらって、良い気分で素戔嗚神社を後にしたのでした。

源氏供養の不思議

一昨日の土曜日に水道橋宝生能楽堂にて「五雲能」が開催され、私は能「源氏供養」を無事に勤めさせていただきました。

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緊急事態宣言下で席数を半分に減らしての開催でしたが、有り難いことにその半数の座席がほぼ満員でした。

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先日、能LIFEに載せるために「源氏供養」の短い解説を書いた時に、

この能は源氏物語というフィクションを書いたために「妄語の罪」に苦しむ紫式部の霊が、物語を供養するために舞を舞うお話。しかし、能「源氏供養」自体がまたフィクションなのであり、不思議な”入れ子構造”になっているのだ。

…というようなことを書きました。

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しかし更に深く考えると、この「源氏供養」という能の構造はもっと複雑なものである気がします。

…能「源氏供養」の作者自身が、源氏物語と紫式部の供養をしたくてこの曲を作ったのではないかと私は思うのです。

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能の中には「源氏物語」を題材とした曲がたくさんあります。

「葵上」「半蔀」「野宮」「玉葛」「須磨源氏」などなど…。

つまり世阿弥を筆頭とする能作者達は、「源氏物語」のおかげで数多の名曲を生み出すことができた訳です。

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そのお世話になった「源氏物語」を供養して、尚且つ作者の「紫式部」をリスペクトする作品をひとつくらい作るべきではないか、と考えた能作者がこの「源氏供養」という曲を書いたのではないでしょうか。

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更にまた、この「源氏供養」を舞う私自身も、これまで能役者として何番もの源氏物語関係の曲を勤めて参りました。

私もまた源氏物語には大変お世話になってきた訳なのです。

なのでこの「源氏供養」を舞うことで、能役者もまた源氏物語と紫式部への感謝と供養をしている気がするのです。

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「紫式部の霊」と「能作者」と「能役者」

今”源氏供養”をしている主体はいったい誰なのだろうか…?

何とも不思議な気持ちになる曲でした。

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…今日私は京都稽古の合間を縫って、北山紫野にある「紫式部墓所」に行って参りました。

そして千年以上前に生きたひとりの女性に、

「今まで色々な曲でお世話になりました。今後ともどうかよろしくお願いいたします」

と生きている人にするようにご挨拶をしてきたのでした。

1件のコメント

「養老」の語源は…

今月は文化庁の巡回公演が続いていて、昨日は愛知県豊田市の小学校にて午前午後2回の公演が無事に終わりました。

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名古屋からバスで公演会場の豊田の小学校に向かう途中に「猿投(さなげ)」という地名があって興味を惹かれました。

由緒ありげな地名を見るとわくわくしてしまうのです。

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ちょっと調べると、「日本武尊」や「景行天皇」といった能にも登場する方々に由来する地名であることがわかってますます嬉しくなりました。

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そういえば先月の紀伊半島巡回公演の時には、和歌山から奈良に向かう山中をバスで走っている時に、「丁」という地名を見かけました。

古い地名には一文字のものが珍しくないのですが、この時は「え?」と驚いてしまったのです。

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「丁」という地名の下にローマ字で「YORO」と書いてあったのが、通りすがりの一瞬ですがはっきりと見えたのです。

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丁と書いて「よろ」。

全く初めて見る読み方です。

これも調べてみると、古代の朝廷に使えて土木作業をしていた人々を「丁(よろ)」と呼んでいたと知りました。

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さらに驚いたことにこの「よろ」という読み方は、「養老(ようろう)」という地名にも通じているとのことなのです。

能の曲名として今まで親しんできた「養老」

の語源を、紀伊半島の山中で知ることができるとは思いもよらぬことでした。

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巡回公演はまだ来月まで続きます。

子供達との出会いとともに、初めて行く土地の地名や伝承に触れることも、とても楽しみです。

山形巡回公演

一昨日の月曜日には、文化庁巡回公演で山形県の酒田に行って参りました。

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山形県は実はこれまでの人生で一度も降り立ったことの無い県のひとつでした。

公演前日の日曜夜に感慨深い気持ちで酒田駅を出ると、最初の感想は「風が強いな…」ということでした。

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降ってくる雪も、地面に積もった雪も、絶え間なく吹く強風に飛ばされて一緒くたになって舞い狂っているのです。

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公演会場の「庄内能楽館」の周辺には、広大な松の防風林が続いていました。

その松の様子がまた何とも壮絶なものでした。

多くの松が根元から同じ方向に半ば倒れて生えていたのです。

海側から絶え間なく吹きつける強風に晒されて育って来た結果なのでしょう。

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先日の紀伊半島巡回公演とは全く異なる環境でしたが、小学生の子供達はここでも元気でした。

この辺りには「黒森歌舞伎」という民俗芸能が伝わっていて、この小学校の子供達による「少年歌舞伎」というのも行われているそうです。

地域の伝統文化と共に育った子供達は、能楽も眼を輝かせて観てくれました。

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公演後は能楽師皆でバスに乗り、最上川に沿って新庄駅へ向かいました。

車窓からは”風車”が多く見られました。

松を捻じ曲げるほどの強風を、発電に利用しようということなのでしょう。

厳しい環境を逆手に取った、強かな発想です。

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日が暮れて新庄駅に到着すると、雪が激しさを増していました。

「雪の降る街を」という古い歌が聴こえてきそうな、寒さが身に沁みる北国の風景でした。

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余談ですが今回の山形では、食べ物の美味しさに何度も驚かされました。

ホテルの朝食で出た「塩納豆」や本場の「芋煮」は、本当に毎日食べたくなる美味しさなのです。

また最上川を遡上する鮭で作られた「鮭とば」も、これまで食べた鮭とばとは全く別ものの芳醇な味わいでした。

そして何より「お米」と「味噌汁」の美味しさです。

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山形県はまた度々訪れてみたくなるような、しみじみと良い土地でした。

今回お世話になった皆様どうもありがとうございました。

3番の共通点は…

今日は水道橋宝生能楽堂にて「五雲能」に出演して参りました。

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昨年までの「五雲会」から名称を新しくしてのはじめての「五雲能」開催でした。

2度目の緊急事態宣言を受けて、再び客席数を半分に減らしての開催でしたが、沢山のお客様にいらしていただきました。

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今日の番組は能「竹生島」、「羽衣」、「国栖」の3番です。

楽屋入りして初番の「竹生島」の装束を見ると、興味深いことに気付きました。

後ツレ天女の長絹の色が”白”だったのです。

通常は”紫”の長絹です。

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そこで考えて、ハッと思いつきました。

能「羽衣」のシテも天女、そして能「国栖」の後ツレもまた天女なのです。

天女3番連続…。

これは長絹の色を3通りに変える方針なのだろうな…

と、思ったところで次の「羽衣」の装束が広げられて、またハッと驚きました。

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「長絹」ではなく「舞衣(まいぎぬ)」という装束だったのです。

色は紅。

能「羽衣」は宝生流では稀に「舞衣」で演じられますが、私が過去に見たことのあるのは白い舞衣のみで、”紅の舞衣”で演じられたのは初めてのことでした。

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そして留の能「国栖」の天女が見慣れた紫地長絹でした。

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長絹の色を変えて、また舞の笛も竹生島は「中之舞」、羽衣は「序之舞」、国栖は「下り羽」と異なる調子で、見所のお客様には同じ「天女」には見えなかったことと思われます。

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また全く異なる要素で、今日の能には3番ともに「漁師」が登場しました。

「竹生島」シテは琵琶湖の漁師。

「羽衣」ワキは三保の浦の漁師。

「国栖」シテは吉野川の漁師。

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偶然ながら”湖”、”海”、”川”の漁師が揃いました。

こちらもそれぞれ異なる装束、異なる位取りで、気付かなければ同じ「漁師」とは思われないでしょう。

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このように、その日の舞台の「隠しテーマ」を見つけて、その装束や囃子の変化は実は色々考えて配分されたものだと気がつく事も、能のひとつの楽しみ方だと思います。

紀伊半島巡回公演

昨日今日と、文化庁主催の紀伊半島巡回公演に出演して参りました。

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昨日は和歌山県の有田川に面した中学校での公演、今日は奈良の小学校での公演でした。

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校庭には”登り棒”や”吊りタイヤ”など、私の小学校にもあった遊具が並んでいて、とても懐かしい雰囲気の小学校です。

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そして公演会場の体育館のすぐ裏手には…

能「当麻」に出てくる「二上山」が聳えていました。

来る途中のバスの車窓からは「畝傍山」「耳成山」「葛城山」なども見られて、悠久の歴史を感じる巡回公演になりました。

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今日は私が能「黒塚」のシテを勤めて、終了後には装束のままで子供達からの質問を受ける時間がありました。

過去の巡回公演でも中々に鋭い質問が出て、油断ならないこの「質問コーナー」です。

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今回もやはり、

「鬼女はいつから”鬼”になったのですか?」

というような深遠な問いがあり、回答に四苦八苦いたしました。

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しかし、お囃子の体験コーナーでは逆に「小鼓と大鼓の皮の材質は何でしょうか?」というお囃子方からの質問に、

「アルパカ!」

と答えた子供がいて楽屋は静かに爆笑していました。

小学生とは面白いですね。

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今回の巡回公演はやはりコロナ禍の影響で何ヵ所かの公演が無くなってしまいました。

行けなかった学校、会えなかった子供達のことを思うと非常に残念ですが、せめて昨日と今日、ふたつの学校で公演出来たのは大変有り難い事でした。

関係者の皆様誠にありがとうございました。

またコロナが落ち着いたら、今回行けなかった学校でも公演が出来たらと思います。

いよいよ明日から

お正月三が日も今日で終わりです。

正月休みが早くも終わってしまいます。。

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年末年始の休み期間は当然ながら遠出はせずに、もっぱら部屋の収納スペースを増やす作業に没頭しておりました。

新しい本棚とスチールラックを南千住のホームセンターで購入して、自力で運び、組み立てて、積んでいた本や溜まった書類、番組、謡本などを収納すると、部屋が見違えるほど広くなりました。

型付け類も分類して収納し、見やすくなりました。

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そして明日からいよいよ仕事始めです。

と言っても、「遠隔稽古」での仕事始めになります。このような年はもちろん初めてのことです。

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休みを人とほとんど会わずに静かに過ごして、仕事を始めてもスマホ画面を通じての遠隔稽古、というのはなんだか不思議な感じがします。

しかし、今年はそのような生活に一層慣れていかなければならないと思います。

遠隔稽古を通じての久々の再会、というようなこともきっとあることでしょう。

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新しい年の、新しい生活スタイルでの仕事始め。

片付いてスッキリした部屋で、気持ちも新たにまた稽古に舞台に頑張って参りたいと思います。

いとうせいこう能楽紀行・第二弾のお知らせ

昨年夏に、「能LIFE online」の動画配信番組「いとうせいこう能楽紀行〜野守〜」のナビゲーターをさせていただきました。

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実はこの度その第二弾「いとうせいこうの能楽紀行〜地獄めぐり編〜」が制作され、私は有り難いことに再びナビゲーターとして出演させていただいたのです。

昨日1月1日より「能LIFE online」にて配信が開始されております。

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お正月早々に「地獄めぐり編」とは何やら恐ろしげです。。

しかし地獄を扱った能には、日本人の古来からの死生観や、禁忌や戒めに対する考え方が色濃く反映されております。

仏教的に意味深い内容の曲も多く、観ると「人間とは何か…」とか「生きるとはどういう事なのか…」などと色々考えさせられてしまいます。

お正月の休みに深い思索に耽るのも、また有意義なことではないでしょうか。

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そして今回も、いとうせいこうさんによる能の現代語訳の朗読があります。

こちらも前回同様に、味わいのある素晴らしい朗読でした。

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それに加えて、若手能楽師による仕舞4番も収録されております。

仕舞「歌占クセ」和久荘太郎

仕舞「阿漕」澤田宏司

仕舞「善知鳥」高橋憲正

仕舞「女郎花キリ」川瀬隆士

の4番です。

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また曲に因んだ名所の写真も多数掲載されており、その中で「阿漕ヶ浦」と「男山」は私が実際に現地に行って撮影したものです。

そして「男塚、女塚」の写真は、大山崎澤宝会の会員さんに撮影して来てもらったものなのです。

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今年のお正月は自宅で静かに過ごされる方が多いと思います。

お時間のある方は是非「能LIFE online」にアクセスしていただき「いとうせいこう能楽紀行〜地獄めぐり編〜」をご覧くださいませ。

よろしくお願いいたします。

今年一番の願い

皆様 2021年あけましておめでとうございます。

本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

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去年の元旦には、「今年の目標」的な事を書きましたが、今年は何せコロナで予定が変わる恐れがありますので、目標も定めにくい状況です。。

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目標ではなく、「今年の願い」ならいくつかあります。

中でも最も強く願っているのが、

「大学生の生活が早く正常に戻ってほしい」

という事です。

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去年京大宝生会は、舞台を見てもらう事が一度も叶いませんでした。

対面での新歓活動も禁止され、夏合宿は勿論出来ず、24時間使い放題だったBOX舞台は春から10月まで閉鎖されました。

秋口から少しずつ活動が再開されましたが、BOX舞台は3時間しか使用出来ず、観客を入れた舞台は不可、他校との交流も禁止、という状態が続いています。

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しかし現役部員達はその厳しい条件の中でも、zoomを使った謡稽古や、公民館での1人ずつ交代の仕舞稽古など、出来る限りの活動を続けて京大宝生会の歴史を守ってくれています。

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おそらく戦後最大の危機と思われる今の状況に立ち向かっている彼らの懸命の努力が報われて、今年は何とか観客有りの舞台が出来ますように、そして新入生が1人でも入ってくれますように。

それが今年一番の願いなのです。

向かい風の中を進んだ1年

何もかもが予想外だった2020年が静かに暮れていきます。

人類全体がひどい逆風に晒された1年でした。

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今年は「澤風会」として開催できた舞台はただ1回のみ、9月21日セルリアル能楽堂での東京大会でした。

それも3月開催の予定が半年遅れて、様々な感染防止策をとって何とかギリギリ開催した舞台だったのです。

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更に8月に行われる予定だった「七葉会10周年記念大会」も1年延期になってしまいました。

しかし、その代わりの企画として、七葉会同人の若手能楽師7人による玄人能「七葉會」が立ち上がり、この「七葉會」の企画は来年以降も継続することが決まっています。

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そして対面での稽古が困難になった事により、新しく「スマートフォンを使った遠隔稽古」に取り組みました。

試行錯誤の末に、現在では30人程の皆様と継続して謡の遠隔稽古をしております。

9月21日の澤風会では、「zoomを使った遠隔舞台参加」にも挑戦しました。

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また今年は、感染防止のために出来るだけ電車やバスに乗らないように心掛けました。

その結果、歩く距離が去年より大幅に増えたのです。

去年2019年の年間歩行距離が2300km。

一方で今年2020年の年間歩行距離は3140kmでした。

ある意味では、コロナ以前よりも健康的な生活になったとさえ言えます。

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…来年もまだ暫くはコロナウイルスとの戦いが続きそうです。

しかし感染防止を徹底しつつ、「転んでもただでは起きない」をモットーに、また新しいことにも挑戦して参りたいと思います。

この大変な一年にお世話になりました皆様、誠にありがとうございました。

来年もどうかよろしくお願いいたします。