阿漕の平治が獲った「やがら」

昨年夏に「いとうせいこうの能楽紀行」のための取材で阿漕ヶ浦の「阿漕塚記念館」という資料館に行きました。

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そこで、実は能「阿漕」のシテは母親の病気を治すために密漁をしていたこと、また密漁で獲った魚が「やがら」という名前であることを知りました。

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下は「阿漕塚記念館」にあった説明書きです。

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そして先日、私は思いがけずその「やがら」と初対面を果たしたのです。

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今週月曜日のこと。

私は午前中に大山崎稽古を終えて、午後の亀岡稽古の前に昼ごはんを食べようと思いました。

場所はJR二条駅近くの「三条通商店街」、目当てのお店は海鮮料理の「あみたつ」というところです。

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「あみたつ」は店内に鮮魚がたくさん並んでいます。

その日私が店に入ると、変わった魚が目に入りました。

近寄ってみると…

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なんと「ヤガラ」と書いてあります。

そして大きい!

80cmはありそうです。

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これは何としても食べてみなければ!

早速「ヤガラ」の刺身を注文して定食にしてもらいました。

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するとなんと刺身には長〜い頭がついて出てきました!

割り箸と比較すると大きさがわかるかと思います。

店内のお客さん達が「おお…」と驚きの目で見ています。

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刺身は白身で、淡白で上品な美味でした。

“阿漕の平治”はこの魚を獲ったために海に沈められてしまったのか。そして母親はこの魚を食べて病気を治すことができたのか…

と考えると、なんだか神妙な気持ちになりました。

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しかしそれにしても「やがら」は本当に美味しく、思わず定食のご飯をおかわりしてしまい、大満腹大満足で亀岡稽古に向かったのでした。

またどこかで「やがら」に出会ったら必ず食べたいと思います。

蝉丸ゆかりの神社を訪ねて(後編)

前回のブログ更新以降に仕事が立て込んでいて、すっかり更新が遅くなりました。

先週に能「蝉丸」ゆかりの神社を訪ねた時の模様の”後編”をお届けします。

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国道161号線を大津から京都方面に歩いていくと、やがて道端に滋賀県発祥の「飛び出し坊や」が見えてきました。

しかし何か変です…

なんと飛び出し坊やならぬ「飛び出し蝉丸」でした。

そうです。

ここが最初の目的地「関蝉丸神社下社」だったのです。

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関蝉丸神社下社は、参道を京阪電車の線路が横切っているという面白い構造でした。

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境内には、能「蝉丸」にもでてくる”関の清水”

がありました。

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そして参拝を終えて帰ろうとすると…

鳥居の横で蝉丸さんが見送ってくれました。

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「下社」を後にして上り坂の国道を京都方面に少し歩くと、国道161号線はやがて国道1号線と合流します。

道の向かいに紅い鳥居が見えてきました。

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「関蝉丸神社上社」です。

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国道からすぐにかなり急な階段を登っていきます。

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階段の途中の踊り場には「蝉丸」の額が。

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小ぢんまりとした本殿に参拝して、時計を見るとまだ時間に余裕があります。

3箇所目の「蝉丸神社」まで足をのばす事にしました。

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国道1号線をまた京都方面に上っていくと、まずは「逢坂山関趾」の碑を見つけました。

ここを境に国道1号線は京都方面に下っていく道になります。

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この関趾の碑のすぐ先に「蝉丸神社」がありました。

距離感から考えると、蝉丸が捨てられた場所と一番近いのがこの「蝉丸神社」なのではないでしょうか。

この神社も急な階段の上にあります。

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そして立派な舞殿の向こうに本殿がありました。

この本殿の正面に舞殿があるという構造は、実は「関蝉丸神社下社」、「上社」、「蝉丸神社」に共通の構造でした。何か意味があるのでしょうか?

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そしてこの舞殿が、3箇所とも実に「仕舞」を舞うのにピッタリの雰囲気でした。

なので最初の「関蝉丸神社下社」の舞殿で、仕舞「蝉丸」を奉納してしまおうかと本気で思ったのです。

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しかし、舞殿に上がる前に念のため辺りを見廻すと、なんと線路の向こうの日本料理屋さんからこちらが丸見えで、複数のお客さんと目が合ってしまったのです。。

舞わなくて良かったです。

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こうして無事に3箇所の神社に参拝して、京阪電車に乗って逢坂山を後にしたのでした。

もしもまた時間がとれたら、今度は京都側から逢坂山に向かって「逆髪」の気分を味わってみたいと思います。

蝉丸ゆかりの神社を訪ねて(前編)

先日もブログでお知らせいたしましたが、私は12月26日の「第2回七葉會」にて能「蝉丸」のシテを勤めます。

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蝉丸ゆかりの場所が京都と滋賀の境の辺りにあるので、本番までに一度訪ねてみたいと思っていました。

そして今日は、亀岡での稽古の開始が午後からで午前中が空いていたのです。

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今日行こうと思い立ってはみたものの、実は「蝉丸」の名を持つ神社は複数あるのです。

「関蝉丸神社上社」

「関蝉丸神社下社」

「蝉丸神社」

の3箇所です。

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迷った末に、京都から一番行きやすい「関蝉丸神社下社」に先ず行って、時間があれば「上社」と「蝉丸神社」にも足をのばそうと決めて出発しました。

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京都からJRで僅か10分で大津駅に到着します。

駅前の地図の左下の角に「関蝉丸神社」の表記がありました。

駅からの距離は630mだそうです。早速歩き出しました。

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関蝉丸神社下社は国道161号線の側にあります。

大津駅辺りの国道161号線は、古い街道の面影を残す道でした。

そこを歩いていると、気になるポスターが。

蝉丸は芸能の神様として祀られていると聞いてはいましたが、このような”生きた”行事が定期的に開催されているのは素晴らしいことです。

11月7日、行ける人がいたら是非行ってみてくださいませ。

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さらに街道を進むと、今度は気になる「銭湯」を発見。

「小町湯」

という名前を見て、そういえばこの辺りは能「関寺小町」の舞台にもなっていたな…と思い出しました。

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近くには「関寺」の名を冠するトンネルや…

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踏切も。

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「関寺」そのものは残っていませんが、銭湯の近くにその跡と言われるお寺を見つけました。

百歳の老女となった小野小町をシテとする「関寺小町」は、数ある能の中でも秘曲中の秘曲と言われます。

私が舞える可能性は限りなくゼロに近いですが、一応安養寺にお参りしておきました。

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この後いよいよ関蝉丸神社下社に向かうのですが、その模様はまた次回に。

第2回七葉會開催のお知らせ

七人の若手楽師が集まって毎年開催している社中発表会「七葉会」。

その玄人会版が「七葉會」です。

七人それぞれが仕舞、舞囃子、能を勤めます。

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昨年夏に第1回の「七葉會」を開催いたしました。

そしてこの度、「第2回七葉會」を開催する運びとなりました。

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今回は私が能「蝉丸」のシテ逆髪を勤めさせていただきます。蝉丸は亀井雄二君です。

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能「蝉丸」の他の番組は、

舞囃子「融」東川尚史

舞囃子「熊坂」土屋周子

仕舞「歌占キリ」藪克徳

仕舞「網之段」内藤飛能

仕舞「天鼓」高橋憲正

となっております。

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我々七人は仲間であると同時にライバルでもあるので、お互いに競い合い、高め合って少しでも良い舞台にしたいと思っております。

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「第2回七葉會」

水道橋宝生能楽堂にて12月26日(日)14時開演(13時開場)です。

皆様どうかご来場くださいませ。

よろしくお願いいたします。

※文末になりますが、本公演は、公益財団法人 朝日新聞財団さま、公益財団法人文化財保護・芸術研究助成財団さま、より助成を賜りましたこと、御礼申し上げます

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亀岡の花々〜アサギマダラと三七草〜

先週金曜日、午前中に大山崎で「鶯、桜、松」のマンホールを見つけて驚いたその後に、久しぶりの亀岡稽古に向かいました。

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10月上旬の亀岡稽古では、毎年「藤袴」の花と「アサギマダラ」という蝶に出会うのを楽しみにしております。

去年はその時期に稽古が中断されていたので、今年こそは会いたいものです。

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亀岡稽古場に早めに到着して、早速「藤袴」のところに行ってみると…

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いました!アサギマダラです。

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最初の写真は偶々止まっていますが、今年のアサギマダラは非常に元気良く飛び回っていました。

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私にぶつかりそうになるほど近くを飛んだりして、何か2年ぶりの亀岡での再会を喜んでくれているようで嬉しくなりました。

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再会に満足して、まだ稽古まで時間があったので他の植物も見に行ってみました。

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「紫式部」の実が今年も鮮やかな紫に実っていました。

今年は能「源氏供養」を舞ったので、この紫の実が成っている京都北山の”紫式部墓所”にお礼参りに行きたいと思いました。

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更に歩いていくと、またしても驚く光景に出会いました。

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初めて見る黄色い花が咲いていました。

綺麗だなと思い、近寄って写真を撮ろうとしてハッとしました。

なんとその黄色い花にアサギマダラが止まって吸蜜していたのです。

藤袴以外の花で吸蜜しているのを私は初めて見ました。

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この花は「サンシチソウ(三七草)」という外来種だそうです。

調べると藤袴と同じキク科で、このサンシチソウの仲間もアサギマダラが蜜を吸う対象になっているようでした。

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「充分に栄養をとって、はるか遠くの南の国への旅に備えてくれよ」と思いながら、満足して稽古に向かったのでした。

いとうせいこうの能楽紀行〜旅する殺生石〜ご紹介

本日10月9日より、「いとうせいこうの能楽紀行〜旅する殺生石〜」という番組が「能LIFE Online」にて動画配信されています。

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「いとうせいこうの能楽紀行」も今回で第4回になり、有り難いことに4回とも私がいとうせいこうさんと共にナビゲーターを勤めております。

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“旅する殺生石”という副題には、複数の意味が込められていると思われます。

「殺生石にゆかりのある土地を旅する」という意味と、

「殺生石になるまでの玉藻前の長い旅路を辿る」という意味です。

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玉藻前の行動範囲はユーラシア大陸から日本まで、そして紀元前1000年頃にはじめて出現してから、その痕跡はなんと3000年後の現代まで残っているのです。

今回の旅ではその時空をまたいだ長大な足跡を辿って、最終的には”殺生石の入手方法”まで紹介してしまいます。

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またこの番組では能楽紀行をご覧いただいた後に、上野能寛くんが演じる能「殺生石」を観ることが出来ます。

皆さま下のURLから「いとうせいこうの能楽紀行〜旅する殺生石〜」をご視聴いただき、スケールの大きな能「殺生石」の世界をどうかお楽しみくださいませ。

よろしくお願いいたします。

https://nohlife.myshopify.com/collections/streaming/products/%E3%81%84%E3%81%A8%E3%81%86%E3%81%9B%E3%81%84%E3%81%93%E3%81%86%E3%81%AE%E8%83%BD%E6%A5%BD%E7%B4%80%E8%A1%8C-%E6%AE%BA%E7%94%9F%E7%9F%B3

大山崎の梅、桜、松

今日は緊急事態宣言が解けてから初めての大山崎稽古でした。

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謡の稽古は今回から新しい曲「鉢木」です。

人数分の謡本を携えて、宝寺に向かうあの天王山の急坂を登っていきました。

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すると坂の途中でちょっと驚く事があったのです。

坂の路面に「大山崎町」と書かれたマンホールがありました。

そのデザインが「鶯、桜、松」だったのです。

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鶯と言えば「梅に鶯」。梅の花を思い起こさせます。

そして今日これから稽古を始めようという「鉢木」という曲では、シテが「梅、桜、松」の鉢の木を薪にして燃やすシーンがハイライトになっているのです。

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何かとても縁起がいい気がして、良い気分で稽古に向かいました。

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それにしても、大山崎町と「梅、桜、松」は何か関係があるのだろうか…。まさか群馬県の佐野と姉妹都市とか…。

稽古を終えて坂を下りながら、何か手掛かりは無いかと探してみました。

すると…

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ありました!

観光用の大きな地図の看板に、「町の花・鳥・木」として「さくら、うぐいす、赤松」と書いてあったのです。

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なんと、ではマンホールの「鶯(梅)、桜、松」のデザインは、鉢木とは全く関係ない偶然の組み合わせだったのですね。

しかし偶然にしては出来過ぎな気がします。

やはり何か縁起がいい気がして、更に良い気分で次の亀岡稽古に向かったのでした。

8年後には…

先日の松本稽古でのこと。

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新宿を昼過ぎ発の特急あずさで松本に到着すると、まだまだ夏の暑さが残っていました。

松本城近くにある大手公民館に到着すると…

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「こんにちは〜!」

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お母さんと男の子の親子が待っていてくれました。

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お母さん「この子は今日ちょうど10歳の誕生日なんです」

おお!それはおめでとうございます!

ちなみに何歳から稽古を始めたのでしたっけ?

お母さん「4歳からです」

なんと、ではもう稽古歴6年目になるのですね。

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男の子は今「経政キリ」を稽古しています。

扇を2本使う難しい仕舞なのですが、凛々しい若武者の表情で謡も型も大人顔負けの出来映えです。

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しかし稽古が終わると、誕生日プレゼントにもらったという超巨大な雷鳥のぬいぐるみ(彼とほとんど同じサイズ!)と戯れて、すっかり少年の表情に戻っていました。

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鳥や虫、植物や石など自然全般が大好きな彼は、最近京大で植物を研究する大学院生と話す機会があって京大に興味を持ったそうです。

私「じゃあ京大に入って宝生会に入部してよ!」

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男の子は「え〜京大?」と言って笑うだけでしたが、8年後には京大宝生会に期待の新人が入部してくれるかもしれません。

その日を夢見て、これからも頑張って稽古を続けていきたいと思います。

東西合同学生zoom稽古

昨日の日曜日は江古田稽古場にて終日リモート稽古でした。

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SkypeやLINEを使って、松本、京都、東京の澤風会会員さん達と1人ずつ謡の稽古をしていきます。

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日が暮れて最後のリモート稽古になりました。

zoomのリンク先にアクセスすると、それまでの個人稽古と違って何やら賑やかな雰囲気です。

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zoom会議室には、8人の大学生が集まってくれていました。

京大宝生会の2回生から大学院生、また日本女子大、國學院大の学生達です。

普段はこれに自治医科大も加えて、東西4大学が合同で「夜討曽我」の謡の稽古をしているのです。

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当初は8月に2回だけ、夏休み特別企画として東西合同zoom稽古をするつもりでした。

しかしやってみると意外にスムーズに稽古できて、それぞれの学校にとって良い刺激になっていると感じたのです。

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そこで9月に入っても東西合同稽古を継続して、昨日で4回目になりました。

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未だに大学ではオンライン授業が主で、友達と皆で賑やかに過ごす事もできない大学生達です。

せめてこのzoom稽古の中で、全国に同じ宝生流を稽古している仲間がいる事を実感してもらえたらと思います。

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そしてそう遠くない未来に、彼らが現実の舞台で思う存分に競演してほしいと願っているのです。

谷中を歩けば…

おとといの院展鑑賞記に、「今は行ける場所がごく限られてしまっている」と書きました。でも裏を返せば「限られてはいるが行ける場所はある」のです。

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その場所のひとつが”徒歩で行けるご近所”です。

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今日は午前中に水道橋宝生能楽堂にて「五雲能」の申合があり、その後に自宅から歩いて行ける「谷中」の界隈を散策して参りました。

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谷中は東京芸大からも近く、芸大生だった頃にも度々散歩した思い出深い街です。

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小さな路地が迷路のように入り組んでおり、その奥には例えば…

小さなお稲荷さんがひっそりとあったり…

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古いお地蔵さんが祀られていたりします。

山手線の内側とは思えないような風景が点在しているのです。

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“現代版・黒塚”みたいな物凄い家を発見。

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味のある石垣と石段、そして猫一匹…

よく見ると陶器の猫でした。

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猫と言えば、今日の谷中では何故か猫にたくさん会いました。

ねこ注意。この写真だけで何匹の猫がいるでしょうか?

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ところがこの電信柱を回り込むと…

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なんとさらに猫だらけでした。

「谷中を歩けば猫にあたる」という感じです。

谷中は猫好きな方には是非おすすめいたします。

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まだまだ歩いていくと…

三ツ辻の角に大きな木が。樹高15m以上はあるでしょう。

その大木の根元に隠れるように…

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なんとも懐かしい佇まいのパン屋さんがありました。

まるで私の子供の頃のような”昭和の風景”です。

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売っている物は割と現代的でした。

あの木はどうやら「ヒマラヤ杉」のようですね。

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散歩の最後にもう一本、ある木を見に行きました。

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知る人ぞ知る、谷中の最北端、つまり台東区最北端に立つ木(枝垂れ桜)です。

写真右下の尖った角までが台東区、ここより北は私の家のある荒川区になります。

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という訳で、ご近所の谷中を散策するだけでも、たくさんの楽しい風景や出来事に遭遇する事ができました。

皆さんもよろしければ谷中を歩いて、写真の場所を探してみてくださいませ。

きっと別の意外な風景ともたくさん出会えると思います。