三河の沢の杜若

げにや光陰とどまらず   春過ぎ夏も来て。  草木心無しとは申せども。  時を忘れぬ花の色。顔好花とも申すやらん。あら美しの杜若やな。

能「杜若」で、ワキ旅の僧は三河国八橋の沢辺に咲く杜若を見て、上のようにしみじみと述懐しました。

私はこの部分の謡がとても好きで、春から夏に移ろう今頃の季節になると口ずさみたくなります。

そしてまた毎年今頃になると、亀岡稽古場の杜若が開花するのです。

今日も松本から移動して、楽しみに稽古場のお堀を覗いてみました。すると…


目が覚めるような濃紫色が一面に広がっていました。

しかもこの杜若は、実は三河国八橋の杜若を移植したものだそうなのです。

つまり、在原業平が眺めて「からころも  きつつなれにし  つましあれば  はるばるきぬる  たびをしぞおもふ」と詠んだ、正に能「杜若」に出てくるその杜若と同じDNAを持った花という訳なのです。

この杜若の、思わず「はーっ」とため息をついてしまうような美しさを前にすると、冒頭のワキのような言葉が出てくるのも頷けるというものです。

旅僧の心持ちで暫し眺め入ってから、今年も満足して稽古に向かったのでした。

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