ゲストハウス「月と」の美人画
昨年から京都紫明荘組の新しい稽古場として使わせていただいている、東山丸太町近くのゲストハウス「月と」。
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築120年の古民家を利用した、レトロでモダンな不思議な空間です。
その2階のお部屋を稽古場としてお借りしています。
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一番最初にお借りした時、部屋の角には大正時代頃のものと思しき”美人画”が掛けられていました。
結い上げ髪に着物姿の若い女性が、少し斜めに向いて澄ました顔で座っている上半身の構図です。
なんとも言えず柔らかで華やかな空気を醸し出していて、私はとても良い絵だと思いました。
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ところが何回目かの稽古の時のことです。
たしか仕舞「岩船」の稽古で、角で「御船の綱手を手に繰りから巻き…」と両手を上げる型をした時に、扇の先に微かに何か引っかかったような手応えがありました。
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稽古を終えて、もしや…と美人画を見てみると、何ということでしょう。
女性の右頰の部分に、薄いけれどはっきりとした線が走っています。
私の扇の先で絵の表面が削れてしまったのです。
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すぐに「月と」のスタッフさんに報告して、亭主さんに謝りのメールを打ちました。
単に調度品を傷つけたという以上に、「美人の頰に傷をつけてしまった」というのが非常に申し訳無く、心の中で絵の女性に何度も謝りました。
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そして今日、「月と」での稽古の時に、亭主さんに久しぶりにお会いしました。
改めて美人画の事を謝罪すると亭主さんが、
「あの絵は実は祖母の若い頃の肖像画なのです。絵の中の”帯留”をブローチにしたものがこれです。」
と言って、ブローチを見せてくださいました。
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なんと!お祖母様の肖像画とは、それは本当に大切な絵ではないですか!
私はますます申し訳無い気持ちで一杯になりました。。
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しかし亭主さんは、「母親とも相談して、絵は修復せずにそのまま残すことにしました。どうかお気になさらず。」と言ってくださったのです。
そして、「かわりに、という訳ではないのですが、この”月と”で一度能楽のワークショップをしてもらえませんか?」と仰いました。
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それは私にとっては願っても無いことです。
美人画のお祖母様への気持ちも込めて、精一杯頑張ってワークショップをさせていただきます。
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このゲストハウス「月と」は本当に素敵な空間で、私は大好きなのです。
その空間を傷つけないで大切に使うように、今後あの美人画を見る度に自戒して気をつけるようにしたいと思います。