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リンボウ先生の和歌の講義

今日のニュースで「歌会始」が皇居にて催されたと知りました。

歌会始で歌を読み上げる時の独特の抑揚は、一度聴いたら耳に残ります。

「変わった読み方をするなあ」と思う人も多いでしょうが、私にとってはあの抑揚はそれ程違和感を感じないものなのです。

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というのは、謡の中で和歌を詠むシーンは割と頻繁に出てきて、その時には和歌に”節”をつけて、歌会始風にゆっくりと読み上げるからです。

私は澤風会稽古の時など、逆に「和歌を読み上げる謡は、”歌会始”のような心持ちで謡うと良いです」と会員さん達に言っているくらいです。

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そういえば、東京芸大時代に和歌に関する林望先生の講義を受講した時のことを思い出しました。

試験はレポート形式で、和歌に関する事ならなんでも可、というゆるい条件のレポートでした。

ちょっと考えて、「百人一首」の何首かの歌に謡の節を付けて、それを私が歌会始風に読み上げた音源を提出したら単位を貰えたのです。

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その講義では、「1人一首の和歌を詠む」という回もあり、15分ほど時間を与えられて参加者全員で「う〜ん」と唸りながら和歌を考えたものです。

私は結局、京大能楽部の旧BOXでのことを詠みました。

「謡ひ終へ 窓辺に寄りて 涼み居れば

北山の上を 行く夏の雲」

夏の旧BOXは本当に暑くて、エアコンなど無いので大きな窓をとにかく全開にして稽古したのでした。

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いつか時間が出来たら、和歌を詠む勉強もしてみたいものです。

3件のコメント

  1. ちょうど調べていることがあり、非常に興味深い内容でした。この内容について、お聞きしたいことがあり、問い合わせフォームに問い合わせしようとしましたが、フォームがクローズのようですので、そのうち問合せします。

    1. ヒロナガ様 ありがとうございます。問い合わせフォームのクローズ申し訳ございません。コメントは読めておりますので、またよろしくお願いいたします。

  2. 能楽師 澤田宏司様

    (非公開にて)コメントの返信、拝見しました。フォームがクローズなので、その内容をコメントにしますので、本コメントは非公開を希望いたします。

    林望先生がいらしたころの芸大に在学していたようですので、私は音楽の方は進みませんでしたが、レッスンに通っていた先生が教鞭をとられていた頃に在学されていたかもしれませんね。

    やりとりをしている欧州の演奏家(作曲家でもある)に、既に能・狂言については書いたものの、私が書いた古今和歌集の句とで抑揚について説明しようとしましたら、和歌の抑揚は宮中の歌会始と学校で習うものとは違うことに、あれっと思い、検索をしていたところ、澤田さんのサイトが検索にあがり、訪問しました。

    —(この部分のみ公開可)—-
    能は1000年を経ても、テンポや抑揚は変わらないのに、和歌の抑揚は宮中と学校教育と、何故2つあるのか?ご存知でしょうか?
    — End —-

    能楽師の方が、和歌の事について書いてあるのは興味深かったです。高校時代の夏季や冬季の講習会に国立能楽堂の近くにある予備校に通っていた時は、能楽堂の資料室に通い、練習で聞こえてくる音が本当に新鮮で良い思い出でとなっています。
    しかし、能もそうですが、いざ説明となると、日本史の未履修も重なり、日本語でも知識不足で、時々、外国の方から聞かれる場合があり、どこから手を付けてよいか難儀しています(手元にあるのは岩波文庫の「風姿花伝」と講談社の英語版のみ)。

    さほど遠くない距離に横浜能楽堂もありますが、地元でも少々行きにくいので、行ったことはありません。国立能楽堂のような資料室がなかったかもしれません。和楽器は縁がありませんでしたが、フルートの経験がありますから、横笛は音は出ます。洋楽器より和楽器の世界は敷居が高いですし、譜面が「文字」でしたので断念しました。

    澤田さんは、京都ですか、東京ですか?もし、コロナの後に、初心者向けにレクチャーがあるようでしたら、将来的な外国語で説明する際の基礎知識のために、お声がけいただけたらありがたいです。永島
    (当方、facebookあります)

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