貴船神社の怖い思い出
今日は水道橋宝生能楽堂にて「五雲会」が開催され、私は能「鉄輪」の後見を勤めました。
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前シテは夜の京をヒタヒタと北へ歩いて、貴船神社へと丑の刻参りに通います。
女性の怨念がひしひしと感じられる、非常に不気味な雰囲気の”道行”謡です。
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今からもう8年ほども前のことになりますが、年末に貴船神社に詣でたことがあります。
大山崎のふるさとガイドでもある木村さんの案内で、半ば能「鉄輪」の取材のような貴船ウォーキングでした。
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クリスマスも終わった12月27日だったと記憶しています。
叡山電車の貴船口駅で降りて、くねくねした細い車道を登って貴船神社へと向かいました。
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辺りには意外にも人が多く、特に若い女性がひとりで歩いている姿が目立ちます。
「今流行りの”パワースポット”というやつだろうか…?」と思いながら、やがて貴船神社に到着しました。
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境内にもやはり結構人がいて、とりあえずお参りをした我々の横でも、手を合わせる女性がいます。
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お参りの後に、木村さんのガイドで境内を色々見てまわりました。
大阪湾から遡って来たという”磐船”などを見たりして、30分ほどゆっくりと境内で過ごした後に、「では帰りましょうか」と最後に辺りをぐるりと見回しました。
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そこで、「あれ?」と思いました。
何とも言えない異常な感じがしたのです。
もう一度見回した時、その違和感の原因に気づきました。
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先程30分前に我々がお参りした時に、横でお参りしていた若い女性。
彼女が先程と全く同じ場所で、同じ姿勢でじっと手を合わせているのです。
30分間も微動だにせずに、一体何を祈っているのか…?
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そう考えた時、行きの貴船口駅からの道を歩いていた沢山の女性のことが思い浮かび、背筋がスッと寒くなりました。
“パワースポット”などでは無く、彼女達はもっと切実で深刻な思いで貴船神社に詣でているのではないだろうか…。
それはまるでリアルな「鉄輪」のようだと思いました。
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能「鉄輪」の世界は、おそらく現代の京都にも、当時と同じように息づいているのです。
今日の舞台で”道行”を謡う前シテの後ろ姿を見ながら、あの時の怖さを思い出したのでした。