800年前の原本…!

私は古本屋を覗くのが大好きです。

最近見つけて愛読しているのは、「田中光常」という動物写真家の「自然・動物・わが愛」という40年ほど前に発行された文庫版写真集です。

田中光常さんは、私が尊敬するアラスカの動物写真家の故星野道夫さんの師匠だった人です。

今は絶滅してしまった動物達の写真もあり、やはり古本は素晴らしいと悦に入っておりました。

しかし今日のニュースで、なんと「藤原定家直筆の古今和歌集注釈書」が京都の冷泉家で発見されたというのを読みました。

“藤原定家”と言えば能「定家」はもちろんのこと多くの謡に登場する人物であり、1162年生まれで1241年に亡くなっています。

つまり”約800年前の原本”が見つかったわけで、私が40年前の古本で喜んでいるのとは全くもってスケールが違うお話です。

発見した人の喜びはいかばかりだったでしょうか…。

と言っても、私は藤原定家については謡の中の事しか知りません。

せいぜいが京都にある「藤原定家墓所」に御参りに行ったことがあるくらいです。

この機会に藤原定家と古今和歌集注釈書についてもう少し勉強してみたいと思いました。

しかし今日はもう遅いので、明日以降に…

1か月が経ちました

1月16日にこのブログを再開してから1か月が経ちました。

なんとか途切れずに書き続けております。

今回ブログ再開の告知などは全くしていないにも関わらず、何人かの方に、

「ブログ再開されたのですね、いつも読んでいます」

と温かいお言葉をいただきました。

何よりの励みになります。ありがとうございます。

今後も私の小さな日常の出来事をポツポツと書いて参りたいと思います。

またいくつかあった”シリーズ”もぼちぼち再開するつもりです。

「亀岡の花々」シリーズは、間もなく春の花が咲き始めたら再開します。

「隙間花壇」は実はコロナ禍の間に雰囲気が大分変わって、洋風のお洒落な花壇になっております。私としては以前の自然な感じが良かったのですが、こちらも一度今の姿をご紹介したいと思います。

「読んだ本の話」も書いていきたいです。

相変わらず”遅読”で”並行読み”です。

今は、

①戸川幸夫(イリオモテヤマネコを発見した動物文学作家)著のシートンの伝記

②新田次郎著「孤高の人」

③椎名誠の「怪しい雑魚釣り隊シリーズ」

などを読んでおります。

中でも新田次郎「孤高の人」は久しぶりに本にグイグイと引き込まれていく感覚を味わっております。

このように、能楽には全然関わらない内容も多いブログではありますが、頑張って書いて参りますのでどうか今後ともよろしくお願いいたします。

サードマンと彼方のアストラ

今日は松本から移動して、夕方から矢来能楽堂にて辰巳大二郎君の「橙白会」の申合でした。

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松本からの特急あずさでは、専ら読書に専念いたしました。

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と言ってもいつものように比較的読みやすい内容の文庫本です。

今日は新潮文庫の「サードマン」という本でした。

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探検家が海や山で遭難した時に、自分以外の不思議な”存在”が現れて生還に導いてくれたという「サードマン現象」を科学的見地から研究した本です。

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サードマン現象そのものよりも、それが現れるまでの遭難の凄まじい状況に圧倒されました。

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ヒマラヤの8000m峰での滑落事故、南極大陸での壮絶な越冬、また大海原に放り出された小さな救命艇での絶望的な漂流…

私ならばきっと”サードマン”が現れる前に音を上げてしまうでしょう。。

しかし、極限状況を強かに生き延びた人々の話に勇気をもらえた気がいたしました。

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特急あずさ車内では、最近スマホで雑誌や本が読めるサービスが始まったのでそれも利用してみました。

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と言っても漫画です。。

以前から一度読みたいと思っていた

「彼方のアストラ」

という漫画の1、2巻を読んでみました。

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私の好きな漫画家の星野之宣さんの作品に通じるような、宇宙SF漫画でした。

そう言えばこの作品も、宇宙での”遭難”を描いています。

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今日の特急あずさの旅は、様々な遭難エピソードを終始ドキドキしながら読んで過ごしました。

新宿駅に無事に到着したのが何か奇跡のように有り難く思えたのでした。

星野道夫さんの「旅をする木」

昨日は散歩の最後に、私の大好きな場所の一つである図書館「ゆいの森あらかわ」に行きました。

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書架の中にアラスカの写真家、星野道夫さんの著書「旅をする木」を見つけたので、テラス席に出て適当な頁を開いてみました。

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カリブーの大移動を撮影するために小型セスナ機でアラスカの原野に向かった星野さん。

しかし帰りの離陸に失敗して、パイロットと2人で原野に取り残されてしまいます。

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深刻な事態にもかかわらず、星野さんとパイロットは「じっとしていても勿体無いので、カリブーを探しに行こう」と飛行機を置いて近くの山に登って行くのです。

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そして山を越えた先にはワタスゲの咲く大平原が広がり、その白夜の平原の真ん中で、星野さんとパイロットは夢のようなカリブーの大群と遭遇したのでした。

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星野さんは「もし離陸に成功していたらこの場にはいられなかった」と思います。

そしてパイロットもしみじみと「ギフト(贈り物)だな…」と呟いたのでした。

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星野道夫さんのアラスカのお話はどこか現実を離れたような幻想的で優しい空気感があり、読むととても心が癒されます。

散歩の終わりに、この「旅をする木」という本に出会えたのもまた、私にとっては運命のギフトのようでした。

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昨日はほかにも気持ちが暖かくなる出来事があり、葵上の疲れはすっかり回復しました。

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今日は早朝から元気に京都大山崎稽古に向かいました。

そして旅のお供の文庫本には、開高健さんのアラスカの釣りの本を選びました。

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しばらくの間アラスカの大自然の話に浸りつつ、各地の稽古を頑張って参りたいと思います。

タイムトラベルものの能

今読んでいる本は、いわゆる「タイムトラベルもの」のSFです。

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ある機械を使うと、任意の過去へと移動することができます。

しかしその代償として、二度と元の時代には帰れず、遡った時間を二乗した年数を加えた未来へと弾き跳ばされてしまう、という設定です。

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つまり10年前に移動すると、帰りは約100年先に跳ばされてしまうことになります。

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一方私は今日は、青森稽古のために午後から東北新幹線で移動しました。

桜のほぼ散り終わった上野→正に満開の福島→まだ蕾の岩手と、SF本をめくりながらの移動だったので、自分も時間を遡っているような気分になりました。

ただし私は、せいぜい2019年春の盛りから、1ヶ月ほど前の季節への旅です。

そして明日の午後には、ちゃんと元の東京に戻っていられるはずです。

手軽で安全な東北への擬似タイムトラベルなのでした。

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ちなみに能楽でも、何となく「タイムトラベル」を思わせる曲がいくつかあります。

例えば能「野宮」。

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ワキ旅僧が嵯峨野の”野宮の旧跡”にやって来ると、何故か”黒木の鳥居”は古びておらずに昔と変わらない綺麗な状態でした。

これは、旅僧を取り囲む”場”が過去へと遡ったとも考えられると思います。

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「野宮」の最後は曖昧に終わるので、ワキ旅僧が元の世界に帰れたのかわかりません。

もしかして僧が未来に跳ばされて、2019年の野宮神社に現れたりしたら。

物凄い数の修学旅行生や外国人観光客に囲まれて、さぞかし困惑するでしょう。。

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それはそれで面白いストーリーになりそうだと、やはりSFに影響された思考で思ったのでした。

小本を探して

以前にブログで書いたことがありますが、私は仕事が一段落すると、それまでの期間に使っていた”小本”こと「袖珍一番本」を一気に片付ける習慣があります。

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今回も松本澤風会が終わったタイミングで、何十冊もたまっていた小本をずらりと並べて片付けようとしました。

するとなんと「梅枝」の小本だけが、どこを探しても無いということに気がついたのです。

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私の小本は、東京芸大を受験すると決めた頃に、小川芳先生に頼んで購入していただいたものです。

以来約25年の間、181番が1冊も欠けることはありませんでした。

いつかは失くなる本も出てくるだろうと思っていましたが、ついにその日が来た訳です。

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小本はバラ売りしていないので、古本を探すしかありません。

今日は水道橋宝生能楽堂で、藪克徳くんのお社中会「篁風会」の申合だったので、それが終わってから神保町の謡曲専門の古書店「高山本店」に足を伸ばしました。

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私の小本は表紙が深緑色の”昭和本”というタイプです。

しかし他のタイプも色々あるので、全く同じもので無くても仕方ないと思いつつ探し始めました。

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高山本店には、何故か古書店でよく行き合う小鼓方の田邊さんもいて、一緒に探してくれました。

しかし、「梅枝」は稀曲ということもあり、なかなか見つかりません。

田邊さん「梅枝の小本はさすがに無いですね…。」

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私もまあ無理かな…と思いかけた時。

目の隅に、見慣れた深緑色が見えたのです。

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よく見るとなんと大量の深緑色の小本が、ダンボールに入ってバラ売りになっていました。

喜び勇んで100冊以上ある小本を調べていくと…

私「ありました梅枝!」

田邊さん「おお〜!おめでとうございます!」

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という訳で、新品同様の小本「梅枝」を、再び入手できたのです。

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気を良くして更に店内を見ていると、これまた探していた「図解仕舞集第八巻」を発見。

この本は絶版で、やはり古本を探すしか無かったのです。

今日は探し物が見つかる日だったようです。

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今の時代、謡はスマホやタブレットに入れて覚える事も可能です。

その利点も確かにあると思うのですが、やはり私は”紙の本”を手繰って覚える方が良く頭に入る気がするのです。

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今回私の手元に来てくれた小本「梅枝」は、早速来月の仕事で活躍してもらうことになります。

この「梅枝」を含めて、今後は小本をもう失くさないように、大切に使おうと改めて思いました。

ゆいの森あらかわ〜前半戦のリセット〜

よく人に「お休みはあるのですか?」

と聞かれます。

まとまった休みは一年を通じて全くとれないのですが、実は昨日と今日は珍しく連休でした。

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昨日はゆっくり寝て、溜まっていた雑用を色々済ませているだけで1日過ぎてしまいました。

そして今日、満を持して私は「何もせずにボーッとする」ために家を出たのです。

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誰に何と言われようと、私は無目的にブラブラ歩いて、見つけた気持ち良い場所で缶コーヒーなど飲みながら文庫本を広げて過ごす時間が一番好きなのです。

しかも広げた本よりも、辺りの景色や空などを眺めている時間が大半だったりします。

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先ほど外に出て驚きました。

乾いた風が強く吹いて気温も低く、空は高く晴れて、今年始めて「秋」を感じたのです。

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非常に快適な気分で、さてどの方向に歩き出そうかと考えました。

以前から気になっていた、「ゆいの森あらかわ」という近所の新しい図書館がふと思い浮かびました。

ホールや「吉村昭記念文学館」などが併設された複合施設で、沢木耕太郎さんが東北新幹線の車内誌にここの事を書いておられたのを思い出したのです。

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家から15分ほど歩くと「ゆいの森あらかわ」に到着しました。

真新しい綺麗な外観です。ちょっと無機質な感じもしますが、中に入ると…

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広いフロアに様々なタイプの椅子や机が並んでいます。

本の置き方も自由な感じで、とてもユニークで楽しい読書スペースでした。

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2階に上がると「吉村昭記念文学館」があります。

中には吉村昭さんの書斎が復元されており、椅子に座って文豪気分を味わうことも出来ました。

吉村昭さんの本は羆を描いたものを2冊読んだだけなのですが、東日暮里出身だとは全く知りませんでした。

よく見ると左隅に六角凧があります。吉村さんは凧が大好きだったようです。しかも更によくよく見ると、「曽我五郎」を描いた凧でした。

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さてその後、色々な本棚などを眺めながら

段々と上にあがり、最上階5階にある”森のテラス”に出ました。

このテラスは、沢山の植物が植えられていて空が広く、さながら”空中庭園”の趣きです。

風が通る椅子に座って、しばし文庫本を読んでボーッとしました。

至福の時間でした。

ちなみに文庫本は、高野秀行「謎の独立国家ソマリランド」。

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ゆいの森あらかわは、都電荒川線のすぐ横にあります。

帰りにちょうど都電が通りました。

この踏切の向こうには、これまた私の好きな御近所スポット「荒川自然公園」があります。

こちらもそのうちにご紹介したいと思います。

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今日は能楽と全く関わらない1日でした。

明日からはまた稽古と舞台を頑張って参ります。

前半戦のリセットのような1日でした。

クメールの彫像

一昨日の日曜日に、ほんのすこしだけ京都下鴨神社の古本市に行って来ました。

森見登美彦の「夜は短し歩けよ乙女」にも登場する京都三大古本市のひとつです。

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昼前に行ったのですが、あまりの暑さにざっと一周しただけで30分程で挫折して引き上げてしまいました。。

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しかし、何も買わなかった訳ではありません。

ふと目についた「クメールの彫像」という本を一冊だけ素早く購入したのです。

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6〜13世紀頃のカンボジアの神仏像の写真と、その解説が書いてある、A5サイズ程の薄手の本です。

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私は当然ながら古代カンボジア宗教美術に関する知識など全く持ち合わせておりません。

しかし、パラパラと頁をめくって、いにしえのクメール王朝時代のヴィシュヌ神やハリハラ神、シヴァ神などの美しい彫像達を見ていると、想像力が強く刺激されます。

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古代インドの神々はインドシナ半島に伝わって、やがてアンコールワットやアンコールトムとほぼ同時期に、これらの彫像になったのです。

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そしてまたそれらの神々は同時進行で日本にも渡って、能楽に多く登場する神様や仏様になったはずなのです。

そこにどんな人々が介在して、如何なるドラマが繰り広げられたのだろうか…。

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能「春日龍神」など何曲かのいわゆる「龍神もの」のシテの元になった「ナーガ神」の像もありました。

これらの彫像は能に出て来る神仏とはかなり印象が異なるのですが、何か血の繋がった遠い親戚を見ているような気持ちにもなりました。

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今日は久しぶりの休日だったので、家から一歩も出ずにこの本をのんびりと眺めて、遥か昔のインドの神々の旅路に想いを馳せたのでした。

銀河のワールドカップ

普段ならまず読まないと思われる本でも、時期によって読んでみたくなる事があります。

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集英社文庫 川端裕人著「銀河のワールドカップ」もそんな本です。

少し前に古本屋で購入して、ワールドカップが始まったら読もうと思っていたのです。

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とは言っても、この本はワールドカップそのものの話ではなく、「小学生サッカー」を描いているのです。

「なんだ、子供の話か」と思われるでしょうが、決して侮ってはいけません。

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キャラの立った癖のある子供達が次々に登場します。

それぞれジダンやロナウジーニョ、マラドーナやクライフと言った名選手達になぞらえられていて、その試合描写には思わず日本代表の試合を見ているような熱さを感じてしまいます。

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そしてまた、この物語の主人公は「コーチ」なのです。

元Jリーガーで、過去の出来事で一度はサッカーから遠ざかったコーチが、子供達と共に再び自分の場所を取り戻していくのです。

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ある試合で、コーチ率いるチームは強敵と激突して苦しめられます。

しかしコーチは苦闘する子供達の姿を見て、「”本物の瞬間”というのがピッチ上にあるとしたら、それはこういう試合で顔を出す」のだと思います。

そしてその”本物の瞬間”の中にいる子供達に、嫉妬のような羨ましさを感じてしまうのです。

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このシーンを読んで、私はつい一昨日の全宝連を思いました。

学生達は、自分の曲や仲間の地謡、また全体の素謡を何ヶ月もかけて色々苦しみながら稽古して、ようやく完成させたものをたった一度の本番で完全燃焼させます。

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“本物の瞬間”というのが舞台上にあるとしたら、それは正に全宝連のような舞台で顔を出すのでしょう。

それを体感出来るのは、苦しい稽古を共有してきた現役部員のみです。

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私もその舞台を見て、「銀河のワールドカップ」のコーチのような”羨ましさ”を感じていたのだとわかりました。

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ワールドカップはまだまだ続き、私の読んでいる「銀河のワールドカップ」もまだ半分程が残っています。

今は松本稽古に向かう特急あずさでパラパラとめくって楽しんでいるところです。

日本代表の活躍と並行して続きを読んで、さらに熱くなりたいと思います。

旅の本

ある能の舞台になった場所を訪れて、その曲を思い出したり、出来れば謡ったり舞ったりすると、なぜだかちょっと良い気分になります。

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私の場合は、「本」においても似たような傾向があって、ある土地を訪れる時にその土地にゆかりのある本を読むと、密かな喜びを感じてしまうのです。

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と言っても、「名作」や「文豪の作品」などは2ページも保たずに寝てしまう人間なので、くだけた読みやすい本ばかりです。

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先日伊勢神宮に向かう道中では、三浦しをん「神去なあなあ夜話」を読みました。私の故郷でもある三重県の山奥が舞台の本です。

また中央本線で松本に向かう時は、角川文庫「山の霊異記」という甲信越地方の山の怪談話を。

京都への新幹線では、今は森見登美彦「有頂天家族 二代目の帰朝」をお供にしています。

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そして今日は青森稽古に向かう東北新幹線にて、椎名誠さんの「北への旅」という文庫本をパラパラとめくっているのです。

この本は、椎名さんがカメラを持って東北を旅した記録の写真とエッセイ集です。

北の街で出会った人々、お祭り、市場、自然などが沢山の写真と共に、東北への愛情溢れる文章で紹介されている本です。

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今回特に強い印象を受けたのが、JR八戸線の「鮫」という変わった名前の駅で降りて、「種差海岸」という海岸を歩いた時のお話でした。

種差海岸は「日本にまだこんなに美しい海岸があったのか」という程に綺麗な場所だそうで、これはいつの日か必ず「鮫駅」から出発して歩いてみようと心に決めました。

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今日はもう一冊、西木正明さんの「流木」という文庫本もあり、岩手の山奥の話をこれから読もうと思っております。

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…文庫本ばかり読んでいるようですが、能「夜討曽我」と「俊成忠度」の勉強をする合間にちょっとずつ読んでいるのです。念の為…。