電車で快眠

昨日の木曜日は、午前中に宝生能楽堂にて「五雲会」申合。その後江古田に移動して夜まで稽古しました。

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そして今日金曜日は松本稽古でした。

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普段は働きながら疲れを癒す生活に慣れておりますが、今回の竹生島合宿では2日間非常によく歩いてよく稽古したので、まだ身体の芯に疲れが残っており、今朝は起きるのが少々辛く感じました。。

そんな身体を奮い立たせて新宿駅に移動して、”特急あずさ”に乗り込みました。

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特急あずさでは、道中の景色を眺めながら本など読んだり、謡を覚えたりするのが常です。

しかし今日は、席に座るとすぐに猛烈に眠くなってきました。。

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そして気がつくと寝ている(?)状態だったようで、夢うつつで「次は岡谷…」「次は塩尻…」と聞いて、

「間も無く終点松本です」

というアナウンスでハッと目が覚めました。

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どうやら2時間40分キッチリと眠ったようです。しかも私の場合電車の眠りは身体に合っているらしく、疲れが嘘のように取れてスッキリした気分です。

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元気一杯に夜まで稽古して、先ほどまた”あずさ”に乗り込みました。

今度は座っても眠くならないので、帰り道は本を読んで謡を覚えながら電車に揺られていこうと思います。

龍神様に届いたから…?

昨日は竹生島能合宿を昼過ぎに終えて、京都から14時過ぎの新幹線で田町稽古に直行しました。

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京都駅で京大宝生会と別れた時、京都は凄い雷雨でした。

「皆は無事に家に帰れるだろうか…」

と心配しながら東京方面に向かいましたが、間も無く品川で新幹線を降りるという頃に急に外が暗くなって来ました。

稲光も光り始めています。

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どうやら東京も雷雨になりそうです。

本降りになる前に急いで稽古場に行こうと思い、やや慌てて山手線に乗り換えました。

そして乗ってすぐに、

「次は大崎…」

というアナウンスに打ちのめされました。

「逆方向に乗ってしまった。。」

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そして大崎から引き返す山手線に乗る頃から、大粒の雨が窓に当たり始めたのです。

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田町は「ゴロゴロ、ピカッ、ドカーン」というまるで漫画の擬音のような雷鳴が轟き渡って、滝のような雨です。

この夏初めてというくらいに、土砂降りの雨に降られてしまいました。。

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折り畳み傘で何とか稽古場に到着すると、すぐに自治医大の青年がやって来ました。

私「雨大丈夫だった?」

すると…

青年「ええ、もう止んでますよ」

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え?そんな馬鹿な…と思い外を見ると、確かにもう嘘のように雨は止んでいたのです。

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龍神は雨を呼ぶ、と聞いたことがあります。

京都と東京で遭遇した雷雨は、竹生島詣でをして能「竹生島」を奉納した京大宝生会の願いが龍神様に届いた証拠かもしれない…

と前向きに捉えて、田町稽古に突入していったのでした。

緑樹影沈んで…

京大宝生会の竹生島能合宿2日目です。

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我々は宿を出て、近江今津港に向かいました。


左端に見える島影はそう、「竹生島」です。

そして中央部、点のように見える船は、竹生島からやって来た渡し船です。

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その船に乗り込んで、いよいよ「竹生島クルーズ」に出発しました。

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空は晴れて、波は穏やか。ちょうど心地よい風が吹く実に快適なクルーズでした。

全員が2階のデッキに上がって、風に吹かれながら竹生島を目指しました。

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いよいよ…

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到着です。

島の周囲が切り立った崖になっており、樹々が湖上に張り出しています。

魚影も見えて、正に「緑樹影沈んで 魚木に登る景色あり」という謡の通りの光景でした。

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到着後、観光客の皆さんが去るのを待って竹生島港にて能「竹生島」を一部奉納。

皆気分良く謡い、舞っていました。

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その後は能「竹生島」の展開を辿ります。

シテ「此方へおん入り候へ…」

シテを先頭に急階段を上って”弁財天”の社に。

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弁財天社は大きな建物です。

私「この土台が”一畳台”、この建物が”宮”の作り物ね…」

そして先ず前ツレが「社壇の扉を押し開き 御殿に入らせたまひ…」と社に入って行きました。

全員お参りした後に、今度は後ツレが「現れ給うぞかたじけなき…」と社から出て行きました。

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「竹生島ごっこ」を楽しみながら、順路を進んで行き、最後に皆で「かわらけ投げ」をしました。


直径5センチほどの土器の皿を投げて、鳥居を潜れば成功なのですが、中々難しいのです。

全員が上手くいかない中、最後にシテが投げたお皿が鳥居の真上を通過しました。

「これは成功と言って良いでしょう!」

と満足して、港への帰路につきました。

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途中ザッと降り出した雨も、幸いにすぐに止んでまた青空です。

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港近くの建物を見たシテが、

「先生、あれって後シテが持っている”宝珠”では…」

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おお、確かに屋根の天辺に”宝珠”が載っています。

これはどういう意味なのでしょうか…?

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そして竹生島への名残を惜しみつつ、再び船に乗って出発しました。

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出航直後に、竹生島のすぐ横に一艘の舟を見つけました。


なんとこの舟に、シテとツレに見える2人の人影が!

「リアル竹生島だ!」

と喜びながら、鏡のように凪いだ琵琶湖上を風に吹かれて近江今津へと向かったのでした。

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密度の濃いとても充実した良い能合宿でした。

部員それぞれの心に、琵琶湖や竹生島や、この2日間の出来事がしっかりと記されたことでしょう。

この合宿の経験を糧にして、京大宝生会は能「竹生島」へと向かう旅を、全員で力を合わせて続けて参ります。

京大宝生会竹生島能合宿

昨日に続いて朝から酷暑の中、我々京大宝生会は琵琶湖での「竹生島能合宿」へと出発しました。

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朝9時から京大BOXで一度「竹生島」を稽古してから、地下鉄東西線の東山駅へ。

「竹生島」のワキ、延喜帝の臣下と同じ道(電車ですが)を辿って鳰の浦に向かったのです。

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昔の湖岸線があったという膳所(ぜぜ)の「義仲寺」に先ず参詣しました。

このお寺のすぐ前から、ワキはシテの釣舟に乗り込んで竹生島を目指したはずです。

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お寺の方の親切な説明が有り難く、しかし容赦なく降り注ぐ強烈な日差しにフラフラになりながら、木曽義仲公と松尾芭蕉翁のお墓にお参りしました。

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そして流石に釣舟は無理なので、JRで琵琶湖を横目に見つつ湖西を北上しました。

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宿は「近江高島」という駅にあり、歩いてすぐに琵琶湖の湖岸に出ます。


今回の大きな目標の一つに、「琵琶湖に向けて能竹生島を奉納する」というのがありました。

かつて葛城山頂で能「葛城」を、熊野川土手で熊野本宮に向けて能「巻絹」を奉納した京大宝生会です。

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良い場所は無いかと探した結果、下の場所を見つけました。


錆びた階段が湖に延びている辺りが、景色も良く広さも手頃です。

しかしその時すぐには「竹生島」を始めませんでした。

「竹生島」の後半は”夜”が舞台です。

一度宿に戻り、夜を待って我々は再び湖岸へと向かいました。

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暗闇かと思いきや、大きな月が天頂近くに皓々と輝いて、くっきりと影が出来る明るさです。

「月海上に浮かんでは 兎も波を走るか…」

「月に輝く乙女のたもと…」

「月澄み渡る 海づらに…」

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前には夜の琵琶湖、天には皓々たる月。

その中で「竹生島」を謡い、舞う人達を見ていると、私は非常な感動を覚えました。

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去年の「経政能合宿」に続いて、今年もとても心に残る能合宿になりました。


竹生島を奉納した湖岸から見上げた月です。

晩夏の青森港にて

昨日の岡山吉備津神社から、今日は新幹線で本州を縦断しての青森稽古でした。

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カラッとして涼しい青森を期待して夕方に青森駅に降りたのですが、意外にも湿度が高い空気でした。

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いつもの宿のフロントで、

「もっと涼しいかと思ったら、そうでもないですね…」と聞いてみると、

「今年は変な天気で、梅雨からずっとジメジメしているのですよ」と言われました。

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そんな空気の中で、駅のすぐ前の青森港に行ってみました。

思えば今年の夏は”海”をしみじみと見ていない気がしたのです。

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すると港の入り口にこんな看板が。


え、青森港にビーチが出来たのかな?

と驚いたのですが、実はこれは「これから素敵なビーチを作ろう」というアイデア募集のような内容でした。。

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桟橋の上に行くと、港が一望出来ます。


右端にはアスパム、左手のクルーズ埠頭にはどこかの国の豪華客船が停泊していました。

大きな客船で異国を旅してみたいものです。

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こちらは下北半島方面。

一番遠くまで海が広がっています。

港内は風も穏やか、ベタ凪状態です。

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八甲田丸と北海道方面です。

雲がとても綺麗でした。

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日暮れ間近で辺りには人も少なく、10分ほど微風に吹かれて何も考えずにベタ凪の海を眺めました。

たまにカモメが飛んでいくだけで、あとはゆっくり雲が動くだけの時間でした。

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アスパム上空の雲が、なんとなく”龍”に見えてきたので撮影してみました。

右から左へと飛んでいるイメージなのですが…。

静かな海は”琵琶湖”のようにも見えて、この11月に京大宝生会が出す能「竹生島」に向けて、何か吉兆だと良いな…と思いながら、稽古に向けて青森港を後にいたしました。

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今年の夏の”海”の思い出は、どうやら今日の青森港になりそうです。

吉備路自転車道を歩く

今日は岡山吉備津神社の子供能楽教室に行って参りました。

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その稽古の様子を書こうと思っていたのですが、夕方稽古を終えて吉備津神社を出たところでこんな看板に出会いました。


吉備路自転車道…!

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実はこのサイクリングロードこそ、私が高校の修学旅行委員の時に「桃太郎伝説と吉備路巡りコース」というツアーコースを企画したきっかけになった道だったのです。

そういえば確かに吉備津神社のすぐ前を通っていたのでした。

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折りよく、次の電車までは30分程の時間があります。

吉備津駅のひとつ隣の「備前一宮駅」まで、この懐かしい「吉備路自転車道」を歩いてみようかと思い立ちました。

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“自転車道”と言っても、軽自動車くらい通れそうなごく普通の舗装路です。

それが田園風景の中をくねくねと続いていきます。

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途中「はなぐり塚」という牛の鼻輪を供養する塚など、確かにかつて修学旅行で通った筈の名所旧跡を何ヶ所か通過しました。

全く見た記憶は残っていないのですが、名前だけでとても懐かしい気持ちになります。

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そしてしばらくの間てくてくと気持ち良く歩いていたのですが、途中でふと気がつきました。

「隣の駅まで、実は結構遠いのでは…💧」

電車の時間まであと10分程しか無いのに、辺りは見渡す限りの田園風景です。

次の電車を逃すと、また30分以上待たなければなりません。

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ペースをやや上げて「備前一宮」駅を目指すのですが、一向にそれらしい建物が見えて来ません。

「そもそも駅が小さ過ぎて、見逃してしまったのではないか…」

という恐怖も頭をよぎります。。

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ようやくホームらしいものを遠くに発見した時には、電車到着まで3分。

小走りで駅を目指します。

結局昨日の秋葉原〜水道橋よりも更に物凄い量の汗をかいてしまいました💦💦

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ようやく「備前一宮」に到着。

ホームは直射日光で炙られているので、皆さん外で電車を待っています。

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ふと駅舎の横を見ると、レンタサイクル屋さんが。

そういえば、修学旅行の時には「備前一宮」でレンタサイクルを借りたような記憶があります。

もしかしてこの店だったかも…。

とまた懐かしい気持ちになりました。

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そして遠くに”ガタゴト…”と電車の音が聞こえてきます。


ホームに上がると、2両編成の「桃太郎線」がちょうど到着するところでした。

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結果的に30分フルに夏の自転車道を早足で歩いて、汗だくになりました。

しかし昨日の秋葉原〜水道橋と違って、何か高校時代の夏休みを駆け足で満喫したような、爽快な疲れを感じて電車に乗り込んだのでした。

新しい「ダナー」

昨日は仕事が一段落して、午後から時間が空きました。

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かねてより”靴”を新しくしたいと思っていたので、街に買い物に出ることにしました。

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私はもう30年近く、アメリカの「ダナー社」というメーカーの靴を履いています。

元々はアメリカの木こりが履く為に作られたという無骨な靴で、特に靴底が「ビブラムソール」という登山靴にもなる頑丈なものなのです。

京大農学部林学科の頃にこのメーカーを知り、以来ずっと好んで履き続けています。

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前回は3年程前に、ドイツのブレーメン公演に行く直前にやはり「ダナー」の靴を買いました。

それから3年間、その靴を履いて北は北海道から南は九州まで、そしてドイツまでも共に旅をして来ました。

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その前の「ダナー」とは、イスラエルや韓国やアメリカにも行って来ました。

もっと以前の「ダナー」の時には、上高地の河童橋から今は無い岳沢ヒュッテまで山登りもしました。

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そして今回。

北千住の靴店で「ダナー」を探しました。

時代の流れか、昔ほど無骨な外観ではなくなっていましたが、やはり「ビブラムソール」の頑丈そうな茶色の靴を買いました。

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今日は早速足慣らしに長めの距離を歩いてみました。

やはり「ダナー」は私の足に合っているらしく、ずっと前から履いていたかのようにすんなりと足に馴染んで、飛ぶように歩けます。

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「新しい靴は、素敵な場所に連れて行ってくれる」という素敵な言葉を誰から聞いたのだったか。

おそらく10代目くらいになるこの新しい「ダナー」を履いて、これからまた様々な素敵な場所に行ってみたいと思います。

夜の朝顔市散歩

私は最近よく、上野駅から三ノ輪の自宅まで歩いて帰るようにしています。

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昨夜も横浜での「京大宝生OB会全国大会」に顔を出した帰りに、酔い覚ましも兼ねて上野からブラブラ歩くことにしました。

時刻は21時過ぎ。

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10分ほど歩くともう日比谷線「入谷」駅が近づいて来ます。

昨日はその辺りで向かいから「朝顔」の鉢植えをぶら下げた人達が何人も歩いて来ました。

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ああそうか、「入谷の朝顔市」が今頃だったな、と思い出しました。

内弟子の頃には、先々代家元の奥様が毎年朝顔市にいらして鉢植えを買ってこられたものです。

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しかし実は私自身はその「朝顔市」に行ったことはありませんでした。

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「21時半近いし、もう終わっている頃かな…」

と思いながら歩いて行くと、前方の”言問通り”の辺りが何やら煌びやかに輝いて、大変華やかな雰囲気です。

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能「隅田川」にも出て来る、在原業平の「名にしおはば いざ言問はむ 都鳥 我が思ふ人は ありや無しやと」という和歌を由来とする”言問通り”。

その言問通りの”入谷の鬼子母神前”辺りが、朝顔市の会場になっていたのでした。

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21時半近くでもまだまだ大勢の人が行き交い、中には浴衣姿もちらほら。

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歩道から三段にわたって、朝顔の鉢が無数に並んでいる様は実に壮観でした。

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朝顔の価格表。

“夕顔”はちょっと高級品なのですね。

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そして”言問通り”を挟んで向かいの北側の歩道には、私の大好きな「夜店」が立っていたのです。

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大きな焼きとうもろこしに…

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串焼き。お姉さんは焼きながら何かの串焼きをモグモグ食べていました。

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お好み焼き。

シャッターチャンスを逃したのですが、男の子が”かけ放題”のマヨネーズを嬉しそうにグネグネかけているのが印象的でした。

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他にも懐かしいスマートボールなどなど。

私はこれが結構得意だったのですが、昨日は景品がアイドルの写真のようだったので遠慮しておきました。。

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結局朝顔は買わず夜店も冷やかしただけでしたが、思わぬ江戸情緒に触れることが出来て大満足でした。

いつか朝顔を買って、小学校の夏休みのように育てるのも良いかも、と思いながら、三ノ輪への帰途についたのです。

塩竈の鳥瞰図

今日は仙台稽古でした。

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稽古場に到着すると、会員さんが鞄から何やら紙を取り出して見せてくださいました。

それは、昭和初期の仙台周辺を描いた古い「鳥瞰図」のコピーでした。

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そして、その鳥瞰図のうちの1枚に「鹽竈神社(しおがまじんじゃ)」と「松島」が描いてあったのです。

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昨年9月の「みちのくの千賀の塩釜」というブログで私は、現在の鹽竈神社から見える景色はそれほど絶景では無かった、と書きました。

それを読んだ会員さんが、「昔の鹽竈神社からは、おそらく松島までが見渡せて絶景だったはず」と、この鳥瞰図をわざわざ探してくださったという訳なのです。

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中央やや左下の丘の上に「鹽竈神社」があり、上部中央から左にかけて「松島」に連なる島々が描かれています。

そして鹽竈神社の背後はすぐ海で、景色を遮ぎる建物などは何もありません。

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塩竈港周辺が埋め立てられる前は、鹽竈神社から見える海の眺望は、確かに現在とは比較にならないほど素晴らしいものだったでしょう。

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更に中世まで時代を遡ると、塩竈の海岸には塩田の風景が広がっていたはずです。

そしてそこでは海水を煮詰めるための煙が絶えず立ち上っていました。

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海水の青、島々の緑、塩煙の白が一体となって織りなす景色は、まさに「絶景」と言えるものだったに違いありません。

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数々の歌に詠まれた「千賀の塩釜」の本当の姿を、1枚の鳥瞰図で少しだけ想像出来た気がして嬉しく思いました。

鳥瞰図を探してくださった会員さんに感謝いたします。

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今度はこの知識を持って、是非もう一度「鹽竈神社」に行ってみたいと思います。

「演歌の似合うねぶた」その後…

昨日は松本から青森に移動しての稽古でした。

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夕方青森に到着すると、まだ稽古開始までは1時間半ほど時間があります。

私はすぐに観光物産館アスパムに向かいました。

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正確にはアスパムの麓にある「ねぶた小屋」を目指したのです。

三角の巨大な建物が”アスパム”、その左下にあるクリーム色の倉庫のような建物が「ねぶた小屋」です。

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5月末の青森稽古の時に、夜遅くに演歌を流しながら作業している「ねぶた小屋」を見つけて、その後の様子が気になっていたのです。

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早速その小屋に行ってみました。


小屋は閉まっていましたが、隙間が開いており、中では作業が進められているようです。

「すみません、ちょっと見学させていただいてもよろしいでしょうか?」と中に声をかけると、幸いにも「いいですよ」とのご返事が。

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中にはかなり製作の進んだ「ねぶた」が並んでいました。

これは”七福神”でしょうか。

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龍の頭のようなものや…

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何だかわかりませんが大きな物が…。

製作途中でも圧倒的な迫力を感じます。

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そして今回私が何より気になっていたのが、「今日も演歌が流れているだろうか?」ということでした。

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…しかし結果的には、なんと演歌ではなく普通にラジオが流れていたのです。

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何となく少しだけ残念に思った私は、稽古を終えた深夜に再びねぶた小屋を訪ねてみました。

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やはりあの小屋には明かりが灯っています。夜遅くまで作業されているようです。

そして近寄って耳をすますと…

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なんと今度はヒーリング音楽が聴こえてきたのでした。。

演歌は前回たまたま流れていた、ということのようです。

ようやくスッキリしました。

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今回は他にも明かりのついた小屋がいくつかあり、ねぶた祭本番をひと月後に控えて製作作業も佳境に入っているようです。

テントに映る「ねぶた」のシルエットが綺麗でした。

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今年もねぶた祭本番は観られそうにありませんが、祭の成功を祈りつつ。