大雪の青森稽古

18日の日曜日に芦屋稽古をして、翌月曜日には長岡京稽古から移動して夜に松本稽古でした。

そして昨日火曜日には松本から青森まで移動して稽古。

本州の半分を一気に移動しました。

天気予報では昨日あたりから強烈な寒気が来て、青森でも大雪の恐れがあるようでした。

私は例によって完全に東京の街中の服装で、コート無し、手袋すら無しです。

青森はどんな状況なのか、少々ビクビクしながら東北新幹線で北上して行くと…

盛岡の手前くらいで外は強風と吹雪になりました。

青森がこれだと大変だ…

と今度はかなりビクビクしながらさらに進んで、新幹線は新青森駅に到着しました。

幸い雪は小止みでしたが、非常な寒さと強風です。

青森まで移動すると、先ずは100円ショップに直行して防寒手袋を購入。

宿で体制を整えて青森稽古場に向かいました。

稽古の始まる19時半頃になると、雪が激しくなってきました。

稽古が終わって外に出ると、わずかな時間で5cm以上積もっている感じです。

ここ数年の青森稽古ではこんなに雪に降られた記憶は無いので、かなり驚きました。

青森はしばらくは氷点下の気温と雪が続きそうです。

私は雪の青森を出て、これから仙台稽古に移動します。

電車が正常に動いてくれることを祈りながら…

雪の洗礼

年明けからしばらくは東京近郊での仕事が続いていたのですが、今日は今年初めて関西方面に稽古に出ました。

早朝の新幹線に乗ったのですが、名古屋あたりは薄っすらと雪化粧しておりました。

そして関ヶ原あたりでは…

完全に雪景色で、新幹線は徐行運転になりました。

関西初稽古はいきなりの雪の洗礼です。

伊吹山の山頂も鉛色の雪雲の中でした。

今日の新幹線はそれでも15分くらいの遅れで済みそうです。

明日以降は松本稽古や青森稽古など、寒い地域の仕事が続きます。

雪の影響なども考えられますが、自然には逆らえないので、安全第一に移動して稽古したいと思います。

貴妃酔酒

私の兄は上海の女性と結婚しております。

昨年には上海近郊に家を購入して、将来的にはそこでずっと暮らすそうです。

その兄と兄嫁に招待してもらい、年明けに数日間上海旅行に行って参りました。

昨年末から日中関係は緊張しており、果たして上海に行って良いものか少し考えました。

しかしそれは政治の話。

おそらく私のような民間人レベルでは問題ないだろうと思って予定通り上海に向かいました。

着いてみれば予想した通り何の問題も危険も無く、とても楽しい数日間を過ごせたのです。

私は高校生の時に一度上海に行っているのですが、その時とは全く別の街になっていました。

映像で見たことのある摩天楼は、実際に見るとより刺激的な風景で、まるで現実ではない世界に迷い込んだようでした。

超高層ビルと伝統的な建物が混在して、さらに至る所で新たな工事が進められている上海。

今後ますます発展していくエネルギーに満ち溢れた都市です。

そして兄嫁の知人達との会食の途中で、実に興味深い体験をいたしました。

会食していた個室で京劇「貴妃酔酒」

を見せていただいたのです。

貴妃とは楊貴妃のこと。

有名な曲なのでおそらく以前にもどこかで目にした事はあったと思いますが、至近距離で拝見したのは初めてです。

舞の途中で何箇所か驚いた場面がありました。

扇と袖の使い方が能楽とそっくりだったのです。

例えば上の写真は「二段オロシ」の型。

こちらは「ヒキワケ」という型に酷似しています。

全体的な動きは能楽と日舞の両方の要素が混じった感じでした。

やはり中国には日本の芸能の源流があるのだと再認識いたしました。

今は時勢が許しませんが、いつか中国の地で能楽と中国伝統芸能の交流が出来たらと願っております。

大変有意義な上海旅行でした。

再開の乾杯!

7月にスマホを代えた不具合でブログが更新できませんでした。

試行錯誤の末に先ほど無事に更新出来るようになりました。

とりあえず乾杯です!

写真は今年8月初めの涸沢ヒュッテにて。

またブログぼちぼちと更新して参りたいと思います。

小鍛冶を舞わされた話

日々稽古と舞台を繰り返して、たまに行く散策も能楽に纏わる場所が大半なのです。

そのような毎日の中で、

「少し不思議」な事象に出会うことがあります。

つい先日、京都散策の途中で三条粟田口にある

「合槌稲荷」

に詣でた時のお話です。

合槌稲荷は能「小鍛冶」の舞台になったと云われる稲荷社で、ここに来るのは、数年前に宝生能楽堂の夜能で能「小鍛冶白頭」を勤めた時以来です。

その時は夜遅くて結構怖い雰囲気でした。

今回は昼間で、三条通には沢山の車が往来しています。

その賑やかな喧騒から合槌稲荷のある細い路地に入った途端に、

「しん」

とした実に静謐な空気に包まれていきます。

何度もお詣りに来た合槌稲荷ですが、路地を僅か10数m程度入っただけで訪れるこの静謐自体が、いつも不思議に感じられます。

しかし今回の”不思議な体験”はこの後でした。

合槌稲荷から青蓮院、知恩院、白川と辿って、鴨川の見える川端通まで歩いたところで、スマホを見ると一本のLINEが来ていました。

確認すると宝生能楽堂にいる鶴田航己君からです。

「小鍛冶の仕舞の後半でわからない型があるので確認したいです」

との内容でした。

文章化して返信するのは若干困難です。。

すぐにLINE電話をかけて、口頭で説明することにしました。

「”即ち汝が氏の神”の後は扇を両手に持って脇座に行って、ワキツレに渡したら少し下がって礼をして、立って右へ飛び返り…」

と説明しているうちに、いつしか私は川端通の道端で小鍛冶の仕舞の型を舞っておりました。

通話を終えてやれやれと汗を拭ったところで、

「ちょっと待てよ」

と思いました。

鶴田航己君からLINEで仕舞の型を聞かれたことなどこれまで無かったのです。

しかもその仕舞は「小鍛冶」で、結果的に私は仕舞「小鍛冶」を道端で舞うことになったのでした。

これは合槌稲荷に詣でてから僅か30分後の出来事です。

もちろん単なる偶然なのでしょう。しかし、

「もしかして合槌稲荷の稲荷明神様に舞わされたのかもしれない…」

と考えると、少し不思議でちょっと愉快な気分になったのでした。

いつまでとてか しのぶやま

先週、登山靴とザックの試運転で福島県の「信夫山」に行ってまいりました。

山を選んだ基準は、

「雨が降っていない山」

「駅から登山口へのアプローチが容易な山」

「東京から日帰りできる山」

というもので、

「能に関わりがある山」

という要素は全く考えておりませんでした。

そして東北新幹線の福島駅からほど近い「信夫山」に決めた訳です。

しかし、「信夫山」を登っている途中で何故か頭の中に

「いつまでとてか忍ぶ山 忍ぶ甲斐なき世の人の…」

という謡が浮かんで来ました。

何の曲だったかな…と少し考えて、能「藤戸」の初同(最初の地謡)だったと思い出しました。

とは言え「忍ぶ山」と「信夫山」は字が違います。

おそらく違う土地に「忍ぶ山」があるのだろうと思いながらも、登山の間中ぐるぐると「いつまでとてか忍ぶ山…」

という謡が脳内を回っておりました。

そして帰宅してから

「いつまでとてか しのぶやま」

という語句で念のため検索してみたのです。

結果は驚くべきものでした。

「いつまでとてか しのぶやま」

は紀貫之の和歌の一節で、陸奥の「信夫山」を詠んだものだというのです。

更に調べると、「信夫山」は90首もの和歌に詠まれた有名な歌枕だったようです。

不勉強で全く知りませんでした。。

またあの源融の和歌

「陸奥の しのぶもぢずり誰故に…」

は、信夫山がある辺りの「信夫」という地名を詠んだものだそうです。

もっと調べると、能「錦木」の冒頭のワキの次第に「信夫山」そのものが謡われておりました。

能楽とは全然関わりの無い基準で選んだ山が、結果的に能に最も縁の深い山のひとつだった訳です。

知っていて登れば、何か能楽と関わる史跡などが見つかったかもしれません。

いつか是非とも「信夫山」を再訪したいと思います。

信夫山へ

この夏には、能とは全く関わりないのですが新しい挑戦をしたいと思っています。

その準備のために一昨日、福島県まで行ってまいりました。

お供には先日神保町で購入したばかりのザックと登山靴。

東京で降りしきっていた梅雨の雨は、福島では予想通りすっかり上がってくれていました。

今日はその昔から修験道の聖地ともされていたという「信夫山」への登山で、新しいザックと靴の慣らし運転です。

信夫山は低山ながら修験道の行場らしく厳しい道もあり、ロープを伝っていく急峻な山道や危うい岩場も経験できました。

山上からの阿武隈川と市街の眺めは素晴らしかったです。

この山は他にも「ねこ稲荷」や…

巨大な草鞋など、見所が満載でした。

また山中には「月山神社」、「湯殿神社」、「羽黒神社」という出羽三山の分社があり、私は三社ともお参りできました。

能にしばしば「出羽の羽黒山より出たる山伏」というワキが登場しますが、私もその山伏の気持ちをほんの少しですが体験出来た気がいたしました。

この先も夏の挑戦に向けて、色々と準備を整えたいと思います。

自然の音に囲まれて

今週水曜日には、文化庁巡回公演で石川県白山市にある鳥越中学校に行って参りました。

金沢駅からバスで1時間ほど走って山間の中学校に到着しました。

大きくて立派な校舎です。

草の生えたグラウンドを見ると、不思議な懐かしさを感じました。

こんなグラウンドで学校生活を送ったことは無いはずなのですが…

そしてこの中学校は、周りを広大な水田に囲まれているのです。

田植えが終わったばかりで、青々とした苗が初夏の爽やかな風にそよそよと靡いているのを見ると、こちらもしみじみとした郷愁を感じました。

体育館で能「黒塚」の色々な準備を終えて、本番を待つ間に気がついたことがありました。

周囲に人工の音がほとんど無く、実に静かなのです。

前の道路を通る車は少なく、役場からの一斉放送の類いも皆無です。

体育館からグラウンドに出てじっと耳を澄ましても、聞こえてくるのは遠くでトンビがピーヒョロロと鳴く声と、蛙が控えめにコロコロと鳴き交わす声、あとは裏山の木々がそよぐ音くらいです。

演能中ももちろん周囲はとても静かで、能を観てもらうには理想的な環境でした。

豊かな水田と自然の音に囲まれた中学校。

何か映画にでもなりそうな、美しさと懐かしさを感じた鳥越中学校巡回公演でした。

桜と桃、そして南アルプス

しばらくブログ投稿をお休みしておりました。

また少しずつ再開したいと思います。

昨日は松本稽古でした。

この時期の特急あずさの移動は車窓からの景色が特に綺麗なのです。

まず東京は桜が満開でした。

これは東小金井あたり。

八王子を過ぎて山間部を縫うように進んでいくと…

やがて甲府盆地が見えて来ます。

この写真、拡大するとピンク色の部分があります。やや右下の部分です。

そう、この時期の甲府盆地と言えば「桃の花」なのです。

菜の花との共演。

盆地全体が桃の花で埋め尽くされた感じで、今年も桃源郷の世界を満喫できました。

甲府を過ぎるとやがて左手に南アルプスの山々が見えてきます。

小淵沢駅からの眺め。

左側に鳳凰三山(地蔵ヶ岳、観音岳、薬師岳)

右側に甲斐駒ヶ岳です。

雪と岩のグラデーションに光が差し込んで、神々しいような美しさでした。

「北アルプスは男性的で南アルプスは女性的」という表現をどこかで読んだことがあるのですが、目の当たりにする南アルプスの山々はとても雄々しく男性的な力強さを感じました。

松本に到着したら北アルプスの風景と見比べてみたい、と思っていたのですが、残念ながら北アルプスは大半が雨雲の中でした。

松本市内を流れる女鳥羽川の桜はまだまだ蕾で、信州の本格的な春はもう少し先のようでした。

桜満開の東京から早春の松本まで、花と山々の絶景を堪能した電車旅になりました。

ひと息に冬へ

4日前の土曜日には、宝生会定期公演での能「夜討曽我」の主後見で、汗だくで働いておりました。

もちろん私だけで無く、シテもツレもみんな口を揃えて

「舞台が暑かった!」

とやはり汗にまみれて言っていたのです。

しかし昨日から今日にかけて、季節が一変してしまいました。

気持ちとしては一気に夏から冬です。

しかも私は昨日今日は北の街、青森稽古だったのです。

夕方に青森に着くと気温は3℃。

暑がりの私も流石に震え上がりそうな温度です。

しかし天気予報をちゃんとチェックしていました。

新幹線で上野を出る時はシャツ一枚だけの軽装。

でも荷物にはカーディガン、ジャケット、マフラーを装備して、青森到着前にそれらを着込んでいたので寒さはそれほど感じませんでした。

北の街は暖房設備が充実しているので、稽古場の公民館で仕舞を始めるとむしろ暑いくらいです。

すぐにまたシャツ一枚に戻ってしまいました。。

そして今朝青森を出て上野に向かう新幹線に乗ると、車窓からは白くなった八甲田山が望めました。

今シーズン初めて見る雪景色でした。

まだ綺麗な紅葉をみていないので、どこかで今年の「秋」も味わってみたいものです。