世界に向かって

松本稽古場で4歳からずっと稽古をしていた女の子がいます。

中学生になる時に松本から海の近くの町に引っ越して、稽古はそこでお休みになりました。

その翌年の年賀状には、太平洋が広がる砂浜で大きな犬と遊んでいる女の子の写真がありました。

さらに高校生になる時には、親元を離れて遠くの県の全寮制高校に入学すると聞いて驚いたものです。

それが去年の春のお話。

そして今日、松本稽古場で夕方からいつものように稽古を始めて少し経った時、稽古場の扉が開いて3人の人影が見えました。

私は謡を謡いながら、正に眼を丸くしてしまいました。

その女の子とご両親だったのです!

松本から引っ越して以来なので4年ぶりに、しかもなんの予告も無く来てくれたわけです。

顔つきだけは変わらず、しかし背は私よりも高くなっていてそれもビックリでした。

稽古が一段落して改めて対面した私は驚きのあまり、

「いやいやいや…!」

と言葉にならない状態でいました。

すると女の子の方がしっかりした声で、

「この度は先生にご挨拶があって来ました。

実は来月から高校卒業まで、カナダに留学することになりました」

いやはやただもう驚くばかりです。

小さな頃から多方面で非凡な才能のある子供でしたが、高校から世界に出て行くとは想像の斜め上を行っています。

しばし話してようやく落ち着いた私は、

「せっかくカナダに行くなら、何か仕舞を思い出して、向こうで披露したら?」

と提案してみました。

女の子は嬉しそうに賛成してくれて、4年ぶりに一番短い「絃上」を稽古しました。

地謡も私が謡うのを録音して、これできっとカナダの人達の前で舞ってくれるはずです。

私「帰って来たらまた顔見せて、お土産話聞かせてください!」

女の子「はい!先生もお身体に気をつけて」

終始本当にしっかりとした話し方で、実に頼もしく成長したものだと感心しました。

世界に向かって飛び出していく女の子の益々の活躍を祈りたいと思います。

驚きが醒めないうちに新しい見学の方もいらしたりして、今日の松本稽古はなんだか盛りだくさんでした。

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