仕舞や舞囃子は能の一部だということ
来たる3月9日に開催の「第6回東京澤風会・郁雲会大会」では、京都から京大宝生会の現役と若手OBOGがたくさん出演してくれます。
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その中で、若手OBの舞囃子「東北」と現役の仕舞「国栖」は、たまたま先週の七宝会で出た能「東北」と能「国栖」と同じ曲目です。
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舞囃子「東北」を舞う若手OBと、仕舞「国栖」を舞う現役達は、共に七宝会を観に来てくれました。
そして昨日は昼間の紫明荘組稽古と夜の京大稽古で、その「東北」と「国栖」の稽古をしたのです。
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まず紫明荘稽古での舞囃子「東北」を見て驚きました。
前回とは全く次元が違う程良くなっていたのです。
本三番目物の位になっていました。
待ち合いの部屋でお茶を飲んで話していた会員さん達の目が、いつか自然に「東北」に吸い寄せられていき、静けさの中で稽古が進んでいきました。
そして稽古が終わるとまた自然に拍手が起こりました。
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シテである若手OBのT君は、七宝会で能「東北」を観て、その位取りを理解して自分の舞囃子に反映させたのでしょう。
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その後夕方に京大稽古に移動して、今度は仕舞「国栖」でまた驚きました。
シテの謡の声が何だか前回よりも格段に大きくなって、全体的に勢いが増していたのです。
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これもおそらく七宝会で能「国栖」を観たイメージを謡と舞に投影させたのでしょう。
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仕舞や舞囃子だけを稽古しても、もちろん上達はします。
しかし、それらは元々はある能の一部なのです。
その元になっている能を観て、全体像を把握してから稽古するのはやはり大切なことなのだと、昨日の「東北」と「国栖」の稽古で改めて思ったのでした。