水暗き沢辺の蛍
京都鴨川は、出町柳付近で2本の河が合流して出来る川です。
北西から流れ来るのが「賀茂川」、北東の比叡山麓を伝い降る河が「高野川」です。
私は数年前に「高野川」沿いに部屋を借りていました。
ある初夏の夜、京阪出町柳駅に着いて地上に出ると、高野川へと降りる道に人が大勢出入りしています。
何かイベントかな、と思い信号を渡って覗きにいくと…
なんと高野川の河原には信じられない数の蛍が瞬いていたのでした。
私がこれまでの人生で見た中では一番多い、蛍の大発生が高野川で起こっていたのです。
その頃は行政の方針変更で、鴨川の流れに人工的な中洲を作り、そこに植物を生やして自然に近い川に変えているところでした。
借りていたマンションの屋上から見ると、出町柳から御蔭橋までの高野川がまるで天の河のように見えたものです。
そして翌年の同じ頃、蛍を楽しみに毎晩河原を覗いていたある日…
何の方針変更なのか、今度は中洲の草叢が突然全部刈り取られ、丸裸にされていたのです。ショッキングな光景でした。
勿論蛍はほぼ全滅で、弱々しく数匹が舞っているのみでした。
それから毎年、私はもうあの蛍の群舞は見られないのだと半ば諦めながらも、今頃になるとつい高野川を覗きに行きたくなってしまうのです。
実は昨日の亀岡稽古の後に、また高野川に行ってしまいました。
出町柳から御蔭橋まで、蛍はやはり1匹も見られません。
寂しさと、しかし今年もそれを確認できたという朧げな満足感を感じて、これもルーティンワークで御蔭橋から西岸に渡り、出町柳方面に戻る途中…
糺ノ森方面からの小川の流れ込み付近で、薄緑色の小さな光点が2つ、フワリと目の前を過ぎりました。
ああ、この厳しい環境を生き抜いて、まだあの蛍の子孫が生きて残ってくれていたのかと、しみじみ感動しました。
いつの日かまた条件が整ったら、あの天の河のような光景がまた見られるかもしれない。
そんな微かな期待を抱いて、たった2つの光点をしばらくの間、祈るように眺めていたのでした。