奥が深い「幕上げ」

今日は名古屋能楽堂にて開催された「桃華能」に出演して参りました。

楽屋に入ると、高校生の青年が1人楽屋見習いで働いています。

子方の頃からずっと知っている青年で、楽屋で”大人”として働いているのを見るのは感慨深いものがありました。

周りの先輩達が、糸針の作り方、玉止めやズッコケ結びなどのやり方を教えてあげていて、青年は真剣な顔で聞いています。

最初の能「右近」で、作り物の”花見車”の出し入れなどの幕上げを青年にもやってもらう事になりました。

能舞台の幕には竹の長い棒が2本付いていて、2人で上げ下げすることになります。

一見単純なようで、実はかなり奥が深い難しい仕事がこの「幕上げ」なのです。

見所から見える方の棒を先輩が持ち、見えない方を後輩が受け持ちます。

幕を上げた時の右手左手の位置や形まで厳密に決められていて、姿が悪いと後で先輩に怒られることになります。

目を付ける場所も、先輩は横目でシテや作り物を追って幕の上げ下げのタイミングを測り、後輩は先輩の手元だけに視線を集中して、全く同じ動きをすることが求められるのです。

青年は最初は棒を持つ両手の位置、肘の張り方、視線の位置などが違っていたので、

「こちらの手は棒の一番下を指を伸ばして持って、こちらの手はもっと肘を張って。視線は作り物を追わずに先輩の手元だけを見て」

といくつか注意すると、次からはとても良い幕上げになりました。

しかし幕上げには多くのバリエーションがあり、例えば一度幕から出たシテが戻って来て再び出る場合や、幕に向かって走って来たシテが幕の直前の”三の松”で止まって拍子を踏む場合など、色々と間違えやすい”罠”もあります。

青年もこの先に無数の幕上げをして、時には失敗もしながら経験を積み上げていってくれる事でしょう。

ステップアップの先に

澤風会郁雲会大会から、あれよと言う間に一週間が経ちました。

ちょうど一週間前の今頃は、能「野宮」が佳境にさしかかるところだったと思います。

野宮のシテを舞われた郁雲会の会員さんは、これまでに能「半蔀」、「野宮」、「井筒」ときて今回は2度目の「野宮」の能をされたのです。

一方で大会2日目に能「砧」を舞われた郁雲会の会員さんは、これまで能「玉葛」、「松風」を勤められて、今回「砧」を舞われました。

「半蔀、野宮、井筒、野宮」

という並びと、

「玉葛、松風、砧」

という並びを見較べてみると、明らかな曲の好みの傾向が浮かび上がってきます。

そしてどちらの方も、より向上していこうと言う確固たる意志が感じられる選曲順になっています。

自分の好きな曲の中から、段々と難しい曲にステップアップしていかれた結果、今回の「野宮」や「砧」という難曲にまで到達された訳で、これは並大抵の努力や修練では成し得ない偉業と言って良いと思います。

能の道には極まりが無いので、「野宮」や「砧」のまたその先の曲を目指して歩みを進めていただきたいと願っております。

しかし先ずは今回素晴らしい「野宮」と「砧」を舞っていただきまして、誠にありがとうございました。

名古屋申合からの散歩

今日は朝から名古屋に出張しました。

日曜日開催の「桃華能」の申合があったのです。

私は能「藤栄」の地謡でした。

この「藤栄」のサシとクセは、実は能「自然居士」と全く同じ文句と節なのです。

全く同じなら全然大丈夫なのですが、他の箇所にも「自然居士」と似ている処があり、そちらは途中で微妙に文句が変わるのでやや厄介なのです。

私はつい先日まで神保町稽古場で「自然居士」の謡稽古をしていたので、油断するとそちらの謡が出てきてしまいそうです。

注意しながら「藤栄」申合を終えました。

あとは帰るだけなのですが、せっかく久しぶりの名古屋なので、名古屋能楽堂から名古屋駅までブラブラと歩く事にしました。

途中で食べた昼ごはんは…

鶏のトマトチーズ丼。

全然名古屋っぽくは無いのですが、美味しかったです。

付いてきたお味噌汁は赤出汁で、こちらは正しい名古屋の味でした。

昼ごはんを終えて更にブラブラ行くと、古い店構えの小さな和菓子屋さんを発見。

豆大福を買って、帰りの新幹線で美味しくいただきました。

途中の「那古野」辺りの裏通りには、明治時代の建築や古い街並が残っていて、しみじみと良い散歩道でした。

学生仕舞の地謡は…

澤風会郁雲会の1日目には、京大宝生会と自治医大宝生会の現役部員の仕舞がありました。

そのうち京大宝生会現役の仕舞は、番組に地謡をあえて書きませんでした。

それは現役が交代で地謡に入って、お互いに謡い合う事にしていたからです。

一応私が地頭には入りましたが、謡ってみると皆とても大きな声で、彼らだけでも充分に謡えるだろうと思われました。

途中で切戸口には、次の出番の京大若手OBが集まって来ました。

私「せっかくなので地謡一緒に謡う?」

と若手OBに声を掛けて、最後の現役仕舞は5人の賑やかな地謡になりました。

一方、自治医大宝生会の仕舞は普通に能楽師で地謡を謡うつもりでおりました。今回は4年生2人だけの出演予定だったのです。

しかし楽屋に入って来た自治医大宝生会達は…

自治医大宝生会4人「「こんにちは‼︎」」

おお、仕舞を舞う4年生の他に、試験を終えた1年生と3年生も久しぶりに顔を見せてくれましたか!

しかも全員が舞台に出られる格好をしています。1年生と3年生に、

「もしかして仕舞の地謡に…」

と聞くと、

自治医大「「はい出ます‼︎」」

なんと!それは嬉しい事です。

というわけで、自治医大の仕舞2番は私以外の能楽師はお休みいただき、京大と同じく私と学生達で元気良く地謡を謡ったのでした。

今月中には京大も自治医大も合宿がある予定です。

またみっちりと稽古して、次の「全宝連京都大会」やその前の新歓に向けて頑張ってもらいたいと思います。

先生と生徒の共演「敦盛」

今回の澤風会郁雲会では3番の能が演じられました。

そのうち能「敦盛」のエピソードを書きたいと思います。

能「敦盛」で初シテを勤められた会員さんは、自由が丘でモンテッソーリ教育の幼児教室をひらいておられます。

その教室の数名の生徒さんと卒業生が、澤風会で能の稽古もしてくれているのです。

今回の選曲にあたって私は、せっかくなので教室の卒業生達と一緒に舞台に立てるような曲が良いと思い、「敦盛」を選んだのです。

ツレ草刈男の候補者3人は自由が丘幼児教室の卒業生で、それぞれ3〜4年ほど澤風会で稽古しています。

シテもツレも問題無く敦盛を勤めてくれると思いましたが、稽古を始めてみると中々すんなりとはいかない事もありました。

シテの会員さんはただでさえ教室がお忙しい上に、コロナやインフルエンザの影響で稽古に来れない事も度々でした。

ツレ3人は中高生で、学校の試験が本当に引っ切り無しにあり、稽古日が試験期間にかかると稽古お休みになってしまうのです。

シテツレが全員揃っての稽古は結局ほんの数回しか出来ませんでした。

それでも感染症と試験の合間を縫って何とか稽古を重ねて、2月末に宝生能楽堂で4人揃っての仕上げの稽古もしました。

申合の日の午前中に学年末試験が終わるというツレもいて、本当にギリギリのスケジュールでした。

その中でも結束力を高めようと、シテツレ4人に須磨寺の「敦盛御守」を渡したりしました。

私も含めて当日は皆「敦盛御守」を懐に忍ばせて本番を迎えたのです。

色々な苦労を経ての「敦盛」本番。

冒頭にシテツレが舞台に立ち並んで、

「草刈り笛の声添えて〜」

と大きな声で謡い始めた時には、後見座でジーンと感動してしまいました。

ツレの舞台は前半で無事終わり、後半はシテだけの舞台になります。

長絹の袖を返したり、太刀を抜いて斬りかかったり、色々難しい型もありましたが、シテは若武者らしい敦盛を溌剌と演じてくださいました。

シテもツレも、まだまだ伸び盛りの人達なので、今回の経験を今後の舞台に活かしてより高みを目指してもらいたいと願っております。

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アドレナリン出まくりの居囃子

「澤風会郁雲会」の番組は基本的に私が1人で作っております。

手間のかかる仕事ではありますが、番組制作にあたっては、地謡や御囃子方の組み合わせを考えるのがひとつの楽しみでもあるのです。

今回もまた、いくつか私なりの”仕掛け”を作らせていただきました。

そのうちで居囃子「阿漕」の仕掛けは、地頭和久荘太郎師、大鼓亀井広忠師という組み合わせでした。

このお2人は東京芸大の同期で、在学中から現在に至るまで、非常に厳しく切磋琢磨しながら過ごしてこられた、私から見るととても羨ましい良きライバル関係なのです。

居囃子「阿漕」が始まると、期待通りというより、期待以上の化学反応が起こり始めました。

大鼓の気迫に地頭の気合が呼応し合って、ビリビリと舞台空間が震えるのが実感されるようでした。

私もその常軌を超えたような空気にあてられて、大会2日目の疲れを忘れて最大限の精魂を込めて謡わせていただきました。

シテを勤められた会員さんも、舞台後の宴会で「地謡と御囃子の迫力が本当にもの凄くて最高の経験でした。私自身アドレナリンが今だに出まくっております」

とスピーチされて、”仕掛け人”の私としては内心シメシメと思ったのでした。

二十周年記念澤風会大会・郁雲会大会無事終了いたしました。

おかげさまで「二十周年記念澤風会大会・郁雲会大会」は昨日無事終了いたしました。

御出演いただきました皆様、見所で応援してくださった皆様、裏方で色々とお手伝いしてただいた方々に心より御礼申し上げます。

舞台は私の期待以上の熱気あふれるものでした。

これまで、番組に書いてありながら当日出られない方はいらっしゃいました。

しかし今回は番組に名前がある人は全員が無事に参加できて、逆に番組に載っていないけれど当日地謡に参加という人が何人もいらしたのです。

そんな皆様の熱量に今回も背中を押されて、2日間の会を走り抜ける事ができました。

特筆すべき事は無数にあるので、次回以降に思い出したものから書いて参りたいと思います。

外は寒くても

おかげさまで本日、「二十周年記念澤風会大会・郁雲会大会」第1日目が無事終了いたしました。

外は真冬のような寒さだったようですが、私は一日中舞台の上や楽屋で汗をかいておりました。

それは単なる暖房の効果というよりも、舞台と見所の熱気にあてられていたのだと思います。

出演の皆様はそれぞれ、迸るような熱い気合や、熾火のように静かでしかし非常な高温の情感を持って、舞台に臨まれていました。

明日も今日に勝るような熱い舞台を期待しつつ、早めに休もうと思います。

本日ご来場くださいました沢山の皆様、誠にありがとうございました。

明日もどうかよろしくお願いいたします。

最後の1ミリ

少し前のサッカーワールドカップで、

「三笘の1ミリ」

という言葉が話題になりました。

日本代表の三笘選手の最後の1ミリまで諦めない姿勢が、強豪スペインからの大金星を生んだのです。

能は勝敗がつくものではありませんが、やはり舞台に向けて最後まで前向きに稽古する姿勢は共通していると思います。

今日は澤風会郁雲会の前日ですが、江古田で夜の20時半までガッツリと稽古させていただきました。

特に最後は京大若手OBOG達で、直した分だけすぐに良くなるので、非常に充実した稽古になりました。

おそらく今日稽古された皆さんは、それが「最後の1ミリ」となって、舞台上で効果を発揮してくれると思います。

いよいよ明日明後日が本番です。

「二十周年記念澤風会大会・郁雲会大会」

宝生能楽堂にて明日9日11時半始、明後日10日は10時始です。

皆様どうかよろしくお願いいたします。