おしまいの仕舞

今日は水道橋宝生能楽堂にて「夜能」に出演して参りました。

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私は能「藤戸」の地謡を勤めましたが、今日は能が終わって一度切戸から入ると、すぐにまた舞台に出ました。

これは「仕舞」の地謡を謡うためです。

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「仕舞」は能のハイライトシーンを短く切り取って、紋付袴で舞う形式です。

京大宝生会や澤風会などの舞の稽古では、普段はほとんどの人がこの「仕舞」を稽古しています。

1番の能を稽古するのは時間もかかり、動かない場面も多いので、ハイライトシーンである「仕舞」を稽古するのはちょうど良い鍛錬になるのです。

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しかし元々「仕舞」とは、1日の能の催しの最後に将軍や偉い人からの「アンコール」の要望があった時に舞われていたものだそうです。

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なので宝生流の「夜能」で能の終わった後に「仕舞」を舞って催しが終わるのは、実は古くからの慣わしに則ったやり方なのです。

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ちなみに物事の終わりを「お仕舞い」というのも、最後に「仕舞」を舞って終わりにしたからだという説もあるそうです。

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そして再来月6月28日の「夜能」では、おしまいに私が仕舞「富士太鼓」を舞うことになっております。

「おしまいの仕舞」に興味がある方はどうかお越しくださいませ。

色々重なった五雲会

今日は水道橋宝生能楽堂にて開催された「五雲会」に出演いたしました。

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能「巴」の地謡という役目に加えて、今日は朝から色々と用事が重なりました。

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能楽師を目指す若者の「楽屋入り」という重要な節目への立ち会い。

そして5月6月に連続する「関西宝連」と「全宝連京都大会」へ向けての様々な準備作業など。

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上に掲載したのは、先ずは5月の「関西宝連」のチラシです。

関西宝連は「京都宝生流学生連盟」と「阪神宝生流学生連盟」の合同の組織ですが、このうち「京都宝生流学生連盟」は今回で第120回の大きな節目を迎えます。

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それを記念して同志社大学、京都女子大学、京都大学が三校合同で能「高砂」を演ずるのです。

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これに加えてまた「全宝連京都大会」のチラシなども改めて掲載したいと思います。

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今日は短いですがこれにて失礼いたします。

声の百番集「山姥」の思い出

私がまだ小学生の頃、家の本棚に「宝生流 声の百番集」というのが並んでいました。

“ソノシート”という薄いレコード盤がたくさん入っている物で、本棚のかなりの場所を占領しています。

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その頃の私には全く価値のわからない物で、母親が大事にしている事だけが子供心にもわかりました。

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やがて京大宝生会で謡を少し齧った頃に、休みで実家に帰るとあの「声の百番集」が目につきました。

初めて棚から抜き取って中身を見てみると、名だたる先生方のお名前がずらりと並んでいます。

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実家にはどこでも持ち運べる小さなレコードプレーヤーがあったので、「声の百番集」の棚の前に置いて、これはと思う曲を順番に聴いてみました。

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最初に衝撃を受けたのは、高橋進師がシテの「山姥」でした。

当時私は農学部林学科でよく山に入っていたのですが、その本物の深山幽谷で体験した感覚が、高橋進師の”謡の力”だけで脳内に有り有りと蘇って来たのです。

後シテの出の謡を聴いていると、山の木々や土の匂い、冷んやりとした空気感までがリアルに思い浮かび、感動で震える思いがしました。

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「声の百番集」は忽ちにして”宝の山”にかわり、私は別の百番集を1セット入手して、小型レコードプレーヤーと共に京都に送って日々聴き暮らしたのでした。

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今日は宝生能楽堂にて、日曜日開催の「月並能」の申合があり、私は能「山姥」の地謡を勤めました。

あの高橋進師を聴いて以来、私の最も好きな曲のひとつになったこの「山姥」。

地謡を謡わせていただくと毎回非常に勉強になる曲なのですが、今回もシテ佐野由於師と地頭三川淳雄師の謡で多くの学びがありました。

そして謡っていると、やはりあの「声の百番集」を最初に聴いた時の感動が蘇ってくるのです。

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日曜日の本番も、私にとってある意味で転機になった曲であるこの「山姥」を、精一杯謡わせていただきたいと思います。

「隅田川」の覚え方

今日は水道橋宝生能楽堂にて、リレー公演の能「隅田川」の地謡に出演して参りました。

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「隅田川」は難曲なので、先日の別会能が終わった後はずっと「隅田川」の地謡にかかりきりでした。

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この曲の地謡は、節や位取りが難しいのは勿論ですが、浚うにあたってまた別の難題がありました。

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クライマックスの部分で、「南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏」と3回繰り返すフレーズを、シテ、子方、地謡が更に何度も何度も繰り返して謡うのです。

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私は新幹線などで謡を浚う時、非常に小声ながら、つい音に出して謡ってしまうことがあります。

しかしさすがに新幹線車内で「南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏」とブツブツ繰り返していると、隣の人が怪しむでしょう。

下手をすると車掌さんに通報されるかもしれません。。

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頑張って無言で覚えましたが、何となく調子が出ずに覚えるのにいつもより苦労してしまったのでした。。

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明日は2年ぶりに「京大宝生会 仕舞100番舞う会」が開催されます。

今度は仕舞で1日頑張ろうと思います!

2019年春の別会能が無事に終了いたしました

「良い舞台というのは偶然では成立し得ない。

充分な稽古を踏まえた上での必然の結果である。」

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これは本日の宝生能楽堂における「春の別会能」の最後に演じられた能「道成寺」が無事に終了した後の、記念パーティで家元が仰られた言葉です。

今回の「道成寺」は全くそのお言葉通りに、時間をかけて丁寧に作り上げられた舞台だと感じました。

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「別会能」最後の「道成寺」が終わった時間は夜8時近くでした。

最後までご覧いただいた沢山のお客様からの、附祝言の後に頂戴した万雷の拍手の音は、楽屋で聴いていても実に有り難い響きでした。

「宝生流の一員として、これからも頑張っていこう」と気持ちを新たにした瞬間でもありました。

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本日の長丁場の舞台にいらしてくださいました皆様、誠にありがとうございました。

最大級の催し・春の別会能2019

今日は水道橋宝生能楽堂にて、日曜日開催の「春の別会能」の申合がありました。

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今回は「宝生能楽堂 開場四十周年記念」

として開催される別会能で、特別な番組になっています。

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午前11時〜午後3時までが「第1部」で、素謡「翁」、能「高砂 作物出」、狂言「二人袴」、能「安宅 延年之舞」が演じられます。

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そして少し間をあけて午後4時〜午後8時まで「第2部」が開催されて、能「草紙洗」、狂言「富士松」、最後に能「道成寺」が演じられるのです。

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全部御覧になると午前11時から夜8時までというのは、1日だけの催しとしては私が楽屋に入ってからでは最大の規模になります。

今日の申合だけでも約5時間程かかりました。

複数の曲に出演する楽師もいて、申合の楽屋はいつにも増して活気に溢れていました。

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私は第1部の能「安宅 延年之舞」のツレ同行山伏を勤めさせていただきます。

初めて「安宅」のツレを勤めたのは内弟子の頃で、場所は金沢の石川県立能楽堂、シテ弁慶は佐野萌先生でした。

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それから何度もツレ同行山伏をさせていただきましたが、何度経験しても本当に良く出来た構成の曲だと思います。

舞台の使い方と言い、見せ場の並べ方と言い、一切の無駄がなく作られています。

シテツレ子方、ワキに間狂言の合計13人が、舞台と橋掛りを縦横無尽に移動して繰り広げる緊迫感漲る大活劇なのです。

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他の3曲も同様に名曲揃いです。

明後日3月24日は是非宝生能楽堂にいらしていただき、歴史的な規模の「春の別会能」を御覧いただきたいと思います。

どうかよろしくお願いいたします。

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大原から加古川へ

今日は朝に大原の京大宝生会合宿所を出て、加古川能に向かいました。

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霧のような細かい雨に煙る大原の里は、それはそれで風情があるなあと思いながら、京都バスで国際会館駅へ。

そこから地下鉄で京都駅に出て、更に姫路行きのJR新快速に乗り換えました。

あとは加古川まで1時間半弱、謡を覚える時間です。

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神戸を過ぎると、普段はあまり通ることのない地域に入っていきます。

私は新快速の進行方向右側の山手の席に座っていました。

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謡本からふと目を上げて右手の車窓を見ると、松の木が立ち並ぶ公園の景色が目に入りました。

そして何故かその景色には見覚えがありました。

ずっと昔に来たような…

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思い出しました。

あれは京大宝生会で能「箙」が出た時のことです。もう10数年前になります。

「箙ツアー」を企画して、何人かの部員で”一ノ谷”を訪れたことがありました。

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確かその時に「須磨浦公園」という所にも行って、それがこの車窓の景色だと思われ…

と、そこでハッと気づいて私は左側の車窓を振り返りました。

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窓の外には、須磨の浦がゆったりと広がっていたのです。

海は東海道新幹線で熱海の辺りを通る度に見ている筈なのに、何故かとても久しぶりに海というものを見る心地がして、静かに感動しました。

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更に新快速は進んでいきます。

今度は前方に巨大な橋が見えて来ました。

「明石海峡大橋」のようです。

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能「草紙洗」で紀貫之が詠み上げる和歌

「ほのぼのと 明石の浦の 朝霧に 島隠れゆく 舟をしぞ思ふ」

が頭に浮かんできました。

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しかし車窓には圧倒的な迫力の明石海峡大橋が、淡路島に向けて「ドドーン」という感じで伸びています。

和歌に詠まれた明石の浦の風情は、とうの昔に無くなってしまったようでした。

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仕事とは言え、今日の大原から加古川への移動は何か”旅情”のようなものを感じてとても心地よいものでした。

海の良い写真が撮れたらもっと良かったのですが、天気もあって中々難しかったです。


本当はもっと青く、のたりのたりとした「春の海」でした。

“若武者”を目指して

今日は水道橋宝生能楽堂にて、明後日開催の「五雲会」の申合がありました。

私は能「箙」の地謡を勤めました。

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能「箙」のシテは梶原源太景季という源氏方の若武者です。

一ノ谷の合戦で背中の”箙”に梅のひと枝を挿して奮戦し、その名を上げたのです。

今回シテを勤める川瀬隆士君は30代前半の若手能楽師。若々しく張りのある謡と型は、この曲にぴったりだと思いました。

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そして今日の申合の楽屋には、彼よりも更に若々しい詰襟制服の男子2人の姿がありました。

2人はこの度、東京芸術大学邦楽科能楽専攻に合格が決まって、挨拶のために宝生能楽堂にやって来たのです。

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明後日の「箙」で凛々しい若武者姿を披露する川瀬君も、やはり10数年前に東京芸大に入学して、それから厳しい修行を経て五雲会のシテを勤めるまでになったのです。

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詰襟の2人が今日の川瀬君のような一人前の”若武者”になるまでには、長く厳しく、しかし充実した修行の日々が待っていることでしょう。

未来の若武者2人に心からエールを送りたいと思います。

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励ましのお便り

私のこのブログをいつも読んでくださっているという、観世流をお稽古されている方からお葉書をいただきました。

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先日の澤風会郁雲会を観にいらしてくださったということで、色々な感想が書いてありました。

例えば「元気いっぱいの可愛い男の子」

「清々しい舞の女の子」

「京大生の美しい足運び、無駄のないしなやかな動き!」

などなど、暖かい視点で観てくださったのがわかり、読んだ私もとても暖かな気持ちになりました。

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今回の澤風会郁雲会は朝から夕方まで、本当に大勢のお客様で見所が賑やかでした。

これは私は勿論のこと、出演者の方々にとって何より有り難いことで、大きな力になりました。

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そして更にその舞台の感想を書いて送ってくださるとは、より一層有り難く、次の舞台に向けて何よりの励みになります。

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他にも個々の出演者にきっと色々な感想が寄せられたことと思います。

それら全ての方々にお礼のお返事が出来ず申し訳ございませんが、この場をお借りして心より感謝申し上げます。

そしてまた次回の舞台もどうかいらしていただき、私と出演者の皆さんを励ましていただければ何より有り難く思います。

どうかよろしくお願いいたします。

変わるための力、変わらないための力

あの震災から8年が経ちました。時は流れていきます。

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時が流れて変わっていくものもあれば、変わらない事もあります。

一昨日の澤風会郁雲会の時のこと。

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朝に仕舞「大江山」を舞った男の子は、この4月から中学生になるそうです。

私が彼に初めて会ったのは、彼が0歳の時。つまり生まれて間もない頃でした。

最初はお姉さんの稽古についてくるだけ、そしてやがて自分も稽古を始めて、成長と共に着実に舞台を重ねて来ました。

足の運びや仕舞の型が今回の「大江山」で随分と良くなって、「本当に成長したなあ…」と地を謡いながらしみじみと嬉しい気持ちで見ていました。

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そのお姉さんの方は、幼稚園の時に宝生能楽堂の謡曲仕舞教室に入門してからずっと熱心に稽古を続けて、この春にはもう高校3年生になります。

今回の澤風会では、ほぼ同時期に稽古を始めたもう一人の高校生の女の子とペアで仕舞を舞いました。「船弁慶キリ」と「野守」という大人でも難しい曲を、高校生の2人は元気良く伸び伸びと舞ってくれて、素晴らしい舞台でした。

2人とも内面的にも非常にしっかりして来て、もう間もなく巣立って社会に出て行くのだろうと、こちらも何となくしみじみと感慨深い気持ちで地を謡っておりました。

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一方で今回仕舞「葵上」を舞われた澤風会最高齢91歳の方は、やはり宝生能楽堂での「ジパング倶楽部謡曲教室」に入門されてから10数年、驚くべきことに稽古はただの一度もお休みにならず皆勤で、お1人で電車を乗り継いで江古田まで来てくださっています。

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見た目も初めてお会いした時から少しも変わらず、本当に若々しくお元気なのです。

「ずっと変わらずに稽古を続けて、舞台に立つ」というその姿勢、というよりその存在そのものが、全ての会員さん達の目標になっています。

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時の流れとともに変わっていく人と、変わらずにいる人。

両者は一見正反対に思えます。

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しかし、上記の子供達と最高齢の方には、何故か共通した”力強さ”のようなものを感じてしまうのです。

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「日々の様々な困難に負けずに乗り越えて前進していく」という点において、実は両者は同質な力を持っているのではないかと、一昨日の舞台を見て思ったのでした。