能「項羽」の虞美人草

今日は熱海のMOA能楽堂にて、新作仕舞「覇王」と能「項羽」の地謡を勤めて参りました。

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昨日の五雲会の能「杜若」では、舞台の上に杜若の花が出て来ないと書きました。

私にとってはその方が、自分なりの杜若を自由に想像出来て心地が良いとも。

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しかし、それとは逆の主張をする能もあるのですね。

能「項羽」では、ワキ草刈が色とりどりの花を肩に担いで舞台に登場します。

そして前シテ項羽の化身の老人が、その花々の中から真紅の「虞美人草」を一本引き抜いて、その花を手に虞氏の思い出を語るのです。

老人の手の中にある真っ赤な虞美人草は、ちょっと艶めかしいような強烈な存在感を放っていました。

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また曲の後半では、虞氏の霊がツレとして登場し、実際に高櫓から身を投げて虚しくなる型をします。

そして後シテ項羽の霊もそれを追って高櫓に上がり、虞氏が飛び降りた後を鉾で浚って探す型をするのです。

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このような写実的な描写をする能も、「世阿弥作」となっているのが実に面白いと思います。

昨日「杜若」の良さを書いたばかりでなんなのですが、「項羽」のような曲もわかりやすくて良いなと思ってしまいました。

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尤も、滅多に出ない曲の地謡でしたので、舞台で謡っている間はそんなことを考える余裕は一切ありませんでしたが。。

自分だけの感覚

今日は宝生能楽堂の五雲会にて能「杜若」の地謡を勤めました。

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「杜若」という曲も以前書いた「桜川」のように、舞台の上には杜若の花は一切出て来ません。

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ここで話は唐突に変わってしまいますが、私は昔から時たま不思議な感覚に襲われることがあります。

例えば青空を見て綺麗だと思った時に、「しかしこの’青’という色は、他の人にも自分と同じように見えているのだろうか?」と考えてしまうのです。

自分以外の全ての人が、全然違う色を’青’と認識しているとしたら、などと思うと、何となく頼りない気持ちになってしまいます。

或いは、カレーを食べて美味しいと思った時なども同様で、「この味は本当にみんな自分と同じように認識しているのかな?」と己の感覚に不安を覚えてしまったりするのです。

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しかしまたここで能「杜若」に立ち返ってみると、元々舞台上に杜若が無い以上、上に書いたような心配は全く無い訳です。

誰にも見えない杜若を自分だけのイメージで自由に想像すれば良いので、そこに他の人との五感の共有は必要無いのです。

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私は能舞台に上がると、緊張感と並行して言いしれぬ安心感と開放感を覚えてしまいます。

これは他人を全く気にせずに、自分の感覚だけでその空間に存在できるということから来る感覚なのかもしれないと、今日の能「杜若」の序之舞の間にぼんやりと考えていたのでした。

鍛え直す。

舞台と稽古が立て込んでおり、なかなか喉を休める時間がとれない日々が続いております。

しかし昨日会員さんから良い言葉をいただきました。

正確にはその会員さんの知り合いのボイスパフォーマーの方の言葉です。

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「喉が枯れたら、そのガラガラ声から新しい声を発見する!」という内容の言葉で、成る程、そんな前向きな考え方もあるのかと感心いたしました。

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「新しい声」という訳ではないのですが、喉が不調な分、それ以外の部分でいかにカバーするかを毎日考えています。

「口の開け閉めはきちんと大きく」とか、「腹筋に力を入れて、喉には余計な力をかけずに」など、人には毎日のように言っていることを、もう一度自らの身体で確認することが出来ています。

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数年前に、膝を怪我したサッカー選手が、その治療期間を使って上半身など膝以外の部分を鍛え直して、結果より強い選手となって戻って来たのをニュースで見ました。

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私も喉の調子が戻ってきたら、その前よりも良い謡になっているように、この機会に喉以外の要素を色々と鍛え直しておきたいと思っております。

長野県巡回公演 3日目

早いもので、3日間にわたる長野県巡回公演も今日が最終日でした。

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今日の小学校は3校の中で一番遠くにあり、長野駅前からバスで1時間半ほどかかりました。

千曲川を渡ったり、長いトンネルをくぐったりして、やがて辺りは長閑な田園風景に。

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そしてバスは山間の村の小学校に到着しました。

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昨日とは打って変わって、空は綺麗に晴れ渡りました。

爽やかな夏空の下に広がる人気の無いグラウンド。

何か郷愁を感じさせる小学校の風景でした。

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しかし公演開始前に体育館に入って来た子供達は、実に活発で元気一杯の様子でした。

豊かな自然に囲まれて、のびのび育っているのでしょう。

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御囃子方の短いワークショップも楽しんでくれたようで、能「黒塚」の後シテの出囃子が始まると、太鼓や大小鼓の手を真似てリズムをとっている子供が何人かいました。

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繰り返しですが、今回は子供達が本当に舞台の際まで座っていて、手の届きそうなほんの目の前で能や狂言が演じられたのです。

これまで色々な作り方の舞台を見て来ましたが、今回の「かぶりつきで観る舞台」という方法は学校公演においてはとても効果的だと感じました。

おそらく間近で観た子供達の心には、「能楽」が非常に強く印象付けられたことと思います。

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3日間で延べ700人程の子供達に観てもらった今回の巡回公演。

いつかこの先に、「あの時の長野県巡回公演を観て能楽に興味を持ったのです」という人とどこかの能楽堂で会えたら良いなと思いながら、帰りの新幹線に乗り込んだのでした。

長野県巡回公演 2日目

今日は長野県巡回公演の2日目、私が能「黒塚」のシテを勤める日でした。

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朝に長野駅前のホテルを出ると、バスの窓にポツポツと雨の筋が。

そして会場である小学校の体育館に入って暫しすると、雷とともに土砂降りになってしまいました。

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体育館の屋根を叩く雨音が凄く、急遽マイクを設置する程でした。

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「黒塚」には「鳴神稲妻天地に満ちて」とか、「空かき曇る雨の夜の」という謡があるので、「ぴったりのシチュエーションだね」などと言っていましたが、開演の頃には小止みになって日が差して来ました。

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今日はかなり人数が多く、体育館のほぼ一杯に子供達と親御さん達が座っておられます。

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後シテ鬼女が「般若」の面をかけて出て来ると、体育館内に「うわぁ…」という声にならない声が充満しました。

最後のキリのところで、平臥していた後シテ(私)が立ち上がって正面に向かって早足で出て行くと、最前列の子供達が今度は「うひゃー」と眼を丸くして驚いて、身を仰け反らせていました。

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今日の子供達は、狂言の時もかつてないくらいに大きな声で笑いながら楽しそうに観てくれて、最後までとても良い反応でした。

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全て終わって体育館を出ると、すっかり雨が上がって、実に爽やかな風が吹いていました。

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今回の巡回公演もあとは明日1日になりました。

明日はまたどんな子供達に会えるのか、とても楽しみです。

長野県巡回公演 初日

今日から3日間、長野県内の小学校3校をまわっての「巡回公演」に参加いたします。

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能は「黒塚」で私は今日は地頭、明日がシテ、明後日にまた地頭を勤めます。

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確か私も中学校の時に、体育館で能を観た記憶があります。

まさかそういった公演に自分がシテとして参加する日が来るとは、夢にも思いませんでした。

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今回まわる小学校の殆どの子供達にとって、生涯で初めての観能のはず。これは非常に責任重大なことです。

何とか子供達の中に「能楽を観た。面白かった!」という記憶を残していきたいのです。

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私の母親などは、学校で鑑賞した能「羽衣」に感動して、その後大学に進んでから能楽を始めたそうなのです。

今回そんな子供がいてくれる可能性もあるわけです。

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実は最初の小学校での公演がつい先程無事に終わりました。

子供達は、最初の狂言「柿山伏」の冒頭からクスクスと笑ってくれて、中々良い反応でした。

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舞台は体育館の床の上に板を敷く構造でした。

つまり子供達は、舞台と同じ高さで舞台の際を取り囲むように座っていて、手の届きそうな目の前で能が演じられる訳です。

こちらも子供達の様子がずっと目に入って来ましたが、能の間も最後までお行儀良く、眼を輝かせて観てくれました。

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終わった後の質問コーナーでは、「幕の色はなぜ五色なのですか?」と言った、かなり高度な質問も出て、回答する楽師も驚いていました。

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明日は私がシテの順番です。

どんな子供達と出会えるか、とても楽しみにしております。

「熊野」ツレ無事に終了いたしました

本日の「京都満次郎の会」における能「熊野 膝行三段之舞」の舞台は、先ほど盛会のうちに無事終了いたしました。

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私はツレを何とか無事に勤めることが出来ました。

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今週は、ブログを読んでくださった方々から喉に良い飴やお薬などを頂戴して、本当に有り難く思いました。

おかげさまで喉も回復傾向ですので、油断せずに早く完全に治したいと思います。

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短いですが今日はこれにて。

能「邯鄲」の楽の舞

今日は水道橋宝生能楽堂にて明後日開催の「月並能」の申合があり、私は能「邯鄲」の後見を勤めました。

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「邯鄲」という能は見どころが多く、テーマも深淵で、正に名曲と言えます。

その数ある見どころの中でも、私が何度見ても凄いと思うのは、「楽」の舞です。

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シテ盧生は曲のクライマックスで、「一畳台」という畳一畳分の大きさの作り物の上で「楽」という舞を舞います。

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畳一畳分とは、能舞台(5.4m四方)の僅か18分の1のスペースです。

この空間で、通常と同じ「楽」を舞わねばならないのです。

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一畳台の上では、シテの足数は3足を越えることは決してありません。

また「まわり返し」などの型も、狭いスペースに合わせて非常に巧みにアレンジされています。

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舞が進むにつれて観客の目は、むしろ一畳台が狭いが故にシテに集中していきます。

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そして舞の後半、シテのある動きによって観客は、「一畳台の上は夢の世界で、台の下は現実世界が広がっているのだ」と気付かされます。

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やがてシテが一畳台を降りて広い舞台に出て行く時、それまで一畳分のスペースに気持ちが集中していた分、舞台は対照的に限りなく広大な空間に感じられます。

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シテは今度はその広い空間を縦横に使って、スピーディに動き回ります。

その若干異常にも感じられる盛り上がり方で、「何かが終局に近づいている」とまた気付かされるのです。

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このような様々な効果を、「一畳台を使って楽を舞う」というシンプルな要素だけで実現させてしまう。

こういった発想を目の当たりにすると、能作者とは全く超人的な才能を持った人間なのだと改めて痛感してしまいます。

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この名曲「邯鄲」を、明後日の月並能で是非ご覧くださいませ。

・宝生流月並能

6月10日14時開演 於宝生能楽堂

能「柏崎」シテ金森秀祥

能「邯鄲」シテ大坪喜美雄 ほか

一番しんどいのは…?

次の3つのうちで、一番しんどい状態はどれだと思いますか?

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①激しく動きまわっている時。

②ゆっくり動いている時。

③じっと動かないでいる時。

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普通なら①が一番疲れてしんどいと思われるでしょう。

しかし、能においては実は③が最も辛いのです。

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先日の涌宝会の能「船弁慶」の時、私は何人かの楽師と楽屋のモニターで見ていました。

曲も終盤に差し掛かって、後シテの平知盛が長刀を肩に差し当てていわゆる「休息の型」に入りました。

ここから「その時義経 少しも騒がず 打ち物抜き持ち 現の人に」という謡の間、シテはじっとして動かずにいるのです。

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そこで、隣で見ていたある先輩楽師が「ここが一番しんどいんだよね…」としみじみと言いました。

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船弁慶の「休息の型」は、右足に全体重をかけて半身で構えています。

なのでたとえ短い時間であっても、装束も加えた重量と、それまで激しく動いていた疲労が重なって、足がガクガク震える程の辛さなのです。

「休息の型」では全然休息出来ず、それが終わって再び長刀を振りかざした時に「やっと動けた!」とむしろホッとするのです。

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実は明後日の「京都満次郎の会」で出る能「熊野 膝行三段之舞」でも、比較的長くじっと動かずにいる時間があります。

その時間、舞台上の立ち方はかなりの力を使って気張ってじっとしていると思っていただけると有り難いです。。

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繰り返しですが、初めて能を見る方でも「綺麗だなあ」と楽しめて、ちょっと知っている人は途中で「おおっ」と驚きがあり、よくよく知っている方は更に細部にわたって沢山の驚きと発見がある能「熊野 膝行三段之舞」を明後日の舞台でどうか多くの皆様にお楽しみいただければと思います。

・京都満次郎の会

6月9日(土)16時始 於金剛能楽堂

能「熊野 膝行三段之舞」シテ辰巳満次郎

ワキ福王茂十郎 ツレ澤田宏司

仕舞「蝉丸」宝生和英 他

満を持しての…

私は何事も計画的に実行するのが大の苦手です。

2年後に大きな目標を設定して、それに向けて課題をひとつづつ着実にクリアしていくというような経験は、これまでの人生で一度もないかもしれません。

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しかし、今日の涌宝会2日目で能「船弁慶」を舞われたシテの方が正にそのような2年間を過ごされたのです。

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2年前の涌宝会の時に、その方は仕舞「船弁慶キリ」を舞われました。

私もその地謡を謡った後に、その方が私に「実は再来年にこの船弁慶の能を舞おうと決心したのです」と仰られたのです。

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その後、舞囃子「船弁慶」を経験されて、今回の涌宝会で満を持して能「船弁慶」に挑戦されたわけです。

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そして果てしない稽古と綿密な準備を経てようやく迎えられた今日の本番です。

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おシテは緊張感を通り越した何か透明な雰囲気で能楽堂にいらっしゃいました。

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見所はやはり2年越しの船弁慶を観るために集まった方々で殆ど満席です。

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そのような舞台に立ち会うだけで、私も緊張してしまいます。

私は楽屋でのお手伝いだけでしたが、舞台の成功を心底から祈りつつ、出来る限りの仕事をさせていただきました。

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関係した全ての方々の力が重なり合って、今日の船弁慶は素晴らしい舞台になりました。

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3日間にわたった涌宝会の最後を飾る、2年前から作ってこられた能。

その舞台を終えられたシテの方は、しかしまだ何かが続いているような引き締まったお顔で楽屋で挨拶をされていました。

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おそらく今後何日もかけて、ここまで御苦労された様々と、今日の素晴らしい舞台を噛み締めていかれることでしょう。

このような大切な舞台に立ち会わせていただいて、大変光栄に思いました。